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刃金の翼・外伝  作者: 山彦八里
孤竜の騎士
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5話:弱者と強者・前編

 涼風の吹く草原にふたつの人影が舞い踊る。

 マルクとミハエルの二人だ。

 汗を散らし、炎と雷を、水糸と氷槍を汲み交わす二人の表情は真剣そのものだ。

 片や多種多様な魔法を盾にしつつ、ここぞという所では踏み込み拳撃を見舞う異色の魔術士。

 片や四剣を持ち替えて魔法に対応しつつ、放たれる拳に迎撃を合わせる魔剣の使い手。

 恒例となった週に一度の“決闘”も、最近では互いに決定打を与えられず、半ば実戦訓練の様相を呈していた。


「――ゼァッ!!」

「――シッ!!」


 手加減なしの拳撃が完璧な間で切り払われ、体勢を崩した相手に放った刺突が難なく躱される。

 仕切り直そうと下がれば踏み込まれ、一気に決めようと斬りかかればいなされる。

 互いの呼吸はもはや無意識の領域で把握されている。

 あるいは、自身のこと以上に相手のことを理解しているのかもしれない。

 互いに相手の次手を予知し、それに対して己がどう応ずるかに悩む。その域に二人はいる。

 傍から見れば、二人の決闘は舞闘と呼べるものだった。


 そうして、互いの全力を尽くして四半刻、遂に体力の尽きた二人は草原に寝転がった。

 汗に濡れた体を草原の風が撫でる。


「剣が軽いぞ、ミハエル。早く持ち替えに慣れろ。自分で選んだ道だろうが」

「そういうマルクは相変わらず状況に詰まると動きが雑になるね。さっきの刺突はもっと小さく避けた方がいいよ。ぶわって避けるんじゃなくて、さって避ける感じ」

「わかんねえ。もっとわかりやすく説明してくれ」

「想定が違うんだ。僕らの剣には対人用と対魔物用があって、人間を相手にした時にはそんなに大きく踏み込まないし、隙も晒さないんだ」

「あ、ああ……なんとなくわかったような気がする」

「なんて言えばいいんだろうね……」


 微妙に気を遣われたミハエルは苦笑と共に頭を掻いた。

 ミハエル自身、マルクやフィフィと教え合うようになって気付いたが、自分はどうにも人に教えるのが苦手なようだった。

 ものを教えるときに重要なのは共感だ。

 できたという実感、何ができないのかという理解、つまりは相手の成長過程を把握すること。

 特にできないことへの理解は大事だ。でないと、どうして出来ないかがわからないからだ。

 ミハエルには才能があった。根気もあった。剣に於いて出来ないことはそうそうなかった。

 年単位の修練が必要な技はまだ覚えていないが、いずれできる確信がある。

 故に、できないという感覚がどうにもわからなかった。


 少年の師は「倒れるまでやれ」「できるまでやれ」「できないなら死ね」の三択しかないような男だった。ミハエル以上に師に向いていない人物だった。

 だが、本人いわく剣の才能はなかった為に随分と苦労したらしい。

 故に、そこには壮絶なまでの共感がある。できないという感覚への理解がある。

 剣の才能がない者が、剣にて神に届いたというのもおかしな話ではあるが、それは決して偶然ではなかったのだ。


「まだまだ遠いなあ……」


 ぼやき、寝転んで見上げる蒼穹を小さな影が横切る。

 周囲の警戒をしていた水竜が戻ってきたのだ。


『そろそろ依頼者と会う時間ではないのか?』


 風を巻いて草原に着地したベルは開口一番そう告げた。

 負けず嫌いで几帳面。水竜はどうにも人間臭く、ミハエルは小さな笑みと共に首肯した。


「そうだね、マルクももう動ける?」

「あ、当たり前だ」


 言葉と共にマルクは膝を震わせながら立ち上がった。

 竜に劣らない親友の負けず嫌いぶりにミハエルは笑ってその肩を叩いた。



 ◇



 依頼者との待ち合わせは帝都は南区の教会とのことだった。

 帝都はその広さ故に教会も地区ごとに配置されている。

 国の名に“赤”を配し、赤神の末裔たる皇帝によって統治されている赤国では当然のように“戦士と鍛冶の神”である赤神が最も人気である。

