第六章 血戦! 簒奪者対叛逆者 その④
「ぎゃああーっ!」
「ぐわああーっ!」
兵士たちの悲鳴が重なりあった後に、ロベールの左右前後で彼の部下たちがもろい石柱のように次々と地面に倒れていった。
ロベール自身は手にする長槍を風車のように旋回させて、頭上より飛来する矢の群から我が身を守ったが、そのような芸当、彼の部下たちに真似など出来るはずもなかった。
やがて矢の雨が途絶えると、代わって闇中に揺らめく炎の群がロベールたちの前に出現した。
正確には松明を手にした武装兵の集団がである。屋敷の警備兵の一団だった。
「ワッハッハ! 我らの熱烈な出迎え、お気に召してくれたかな、叛徒諸君!」
にわかに哄笑まじりの大声が轟き、ロベールら革命軍の兵士たちは、密となって立ち並ぶ警備兵たちの奥から姿をあらわした一人の男に視線を集中させた。豊かな赤黒い髭をたくわえた中年の兵士である。
その兵士が何者かロベールたちには知る由もなかったが、それが判明したのは男が赤黒い口髭を揺らしながら発した次の一語によってである。
「われこそは伯爵邸警備隊長のベンツェルなり! 叛徒諸君、貴様らの屋敷への訪問を心から歓迎するぞ。多少時間が遅すぎるとは思うが、それは勘弁してやろう。グフフ」
「ば、ばかな。これではまるで……!?」
待ち伏せしていたようではないか、という一語をロベールは危うく声に出しかけ、すんでの所で胸の中に呑みこんだが、彼の部下たちがその心中を察することは容易であった。
まさかの事態にロベールたちがなかば喪心している間にも、指揮官ベンツェルの意をうけた警備兵たちが、そんなロベールたちを半包囲するようにじりじりと距離を縮めてきた。
「ややっ、あの先頭に立つ大男はもしや!?」
何を思ったかふいにベンツェルはうなり声をあげ、長槍を構えるロベールを細目で睨みつけた。
手配書の三番目か四番目かに記載された革命軍幹部の似顔絵と、集団の先頭に立つ巨漢騎士の面相が脳裏で一致したとき、ベンツェルの顔に打算と欲に満ちた笑みが浮かんだ。
フランシスやランベール伯爵ほどではないにしても、ロベールもまた革命軍の幹部としてジェノン全土に指名手配され、巨額の懸賞金が懸けられた身である。
その額、金貨五百枚。財産が有り余って困っているという身の上ではなかったから、ベンツェルは剣刃と表情に打算と欲の輝きを閃かせつつ、周囲の部下たちに叫んだ。
「皆の者! あそこで槍を構える大男には金貨五百枚の懸賞金が懸けられているぞ。金が欲しくば、彼奴の首を討ちとれい!」
金貨五百枚という一語が指揮官の口から発せられると、兵士たちの表情が一変し、たちまち上官と同種類の顔つきとなった。
上官同様、その額はまさに悪魔の誘惑といえた。手配者の首を獲って手柄をあげ、事のついでに賞金まで得られれば、一度に「金銭欲」と「出世欲」という二つの欲を満たすことができる。警備兵たちの戦意に二種類の燃料が加えられ、その闘争心がいっそう燃えさかったのは当然のことであろう。
だが「すぎたる欲は身を滅ぼす元凶」という万国共通の格言を、武器を手にロベールに殺到した警備兵たちは自らの命をもって学習することとなった。
「こざかしいわっ!!」
一瞬、ロベールは咆哮し、手にする豪槍を放った。
水平に一閃した豪槍の一撃は、わずかひと振りで迫ってきた警備兵数人の首を宙空に刎ね飛ばし、その身体をたちどころに血まみれの肉塊へと一変させたのである。凄まじい一撃であった。
「な、なんじゃあ!?」
首から上を失って地面に崩れ落ちた部下たちの無残な屍体を目の当たりにして、ベンツェルは悲鳴にも似た声をはりあげた。たったひと振りで数人の首を刎ね飛ばされては、ベンツェルでなくとも仰天するしかないであろう。
つい先刻までの戦意と気迫はどこヘやら。まさに唖然呆然の態で立ちすくむ警備兵たちにむかって、巨漢騎士が吠えたけった。
「貴様ら雑兵ごときがたとえ千人集まったところで、このロベールにはかすり傷一つ付けることすらかなわぬわっ!」
その豪語が虚勢でも妄言でもないことを、ベンツェル以下の警備兵たちはすぐに知ることとなった。
鋼鉄で鍛えられた太く長い豪槍を、ロベールが咆哮をあげながら縦横無尽に振り回すたびに、彼の周囲で警備兵たちの首が宙空に舞い、胴体が貫かれ、敷地の地面が血と屍体で赤く塗装されていった。
