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刃金の翼・外伝  作者: 山彦八里
孤竜の騎士
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7話:弱者と強者・後編

「久しぶりだね、オースラさん。ちょっとやつれた?」


 まるで旧知に友人に対するかのような気安い言葉にオースラは胡散臭げに眉を顰めた。

 だが、ミハエルの顔を見返し、その正体に気付くと男は驚愕に目を見開き、口元を綻ばせた。


「ミハエル!! お前はミハエルか!! そうか、あの争乱からもう五年も経ったのだったな。大きくなったな」

「うん。……今日はこの砦の奪還を依頼されて来たんだ」

「……となると、オレ達の企みは失敗か」


 一転して肩を落とすオースラにミハエルは同情に似た気持ちを抱いた。

 戦友という間柄は独特の連帯感を生む。敵味方の関係となった今でも心のどこかで相手を信じているのをミハエルは感じていた。


「結局、貴方達は何がしたかったんですか? 辺境の古砦を占拠したところで得るものはないでしょう」

「弱者の救済――と言えれば良かったのだがな。なんてことはない。働き口のなくなった傭兵が盗賊に身を窶しただけだ」

「貴方の実力なら国の武官にだってなれたのでは?」


 ミハエルが何気なく告げたその瞬間、場の温度がたしかに下がった。

 オースラの目に剣呑な光が混じる。


「本当にそう思っているのか、ミハエル?」

「オースラさん?」

「たしかにお前には恩がある。お前は我ら加護なき弱者に魔導兵器という希望を与えた」


 オースラは静かに腰の剣を抜き放つ。

 柄頭に象嵌された真紅の魔力結晶、刀身に刻まれた刻印術式。

 無数の傷が目立つその剣はこの五年間にオースラが渡り歩いてきた戦場を雄弁に語っている。


「魔導兵器が救ったものは数知れない。特に辺境では魔物の襲撃があったとき、ギルド連盟やオレ達傭兵の救援すらも間に合わないことがある。自衛できる(・ ・ ・ ・ ・)という目に見える救済がこの大陸には与えられた。

 ――オレ達にとって、お前こそが救世主だった、ミハエル」

「それは僕だけの手柄じゃ――」

「だが!! だが、この大陸は変わらなかった!!」


 続くその声はいっそ悲痛ですらあった。

 血を吐くようにオースラは己の心中を吐露する。


「加護なき者は弱者のまま、加護ある契約者は強者のまま。社会は何も変わらなかった!!

 オレ達は力を得たのだ。もう守られるだけではないのだ。違うか、魔剣士!!」

「――ッ」


 ミハエルは唇を噛んだ。反射的に言い返そうとする己を律する。

 “魔剣士”、各地で悪用されている魔導兵器を破壊するミハエルにつけられた二つ名。

 与えた上で、奪う。傍から見れば、ミハエルのしていることは傲慢に過ぎるのだろう。

 だが――


「オースラさん、貴方の言葉を否定する弁を僕は持たない。それでも僕には開発に携わったひとりとしての責任がある」


 ――僕は、悪用される魔導兵器をすべて破壊する。


 告げて、ミハエルもまた静かに双剣を抜き放った。

 右の水剣、左の雷剣。

 魔導兵器を破壊する為に生み出された魔導兵器。

 ミハエルの魂たる剣達は主の魔力を受けてその刀身に刻まれた刻印を輝かせる。


「……オレから力を奪うのか?」

「貴方は道を誤った。僕にはそれを正す義務がある。傲慢だろうと偽善だろうと、それは僕が僕に課した役目です」

「……そうか。ならば、オレは弱者として抗おう。それが権利であると信じて」


 続く言葉はなく、二人は同時に剣を構える。

 互いに互いを敵と見定めたその刹那、五年前の魔神争乱が二人の脳裏をよぎった。

 戦場は地獄だった。いくら魔導兵器があろうと魔物が脅威であることに変わりはない。

 それでも、射撃部隊を守る為に退くことは叶わず、眼前で光輝く白銀の盾に命を託し、ただただ必死で魔物を斬り続けた。

 オースラをして四十年近い半生で倒した魔物の総数を僅か一日で超えた。それ程の激戦だった。

 だが、代わりに大陸を救うことができた。その一助となれた。その誇りは今もオースラの胸の中にある。


(あるいは、オレは最悪に堕する前に誰かに止めて欲しかったのかもしれんな)


