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かくて聖者は《奇蹟》に抗う  作者: RYO太郎
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第四章  争乱の王国  その⑧


 

「出てきたぞ!」


 キリコが通りに姿を見せた瞬間、叫び声が重なりあがった。荒々しく地面を踏みならす音がそれに続き、通りの一角を占拠した兵士たちがあいついで腰の長剣を鞘走らせた。 


 その数、およそ三十人。その周囲には、何が起きたのかはわからないがとりあえず見物しようという、やじ馬精神に駆られた数多の市民でごったがえしていた。

 

 キリコは足を止め、通りに立ちならぶ兵士たちを見まわした。視界に映る男たちは、そろいもそろって「名誉」という表現とはほど遠い連中だった。

 

 人相は兇悪を極め、その雰囲気は下品にして粗暴(そぼう)。兵士というよりは山賊に近いものがある。

 

 その代表格ともいえるあの猿顔兵士が、集団から一歩前に進みでてキリコに吠えたてた。

 

 先の乱闘で負った負傷のせいだろう。その顔には鼻の部分をおおいかくすように白い包帯が巻かれてあったが、猿を擬人化したような面相は間違いないようもない。


「逃げていなかったとは感心だな、赤毛野郎。その殊勝さにめんじて、殺すのだけは勘弁してやろう。だが、名誉ある国軍兵士にたてついた報いとして、手足の(けん)くらいは斬らせてもらおうか。なにしろ法秩序のなんたるかを大衆に示す責任があるのだからな、警備兵団(われわれ)には」


「それはまた立派な心がけで」


 おもわずキリコは失笑しかけた。法だの秩序だのと、まるで自分たちこそ正義であるかのようなその口ぶりが笑止だった。


 法と秩序を無視しているのはあきらかに彼らであり、叩きのめされたのは自業自得というものなのだが、兵士たちの中に自省ないし自戒の心をもつ者は誰もいないようだ。そんな心があれば、徒党を組んで報復のために押しかけてはこないであろう。

 

 キリコはひとつ息を吐きだし、ふたたび歩を進めた。その表情にはある種の決意の色が広がっていた。もはや話しあいでの解決は無理と判断したのだ。

 

 もう少しお灸をすえてやるか。そう胸郭でつぶやいたとき、兵士たちの列がにわかに崩れ、その間隙から一人の男がキリコの視線の先にゆっくりと進みでてきた。黒い頭髪を短く刈り、顔の半分を濃い髭でおおいかくした筋骨たくましい体躯の所有者である。

 

 他の兵士と同様、その男もジェノン紋章の入った甲冑を着けていたが、ひとつ異なるのは両腰に二本のサーベルを吊していたことだ。


「ほう。たった一人で警備兵団に楯突いたというから、どれほど屈強な風貌(なり)をした輩かと楽しみにしていたのだが、ふん、なんだ。ただの柔弱そうな小僧ではないか」


 ずしりと響く威圧的な声。肉食獣めいた顔つき。猛禽類を思えわせる両眼。どれひとつとっても、まわりの兵士たちとはあきらかに存在感が違う。そのことにキリコは気づいた。


「ボ、ボイド団長だ……!」


 店内から外の様子をうかがっていたヘルトがおもわずうめいた。キリコの前に進みでてきた兵士のことをヘルトはよく知っていたのだ。

 

 男の名はボイドといい、ライエン警備兵団の団長をつとめる人物であった。ライエン随一の剣手と(うた)われ、二本のサーベルを自在に操る変幻の剣技に通じていることから、「双剣のボイド」という異名を馳せていた。

 

 むろん、目の前で凄みをきかせる男がボイドという名で、兵団長の地位にあり、卓越した剣技の所有者であることなどキリコは知るよしもない。知り得たことといえば、この男が周囲の兵士たちをも圧倒する「嫌な目つき」の持ち主ということだ。

 

 軽く肩をすくめて、キリコはボイドに問うた。


「それで、その柔弱な小僧に何か用かな?」


 毒々しい薄笑いがそれに応えた。


「なに、たいした用ではない。貴様を逮捕しにきただけだ」


 どうやら本当らしいとキリコは思った。ヘルトたちが「逮捕しにくるぞ」と口々に言っても、正直なところキリコには半信半疑どころか「一信九疑」だったのだ。

 

 逮捕理由として一番に考えられる兵士への暴行にしても、キリコはジェシカの窮地を救っただけである。逆上して先に殴りかかってきたのは兵士たちで、しかも民間人一人に多勢で襲いかかってきたのだ。

 

 どう考えても非は兵士側にあるとしか思えないのだが、状況がこうなるとむしろどのような罪状を突きつけてくるのか、キリコには興味すら出てきた。


「逮捕するというが、いったいどういう罪状でだ。俺は営業妨害をしている酔っぱらいを店から叩きだしただけだ。それがこの街では罪として罰せられるのか? 逮捕するならマナーもモラルも知らない、そっちの兵士のほうが先だろう」


「や、やかましい! 団長に口答えするんじゃねえっ!」

 

