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刃金の翼・外伝  作者: 山彦八里
孤竜の騎士
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6話:弱者と強者・中編

 昼夜を問わず馬車を飛ばし、三日後にはミハエル達は問題の小砦の付近に辿り着いた。

 砦は赤国との国境近くにあった。周囲を森に、後背を崖に囲まれた古い造りだ。

 おそらくは三十年以上前の国家間で小競り合いが頻発していた時代のものだろう。


「連盟にも照会したけど、相手に契約者はいないみたい。オースラさんさえどうにかできれば、フィフィがいなくても大丈夫そうだ」

「傭兵とは言っても、加護もねえ一般人相手に苦戦してたまるか。オレ一人でだって十分だ」


 今回、フィフィはお目付役として同行したティベリオの護衛と監視を兼ねて後方で待機している。

 少女はミハエル達と行動を共にするようになって二年、本格的に戦闘に参加するようになってから一年が経つ。実力的には問題がないが、非情の判断を下せるかは疑問が残る。

 故に、相手の中核戦力が傭兵であることが判明した時点でミハエルはこの配置を決めた。

 名のある傭兵は無駄に人質を痛めつけることはしないが、必要ならば残虐な行為にも躊躇のない存在だ。

 ミハエル達に交渉権限がない以上、場合によっては――無論、ミハエルにそのつもりは毛頭ないが――人質を見捨てることも有り得る。

 ティベリオもまた一切の手出しをしないことを契約している。手助けも横槍もしないということだ。

 よって、ミハエル達は二人と竜一人で砦の奪還に挑むことになる。


「敵の警戒網が緩すぎる。どこまでもきな臭いな、この依頼」


 馬車にフィフィとティベリオを残して森に潜んで暫く、マルクがぼそりと呟いた。


「今更だね。まあ、ティベリオさんも全部を伝えてくれたわけではないだろうけど」

「うさんくせえ奴だ。あいつ、自分の家名だって明らかにしてねえ。もしもの場合はしらばっくれる気だぜ、胸糞悪ぃ」

「マルク、言葉遣い」

「テメエは俺のおふくろか。時と場所をわきまえてればいいんだよ、こういうのは」

「日頃の心掛けも大事だと思うけどね」


 軽口とともに交わす視線に険の色はみられない。

 信じるのはミハエルの仕事、疑うのはマルクの仕事。

 いつの間にか互いの役割はそう決まっていた。あるいは先代と同様に。


「そろそろ砦だ。正面から陽動、裏側から奪還でいこう。マルクはどっちがいい?」

「オマエの方が隠行は得意だろう。オレが正面、オマエとベルが裏から攻めるぞ」

「了解。ベルもそれでいい?」

『構わん』


 そうして、三人は二手にわかれて砦へと侵攻を始めた。



 ◇



 ローブを翻し、マルクは砦の正面へ堂々と近付いて行く。

 たった一人で砦に向かって歩く姿に砦上に歩哨に立つ傭兵達も困惑している気配がありありと見える。


 それを一切無視してマルクはいくつもの補修の痕が窺える大門の前に立った。

 閉じられた門は見上げる程大きい。その表面は年月を経て変色した木材だが、中には鉄板が仕込んである。魔力を手繰る感応力を通じてそれを知覚する。


 集中力を高めていく中、ふとマルクは空を見上げた。

 北の空には相変わらず傷痕がみえる。今日は虹はかかっていないようだった。


「……ホントに大陸のどこからでも見えやがる」


 自分はまだあの場所に届かない。それを痛感させられたようで思わず舌打ちする。


 ――マルク・ヴァリドには大きな後悔が二つある。


 ひとつは幼い嫉妬心で後の親友に炎熱魔法を叩き込んだことだ。

 尤も、それがきっかけとなって今の関係があるのだから人生とはわからない。


 そして、もうひとつは魔神争乱に参戦できなかったことだ。

 当時十歳という年齢、ヴァリド家の後継ぎであること等々の理由からマルクは参戦を許されなかった。

 その一方で、ミハエルは祖父と共に魔導兵器を量産し、平民や傭兵を束ねて窮地の人類連合軍を救ってみせた。

 話を聞いた時、マルクは愕然とした。

 同じ場所にいると思っていたライバルが遥か先にいることを、見ている世界が違うことを実感した。


 そして、自分もその世界を共に見てみたいと願った。


 ミハエルにも告げていないアルカンシェルに入ることを決めた本当の理由。

 世界は未だその果てをマルクに見せていない。

 故に――


「オレはここで立ち止まってるわけにはいかねえんだ。これ以上、置いていかれてたまるかよ」


 言葉と共に、全身から魔力を放つ。

 主の昂揚を受けて、魔力もまた微かな熱を得て猛る。


「魔術士? ひとりで何の用だ?」

「この砦の奪還を依頼された者だ」


 おっとり刀でやってきた傭兵に端的に宣戦布告を投げて、マルクを重厚な手甲に覆われた右手を掲げた。

 小さく紡がれる詠唱に従ってその手の中に猛々しい炎の槍が生まれる。

 そして、マルクは術式の核を(・ ・)握り込んだ(・ ・ ・ ・ ・)


