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Dark Originate Portal  作者: 久愚藁P
第一章 バーランド王国騎士団
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騎士団長の出向

 この大陸の国々は、国家間の戦争をするにしても極めて短期間かつ小被害で終わらせることがほとんどだ。

 鉄の国アベルタが同盟を一方的に破っては北に位置するナシュアラ帝国に侵攻し、ナシュアラ領土であったジュウニアの森を奪い取ったのも、例に漏れず期間は短く、かつ被害も少なかった。

 しかし当然ながら国同士の怨恨が消える訳ではない。


 ナシュアラには顔となる人物がいない。

 顔となる人物。勇名や勲功、英雄と持て囃されてはその国の軍事の顔となり旗となり、国の印象や兵の指揮に関わる人物だ。アベルタならジャック・ハドリー将軍。その隣国のバーランドならエリク・オルフォードがそれにあたる。

 決してナシュアラに強力な人材がいないというわけではない。

 ハドリー将軍やオルフォード騎士団長のような百戦錬磨の騎兵隊長がナシュアラにもいた。

 彼はなぜか有名になれない。


 ナシュアラ騎兵隊はおそらく大陸一の戦力を持っている。

 ナシュアラが最強の騎兵隊を持つがゆえ、ナシュアラの隣接国、アベルタやセレンティア共和国は槍兵に力を入れる他なかったほどだ。

 その名立たる騎兵隊を指揮する男、レフ・タムは怒り心頭だった。

 

「ジュウニアの森は、ナシュアラ人の信仰でもある守護竜のいる大切な森。聞けば祈りもせんアベルタ人は大規模な伐採所を建てているではないか。この事態、捨て置けんわ!」


 ナシュアラ人もジュウニアの森を伐採し、都市の建築資材として使っているものの、守護竜に感謝の念をわすれず、伐採者は仕事の始まりと終わりには必ず祈りを捧げる。伐採量を国が取り決め森を年単位でも管理していた。人々は守護竜の加護を持つ建築資材をつかった家に住む、それがナシュアラ人の誉れでもあった。

 その森が、信仰のない人間の手によって伐採されることは、騎兵隊長レフ・タムばかりではなくナシュアラ人の持つ守護竜に向けられる信仰心が怒りの炎となって燃え上がっていった。


 (さき)の戦争ではアベルタの策によって正規軍のほとんどが投入できなかったナシュアラ。

 ナシュアラの首都では今、バラバラになっていた騎兵隊を集結、強化させ。虎視眈々とアベルタに意識が向けられていた。


 ナシュアラの復讐、その噂がバーランド王国騎士団の団長を務めるエリク・オルフォードの耳に届いたのは、見習い騎士のフレッド・ラシュトン。入ったばかりの女騎士ルエラ・アルクイン。元アベルタ騎士団のシャニス・ガルシア。その3名が入団しておおよそ3ヶ月半が経ったころである。


 騎士団長補佐がいなくなってからというもの、エリクは激務の日々に直面していた。

 団長補佐、ザードック・モリスは不名誉な行為が公にばれそうになり、その命を自ら絶った。

 ザードックの裏の顔やその実態はともかく、騎士団での業務は他の追随を許さないほどの優秀ぶりだったのは確かだった。

 エリクはすぐに代役を立てたものの、ザードックが居た頃のように運営できずにいる。

 騎士団長エリク・オルフォードは自身の未熟さを改めて痛感していた。


「そうか、件の野盗は捕まえたか。バーランド国内の大きな問題はひとまず解決したようだな」

「はい。次にこちらがアベルタからの書簡です」


 執務室にて、顔に疲れが見えるエリク・オルフォードが椅子に座りながら、机の向こうに立つ騎士から書状を受け取った。

 思わずため息が出そうになったのを堪えて、深く深呼吸をした。

 書面にはナシュアラの反撃に備えるための援軍要請と警備兵や軍備支援要請の内容がずらりと書かれていた。


「最近のアベルタはなにやら騒がしいですね」

「大国であればあるほど、魔王が現界していない時期の方が忙しいというが……眉唾ものだな」

「まったくです」


 これらは全て書面通りに実行しなければならない。

 しかし、手を抜くところをきちんと抜かなければ、いずれはバーランドの国力に関わる。

 そこをエリクはなんとか弁えることができていた。

 しかし、騎士や兵士を派遣する場合は騎士団長もアベルタへ向かうのが常だったのでエリク本人が幾日かアベルタへ出張るのは避けられなかった。

 数日の出張を想像したエリクは体の疲れが悪化したような気分になる。


「次に、団長にお届け物が来ています」

「そこに置いといてくれ。……誰からだ?」

「クレア・ノバルと書かれています」

「…………すまない、やはり渡してくれ」


 エリクの知る名前が唐突に出て複雑な表情になった。

 クレア・ノバル。知る人ぞ知るアベルタの付与師(エンチャンター)であり、エリクの元恋人の名前であった。

 付与師。魔王がおらず、魔物もほとんど居ない現代は魔力があまり生成されない時期にある。その魔力減衰期と呼ばれる時期には押し並べて弱体化する魔術師は、そのほとんどが活躍の場を失ってしまう。

