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刃金の翼・外伝  作者: 山彦八里
IF:十二使徒継続編
19/26

幕間

「使徒ネロ、ひとつ質問をいいですか?」


 皇都近郊、季節を問わず薔薇の咲き乱れるネロの屋敷にヤコブはいた。

 エルザマリアとカイをふたりきりにする為の彼女なりの気遣いであった。

 そして、ヤコブ自身の目的はこの場所にあった。


「唐突だな。エルザマリアの空回りのことなら知らんぞ」

「貴方に男女の機微を問うほど耄碌はしてませんよ」


 気だるげに椅子に腰かける魔人を前に万能は上品に肩を竦める。

 記憶を引き継ぐ第四位は、ある意味で最もネロと長い付き合いのある使徒である。


 五百年前、白国を事実上掌握したネロは、いずれ生き残った古代種(どうるい)が種の復権を企図して争乱を起こすであろうことを予想していた。

 不老の体と複数の命、そして変わることのない精神性。個体としての完成度において他の生物の追随を許さない古代種であるが、それ故に『社会』というものを作るのには致命的に不向きであった。

 後追いの人類に大陸の支配者の地位を取って代わられたのも自然の摂理だろうとネロは思う。

 古代種が連帯するにはおそらく、強力なカリスマ性をもつ“王”による独裁制しかない。

 もっとも、全ての個体が互角の能力を持つ古代種の中に、果たして上位者たる王が生まれ得るのかは怪しいところであるが。


 閑話休題。ともあれ、古代種の戦闘能力が人類の脅威であることに変わりはない。ネロは彼らに備える必要があった。

 その答えが十二使徒である。

 古代種が生まれながらに持つ『破片武器』を模した“銀剣”と、人外を討滅することに特化した騎士たち。

 他者の魔力を祓う銀剣は、肉体の保持を魔力に依存する古代種にとって数少ない致命打を与えられる兵器である。そして、その使い手を育成することはネロ自身の答えの探究にも資していた。


 だが、ここにひとりの背教者がいた。

 初代ヤコブ・ローラル。ひたすらに知識を追い求めたその男は、自らの記憶を魔力に変換して継承させる術を作り出し、その器として銀剣を用いたのだ。

 たしかに、所有者以外の魔力を一切受け付けない銀剣は単一の魔力を保存するのに最適であるが、まさかそんなことの為に近衛騎士になる奴がいるとはネロも予想しておらず、みすみす銀剣のひと振りを掠め取られてしまったのだ。

 それが四百年ほど前のことになる。以後、第四席の座は銀剣の変化した仮面とそのうちに封じられた記憶と共に代々引き継がれてきた。


 そして、その最先端にいる何十代目かのヤコブは仮面の奥から温度を感じさせない視線でネロを見据えている。

 まったくもって予想だにしない長い付き合いになったものだ、とネロは淡い苦笑を浮かべた。


「私達が訊きたいことはひとつ――」


 ――何故、カイ・イズルハを完成させなかったのですか?


「……」

「私達は、貴方がイズルハ親子を殺し合わせるつもりだろうと予想していました。父を殺させ、彼を完全な剣とする。それを以て最強の使徒を生み出すものだと」

「それが気に食わんから貴様は最近まで馬鹿弟子の指導に加わらなかったのか」

「ええ、それもあります。あとは万能を目指す私達の知識を一点特化の彼に教えるのは無駄だろうと思ったからですかね」

「フン、たしかにな」


 心技に代表されるように、究極の一とは己の為に、己のみに適用される法則を見出すことにある。

 そこに汎用性はない。故に、引き継ぐことを前提とする第四位の方向性とは相反している。

 現状、カイとヤコブはまったく逆の方向に向かって突き進んでいるのだ。


「で、お答えは如何か? これでも私達は猊下の恋路を応援しているのです。貴方が無道に堕するというのなら相応の対応をとらねばなりません」


 仮面の奥に虚偽を許さぬ眼光を湛え、ヤコブは泰然とした態度を崩さないネロを睨み据える。


「……歪だと思ったのだ」


 だが、答えは万能の第四位をして予想の外にあった。


「は?」

「甘さを排除し、剣として完成することは、逆に人間としての完成度を落とす。

 ――人間を殺すのは、人間であるべきなのだ。それ以外のものでは断じてない」


 それはネロが人間に敗れた古代種であるが故に信仰であるのかもしれない。

 ヤコブにしてもその想いは理解できる範疇にあった。

 彼らの初代は知識とその探求を受け継がせはしても、己が命を長らえることをよしとはしなかったのだ。


「貴方の美学は相変わらず傍迷惑ですね。……ですが、今はそれに感謝します。猊下を泣かせずにすみそうですから」


 満足できる答えを得られた男装の麗人は気配をおさめてきびすを返した。

 そのまま、規則的な足音を響かせて影の中に消えていく。


「貴方も理解しているでしょう。猊下おひとりだけの現状、既に教皇家の血統による統治は不可能です。

 猊下もまた新たな体制を模索しています。時代は変わるのです。使徒も変わらねばならない」

「……そうだな。時代は変わるか。であれば、我も本来の役目に戻るとしよう」


 白国建国から在り続けた魔人はゆっくりと椅子から立ち上がった。


「エルザマリアに伝えておけ。我は影に戻る。精々、惰眠を貪る貴族共を叩き起こしてやろう。

 ――代わりに、カイ・イズルハに我が姓“ブルーブラッド”を継がせる。これからはあやつが教皇の補佐だ」


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