 “焔切”で術式の核を斬られるのなら物理的に守ればいい。

 ひどく単純な発想でマルクはそこに至った。

 既知の外にあるその発想を魔導兵器という発明と豊富な資金力が実現してみせた。


 マルクの両手を覆う巨大な手甲は巨人の腰骨から削り出し、熱遮断と身体強化の刻印を刻んだ試作型魔導拳“ギリムガルド”。

 魔導兵器が加護のない一般人が戦う為の武器であるならば、ギリムガルドは魔術士が近接戦闘で他の契約者に勝つ為に開発された異端の武器である。

 すなわち、剣士たるミハエルに勝つ為に、魔術士たるマルクが見出した前衛魔術士――“魔拳士”の武器である。


 今や炎の塊と化した右拳をマルクは振りかぶり、


「――ゼァッ!!」


 全力で大門へと叩きつけた。

 直後に響く轟音、拳先端に圧縮された爆発力が過たず門を打ち抜く。

 反動に足を踏ん張って耐える。余波で周囲の傭兵が吹き飛んでいく。


 そうして、その拳は一撃で以て砦の門をぶち抜いた。


「さぁて、オースラってのはどいつだ?」


 門だった砕片がぱらぱらと舞う中、マルクは自ら開けた大穴を潜って悠然と砦内に侵入した。

 おそらくは迎撃地なのだろう。門の中には中庭のような何もない広間が広がっている。

 そこに、続々と集まって来た傭兵がマルクを囲むように展開した。

 無数の剣槍に囲まれたマルクはしかし、不敵な笑みを浮かべて両拳を構えた。

 まばらで貧弱な装備しかない傭兵達では己を止められないと確信しているのだ。


「おい、囲んで終わりじゃねえだろうな、テメエら」

「チィッ!!」


 次の瞬間、マルクの前後左右から同時に槍が突き込まれた。

 少年は手甲表面で左右の槍を弾きつつ、軽くステップを踏んで前後から迫る穂先を回避。

 次いで、踏み込み過ぎた背後の傭兵の膝を踏み抜いた。


 ごきり、と鈍い音がした。野太い悲鳴がその後に続く。


 靴底に鉄板をあしらったそのブーツは立派な武器だ。

 膝関節の砕ける感触を足裏で感じつつ、マルクは相手の足を足場に跳び上がり、その顔面を殴り飛ばした。

 身体強化の恩恵を十全に受けた打ち下ろしの一撃は傭兵を地に沈め、踏み固められた地面を陥没させる。

 想像以上の威力に、更に攻め立てようとしていた傭兵達の足が思わず止まる。


「どうした、数でかかれば勝てると思ったか? ってか、テメエら弱過ぎるだろう。ホントに傭兵か?」

「テメエ、魔術士の癖して何だそりゃあ……」

「今日日、魔術士だってこのくらいはできるもんだ。で、来ないのか?」

「……」


 明らかに浮足立った傭兵達は自然体で構えるマルクを攻めあぐねていた。

 少年としても陽動と時間稼ぎが主題。ここで乱戦になって砦内に逃げ込まれても困る。均衡状態は望むところだ。

 このままミハエル達が合流するまでの時間を稼ぐ。あわよくば首魁のオースラを引き摺りだす。

 好戦的な構えに反し、心中で冷静にそう定めたマルクが更なる停滞を期して口を開こうとして、


「――動くな!!」


 砦上部から聞こえた声に顔を顰めて視線をあげた。

 見れば、涙で顔をぐしゃぐしゃに歪めた少女が首にナイフを当てられているのが目に入る。

 その背後に立つ男は周囲の傭兵よりは幾分上等な装備を纏っているが、その風貌は聞いていたオースラとは異なる。

 ハズレか、とマルクは怒りで沸き立つ心中でひとりごちた。


(ミハエルの野郎、しくったか?)

「動くなよ。こっちは貴族の娘を人質にとってるんだぞ!!」

「人質は元から砦に詰めていた兵達だけじゃなかったのかよ……」


 おそらくは北部貴族の縁者だろう。マルクはそう推測した。

 でなければ、ティベリオたち白国騎士が派兵を渋る理由がないからだ。


「成程、奪還に失敗しても憎悪はミハエルにいく。北部貴族は分裂するだろうな。成功すればあの娘の親に恩を売れる。わざわざ黙っていたのは奪還に失敗した方が都合が……いや、奪還しても結局は“処分”するつもりだったのか。やっぱ貧乏くじだな、この依頼」