 とはいえ、今日日、一柱だけを祀る教会は殆どみられない。特に内外の出入りが激しい南区の教会は五柱の神を祀るようになって久しい。

 ミハエル達はまばらに人のいる礼拝堂の隅を陣取り依頼人を待つことにした。

 礼拝堂は奥の五色に輝くステンドグラスに照らされ、静謐な雰囲気を湛えている。

 視界が広く開けて、隣人と適度な距離感のある礼拝堂は――教会側としては甚だ不本意だろうが――独自の拠点を持たない者にとっては密談に向いている場所と言っていい。


『何故、ニンゲンは神に祈るのだ?』

「……難しい質問だね」


 何をするでもなく祭壇に祈る人々を眺めていると、ふと竜が口を開いた。

 ある意味で、それは竜らしい疑問だろう。

 人間が祈る五色の神、その内の赤神、白神、黒神は元は人間だったという。

 竜にしてみれば、自らが届くかもしれない(・ ・ ・ ・ ・)存在をわざわざ敬うことに意味を感じられないのだろう。


「この大陸では死にたくないから、強くなりたいから、生きたいから祈る――のだと僕は考えていた」

「いた? では、今は違うのか」

「うん、たぶんね――」


 長い間、少年はその考えに囚われていた。偏見といってもいい。

 祈ることを否定はしないが、その時間を鍛錬に充てた方がいいのではないかとすら思っていた。

 どうやらそうではないらしいということに気付いたのはつい最近のことだった。


「――僕等はきっと死を覚悟する為に祈っているんだ」


 祈りの先に死後を感じ、自分が死ぬ準備をする。

 人間はまだ見ぬ未来に恐怖する。その恐怖に打ち勝つ為に祈る。

 ミハエルがだした結論はそれだった。


 ミハエルは死ぬ恐怖よりも先に殺す恐怖を知ったクチだ。

 それ故に、はじめの一歩をすっ飛ばしていた少年にとってはその理由に至ったことはひどく新鮮で、同時に納得できるものでもあった。

 未知は恐怖に繋がる。想像できた方が恐くないことは往々にしてある。

 少なくとも、死んでどうなるか分からないよりは、原初の海に行くと信じていた方が心穏やかに生きられるだろう。


『……死、か』


 水竜は口内でその言葉を転がした。

 超越種の端くれである竜としてかつては遠かったその言葉が、今はひどく身近に感じられる。

 理由は考えずともすぐに思い至った。


「ベル、現状、君の復讐は成功する確率が低い。竜相手に今の師匠が手加減する余裕があるとは思えない。君は、師匠と戦えば死ぬよ」

『……復讐をやめろ、とは言わぬのだな』

「君が言葉で止まる手合いなら、僕も口舌を尽くす労を厭わないんだけどね」


 そう言って、ミハエルは肩を竦めた。

 少年の言葉は飾り気がなく率直で、それ故に竜もすんなりと受け入れいることができた。


(なまじ力がある故に、諦めきれぬのかもしれんな)

『……汝の師は、汝よりも強いのだろうか?』

「現状、試合形式なら互角かちょっと不利くらいかな。そこまでは詰められた」

『決闘なら?』

「少なくとも僕は死ぬ。その点は君といっしょさ」

『……』


 あっけらかんと宣う少年に竜がジト目を向ける。

 そうしている内に、依頼人がやって来たことをマルクが告げて、二人は口を閉じた。



「アルカンシェルのミハエル様ですね。私はティベリオと申します」


 そう言って、依頼人は恭しく腰を折った。

 綺麗に金髪を撫でつけた二十代前半と思しき整った顔立ちの青年だ。

 平服に剣を帯びただけの簡素な出で立ちだが、その物腰には確かな教養を感じさせる。


「ここ数日、僕らを尾行していた人が何の御用ですか?」

「ッ!? そ、それは……」


 自分よりいくらか年上と思しき相手であるが、ミハエルは丁寧に、しかしきっちりと弱味を指摘した。

 ティベリオはさっと顔色を青くして、それを誤魔化すように視線を伏せた。


「気付かれていないと思うなら、貴君と貴君の主はあまりに僕らを見くびり過ぎです」

「……」

「それで、お互いの認識の擦り合わせは済みましたが、依頼を撤回する気はありませんか?」

「――はい」

(即答、か)


