第二章 激突! 超人VS魔人 その⑦
自らつくった血沼の中で悲鳴をとどろかせるカルマンの姿を、キリコは無言で見つめていた。
異形の巨腕を音もなく切断した光の刃は、いまだその腕先で黄金色の余韻を放っている。
やがてうめき声を押し殺しながら立ちあがってきたカルマンに、キリコは静かな一語を向けた。
「いかに鋼の鱗でおおわれていようとも、岩石をも斬り裂く聖光剣の前では薄紙も同然。聖光砲とは異なり、この光の刃を防ぐ術はない……」
キリコは口を閉じ、ゆっくりとした動作で、薄い光につつまれた手をふたたびカルマンにさしむけた。
なにをする気なのかは明白すぎるほどだった。
「終幕だ、カルマン卿。その魔体にわずかでも人間としての心が残っているのなら、その蛇頭が宙空に飛ぶまでの間、おのれが犯した罪を懺悔するがいい」
「グゥゥ……!」
気圧されたようにカルマンはうめいた。
その声調は怒りや憎悪のものではなく、まさしく焦燥と畏怖によるものだった。
防御不能の光の刃というキリコの言葉が、大言でないことを察したのである。
もはやこれまでか。避けようのない死がカルマンの脳裏をよぎった、そのとき。わずかに動いた片方の蛇眼が、足下に広がる血沼の中にそれをとらえた。
キリコの聖光剣によって切断された自身の片腕。
血沼の中にそれを視認したとき、カルマンは奇怪な顔に奇怪な笑みを浮かべてキリコに視線を転じた。
「キリコとかいったな、小僧。この決着は後日にあずけてやる。この腕の代償は、いずれかならず払わせてやるぞ。覚悟しておくがいい」
薄い苦笑がそれに応えた。
「あいにくだが、カルマン卿。あなたの命日を、今日から先に一日たりとも延ばすわけにはいかないのだ。名族であった者らしく覚悟をきめて……」
一瞬、キリコはふいに身がまえた。
カルマンがすばやい動きで、血沼の中から断たれた片腕を拾いあげたのだ。
なんのつもりだ? 不可解なカルマンの行動に、警戒と困惑の色がキリコの顔に広がった、まさにそのとき。カルマンは手にする片腕を振りあげると、勢いそのままにキリコめがけて投げ放ってきたのだ。
意外な、だが、悪あがきとしか思えないカルマンの行動に困惑したのも一瞬、うなりをあげて飛んできた巨腕を、当然ながらキリコは軽くしゃがみこんでかわしよけた。
標的をとらえそこなった巨腕はむなしい噴血をまきちらしながら、そのまま後方の宙空へと飛んでいった。
立ちあがったキリコが薄く笑う。
「ふっ、悪あがきを……」
だが、冷笑が口もとをかざったのも束の間。キリコはひとつの可能性に思いいたり、あわてて背後を振り返った。
回転しながら宙空を飛ぶ巨腕の行く手にキリコが見たのは、天井から吊りおろされたクリスタル・シャンデリアと、そのほぼ真下に立つシェリルの姿だった。
カルマンの標的が自分ではなくシェリルであったことを察し、たちまちキリコの表情が凍てついた。
「し、しまった!?」
キリコが声をひび割らせたのとほぼ同瞬。回転飛行を続けていた巨腕が、クリスタル・シャンデリアと天井とをつなぐ鉄鎖を直撃した。
その瞬間、強固なはずの鉄鎖はまるで絹糸のもろさで次々と断ち切られ、浮力を失ったクリスタル・シャンデリアは、ガラスの擦過音を響かせながら垂直に落下していった。
とっさのことに思考が麻痺したのか。
自分めがけて落ちかかるシャンデリアの巨影を、シェリルは惚けたように見つめている。
かわり行動にでたのはキリコだ。
「聖光態!」
叫び声に続いて、キリコの身体がふたたび黄金色の光につつまれた。
跳ぶように床を駆ったのはほぼ同時のことだ。
まさに尾を引く流星のような姿で、喪心したように立ちつくすシェリルのもとに一瞬でたどりついたキリコは、その身体を抱きかかえると、さらに床を蹴って跳躍した。
もつれあいながら床の上を二転三転する二人の後方では、一瞬前までのシェリルの立ち位置にシャンデリアが落下してきた。
聞く者の心を総毛立たせるような異音がとどろき、ガラス片が飛び散り、無数の金属片が床にするどく突きたった。
シャンデリアの落下をうけた床面は無惨な形状に窪まり、その衝撃の凄まじさがうかがえた。
直撃をうけていれば、とうてい生命はなかったであろう。
別種の衝撃音が生じたのは直後のことである。
カルマンが露台へと通じる大窓に頭から突進したのだ。
はなばなしい音をたてて大窓の隔壁は砕け散り、飛散したガラス片が月光を乱反射させて、一瞬、一帯は光の迷宮と化した。
その間にも露台に飛びだした蛇頭の魔人は、足を止めることなく無数のガラス片を体躯に付着させたまま露台から飛び降り、五階建ての宙空を落下。
ほどなく真下にある中庭に地響きをたてて着地すると、そのまま地面を踏みならしながら敷地外へと飛びだし、怪異な姿を周囲の森の中に消していった……。




