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かくて聖者は《奇蹟》に抗う  作者: RYO太郎
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第二章  激突! 超人VS魔人 その④

 薄闇の中で奇怪な影がうごめき、奇怪なうめき声が大気を微動させた。

 

 広間の一角に小山のように盛りあがった怪異なその黒影を、シェリルはなかば自失した態で見守っていたが、やがてその口からあえぐような声が漏れた。


「な、なんなのよ、あれは……!?」


 いかに不死身の魔人とはいえ、人間の姿であったときは、首が折れまがろうが顔が消えようが、すくなくとも「カルマン卿」と呼べる存在であった。

 

 しかし、目の前で超魔態とやらに変貌した青年貴族は、もはや人間と呼べるだけの姿を成していなかった。 

 

 毒蛇(コブラ)の頭と人間の四肢。

 むろん服は着ておらず、かわりに腹部と内太股以外の体面を暗褐色の鱗がおおっていた。

 

 身体の大きさと比較して不均衡(アンバランス)なまでに伸長した巨腕の先には、まるで暴君竜(ティラノザウルス)の爪を思わせる湾曲状の鉤爪(かぎづめ)が凶暴な光をたたえていた。

 

 左右に大きく裂けた口の中には無数の鋭い歯牙が光り、さらにその奥には、深紅色の細長い舌が上下左右に踊るのが見える。

 

 黄褐色に妖しく光る丸い眼はまさしく蛇の眼そのもので、まるで毒蛇が擬人化したようなその姿にシェリルの舌はもつれ、「ス、ス、ス」となかなか言葉にならない。


蛇人間(スネークマン)! これが《御使い》の正体なの!?」


「いや、すべて同じというわけではない」


 声をわななかせるシェリルに、キリコは頭を振ってみせた。


「個々の《御使い》によって、さまざまな怪物に変身する。狼の怪物であったり、猿の怪物であったりな。おそらくこのカルマンという御仁は、人間であったときは蛇のように狡猾(こうかつ)で、いやらしい性格の持ち主だったのかも知れんな」


「そういうものなの、超魔態って?」


「いや、知らん。そんな気がしただけさ」


「あ、あのね……」


 二人がそんなやりとりをしている間にも、蛇頭人体の怪物と化したカルマンは、圧倒的な量感をともなって動きだした。

 

 人間であったときとくらべて身長は倍以上。体重にいたっては、おそらく十倍はあるであろう怪異な巨体が一歩踏みだすたびに、厚く強固なはずの広間の床が鈍い悲鳴をあげた。


「たしかキリコとかいったな、小僧」


 黄褐色に光る丸眼をじろりと動かし、カルマンはキリコを見すえた。


 口の中で舌でも鳴らしているのか、シュルルという奇怪な音が漏れ聞こえてくる。


「この姿を見た以上は、もはやきさまには確実な死があるのみだ。きさまらが信奉するダーマの神も助けてはくれんぞ。グフフ」


 まさに爬虫類の笑声(しようせい)。キリコ以外の者が見れば、それだけで卒倒したであろう。


 シェリルが顔を蒼白にさせながらも意識を維持できたのは、ある意味、奇跡に近かった。


 だが、奇怪な笑声とは対照的に、黄褐色に光るふたつの蛇眼には、キリコへの敵意と憎悪とが沸騰していた。


 怪異な姿をさらさざるをえなくなった屈辱の念が、そこには垣間見えた。

 

