プロローグ
轟音と共に雷光が奔る。
天から地へと落ちた稲妻が束の間、雨に濡れる夜の闇を切り裂いていく。
大陸北方の天嶮『竜の谷』は今宵、激しい雷雨が降り注ぐ戦場となっていた。
ひどく騒々しい夜だった。
時折、轟音と共に闇の中に戦いの光が灯る。
それは雨に負けぬ炎であり、雷であり、つまりは戦いの光の奔流であった。
色とりどりの光は闇の中に佇む巨大な存在と、相対する小さな存在達――冒険者達の姿を闇の中に浮かび上がらせた。
両者はひどく対照的だった。
巨大な存在は黙したまま、爪と尾を以て羽虫を払うが如く冒険者達を吹き飛ばす。
一方の冒険者達は悲鳴と咆哮を垂れ流しながらも果敢に攻め立てていた。
攻め続けなければ負けると理解しているからだ。
だが、静と動の織り成す均衡も長くはもたなかった。
「――ッ!? ――ッ!!」
刹那、闇を押しのけるように巨大な存在が身じろぎした。
その長い首を反らし、喉元の結晶を青く輝かせる。
直後、放たれた青の光条が刹那、雨を消し飛ばし、闇を一閃の下に切り裂いた。
後れて悲鳴と怒号が夜の谷間に木霊すること数瞬、すべての音は闇の中に消え去った。
数分後、ひとりの男が血を吐きながらもよろよろと起き上がった。
幸か不幸か、負傷の度合いが小さかったのだろう。
「なんだ、これは……」
雨音に混じって男の呆然とした声が竜の谷を寄る辺なく漂う。
男の姿は無残なものだった。手指に引っ掛かった剣は半ばで折れ、纏う鎧は流れ出る血と雨に斑に赤黒く染められている。
辛うじて両脚は無傷だが――それも相手が狙わなかったからに過ぎない。
「聞いてねえぞ!? こんな、こんな――」
男の足元には倒れ伏した仲間が無数に積み重なっている。
辛うじて命は保っているが、長くはもたない。すぐにでも救援に走らなければならない。
そう頭ではわかっていても、男の脚はぴくりとも動かなかった。
恐怖だ。目の前の巨大な存在への―― 十数人からなる男の仲間をひと当てで壊滅させた相手への恐怖が男の身を竦ませているのだ。
刹那、地に落ちた雷光がその存在を束の間、照らしだした。
男は恐怖に喉を塞がれて尚、血混じりの甲高い悲鳴をあげた。
無双の巨躯、悠然と揺れる尾、獰猛に伸びる爪牙、整然と並ぶ傷一つのない鱗。
そして、喉元に輝く青色の魔力結晶。
「――これが“竜種”なのか」
その存在を示す端的な名を以て、男の心は折れた。
泡を吹いて尻もちをついた男を竜が侵しがたい威圧を以て睥睨する。
そうして、某かを確認した竜の瞳孔が不快気に縦に細まり――
『――』
しかし、男への興味を失ったかのように、視線を外し、両の翼を広げた。
一翼が手を広げた大人二十人分に届く長大な翼は、絶大な魔力を以て竜の体を宙に持ち上げる。
呆然と見上げていたのも一瞬のこと。
豪雨すら道を譲るように、竜は悠然と曇天の中へと消えていった。
――三日後。
赤国辺境の街『アルキノ』に竜が出現したとの報が大陸全土を駆け巡った。