 歯をむきだしにして猿顔兵士がわめいた。

 

 まさに発狂した猿そのものといった態であったので、キリコはまたも失笑しかけたが、おかげで男の名前と地位を知ることができた。

 

 なるほど、警備兵団の団長だったのか。ボイドの正体を知って、キリコは妙に納得したものである。

 

 あの部下にしてこの上司とはさもありなん。キリコがそんなことを考えていると、ボイドは薄笑いをたたえつつキリコの罪状を口にしてきた。


「あいにくだが、小僧。貴様を暴行罪などというチャチな罪で捕まえる気はない。なにしろ暴行罪など吹き飛んでしまうほどの罪科が貴様にはあるのだからな」


「罪科とは?」


「とぼけるな。貴様が反乱軍の一味であることはすでにわかっているのだ」


「……反乱軍?」


 一瞬、キリコは反応を選びそこなってしまった。自分への罪状が予想の範疇(はんちゆう)を大きく逸脱したものであったからだ。

 

 だが、なりゆきを見守る市民の中には、その罪状をあらかじめ予測していた者もいた。


「や、やっぱり、そうきやがったか!」


 歯ぎしりまじりに吐き捨てたのは、またしてもヘルトである。あの兵士たちがどういう手段でキリコに報復してくるか、ヘルトにはあるていど予想がついていたのだ。

 

 店内での騒動に関しては全面的に兵士たちに非がある。キリコを捕まえて法廷に引きずりだしたところで、出される判決はおそらく無罪放免。悪くてもせいぜい罰金刑といったていどであろう。しかし、衆前でメンツをつぶされた兵士たちがそれで納得するはずがない。

 

 では、どうするか? 八つ裂きにしてもあきたらない赤毛の異国人(よそもの)を、衆前で合法的になぶり殺せるだけの罪状を用意すればいい。今のジェノンにはうってつけの罪状がある。反乱罪という罪がだ。

 

 店内での騒動の非を問うことはできないが、相手が義勇軍の一味というなら話は別になってくる。現在のジェノンでは、彼らを支援するだけでも強盗や殺人よりも重罪に問われる。集団で襲いかかろうとなぶり殺そうと、相手が義勇軍がらみの人間ならば不問にされるのだ。

 

 そして、妙なところで機転が働く兵士たちがそのことに気づかぬはずがない。冤罪で投獄されることなど、今のジェノンではめずらしいことではないのだ。


 事実、屯所の地下獄舎にとらえられている囚人の五人に一人が、恣意(しい)的に投獄された無辜(むこ)の市民といわれているくらいなのだから。


「ど、どうしましょう、旦那さま……」


 ジェシカは泣きだしそうな表情でヘルトの顔をうかがった。


 視線の先のヘルトの顔も厳しい。万事休すだ。その表情はそう言っていた。


「逆らえば公務妨害罪も追加だな。ま、反乱罪に比べれば微罪だが、いまさら罪状のひとつやふたつ増えたところでたいした違いはあるまいて。ふふふ」

 

 ボイドは舌なめずりをして、軽く指を鳴らした。

 

 一瞬の間をおいてそれに呼応するように周囲の兵士たちが動きだし、ボイドを中心に扇状に広がっていった。

 

 やがて沸き起こった足音と砂埃が静まったとき、キリコは剣刃を光らせる兵士の群に半包囲されていた。


「さあ、どうする。おとなしく捕まるのもよし、抵抗してあがくもよし。好きなほうを選ばせてやるぞ。いずれにせよ結末は同じだがな」


 愉悦の笑い声をボイドがたてると、周囲の兵士たちもいっせいに笑いだした。ボイドの笑いが獰猛な肉食獣ならば、部下たちの笑いはさながら、食べ残しを見つけて喜ぶハイエナのようである。

 

 ふいにキリコが身動きした。それまで組んでいた腕をほどいたのだ。


「よし、きめた」


「ほう、きめたか。それでどちらを選ぶ?」


「どちらでもない。第三の選択肢を選ぶことにする」


 キリコの言葉に、ボイドはいぶかしげに片眉を動かした。


「第三の選択肢だと? なんだ、それは?」


「簡単なことだ。俺は無罪放免、あんたたちはさっさと屯所に戻る。これで何の騒動もならずに一件落着というわけだ。どうかな?」


 それに対するボイドの反応は「無」であった。


 否、ボイドだけではない。彼の部下たちも似たような反応を見せていた。誰もがこのような「人を食った」反応が返ってくるとは思っていなかったらしく、あ然とした顔を見あわせている。

 

 やがて自分が「おちょくられた」ことにボイドはようやく気づいた。

 

 気づくと同時にこめかみに血管を浮き上がらせて爆発し、憤激のあまり口髭と声を震わせた。


「ふざけた小僧め。かまわん、()れっ!」


 ためらいもなくボイドが叫ぶと、兵士たちが獰猛な声をあげて動きだした。手にする長剣に殺気と憎悪をこめて、まず最前列の兵士三人がキリコに殺到していったのだ。



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