 そのことにキリコは気づいていたが、あえてそしらぬ態をよそおうと、肩ごしにシェリルに声を投げた。


「シェリル、できるだけ離れていろ」


「ど、どうする気なの?」


「きまっている。あの怪物を倒すのさ。教皇庁(うえ)からそう命じられてきたんだからな」


「倒すって、あ、あれを……!?」


 正気の沙汰じゃないわ。

 そう言いたげにキリコを見つめるシェリルの表情は、キリコの決意に驚いているというよりは、むしろ呆れているそれだった。


 それに気づいたのであろう。キリコが苦笑を漏らす。


「まあ、やってみるさ。さあ、はやく離れるんだ」


 シェリルはうなずき、一目散に広間の奥隅へと走っていった。


 金属がこすれるような擦過音(さつかおん)がキリコの鼓膜を刺激したのは直後のことだ。


 両手の(かぎ)(づめ)をこすりあわせながら、カルマンが歩を進めてきたのだ。


「覚悟するがいい、小僧。その肉体、この鋼の爪で細切れにひき裂いてやるわっ!」


 瞬間、キリコはすばやく後方に飛びすさった。


 うなりをあげて横殴りに放たれてきた巨爪が、旋風となって襲いかかってきたのだ。


 必殺の一撃をかわされたのも束の間。さらにカルマンは飛びすさったキリコに、丸太のような巨腕を鞭のようにうならせて、二撃、三撃を放ってきた。

 

 巨腕を振りまわす速さといい、宙空を裂く巨爪の猛迫さといい、常人であればとうにその身体は無惨に斬り裂かれ、血まみれの肉塊となって床を転がっていたことだろう。


 だが、キリコは常人ではなかった。


 カルマンの苛烈な爪撃を、ひょいひょいと軽やかにかわし続けると、にわかに宙空に跳躍し、右の掌から聖光砲の一撃を撃ち放った。


 薄闇の中を一条の閃光が疾走し、一瞬後、カルマンの肩口に音をたてて炸裂した。


 無数の体鱗(うろこ)が火花のようにはじけ飛び、咆哮のようなうめき声が噴きあがる。


 その衝撃で怪異な巨体は大きくのけぞり、均衡をくずしたカルマンはよろめくように数歩退いたが、わずかな間をおいて大きく裂けた口からとどろいたのは苦悶の悲鳴ではなく、勝ちほこったような哄笑だった。


「きかぬ、きかぬぞ、小僧っ!」


 音もなく床に降りたったキリコを睨みつけ、カルマンはさらに吠えたけった。


「わが体躯(からだ)をおおう体鱗は、この鉤爪同様、鋼鉄に匹敵する硬度をもつのだ。きさまの妖術など、蚊のひと刺しほどの痛痒(つうよう)も感じぬわ!」


「そのわりには足下がふらついていますよ、ベルド家の若君」


「ほざけっ!!」


 雷鳴を思わせる怒号とともに、カルマンがまたも鉤爪をふるって突進してきた。


 獲物に向かって蛇の鎌首が踊るように、左右あわせて十本の鉤爪がキリコを襲う。


 突きさす、振りあげる、打ちおとす。


 血肉に飢えた巨爪がうなりをあげ、それをキリコがかわしよけるたびに、打ち砕かれた床材が破片となって一帯に飛び散った。


 まさに息をつぐ間もない、くるめく巨爪の旋風。

 左に右に後方にと、体術を駆使して飛びかわし続けるキリコに、聖光弾を撃つ隙すらあたえない。


「どうした、小役人。ネズミのようにちょこまかと逃げまわるために、わざわざバスクにまできたのかっ!?」


 嘲りながらも攻撃の手はゆるめない。


 縦横に打ちこまれる巨爪の連撃は確実にキリコを追いつめ、ついには爪先が上着を擦過(さつか)し、ひきちぎられた黒革の繊維が宙空を流れた。


「ぐっ……」


「もらったぞ、小僧っ!!」


 飛びかわす動きがわずかに鈍った瞬間を、カルマンは見逃さなかった。


 その巨体には似つかわしくない、迅速な足さばきでキリコとの間合いを詰めると、その頭上に雷光のごとき一撃を打ちおとした。


 だが、五条の爪光がキリコの頭上に閃いた、次の瞬間。異音をたてて砕けたのは赤毛におおわれた頭ではなく、一瞬前まで立っていた床だった。


 雷速の爪撃を紙一重でかわし、宙空に飛びかわしたのである。


 頭上高く舞うキリコの姿に、黄褐色の蛇眼がたちまち驚愕ににごった。


「ば、ばかなっ!」


「今度はこちらの番だ、カルマン卿!」


 一瞬にして天井近くまで飛びいたったキリコは、すぐさま左の掌を眼前にかざし、眼下のカルマンめがけてふたたび聖光砲を撃ちはなった。



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