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かくて聖者は《奇蹟》に抗う  作者: RYO太郎
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第二章  激突! 超人VS魔人 その⑧




 同時分。広間内では、キリコとシェリルがようやく起きあがろうとしていた。


「おい、大丈夫か?」


 そう声をかけると、先に立ちあがったキリコがシェリルに手をさしのべた。


「ええ、なんとか……」


 応じたシェリルの表情はいまだ混乱しているようにも見えたが、それでもキリコの光輝く手を握るとゆっくりと立ちあがった。


 直後、シェリルは見た。キリコの身体から発光が失われていく瞬間を。


「光が消えた……?」


「うん。あまり長い時間、続けられるものではないのでね、聖光態(これ)は」


 シェリルに怪我がないことを確認すると、キリコはすぐに露台へと駆け出たが、その足は露台内を数歩踏みだしただけで止まった。


 わずかな時間、キリコはなにかを感じとるように露台内にたたずんでいたが、やがてひとつ息を吐きだすと、ゆっくりとした歩調でシェリルのもとに戻ってきた。


 破壊された大窓と、無念さをにじませた表情でそこから戻ってきたキリコを見やり、シェリルはすべてを察した。


「に、逃げたの、あの人?」


「どうやらそのようだ」


 苦笑まじりにキリコはうなずいた。


 付近にカルマンの魔気はまったく感じられない。


 おそらく、屋敷はむろんすでに敷地内からも飛び出して、周囲に広がる深い森の中に逃げ去ったのであろう。

 

 そのことをキリコが告げると、安堵したのか、それとも緊張の糸が切れたのか。シェリルはへなへなと床にくずれおち、その場にへたりこんでしまった。


 しばしの時間、シェリルは放心したように床に座りこんでいたが、やがてひとつの事実に思いいたると、立ちあがるなりキリコに質した。


「そ、そうよ。あの人は……カルマン卿はまだ生きているんでしょう?」


「ああ。《御使い》の生命力はかぎりなく不死に近いからな。腕の一本を斬りおとしたくらいでは、まず死ぬことはない。それどころか数日もすれば腕も再生して、なにごともなかったようにピンピンしているだろう」


 淡々と説明するキリコの顔をシェリルはきょとんとした表情で見つめていたが、みるみるうちにその顔は怒りにひきつった。


「ピンピンって……じゃあ、なにをのんびりしているのよ。はやく追いかけなさいよ。あいつを殺すために教皇庁からきたのでしょう、あなたは!?」


 突然のシェリルの剣幕に、キリコはおもわず目をみはった。


「あ、あいつは私の家族を……弟は……ルチアはまだ十歳になったばかりなのに……それを、それを……」


 震える声と連なるように、シェリルの両目からたちまち大粒の涙があふれ落ちてきた。


「ジェラード侯爵に恨みがあるのなら、侯爵にだけ復讐すればいいじゃない。どうして関係のない人たちまで巻きこむのよ。私の家族がなにをしたっていうのよ!」


 言葉になっていたのはそのあたりまでだった。


 シェリルは嗚咽を漏らし、声をあげてその場に泣きくずれた。


 そんなシェリルの姿を、かける言葉も見いだせずにキリコは無言で見つめていたが、やがて自分の上着をその身体にかけ、静かに語りだした。


「追いかけてもいい。それが俺の使命だからな。でも、君はどうする。このまま屋敷もろとも焼け死ぬつもりなのか?」


「……えっ?」


 シェリルは顔をあげてキリコを見やった。

 キリコの発した言葉の意味を、とっさに理解できなかったのだ。


 それが理解できたのは、どこからともなく聞こえてきたパチパチという、なにかが焼けるような異音と、広間内に漂いつつあった熱気と白煙によってだった。


「な、なんなの、これは……?」


「屋敷が燃えているのさ」


「屋敷が!?」


 おもわず目をみはったシェリルに、キリコはうなずいてみせた。


「そうだ。これは奴らの常套手段で、目撃者も含めていっさいの痕跡(こんせき)を消す。その方法はいろいろあるが、よく使われるのが火をつけて焼失させるこの手口だ。時間的に見て、おそらくはこの部屋に来る前に火をつけたのだろうな」


 シェリルの頬を流れ落ちる涙を指先でぬぐい、キリコがさらに語をつなぐ。


「ご家族のことは気の毒だった。俺がもうすこしはやく駆けつけていれば、助けることができたかもしれない。だけど、今はなにより生きている自分を大切にしろ。君まで死んでしまったら、天国のご家族はきっと悲しむだろうからな」


 われながら陳腐な台詞だな、と、キリコは内心で自嘲したが、シェリルに平静さを取り戻させる効果はあったようだ。


 シェリルは両目をしばたたかせると、今度は自らの指で涙をぬぐい、ゆっくりと立ちあがった。

 とり乱し、キリコを罵倒した自分を恥じいったのか、その表情はわずかに赤らんでいた。


「ご、ごめんなさい。あなたは私をカルマン卿から助けてくれた恩人なのに、ひどいことばかり言って……」


 温雅な微笑がそれに応えた。


「気にすることはないさ。家族を殺されて平然としていられるほうがおかしいんだ。俺の幼なじみも同じ目にあったから、君の気持ちはよくわかる」


「……幼なじみ?」


「いや、なんでもない。それよりもはやく屋敷から出よう。この様子だと、まもなく建物は焼け落ちるぞ」


「そ、そうね……」


 シェリルはひとつ息をのんで、広間内を見まわした。

 