 呟き、マルクは渋々といった風に構えを解いた。応じて、周囲の緊張も一段緩む。

 無論、それはみせかけの態度に過ぎない。

 マルクの魔法ならば砦上までの距離は既に必殺の領域だ。

 しかし、詠唱という明確な準備動作が必要な魔法はこういった場面では不利に働く。人質を無傷で奪還することは難しい。

 マルク個人としては必要ならば人質の一人二人見捨てることに躊躇いはない。その可能性を考慮してフィフィを後方に残してきたのだ。

 だが、大して切羽詰まっていない状況でその選択に走ることはリーダーの意向に反する。


 そして、時間は既に十分に稼いだ。

 最後通牒を兼ねて、少年は人質の背後に立つ男へと声をかけた。


「その娘を放せ。さもなくば…………いや、もう終わったか」

「なに――?」


 男が疑問の声をあげる刹那、その腕がすとんと落ちた。

 数瞬遅れて、肉の落ちる湿った音が辺りに響く。

 状況を理解できず、誰もが唖然と見上げる中、血を噴き出す腕の断面に水糸が踊っているのを見て取ったのはマルクだけだった。


 そして、気付けば、男の隣には微かな風を纏ったミハエルが立っていた。

 細剣から伸びる水の鞭は行きがけの駄賃とばかりに男の懐から人質の娘を抜きとり、巻き戻る。

 同時にミハエルは左の雷剣を抜刀、混乱する男の首筋に切っ先が触れる。

 直後に放たれた紫電が男の意識を焼き、微かに肉の焼ける匂いと共にその身を崩した。死なない程度に絶妙に手加減された一撃にはミハエルの余裕が窺える。


 そうして、未だ固まったままの周囲の傭兵達を尻目に、ミハエルはその場を脱し、マルクの隣に着地した。


「ごめん。ひとり確保し損ねて遅くなった」

「つまり、結果オーライってことだな」

「まあね」

『人を馬車馬の如く使っておいて何が「まあね」だ、ミハエル!!』


 ふと頭上から響いた声に混乱したままの傭兵達も顔をあげ、慌ててその場を退避した。

 直後、怒りのままに粉塵を巻き上げて着地した水竜が顎門を開いてミハエルを威嚇する。


 見れば、馬ほどの大きさになったベルの背中には恐怖で硬直した数人の人質が載せられている。

 飛行能力を持ち、自在に大きさを変えられるベルは成程、人質奪還に於いてはこれ以上ない有用な人材、もとい竜材だっただろう。


「便利だな、それ」


 思わず口を吐いて出た言葉に、ぎろりと竜が視線を向ける。

 マルクは黙って両手を挙げた。とばっちりは勘弁だった。


『まったくもって不愉快だ。我が背にニンゲンを載せるなど……』

「ごめんね。ありがとう、ベル」

『……今回だけだ』


 言って、翼を振って落とされる人質達を如才なくミハエルが抱きとめる。

 こいつらいいコンビだな、とマルクは声に出さず断じた。


「クソッ!! オースラはまだ戻ってこないのか!?」

