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刃金の翼・外伝  作者: 山彦八里
孤竜の騎士
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1話:一匹竜・前編

 ――五年前、パルセルト大陸全土を巻き込んだ大きな戦があった。


 俗に“魔神争乱”と呼ばれる古代種の率いる魔物と人間の決戦。

 千二百年ぶりの大戦に大陸を治める四大国は全力を傾け、そして、勝利した。


 戦いは熾烈を極め、古代種の王を討った“神殺し”、百万の兵を率いた“億千万の盾”を筆頭に多くの英雄達の名が大陸に刻まれた。

 そして、その中にひとりの少年がいた。

 大戦時、わずか十歳にして祖父と共に義勇兵を率いたミハエル・L・ディメテル。

 その活躍からロードに列せられた少年は今、冒険の日々を過ごしていた。



 ◇



 燦々と輝く太陽が街道を照らす。

 からりと晴れた青空の下、爽やかな春風が頬を撫でる。

 よく整備された街道を行く数台の馬車は小気味よい揺れを乗員に与えながらのんびりと南下していた。


「……うん、いい天気だ」


 先頭馬車の屋根に胡坐をかいたまま、ミハエルは風を浴びて気持ちよさげに目を細めた。

 ミハエルの年の頃は十五程度。明るい栗色の髪に黄緑に近い碧眼を具えた人懐っこい表情をしている。

 五年前よりも背も伸び、顔にも精悍さが増しているが、それでもどことなく幼さが残っている。

 尤も、人好きのする見た目に反し、体に纏った軽鎧と腰に帯びた“四振り”の細剣は少年が後ろに続く商隊の護衛であることを示している。

 そうして、春の陽気に誘われるように空を見上げていた少年は、ふと遠くからじっと此方を窺っている狼型の魔物を見つけて微かに口元を緩めた。


「――おい、放っておいていいのか、アレ?」


 手を出す様子のないミハエルに業を煮やしたのか、御者台から仲間が声をかけた。

 視線を向ければ、赤毛を風に揺らし、ウィザードを示す黒神のローブを纏い、両手に重厚な篭手を嵌めたややちぐはぐな格好が目に入る。

 ライバルであり、親友でもある少年――マルク・ヴァリドの睨む姿には警戒心と苛立ちが窺える。

 ミハエルは表情を僅かに苦笑に変えて首を傾げた。


「どうだろう。襲ってくる様子はないし、この距離だとたぶん逃げられるよ?」

「それはそうだが……街道まで出て来ている奴らだぞ。いつ人を襲うかわかったもんじゃねえ」

「けど、無暗に人を襲わない頭がいてくれたら、後から発生した魔物を抑えてくれるかもしれないよ」

「……」


 ミハエルの言にマルクは押し黙った。

 魔物についてわかっていることは多くはない。

 五年前まで人と魔物は出会えば骨肉の争いを繰り広げる間柄であり、死した魔物は死体を残さず消滅していたからだ。


 全てが変わったのは魔神争乱の後になる。

 魔物は無暗に人を襲わなくなり、また、かつては四散していたその死体も残るようになった。

 千二百年もの間、魔物は狂乱の中に在り、その死後は魔神に捧げられていたのだ。ミハエルは師よりその顛末を聞かされていた。

 だからこそ、人と魔物の間に新たな秩序を築く必要性も感じていた。

 魔物は本来、愚かな存在ではない。むしろある程度の確かな知性がある。それは人間にとって厄介な性質であると同時に、未来に可能性を残すモノでもある。

 手を取り合える間柄ではないかもしれない。だが、互いに棲む場所をわけることはできるかもしれないのだ。


「フィフィはどう思う?」


 ノックをするように屋根を軽く叩いてミハエルはもう一人の仲間に問いかける。

