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かくて聖者は《奇蹟》に抗う  作者: RYO太郎
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第三章  ファティマ  その②




 この夜、その教皇庁の四階にある奥まった一室では、グレアム枢機卿を筆頭に奇蹟調査局の審議官である大司教たちが集まり、円卓を囲んでいた。

 

 日々、教圏各国からもたらされてくる数々の「奇蹟」と、それに付随する報告について意見をかわしあうのが常であり、今宵も例外ではなかった。

 

 この夜だけでも二十を超える報告や問題について議論がかわされ、その中のひとつにバスク王国からもたらされた案件があった。


「それでは、次の事案に入ろう。先のバスク王国の一件について、諸卿らに報告したいことがある。かの地のルシオン大司教を介し、先刻、同国に派遣した聖キリコから報告が届いた」


 グレアム枢機卿の声に、それまでの議論がひと段落し、コーヒーを飲むなり、隣席の同僚と雑談をかわすなどしてわずかな休憩をとっていた大司教たちは、たちまち姿勢を正して枢機卿に向き直った。


 眼球だけを動かして彼らの顔を見まわし、グレアム枢機卿は言う。


 同国の諸侯であったカルマン・ベルド卿が《御使い》として転生したこと。


 彼の一族を謀殺したジェラート侯爵が、復讐によって殺害されたこと。


 侯爵の屋敷を訪れていた多くの貴族がその巻きぞえになったこと。


 彼の復讐の矛先はバスク国王にも向けられていること。


 戦いの末、カルマン卿に逃走を許してしまったこと。


 キリコから聴取し、ルシオン大司教が記した報告書の内容がグレアム枢機卿の口から語られると、場に沈黙が降りかけたが、シトレー大司教の問う声がそれを破った。


「それで、今、かの者はなにを?」


「聖キリコは現在、ルシオン大司教のもとに身をよせ、ただ一人の生存者たるランフォードなる貴族の娘を護衛しておるとのこと。準備が整いしだいランフォード嬢をともなってファティマに帰還するとのことゆえ、おそらくはもうバスクを発っている頃だろう」


 いずれその娘から、屋敷での惨事とカルマン卿について子細を質すことになろうという枢機卿の言葉に、いならぶ大司教たちが重々しくうなずいたとき。あきらかに場ちがいな、悦に入った声がその一角からあがった。


「しかし、これはとんだ失態でありませんか、シトレー卿?」


 という声の主は、もはや視線を向けるまでもなくほかの大司教たちにはわかった。


 審議官の一人、バーハイデン大司教である。


 枢機卿を含めたすべての視線が向けられていることを確認し、バーハイデン大司教は軽く声調を整えて語をつないだ。


「《御使い》の正体を突きとめておきながら、否、しかも復讐に走るという行動も看破しておきながら、惨事を防げずに大勢の犠牲者を出し、しかもそのカルマンなにがしとやらには逃げられてしまった。これは由々しき事態ではありませんか?」


 糾問めいたバーハイデン大司教の声には、隠しきれない愉悦の響きがある。


 ほら見たことか。バーハイデン大司教のシトレー大司教を見すえる表情はそう言いたげであった。

 否、明確にそう主張していた。

 

 口調こそカルマンの逃走を糾問し、事態を憂慮しているように聞こえるが、そのじつ、競争者の失敗をただ喜んでいるだけなことは誰の目にもあきらかであったので、バーハイデン大司教が期待したほど同僚からの「共感」は得られなかった。

 

 とはいえ、バーハイデン大司教の思惑は別として、結果としてキリコがカルマンの正体を突きとめておきながら惨事を防げず、逃走を許したことは事実であったから、ほかの大司教たちも彼の意見に同調せざるをえなかった。

 

 シトレー大司教も率直にキリコの失態を認め、低頭した。


「たしかにご指摘のとおり、かの者の失態であることは事実。なんとも弁明のしようもありません。すべての責任は彼を推挙した自分にあります」


 恐縮した態のシトレー卿の姿を横目で見やり、気をよくしたバーハイデン大司教がさらに愉悦と糾問の濃度を高めた声を発しようとしたとき、それを封じた者がいた。


「さて、それはどうでしょうかね」


 という若々しい声の主は、もはや視線を向けるまでもなくほかの大司教たちにはわかった。


 列席者中、最年少の審議官であるフェレンツ大司教である。


 あざやかな金色の髪を軽くかきあげて、若い大司教は円卓の一角に視点を固定させた。


 どこか皮肉っぽく光る碧眼が向けられた先には、やはりというべきか、バーハイデン大司教の顔がある。


 バーハイデン大司教のほうも、フェレンツ大司教の言葉と視線に「毒」を感じとったのだろう。


 それまでの悦に入った表情から一変、「不快」という言葉を顔中から噴きださせてフェレンツ大司教の顔を陰気な目つきで見返した。


「それはどういう意味かな、フェレンツ卿。今回の一件、貴卿は失態でないとでも言うつもりか?」


「たしかに失態ではあるでしょうが、それほど憂慮する必要もないということですよ」


 表情をわずかにひきしめて、フェレンツ大司教は自ら思うところを述べてみせた。

 








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