「ア、アレだ!! アレを出せ!!」


 未だ諦める様子のない傭兵が慌てた様子で砦内に戻っていく。

 この期に及んでまだ戦う意思が残っているのは結構なことだが、果たして現実が見えているのか、マルクは不安になった。


 そうして、戻って来た傭兵達は巨大な箱のような物をミハエル達の前に展開した。

 箱の前面に開いた複数のスリットからそれが“連弩”であることがわかった。

 魔術士や弓兵が戦力として確立されてからは使われることのなくなった骨董品だ。

 とはいえ、契約者相手に効果があるかは甚だ疑問だが、同時に無数の角矢(ボルト)を放つその兵器は少なくとも傭兵達が恃みにする程度の制圧力は見込めるだろう。


「砦にあったものを改修したのか。はじめから出しとけよ」

「出てくる人が少ないと思ったら。砦上に配置するつもりだったのかな、あれ?」


 各々好き勝手なことを呟きながらマルクとミハエルは得物を構えた。

 二人にとっては見てから回避できる程度のものだが、背後の人質達はそうもいかない。迎撃の必要があった。


『どれ、気晴らしがてら、奴らの切り札を試してやろう』

「ベルがやるの? いいけど、程々にね」

『善処しよう』


 直後、無責任な言葉を置き去りに、ベルは地面すれすれを飛翔して真正面から連弩に突撃をかけた。

 慌てて連弩に取り付いた傭兵がレバーを引いて無数の角矢放つ。

 だが、大きさこそ本来の半分にも満たないが、彼らの前にいるのは竜に他ならない。

 ベルは翼を振って雨露を落とすように難なく角矢を弾くと飛翔の勢いのまま連弩にその全身をぶつけた。

 瞬間、強烈な破砕音と共に竜は連弩を突き破って空へと飛び上がった。

 並の金属を超える強度を持つ竜鱗には傷一つ見られない。


『――ガアアアアアアアアッ!!』


 そして、駄目押しとばかりに青い奔流(ブレス)が放たれる。

 既にガラクタと化した連弩はそうして跡形もなく消え去った。



「さて、降伏する気になったかな?」


 ブレスの余波でずぶ濡れになりながら、頭上を周回する竜を呆然と見上げている傭兵達にミハエルは降伏勧告をした。

 傭兵達の心は既に折れていもおかしくない。

 だが、彼らは首を縦に振らなかった。

 彼らにはまだ恃みにするひとりがいるからだ。


「――やってくれたな、小僧」


 ふと背後からかけられた声にミハエルは苦笑を殺して振り向いた。


 大穴のあいた門の前に巨躯の男がいた。

 哨戒に出ていたのだろう。隙のない身のこなし、熊のような筋肉質の巨体、刈り上げた短髪の下の鋭い眼光。どうにも懐かしい姿だ。

 微かな哀切を胸にミハエルは旧知の傭兵に声をかけた。


「久しぶりだね、オースラさん。ちょっとやつれた?」




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