 応じて、窓からひょっこりと顔を出し、ブルネットの巻き毛を揺らす少女に少年の笑みが深くなる。

 フィフィアーナ・ニミュエス。

 かれこれ七年近い付き合いになる少女は真っ直ぐにミハエルを見上げて困ったように笑った。


「魔物よりも盗賊の方が問題じゃないかしら?」

「……あ、うん。そうみたいだね」


 探知の術式を展開していたフィフィは道の先で不自然に街道を阻んでいる存在を感知していたのだ。

 マルクは何も言わず馬車の速度を落とし、ミハエルは未だ揺れを残す屋根の上で器用に立ち上がった。

 腰に帯びた左右二対、四振りの細剣が微かに金属音を立てる。

 蒼色、金色、そして、翠色がふたつ、細剣の柄頭には磨かれた魔力結晶がそれぞれ象嵌されている。


「フィフィ、後ろのみんなに止まるように言って」

「わかったわ」


 返答を確認すると同時にミハエルは屋根を蹴って飛んだ。

 同時に魔力を流せば、四振りの内、翠玉を象嵌した左右一対の双剣が微かに風を纏う。

 耳元で一層大気が唸り、風に持ち上げられるようにして飛距離を伸ばす。

 そうして、ミハエルは一飛びで百メートル近くを飛び越え、薄汚れた風体の男達の背後に音もなく着地した。


(剣が3、弓が2。それなりに手慣れている。素人じゃないか)


 少年は素早く視線を巡らせ、相手方を確認する。

 間をおかず自然な歩みで五人全員を剣の間合いに入れ、牽制代わりに口を開く。


「こんにちは」

「なっ!?」

「テメエ、どこから!?」


 振り向き、咄嗟に剣を抜いた男達を見て、ミハエルの目が細まる。

 柄頭に魔力結晶を象嵌し、刀身に精緻な刻印を刻んだ剣。

 ――“魔導兵器”

 魔力を通すことで簡易に術式を再現することを可能とした武具。

 紛うことなく、ミハエルの腰の物と同種のものだ。


「……それはこんなことに使う物じゃないよ」

「あん?」


 男達は怪訝そうに顔を顰め、次いで、ミハエルが腰に佩いた四振りの細剣を見て口の端を吊りあげた。


「アンタも魔剣使いか。丁度いい。そいつを寄越して貰おうか」

「剣が4本もあったって一人じゃ使い切れねえだろ」

「試してみるかい?」


 口さがない男達の挑発にミハエルもまた剣を抜いた。

 四振りの内、馬手に蒼色の剣、弓手に金色の剣を握り、胸前で交差させる。

 どちらも薄い刀身に刻印を刻んだ魔導兵器だ。取り回しを重視しているのか、長さは腕と同じ程度に抑えられている。

 構えたミハエルを見て、にわかに盗賊達の緊張が高まり、剣弓を握る手に力が篭る。


 その一瞬をミハエルの目は見逃さなかった。


 踏み込み、機先を制して振り抜いた双閃が過たず弓の弦をふたつ、斬り飛ばす。

 誰も反応できなかった一瞬の内に、断たれた弓がからんと乾いた音を立てて地面に落ちる。

 慌てて手元を確認した弓兵二人が後退し、それを援護するように残る剣士三人が前に出る。

 だが、遅い。ミハエルは既に次の一歩を踏みこんでいる。


 再度舞うように振るわれる双剣が蒼と金の軌跡を描き、軌道上にあった魔導兵器――魔剣の二振りに触れる。

 直後、りぃんと鈴の音のような高音を響かせて盗賊達の手にあった魔剣は刀身半ばで断ち切られた。

 あまりにもあっさりと剣を断たれた盗賊達は驚きと共に己とミハエルの手元を見比べる。

 無論、ミハエルの双剣には傷一つ見られない。


「ッ!! ――術式、起動!!」


 残る最後の一人はここで攻撃を選択した。

 声を鍵として、魔剣に魔力が通い、刀身を炎が包み込む。

 炎を纏うラハヴ型は魔導兵器の中でも特に一般に流通している。人も魔物も本能的に炎を恐れるからだ。

 その為、時にこのようなならず者の手に渡ってしまうこともあるのだが――


「――起動(セット)