 追憶の終わりにオースラはふと己の心中を悟った。

 だが、それは決して口にすることのできない言葉だ。あまりにも我儘に過ぎる。


「――神に誓う気はないぞ」


 故に、口を衝いて出るのは敵対者としての言葉。


「では、互いの剣に誓って、いざ――」

「――参るッ!!」


 瞬間、二人は同時に踏み込んだ。

 即座に互いの間合いがぶつかる。

 オースラは自身の長身を最大限に活かし、真っ向から斬り下ろす。

 対するミハエルは迫る剣の根元を打ち払うように右の水剣を振り抜いた。

 キン、と澄んだ金属音が鳴り響く。

 散っていく火花が互いの顔を刹那に照らす。


「――シッ!!」


 間をおかず、ミハエルは右剣を振り抜いた勢いのまま左の雷剣を突き込む。

 攻防の隙間を縫った絶妙の一手。

 それをオースラは引き戻した剣で受けた。

 衝撃が互いの髪を揺らし、踏みしめた地面が陥没する。


「ッ!!」


 正中を捉えた刺突を払うことはできず、剣の腹で受け止めた衝撃でオースラは一歩押し込まれた。

 開いた一歩分の距離はしかし、即座にミハエルが詰める。

 その一歩で更なる加速を得た双剣が大気を断ち割って左右から僅かな時間差をつけて迫る。

 オースラは右の斬撃を剣で受け、左の斬撃を蛇の如く伸ばした手刀でミハエルの手首を打って反らした。


 次の瞬間、男は本能に従って背後に跳んだ。


 鼻先に僅かな熱を感知する。皮一枚斬られたのだとわかる。

 見れば、一瞬前まで自分の居た場所を翠色の軌跡が走り抜けていた。

 ミハエルが腰の一刀を抜き様に斬りつけたのだ。

 攻撃を防がれると同時に水剣を離し、腰の翠剣に切り替えての攻勢継続。

 オースラが退いていなければ今の一合で勝負は決していただろう。

 ミハエルは翠剣を鞘に戻し、落下軌道にあった水剣と雷剣を掴み、三度踏み込む。

 機先を譲る気はないとその総身が語っている。


(重い……!!)


 その場に踏みとどまり、剣戟の応酬を重ねながら、オースラは喉奥で感嘆の唸りをあげた。

 二回りも若い少年に戦闘経験で勝る自分が真っ向から押されている。

 受け入れ難くあるが、それは紛うことなき事実だった。


 未だ成長途中のミハエルは体格も細く、膂力も強いとはいえない。

 足運びは舞踏の如く軽やかで、宙を踊る細剣に力みは見られない。

 なのに、一撃一撃が重い。受ける度にオースラの腕は痺れを増していく。

 逆に、斬りかかっても今度は緩やかな円を描く守勢の剣にあらゆる攻撃が防がれてしまう。

 ミハエルの受け太刀は人極に届きかけているとオースラはみた。


(これが、これが二十歳に満たぬ子供の振るう剣なのか!?)


