第二章 激突! 超人VS魔人 その⑤
狙いはその蛇頭だ。
峻烈にほとばしった光の砲弾が、蛇頭の魔人めがけて一直線に宙空を降下していく。
対するカルマンは、回避することは不可能と判断したのか。
逃げるどころか逆にその場に踏みとどまり、両腕を面前で交叉させて迫りきた光弾をうけとめた。
とどろく炸裂音。
噴きあがるうめき声。
飛び散る光の粒。
のけぞる上半身によろめく下半身。
一瞬、衝撃で膝からくずれおちかけたが、それにカルマンは耐えた。
耐えると同時に頭上を見あげ、宙空を舞うキリコに吠えたけった。
「失敗したな、小僧。身動きのとれぬ宙空では、わが爪撃をかわすことはできぬぞっ!」
咆哮の残響が消えぬうちに、床を踏みならしてカルマンが跳んだ。
超重量級の体躯ゆえか、それはわずかな高さの跳躍にすぎなかったが、長大な巨腕の射程内にキリコをとらえるには十分だった。
「は、迅速いっ!?」
巨爪を閃かせて跳びあがってきたカルマンに、キリコは目をむいた。
聖光砲の直撃をうけたにもかかわらず、これほど迅速く反撃に転じてくるとは予測していなかったのだ。
迫りきた豪速の一撃にキリコはとっさに両腕を交叉させて防御をこころみたが、それはまるで意味をなさなかった。
聴く者の心を総毛立たせるような殴打音がとどろいた直後、横殴りの一撃をまともにうけたキリコの身体は、まるで強烈な突風に吹き飛ばされた木の葉のような無力さで広間の宙空を吹き飛んでいった。
だが、広間の壁に頭から激突しようとした、その寸前――。
「聖光態!」
にわかにキリコの絶叫が広間内にとどろいたその直後。その身体が突如として黄金色の光につつまれたのだ。
宙空でくるくると回転しながら体勢を整え、壁面に対して垂直に「着地」したのは直後のことである。
猫科の動物を思わせる、しなやかで軽やかな着地動作。
だが、壁面がうけた衝撃は軽くはなかった。
壁に「着地」した瞬間、足下の壁面が悲鳴をあげて陥没し、部材が細かな破片となって飛び散り、一瞬遅れて今度は、蜘蛛の巣を想起させる亀裂が壁面を縦横に走った。
異音を響かせながら走った亀裂が、やがて天井と床それぞれに達しようとしたとき。またしても壁が悲鳴をあげて部材を飛び散らせた。
キリコが壁を蹴って宙空に飛んだのだ。
「――な、なんだっ!?」
光の尾をひく黄金色の流星。
そうとしか表現できない姿で広間の宙空を突進してくるキリコを視認したとき、蛇頭の魔人はおもわず声をひびわらせた。
キリコへの一撃は、カルマンにしてみれば渾身にして必殺の一撃。常人であれば殴打をうけた瞬間に即死はまぬがれないものだった。
たとえ運よく即死をまぬがれたとしても、半死の状態で壁にたたきつけられ、崩落した部材と砂埃の中に血まみれの屍体を埋もらせることは確実であった。
ところが現実には、即死もしなければ屍塊になることもなく、それどころか逆にその壁を利用し、反転跳躍して宙空を飛翔してくるではないか。全身を得体の知れない光につつみこみながら……。
「き、きさまは、いったい……!?」
カルマンはひびわれたその声を、最後まで発することはできなかった。
猛烈な速度で宙空を飛んできたキリコの蹴りが、よける間もなく腹部に炸裂したのだ。
直後、声もなく吹き飛ばされたカルマンの巨体はくの字に折れまがった状態で広間の宙空を吹っ飛び、ほどなく床にたたきつけられるとその上を三転四転した後に背中から壁に激突していった。
その瞬間、まるで地震でも生じたかのように広間はごうとゆれ、その衝撃で壁材だけではなく天井の部材までもが滝水のように落ちてきた。
たちまち生じた砂塵のカーテンの中に異形の巨体は隠れ、さらに追い打ちをかけるように壁と天井の部材がたてつづけに崩落してくる。
さながら巨象が突進したかのような震動と破壊。
いっそ隔壁を突き破らなかったのが不思議なくらいであった。
……一連の光景を、シェリルは広間のひと隅から声もなく見つめていた。
この世に生をうけて十七年。
貴族の娘として、否、普通の人間として、およそ「常識の世界」で生きてきたシェリルにしてみれば、目の前で繰りひろげられている人間と異形の怪物との戦いを理解し、容認することは「常識の世界」で養われた彼女の「固定観念」が許さなかったらしい。
その場に立ちつくしたまま、どことなくぼんやりとしているのは、あまりの非現実的な光景に思考が麻痺してしまったからであろう。
それでも広間の一角に生ずる燦とした輝き――光につつまれたキリコの姿を視界にとらえたとき。シェリルは自己を回復させて当然すぎる疑問を漏らした。
「な、なにあれ? キリコさんが光っている……!?」
その声は虫の飛音ほどに低い独語であったが、どうやらキリコの鼓膜には届いたらしい。
口もとに微笑をたたえながらシェリルに向き直った。
「これは聖光態だ」
「聖光態?」
「そう。われら聖武僧は体内の聖光を増幅させることで、短時間ではあるが、自己の戦闘力を数倍化させることができる。だからこそ、ああいう芸当もできるのさ」
キリコとシェリルは視線を転じ、「ああいう芸当」の実例をともに見すえた。
二人の視線の先では、崩落した天井や壁の部材に半身を埋もらせたカルマンが、壁にもたれるように座りこんでいた。
怪異な巨体は粉塵によって薄灰色に染めあがり、微動だにしないその姿は見た目だけなら屍体のようにも見えたが、絶命していないのはむろん、意識もあることは遠目にもシェリルにはわかった。
にもかかわらず、動こうとしない理由まではさすがにわからない。
先刻までのカルマンであれば激情の叫びをとどろかせて、猛然と立ちあがってくるはずなのだが……。
「動かないわよ?」
打撃によるものだとシェリルは推察したのだが、キリコの見解はちがった。
「おそらく自問でもしているのだろう」
「自問?」
「ああ。非情な現実に直面してね」
キリコの観察は、ふたつながら的中していた。
粉塵と瓦礫の中に半身を埋もれさせながら、カルマンはあえぐような独語をくりかえし漏らしていた。
それはまさにキリコが指摘したように、「非情な現実」に対する「自問」のうめきだった。