 つまりは、それだけの権限を与えられている。

 おそらくは正規の騎士だろう。ミハエルはそう断じた。


「現在、白国国境付近にて小砦をひとつ野盗に占拠されています。彼らは人質を取って立て篭もっていまして、その奪還をアルカンシェルの皆さんに依頼したいのです」

「テメエでやれよ。そのナリ、アンタは白国の騎士だろう」

「できるのならば既にやっている!!」


 狙い澄ましたマルクの横槍に図星を突かれたのか、ティベリオは激昂した。

 だが、次の瞬間には大きく息を吐いて怒気を収めて改めてミハエルに向き直った。


「ミハエル様、貴方様もディメテル家の一員なれば今の白国の内部不安についてはご存知でしょう」

「教皇の退任と権限の縮小、貴族院の増員、それに伴う内政不安。ああ、ここ数日の尾行は他の白国貴族の手が伸びていないかを確認していたんですね」

「無礼は謝罪いたします。そのお詫びという訳ではありませんが、ひとつ情報を差し上げます。

 ――率直に言って、北部貴族の一部に反乱の兆しが見られます」

「反乱、ですか……」

「確度の高い情報です。裏付けもとっていただいて構いません。……ご存知のように、北部は暗黒地帯から流入する魔物の襲撃による紛争が多発していた地域です。防衛に割く負担が南部貴族とは大きく異なったのです」

「それは理解しています。ですが、暗黒地帯の浄化に伴い、現在は魔物の襲撃も激減している筈です」

「魔物の襲撃は少なくなっても、鍛え抜いた騎士は残っています」


 たしかに、とミハエルも首肯を返した。

 実際、白国の著名な武門の多くが北部に集中している。ヴェルジオン家やクラウス家もそのひとつだ。

 現在でも十分な地位と権力を約束されている両家が反乱に与することはないだろうが、全ての貴族が時代に適応出来ている訳ではないのも確かだ。


「その、ディメテル家も勿論――」

「世辞は結構。ウチはここ数十年は兵器開発が主、気遣いいただく必要はありません。続きを」

「はい。その為、正面からぶつかれば我ら皇国騎士とてタダでは済みません。故に、今の時期に北部貴族を刺激したくはないのです。また、本来こういった任にあたる近衛騎士も再編中で動かすことはできません」

「それで僕らに回されてきたんですか」


 うまい手だ、とミハエルは心中で唸った。

 曲がりなりにも北部貴族の一人でもあるミハエルが解決したとなれば、件の貴族達もこれを理由に反乱を起こすことはできない。

 あるいは、それによって北部貴族の分裂をも狙っているのかもしれない。

 ミハエルの主家筋たるヴェルジオン家は北部貴族の中では領地は小さく、六等家と家格も高い方ではないが、現当主“億千万の盾”の武威は大陸全土に鳴り響いている。

 武に誇りを抱く他の有力貴族の感じる屈辱は並大抵のものではないだろう。


「……依頼についてですが、砦に籠る相手の規模と人質の数はわかりますか?」

「野伏の見る限りでは50人ほど。人質については不明です」

(……フィフィが聞いたらなんて言うかなあ)


 かつて誘拐されたことのある恋人の顔を思い浮かべてミハエルは胸を痛めた。


「相手について何かわかっていることは?」

「首謀者はオースラ。白国ではそれなりに名を知られている傭兵です。ご存知ですか?」

「覚えのある名前です。……ああ、魔神争乱の時の」


 依頼人の手前とぼけてはみせたが、忘れるわけがなかった。

 その名は五年前、魔神争乱の折にミハエルが手ずから魔導兵器を渡した戦士だ。

 共に轡に並べ、戦場を駆け抜けた戦士だ。

 鍛え抜いた巨躯を以て魔物を打ち倒す姿をミハエルは鮮明に覚えている。


「オースラは神と契約していない身で、我ら騎士と対等に渡り合う練達の武人です」

「しかも未だ魔導兵器を保有している。そうですね?」

「ミハエル様の所為ではありません。ですが、もし、まみえることになったのならご注意ください」


 そうして、訳知り顔で忠告するティベリオに、成り行きを見守っていたマルクが再び口を挟んだ。


「で、何喰わぬ顔で依頼を受ける方向にもっていこうとしてるんだアンタは」

「いえ、ですが、この依頼はミハエル様にしか……」

「こっちばっか不利益ひっかぶって依頼もクソも――」

「マルク」


 口舌鋭く荒い親友を押し留め、ミハエルはティベリオに右手を差し出した。


「その依頼、お受けします」

「ミハエル!!」

「砦が占拠されていることに変わりはない。放置する訳にはいかないよ。それに――」


 その一瞬、マルクに振り返ったミハエルは不敵な笑みを浮かべていた。

 絶対の信頼が形作るその笑みにマルクは二の句が告げられなかった。


「反乱? ヴェルジオン家の“盾”が健在の内にそんな好き勝手ができると彼らは本気で思っているのかい?」



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