 才能は無論あったのだろう。事実、ミハエルの目は天性の良さを誇る。

 だが、それだけではない。決してそれだけではない。

 血の滲む様な研鑽をオースラは剣を通じて感じとった。

 こうして剣を交わしているだけで満足してしまいそうになる程、ミハエルの剣は鍛錬に裏打ちされた冴えをみせている。

 だが、だからこそ、負けられなかった。

 剣に於いては契約者にも負けないと。ただその一念でオースラもここまで生きてきたのだ。


「神との契約なしにここまで鍛え上げた不断の努力。余人には真似できないだろう。僕は貴方を尊敬するよ、戦士オースラ」

「上から目線で言ってくれるな、ミハエル!!」


 思わず浮かぶ笑みを噛み殺し、オースラは幾度となく真っ向から斬り下ろす。

 契約者とて頭蓋を叩き割れば死ぬことに変わりはない。

 そうであるが故の斬り下ろしだ。

 愚直なまでの剣閃は四度目にして遂にミハエルの足を地に縫い止めた。


 ここだ、とオースラの戦闘本能が叫ぶ。


 大きく踏み込み、足から腰、腰から背、背から肩へと全身の筋肉を引き絞り、剣を振り下ろす。

 切っ先が風を巻き、瞬く間に視認速度を超えたオースラの全身全霊の一刀。

 対するミハエルはここに来て両の足をしっかりと踏みしめて水剣を両手で構えた。

 受けられるものか、刹那に激昂する精神のままにオースラは吼える。

 オースラの剣がミハエルに届く刹那、水剣は僅かに振りかぶられ、打ち込まれる。


 二振りの刃は火花を上げてぶつかり――


 ――オースラの剣が一方的に砕かれるという結果に終わった。


 壊刃の一刀。

 師より伝え聞いたもうひとりの刃金の技にして、無明の行きつく涯。

 その剣の間合いは絶対の防御にして斬圏、誰にも侵すことはできない。


『……無理だな。どれだけ鍛錬や経験で勝ろうと背負っている物が違う』


 決着を見て取って、ベルフィオールは目を細めてひとりごちた。

 技で差がつかないのならそこから先は精神力(おもい)の勝負になる。

 背に負った想い、その一点においてミハエルは絶大だ。ベルフィオールですら及ばぬと思う時がある。

 尤も、それを相手が認められるかは別だろうが。


「降伏してください。魔導兵器を失った今、貴方では僕に勝てない」


 剣を下ろしたミハエルが告げる。

 オースラは折れた剣を手にしたまま眦を決して吼える。

 男の中で燃え盛る怒りが、嘆きが敗北を認めることを許さなかった。


「だからなんだ!? オレにはお前のような生まれついての“力”はない! あるのはこの身ひとつだけだ!!」

「力は、より大きな力に潰されるだけです。あの争乱を忘れたんですか?」

「忘れてなどいない!! あの日、オレは確かに救われた。修練の日々は間違いではなかったと認められた。契約者と同じ戦場に立てた!!