 煙の濃度と炎の熱気。ともに烈しい勢いで広間内に増大している。

 まるで蒸気のように白煙を噴きださせている天井などは、今にも崩落しそうな気配だ。


 いくら堅牢な屋敷とはいえ、この様子では長くはもたない。

 そのことはシェリルの目にもあきらかであったが、その前に訊ねておきたいことが彼女にはあった。


「でも、これからどうするの?」


「とりあえず、いったんバスク国教会のルシオン大司教のもとに身をよせ、その後、君をともなって教皇領(ファティマ)に帰還することになるだろう」


教皇領(ファティマ)に?」


 驚くシェリルに、キリコはその理由を説明した。


「そうだ。このままバスク国内にとどまっていたら、君の身がふたたび危険にさらされる可能性が高い。なにしろ君は、今宵の惨劇の首謀者がカルマン卿であることを知っている重要な生き証人だ。ということは、彼にしてみればとうてい生かしておけないはずで、口封じのために君をふたたび襲うことも十分考えられる。君には教皇庁で今宵のことを証言してもらわなければならないし、保護の意味も含めて教皇領に来てもらう」


 シェリルの証言をもとに、近日の内にもカルマンは大量殺戮犯としてバスク国内はもとより、すべての教圏諸国に手配されることになる。

 教圏世界一億の人々の監視と捜索の目が、その身に注がれることになるのだ。

 

 そのとき、いやがおうにもカルマンの行動は著しく制限され、バスク国王はむろんのこと、もはやシェリルの生命をつけ狙う余裕もなくなるだろう。

 

 むろん、そうなるまでには多少の時間は必要だろうが、それまでの間は教皇領で暮らしていればいい。それがキリコの言うところであった。


「じゃあ、教皇領にいれば安全なの?」


「ああ、絶対に大丈夫だ。領内にはさまざまな破邪退魔(まよけ)の術がほどこされている。《御使い》にかぎらず、その身に〈魔〉を宿した者が足を踏み入れることは絶対にできない。かの地に着いたら、あとはシトレー大司教が面倒を見てくれるはずだ」


 邪悪な怪物に生命を狙われている不安と恐怖にくわえ、郷里を離れることへの寂念(じやくねん)からか。シェリルの顔が沈痛の色に染まるのを見て、キリコは笑ってみせた。


「心配しなくていい。いずれカルマン卿はかならず俺の手で倒す。あれだけの自尊心の所有者だ。二重三重の屈辱をあたえた俺を放っておくわけはないからな。そう遠くないうちに再戦を挑んでくるだろう。もっとも、次にあらわれたときが彼の命日になるがな」


 その時がきたら安心して故郷に戻り、父君の意志をついで男爵家を継げばいい。


 キリコの言葉に、シェリルは納得したように無言でうなずいた。


「さて、そろそろ屋敷から出るとしようか。本格的にやばくなってきたようだしな」

 

 そう言ってキリコがシェリルに背中をむけてしゃがみこんだとき。天井の一角でなにかが砕けるような異音がして、直後、炎と黒煙につつまれた部材が崩落してきた。

 

 さらに別の場所でも鈍い破砕音が連なった直後、やはり焼けた部材が落下し、床の上で砕けて烈しい火の粉を散らした。

 

 天井からごうごうとした炎が噴きだす光景に顔を蒼白にさせたシェリルは、あわててキリコの背中に身体をあずけた。


「よし。しっかりつかまっていろよ」


 シェリルを背負って立ちあがると、キリコは小走りで駆けだした。


 その足で向かったのは、カルマンが逃走の際に破壊していった大窓である。

 

 てっきり屋敷内の階段を駆け降りていくものと思っていたシェリルは、妙な胸騒ぎを感じつつも無言を保っていたが、それも大窓をくぐりぬけて露台に出るまでだった。


 驚愕すべきひとつの可能性が脳裏をよぎったとき。シェリルは表情だけではなく、声まで蒼白にしてキリコに問うた。


「ちょ、ちょっと……まさか、露台(ここ)から飛び降りるわけじゃないわよね?」


 意味ありげな微笑がそれに応えた。


「そのまさかさ。ここはひとつ、カルマン卿の脱出法に(なら)おうと思ってね」


「――――!?」

 

 目をむいて仰天したシェリルが制止の声をあげるよりもはやく、キリコはシェリルを背負ったまま露台から跳躍し、五階建ての宙空を落下していった。

 

 尾をひく悲鳴がそれに連なったのは言うまでもない。

 

 蒸気のような黒煙を噴くジェラード邸が荒れ狂う猛火の中に消えていったのは、黄金色の円盤と化した満月が中天にさしかかろうとしていた時分のことだった……。





















 

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