 だからこそ、ミハエルは容赦をしない。

 祖父と共に魔導兵器の実用化に大きく寄与した責任が少年にはある。

 声変わりして尚、若干高いその声を鍵として、右の蒼剣が薄らと水刃を纏う。

 マイム型の魔剣は水の刃を纏うことで射程と切断力を強化する。この場において、それが意味することはひとつだけだ。

 炎剣を構えた盗賊が恐怖に一度唾を飲み込み、覚悟を決めて斬りかかった。


「おおおっ!!」

「――――」


 気炎をあげて振りかぶる炎剣の真下にミハエルはするりと踏み込む。

 頭上に感じる熱に構わず、意識を集中させる。


 あらゆる物に要所となる重心があるように、術式にも核となる場所がある。

 その核を断てば、あらゆる術式は無為に帰す。

 心剣一致の果てに、剣という武は魔という奇跡を破壊する。


 ――すなわち、焔切。


 ミハエルの目は既に炎剣の核を捉えている。

 滑るような踏み込みから間をおかず、右腰に流した水剣を袈裟に斬り上げる。

 一瞬にも満たぬ刹那に美しい弧を描いて閃光が瞬く。


 直後、水刃は炎を切り裂き、三度刀身を断ち割った。

 後には大気に滲む青い軌跡だけが残る。


「4本の魔剣。チッ、そうか、テメエが最近あちこちで魔導兵器巻き上げてるっていう“魔剣士”か!!」

「そういうこと。諦めてお縄について欲しいんだけど」

「くそっ!!」


 自らの不利を悟った盗賊達は、次の瞬間にはミハエルに背を向けて一目散に逃げ出した。

 少年の目が僅かに細まり、左の金剣がばちりと大気に悲鳴を起こす。

 だが、次手を講ずる前に、盗賊達の行く手を突如として滝のように降り注いだ炎の壁が遮った。

 数メートルはある分厚く、汗が音を立てて蒸発する程に熱い壁にたまらず盗賊達の足が止まる。


「詰めが甘えんだよ、ミハエル」


 声はすぐ隣から響いた。

 視線を向ければ、両手に重厚な篭手を嵌めたマルクが両手を突き出して構えていた。

 魔導兵器の簡易な術式ではなく、黒神と契約した者だけが扱える炎の魔法。

 低位とはいえ、ウィザードだけが扱える本物の奇跡に盗賊達の怯えが最大限に増幅される。


「そうだね、ごめん。――フィフィ」


 囁くように告げたミハエルの言葉に応じて、地面を無数の雷の蛇が這いずった。

 綺麗にミハエルとマルクを避けた雷蛇は過たず盗賊達の足に絡みつき、直後、破裂音に似た撃音を伴ってその身を灼く。

 盗賊達は一人残さずその場に倒れ伏した。

 振り返れば、腰の高さで丈を詰めたローブを羽織り、馬車を守るように杖を構えたフィフィの体から微かに魔力が立ち昇っているのが見て取れる。

 肉体には後遺症を残さず、意識だけを奪う卓越した技量にミハエルは「うん」と小さく頷き、左の金の剣に充填していた魔力を大気に還した。


「――――」


 ふと辺りを見回せば、自らの手で破壊した魔剣が三振り、地面に転がっている。

 半ば断ち切った剣の亡骸はミハエルの胸に微かな疼痛を齎した。


 ――パルセルト大陸の人間は大きく二つに分けられる。


 すなわち、五色の神と契約できる者とできない者だ。

 その差はひどく大きい。契約者は己の可能性を神に肯定され、その実力を大きく伸ばす。

 長じては、神にすら届くほどの力を得られる。


 逆に、魔導兵器は力を持たない者、力を喪った者を援ける為に作られた兵器だ。

 極小の魔力で、魔法を模倣した力を得ることができる。

 魔導兵器の実現によって命を繋いだ者も多い。特に国の手も満足に及ばない大陸辺境では自衛手段として重宝されている。

 魔導兵器はこれからの社会の発展に必要な物なのだ。


 ただし、危惧は無論、ミハエル達にもあった。

 今まで力を持たないが為に抑圧されてきた者達が力を手にすればどうなるのか想像に難くない。

 それでも、魔導兵器を量産せねばならない理由があったのだ。


 ――“魔神争乱”だ。

 五年前の大戦に援軍として駆け付けた契約者でない只人達。彼らの力となる為に魔導兵器は量産されたのだ。

