第六章 血戦! 簒奪者対叛逆者 その⑦
「ぐわあぁーっ!!」
強烈すぎる剣撃を胸甲にくらった瞬間、悲鳴もろともロベールの巨体が吹き飛んだ。
横転し、芝に身体を激しく叩きつけ、その上を二転三転する。
ちぎれた芝草が宙空に舞いあがる中をすぐに立ちあがろうとするロベールに、さながら黒豹を想起させる動きと速さで猛追してきたガウエルの容赦のない剛刃が襲いかかる。
「もう終わりか、ロベール卿!」
「グウゥ……!!」
対するロベールはとっさに長槍を振り上げ、その苛烈な一撃を受け止めて肉体の両断を防いだものの、凄まじい刃鳴りが鼓膜を刺激し、槍を支える両腕の骨と筋肉とが悲鳴をあげた。歴戦の勇者たるロベールですら、これまで体験したことのない剣勢であった。
槍身に刃を絡ませながらガウエルがにやりと笑う。
「さすがはロベール卿。今の一刀をよくぞ防いだ。しかし気のせいかな。貴公の両膝が悲鳴を発しているように見えるのだがな。ククク」
「……こ、これしきのことでっ!!」
嘲弄に赫となったロベールは、長槍を振り上げて絡み合っていた刃をガウエルもろとも振り飛ばすと、同時に腰に帯びた短剣をすばやく抜きとり、手首を閃かせてガウエルに投げ放った。
だが、暴れ狂う猛牛をも一撃で仕留める威力を持つロベールの投剣を、ガウエルは鋼造りの籠手に覆われた片腕一本で、まるで羽虫でも払い飛ばすかのように軽々と弾き返した。恐るべき腕力であった。
一帯に響き流れた残響が消えるのを見計らったように、またしてもガウエルが薄笑いを浮かべた。
「槍術のみならず投剣術もなかなかのものだ。だが、このガウエルを仕留めるにはいささか武器が小さかったようだな。フフフ」
(つ、強いっ! よもや、ここまでの強さとは……!?)
ガウエルとの間合いを慎重にはかりながら、ロベールは胸郭でうめいた。
戦士としての技量、膂力、俊敏さ、強靱さ。あらゆる面においてガウエルが自分を凌駕していることを、ロベールは認めざるをえなかった。
ことにロベールを驚愕させたのは、ガウエルの底知れぬ体力である。
呼吸を乱して肩で息をしているロベールに対し、ガウエルは呼吸を乱すどころか表情すら変えず、汗の一滴も流さずに平然としているのだ。すでにロベールとの間に百を超える打ち合いをかわしているにもかかわらずだ。
対峙する巨漢戦士の内なる焦慮を感じとったのか、ガウエルが冷笑の波動を放ってきた。
「どうした、ロベール卿。もう限界か。ならば余興を楽しむのもここまでだな。貴公の首を貰いうけ、屋敷の門前にて晒し首にするまでよ」
手にする大剣を水平にかざしながらガウエルがじりっと一歩踏みだし、長槍を身構えつつロベールが一歩退く。
このとき、両者の戦いを遠巻きに見ていた革命軍の兵士数名が、劣勢の指揮官を救うべく身をもってガウエルに突進していったのは賞賛に値するであろう。
だが彼らの勇気と闘争心は、彼ら自身の生命を代償として要求していた。
それを誰よりも承知していたからこそ、ロベールは声を振り絞って彼らを制したのだ。
「や、やめろっ! お前たちが太刀打ちできる相手ではない!」
「邪魔なりぃぃっ!!」
魔刃一閃! 怒号とともに宙空に放たれた剛剣の一振りによって、革命軍兵士たちの首が血の尾をひいて宙空に吹き飛んだ。
首を失った胴体は両足を震わせながら数歩よろめき、ほどなく地面の上に糸を絶たれた操り人形のごとく崩れ落ちていった。
さらに遅れることわずか。そこから十歩ほど離れた場所に断たれた頭があいついで落下し、血とその匂いを一帯に散らせた。
「勇気と意気は買うが、雑兵ふぜいにはいささか無謀な挑戦であったな。ククク」
「お、おのれぇ……よくもっ!」
部下たちの無残な死を目の当たりにして赫となったロベールは、飛び跳ねるように地面を駆るとそのままガウエルとの間合いを詰め、手にする槍をその顔面に撃ち込んでいった。
傷を負ったその巨体からは想像もできないほど俊敏な動きと、予測を上回る速さの槍撃にさしものガウエルも意表を突かれて対応が一瞬遅れた。
剣での防御が間に合わないことを瞬時に悟り、頭を後方に引くことでかわしよけようとしたガウエルであったが、鋼の閃光と化した槍先はその面上をかすめ、たちまち頬のあたりから鮮血がほとばしった。