 ――だが、それでも、この世は弱肉強食なのだ、強者よ!!」

「――――」


 それこそがオースラの本音だったのか。

 この世は弱肉強食。弱者は、強者に食われるのみ。それが嫌なら強者となるしかない。

 何もせずに助けを請う者など、駄馬にも劣る。男は全身でその意思を示す。

 だが――


「確かに貴方の言うことは一面では事実かもしれない。だけど、弱者が強者を超えてはならないという法はない。誰もが無力な存在ではない!!」

「それは強者の戯言だッ!!」

「なにより!! 力を振りかざしながら己を弱者と宣うなど――厚顔無恥も甚だしいぞ、戦士オースラ!!」

「黙れええええッ!!」


 オースラは折れた剣を捨て殴りかかった。

 その拳をミハエルは敢えて受けた。

 石のような拳に真っ向から受けた額が割れ、流れる血がかんばせを赤く濡らす。

 それでも、ミハエルは視線を逸らさなかった。目に意志を込めてオースラを睨み返す。


「結局、貴方は己が弱者であることを認められなかっただけだ」

「……」

「貴方はまず自分達の弱さを認めるべきだった」

「自分達の、弱さ……?」

「後ろを見てください」


 声に抗する気力はなく、オースラは無言で背後を振り返った。

 そこには、この五年間共に戦って、生き抜いてきた者たちがいた。

 ボロボロになりながら、ここまで付いてきた仲間たち。

 オースラは思う。自分は一度でも彼らの力を認めたことがあっただろうかと。

 心のどこかで足手纏いだ、弱者だと割り切っていたのではないか、と。


「彼らは竜を前にしても逃げなかった。貴方の帰還を信じていたからだ」

「……」

「貴方は決して身ひとつなどではなかった。違うかな、オースラさん?」


 かつて、加護も契約もない平民達を率いて援軍に出た少年の言葉は重い。

 全てを守る道とは異なる、弱さを認めて共に歩む道。

 それこそが少年の信じる最善の道。

 一時とはいえ、同じ道を歩んだオースラはその重さを思い出した。


「オレはそんなことも忘れていたのか……」


 言って、オースラは力なく膝をついた。

 勝敗は此処に決した。



 ◇



 連絡を受けてやってきたティベリオは門に開けられた大穴に驚き、次いで、傭兵の全員が生きたまま捕縛されていることに目を剥いた。

 徐々に青白い顔になっていくティベリオに剣を納めたミハエルは意図して笑いかけた。


「依頼は完了しました、ティベリオさん」

「は、いえ、しかし、これは……」

「首謀者はギルド連盟を通じて其方に引き渡します。公正な裁判を望みます。よろしいですね?」

「……承知いたしました。依頼料は此方に。それから、ミハエル様」

「反乱の方も決着しましたか?」

「ッ!?」

「この早さなら――」


 ふと北から吹く清冽な風がミハエルの頬を撫でた。


「この早さなら、当主様だけじゃなくて師匠も動いたのかな」

「……」

「これで、あなた方もみせしめなんて真似をせずに済みますね」

「……そこまでお気づきでしたか。貴方様を侮っていた事、謝罪いたします」


 言って、ティベリオは深く腰を折った。

 おそらく事態の推移によっては自身の首を落とす用意もあったのだろう。騎士の背には死を覚悟した祈りが透けて見えた。

 故に、ミハエルもそれ以上追及することはしなかった。


「謝罪を受け入れます、騎士ティベリオ。あ、でも、連盟にはきちんと報告しますね?」

「ご慈悲に感謝いたします、ミハエル様」


 そのままティベリオは事後処理に向かい、ミハエルは踵を返して連行されていくオースラの許に向かった。

 男はどこか晴れ晴れとした表情で少年を迎えた。


「オースラさん、もしも行くところが無くなったウチのギルドに来る気はない? 僕は待ってるから」

「……オレは犯罪者だぞ?」

「己を知っている者なら、僕は犯罪者だろうと仲間にすることに躊躇いはないよ」

「そうか。……暫くは己を見つめ直すことにする。誘いはありがたく」

「うん、達者でね」


 真っ直ぐに伸びたその背を見送り、ミハエルは小さく息を吐いた。

 オースラの罪は軽くはない。が、男は腕の立つ傭兵だ。ミハエルと互角の戦いをしたことでそれは証明されている。連盟の仲介があれば死罪は免れるだろう。

 だが、次に会えるのがいつになるかはわからなかった。

 少年の哀切を感じたのか、ふわりと右肩に留まった竜は一度目を閉じて、そっと言葉を風に乗せた。


『ニンゲンというのが少しわかった。感謝する、ミハエル』


 あるいは、それは慰めだったのかもしれない。

 ミハエルは苦笑して竜の頭を優しく撫でた。


「……ベルは変な竜だなあ」

『撫でるな。それに、汝とてニンゲンらしくなかろう』


 五年前、魔神争乱の終わりから死した魔物もその死体が残るようになった。

 竜の死体は売れる。その心臓が結晶化した宝玉は元より、鱗、骨、肉、血の一滴すらも金貨に換わる。

 だからこそ、竜の谷への密漁者は後を絶たない。

 ベルフィオールが断片的に知る人間はいつも自分の死体を金に換えることを考えていた者たちだった。

 言葉が通じるからと、ただそれだけの理由で竜を右肩に置くことを許す人間など果たして他にいるのか。竜には想像もつかなかった。


『…………だが、悪くない』

「何か言った、ベル?」

『いいや、ひとりごとだ』

「そう?」


 竜と少年はそれきり口を噤み、ただ晴れ渡った空を見上げていた。


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