 戦後の混乱でそのいくらかが流出してしまったのは痛恨の極みだが、だからこそ、ミハエルは今、旅に出ている。悪用されている魔導兵器を回収する為に。


 現在、魔導兵器の量産は縮小されている。

 魔物が人間を襲うことが減り、その核であり、魔導兵器の作成に必要な魔力結晶を得る機会も少なくなったからだ。

 魔導兵器の実用化に伴う混乱も徐々に落ち着きをみせている。

 あと五年。自分が尽力すればあと五年でこの混乱を治めることができるとミハエルはみていた。



 ◇



 その後は襲撃もなく、ミハエル達は護衛対象の商隊を目的地の街に恙なく送り届けた。


「お世話になりました、ミハエル様。流石は名にし負う“アルカンシェル”を継いだだけのことはありますな!!」

「まだまだ未熟な身です。先代には及びません」


 馬車を降りた隊の長は依頼料を渡すと共にやや下心の滲む笑みをミハエルに見せた。


「これも何かの縁です。御入り用の物がございましたら、是非とも我が商会にお申し付けください」

「それなら、“竜の心臓”(ドラゴンハート)はありますか?」

「はっはっはっ、冗談がお上手ですな、ミハエル様。では、手に入れたら真っ先にお話を持って行かせていただきます」

「お願いします」


 豪快に笑う長にミハエルも苦笑混じりの笑みを返す。

 ドラゴンハートはその名の通り、竜種の心臓が結晶化したこの大陸でも最も価値の高い宝玉のひとつだ。

 値段など付けられない国宝級の秘宝、それほどに希少な物なのだ。とてもではないが一介の商人が用意できる筈がない。


(やっぱり自分で取りに行かないと駄目かな……)


 隊に戻る長に手を振り返しながら、ミハエルは心中でひとりごちた。

 ドラゴンハートは希少な宝玉であると同時に、本来ならば行使できない域に在る魔法すら可能とする最高位の触媒である。


 手に入れたなら、神に傷つけられた師の体を癒すことができる。


 その為にも、力をつけて、いつの日か『竜の谷』に挑む。

 それがミハエルの旅のもう一つの目標だった。




「あ、お帰り、ミハエル!!」


 長を見送ってギルドの馬車に戻ると、馬にブラシをかけていたフィフィが笑顔で出迎えてくれた。

 大輪の花のようなその笑みはかつてと同じ明るさの中に僅かばかりの色気を含んでいる。ふとした時にミハエルはそれを感じる。

 自分の背が伸びたように、同い年の少女も少しずつ大人になっているのだ。

 その笑みが失われなかったことはミハエル自身、誇りに思うことだ。


「宿はもう取ってあるし、今日はこの街で一泊するのよね?」

「うん、その予定だよ。帝都に戻るのは三日後になるけど、マルクもそれでいい?」


 少し離れた場所で篭手を弄っていたマルクに尋ねると、赤毛の少年はやや憮然とした表情のまま顔をあげた。


「別にいいぞ。それより、依頼料は値切られてねえだろうな?」

「大丈夫。マルクは心配性だね」

「テメエがいつもへらへら笑ってるから不安になるんだよ!!」

「それを心配してるって言うんじゃないかしら?」

「ぐ……」


 フィフィに笑顔で切り返されたマルクは言葉に詰まったまま、何故かミハエルを睨んだ。

 マルクは実力で勝っている筈のフィフィがどうにも苦手なようだ。

 それは弟が姉に向けるような苦手意識にみえて、一人っ子のミハエルとしては新鮮な気分になる。


「フィフィ、マルクも年頃なんだしあんまり明け透けに言ったら可哀そうだよ。数年したら昔を思い出して悶えちゃうだろうし」

「そういうものかしら?」

「……お惚けカップルめ」

「ははは、照れるね」


 快活に笑い、篭手に覆われた拳をふるふると震わせるマルクの肩を軽く叩き、ミハエルは仲間と連れだって宿への道を歩き始めた。

 二代目アルカンシェル。今はまだ三人だけのそのギルドの名が世に知られるようになるのはもう少し後の話である。



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