「ほう……まだこれほどの一撃を繰り出せる力があるとはな……」 。
頬を流れ落ちる鮮血を指先で拭い、それを赤い舌でひと舐めすると、ガウエルはロベールに向き直った。
「どうかなロベール卿。雑兵どもとは異なり、貴公はまことに賞賛に値する戦士だ。反乱軍の拠点をすべて明かしてわれらに恭順するというのなら、国王に貴公の助命をとりなしてやってもよいが、如何?」
「ほざくな、僭王の黒犬がっ!!」
悪罵を投げつけると同時に、ロベールは再びガウエルの顔めがけて槍先を突きだした。
先の一撃をも上回る速さと鋭さの、渾身にして会心の一撃。銀色の閃光が一直線にガウエルの面上に伸びていく。
殺った! ガウエルの死と自身の勝利を確信したその一瞬後。ロベールは信じられない光景を目の当たりにした。
槍先が鼻先にまで迫った瞬間、なんとガウエルは片腕一本でロベール渾身の一撃を掴み止めたのである。
「バ、バカなっ!?」
「終幕だ、ロベール卿!」
傲然たる一語とともにガウエルの大剣が夜空に撥ね飛び、直後、振り下ろされた一閃がロベールの巨体を覆う鋼鉄の甲冑を斬り裂いた。
一瞬、肉体をも裂いたかに見えたが、その寸前、ロベールはまさに紙一重の差で後方に飛び退り、かろうじて肢体の断裂だけはさけることができた。
だが完全にかわすことはできず、首筋から胸、腹部にかけて生じた斬跡から鮮血が噴きだした。
わずかに遅れて口角からも吐血したロベールは膝から崩れ落ち、激痛と出血にたちまち意識と視界がかすむ。
絶望の二文字がその脳裏を走ったが、全身を血に赤く染めてなお革命軍最強の戦士は立ちあがろうとする。
「……ま、まだだ、まだ終わらんぞ、ガウエル!」
だが執念の眼光と一語を投げつけた先で、黒衣の雄敵はすでに剣を鞘の中に収めていた。
「言ったはずだ。もはや余興の時間は終幕だとな」
「な、なに、どういう意味だ!?」
それに応えたのはガウエルではなく、味方の内からあがった悲鳴にも似た叫び声だった。
「ロ、ロベール卿! あれを!?」
瞬時に異変を察したロベールは、部下たちが指し示す方向に視線を投げつけた。屋敷本館の三階部分に設けられた露台のひとつが視線の先にある。
そこにロベールは見た。露台の中に立ち並び、地上の戦いを愉悦の面もちで眺めている集団の姿を。
リンチ王を中心に、ギュスター伯爵と近衛隊長のフロストがその左右を固め、さらにその背後には近衛隊の騎士たちが横一列に立ち並んでいる。だがロベールたちの目に映ったのは彼らだけではなかった。
リンチ王のすぐ後背。太い革紐で甲冑ごと縛りあげられ、猿ぐつわを噛まされ、左右前後を近衛隊の騎士に囲まれ、さらには喉もとに短剣を突きつけられた自分たちの指導者――フランシスの姿がそこにあったのだ。
「フ、フランシス様っ!?」
捕縛されたフランシスの姿を見て、ロベールは慄然とした。
戦闘の最中ということも忘れ、恐るべき雄敵と対峙しているということも失念し、喪心した態で露台の中のフランシスを見つめている。
そのロベールが自己を回復させたのは、雄敵の放った冷笑まじりの一語だった。
「さて、どうする。おぬしらの指導者はすでにわれらの掌中にある。それでもまだ戦いを続けるつもりかな。われらは一向に構わぬがな。フフフ」
ガウエルの嘲弄に自己を回復させたロベールは、夢から覚めたような態で周囲に散在する部下の兵士たちに視線を転じた。
その数は当初の半数以下にまで減り、戦刃に散った死屍が一帯に重なりあっていた。
生き残っている兵士にしたところで無傷健在な者は一人もいない。誰もが負傷し、流血によって身体を赤く染めている。
それでも兵士たちは気力を振り絞り、屋敷の警備兵らと乱刃をかわしていたのだが、それもフランシスの姿を目の当たりにするまでであった。
虜囚となった若き指導者の姿は、一瞬にして彼らから気力と戦意を奪った。誰もが声もなくその場に立ちつくし、喘ぐような息を漏らしている。
そんな兵士たちの姿を一通り確認した後、ロベールはゆっくりと両目を閉じた。
「む、無念……」
低いうめき声が口角から漏れ、その手から長槍がゆっくりと地面に落ちた。それが戦いの終幕を告げた瞬間であった。
わずかに遅れて彼の部下たちも次々と武器を捨て、膝から地面に崩れ落ち、嗚咽が連鎖した。
革命軍は敗れたのである。