ベンツェルはロベールの顔と名前と懸賞金の額こそ知っていたが、今日この場に至るまで不幸にもその勇猛さに関してはほとんど知識がなかった。せいぜい「金貨五百枚の賞金首だし、そこそこ強いのだろうな」といった程度である。
そのことに遅ればせながら気づいたとき、彼の部下はいつしか半分以下にまで減らされていた。
一方でロベールの圧倒的な戦いぶりは、味方である革命軍の兵士たちを奮いたたせた。
「よし、われらもロベール卿に続くぞ!」
まさかの待ち伏せに一度は気後れした革命軍の兵士たちであったが、もはや超絶的としか表現のしようのないロベールの勇猛さを目の当たりにして、彼らはその記憶を忘却の淵へと追いやることに成功した。
手にする武器を握りしめ、警備兵に斬りかかろうと地面を駆ろうとしたまさにそのとき――。
「退がれ、警備兵!」
その声は怒号の類でも、また絶叫の類でもなかったが、聞く者の鼓膜に、否、心そのものにずしりと重く響きわたる韻があった。
暗中を伝わってきたその声に、双方の兵士がたちどころに動きを停止させた。
ほどなく警備兵の輪の外側から中心部に向けてざわめきとどよめきが伝わり、ややあって黒衣黒冑をまとった一人の騎士が、両軍兵士の間に歩を進めてきた。
その姿に一方の兵士たちには歓喜が起こり、一方の兵士たちには戦慄をもたらした。
赤い裏地のマントをはためかせながら場にあらわれたのは、王国大将軍のガウエルであった。
愛用する刃幅のある長大剣はすでにその手に抜き放たれ、まがまがしい障気のようなものを剣刃から放出していた。
ほどなくロベールの姿を正面に見すえると、ガウエルの面上に薄い笑いが浮かんだ。
「久しいな、ロベール卿。こうして相まみえるのはいつぞやの盗賊団討伐以来かな。壮健そうでなによりだ。フフフ」
「ガ、ガウエル将軍……!」
驚愕の喘ぎは、優美さすら感じさせる不敵な微笑によって報われた。
無言で、だが意味ありげな薄笑みをたたえる黒衣の騎士とロベールは、先の内戦が勃発する以前、一度だけ同じ戦列に並んだ過去がある。
それは数年前。国土の南部地帯を根城にし、そこを通る旅人や隊商に猛威をふるっていた盗賊団を掃討すべく、国軍と貴族の私兵団とで大規模な連合軍が結成された時のことであった。
盗賊団が出没する一帯は岩山と砂漠で構成される不毛の地帯であったが、隣国との陸路における交易の要衝でもあったので、日増しに大きくなる被害と犠牲の声についに国王が動き、王侯連合軍による掃討作戦が決行されたのだ。
このときロベールは国軍兵の一人として、ガウエルはリンチ伯爵の私兵団の指揮官として参戦し、ともに盗賊団と戦った。
当時、すでに部隊指揮官としても、また一人の戦士としても高い声望と評価を手にしつつあったロベールであったが、そのロベールすらも舌を巻かせるほどの戦功を誇ったのがガウエルであった。
指揮官としての卓越した集団戦闘指揮能力はもとより、一個の戦士としても「常人離れ」としか表現のしようのないガウエルの勇猛な戦いぶりはロベールの目から見ても突出しており、これほどの勇者がわが国にいるとは心強いと内心で感歎したものである。
一方で投降して助命を願う盗賊たちを、冷笑のもとにことごとく斬殺していった「残忍さ」が多少気にかかったロベールであったが、当の相手が無法無慈悲を地で行く盗賊一党ということもあり、そのときは特に深くは考えることはなかった。
だが、それからまもなく内戦が勃発。内戦に勝利したリンチ伯爵は新ジェノン国王を宣言し、私兵団の長であったガウエルは国軍の長へと栄達した。
かつてロベールが感嘆した勇猛さと危惧した残忍さは、その後に結成された革命軍相手に存分に発揮されることになり、ガウエル自身の手で直接屠られた兵士の数は千人を下らず、その存在はかつての誇れるものから憎悪と恐怖の対象へと化した。
互いに数年ぶりの再会であったが、素直に久闊を叙するというわけにはいかなかった。かたや革命軍の部隊指揮官として、かたや国軍の司令官として、ともに殺気と怒号とびかう乱刃劇の中に身を置いているのだから。
大剣を構えつつ、まずガウエルが薄笑いまじりに口を開いた。