 代わりにこの時期に活躍をみせるのが付与師であった。


 付与師の主な技術は、魔方陣を描くことにある。

 魔力を込めて描く魔方陣は、その陣の中の円に沿って書かれる魔術言語によって様々な効果をもたらす。

 火や電撃を発する巻物。使用者の力を付与する剣。衝撃の減衰効果をもつ盾などなど。戦闘する人間にとって付与師の恩恵は大きい。むろん応用をすれば日常生活にだって活用できる。

 小包の中身はその例だ。


「これは、置物? 裏には魔方陣が掘られているが」

「そこに挟まっているのは手紙では」

「ふむ……。時計。教会や広場にある水時計やら砂時計とは別物か。

 アベルタでなにかそれらしい物を開発しているようなことは聞いていたが、まさかクレアが関わっていたとはね」

「はぁ、存じませんでしたが。お知り合いですか」

「そうだ。うん……報告は以上だな」

「はい。失礼します」

「ご苦労様」


 エリクの持つ四角い置物に興味を持っていた騎士だったが、あまりクレアとの関係を詮索されるのが好ましくなかったので、退室してもらった。

 手紙を読み進めるとエリクの知っていたとおり、アベルタの開発した時計だった。

 魔力を原動力にした時計で、基本的には空間にただよう魔力を使い稼働させられるが、消耗量が空間中の魔力の再生量をわずかにまさってしまうために、定期的に人が魔方陣に触れて人体から少量の魔力を供給しなければならない、と書かれている。


「変なサプライズじゃないと、いいけどな」


 エリクは数字の書かれた文字盤と2本の針が留められている表面を眺めたあと、裏の木面に掘られた魔方陣を見た。木材は魔力を通しやすいが、魔力を蓄積するに向かない。魔術言語がわからないエリクでも、外部からの魔力を要求しているのが見て取れる。

 エリクは右手をそっと触れた。空間中に漂う魔力同様、生き物の魔力も体内で自然と生成されるもので。魔術道具(マジックアイテム)も、それ単体が蓄積された魔力を使用するストレージタイプと、使用者の魔力を利用して扱うアクティブタイプが存在する。この時計の場合は微量なストレージこそあれ、アクティブタイプに分類されそうだ。

 彼のもつ時計の魔方陣がうっすらと光りだした。

 エリクは体内から魔力が吸われる感覚が微かにしてはおさまった。

 自動で体内からの供給を止める仕組みがなされているらしい。

 表の文字盤を見ると、針が動いていて、針の留め具につながる中身がうっすらと光って見えた。

 魔方陣が複数個重なって光り、一番手前の陣が一定の早さで回転していた。その早さは目を凝らせばわかるほどにゆっくり動いている。この回転する魔方陣の板が留め具に繋がって針の動力になっているようだ。


(また、手の込んだ物を作ったんだね。あいかわず凄いなクレアは)


 微笑みながらエリクは時計を机の脇に置いた。

 部屋の隅に掛けられている装飾された剣を見る。

 この白銀の剣もクレアが作った特注の魔術道具だ。

 掣撃の創剣(せいげきのそうけん)。鍔と柄にある宝石の中に描かれた魔方陣によって効果を発揮する特殊な剣であり、オルフォードの卓越した剣技とあわせれば怖いもの無しの強さとなる。

 フレッドがいつか言っていた「あの剣」とはこの掣撃の創剣のことだ。


 銀の装飾剣を見ながらエリクはクレアをすこしだけ思い出していると。

 不思議なもので、疲れがすこし和らいだような気分になっていた。


「さて、出発まで何が出来るだろう」


 そこでひとつ、地味な問題を思い出した。

 新米女騎士のルエラ・アルクインに関してひとつ話が上がっている。

 ルエラ・アルクイン。彼女は騎士団に入団後、なにも問題を起こさず真面目に過ごしていた。

 彼女本人は手間もかからず、登用試験の当日にもったエリクの感懐のとおり有望な騎士だった。

 ——問題なのはその周囲であった。

 ルエラは容姿は普通の女子であるが、ここでは普通ではない。基本的には女騎士というのは凛として堅物

 できつい表情をしていたり。男勝りな印象を与える人物が多い。他の国では会計役としてスマートな女性を騎士団に迎えるところもあるそうだが、バーランドではそれは官吏側の仕事である。

 よって、ルエラのような娘が騎士団にいるのは希有なことであった。

 畢竟。男の騎士達が群がるのである。


 それまで、多少キツい表情や性格の女騎士であれ、多少なりと持て囃されるのだが。

 ルエラの場合は想像し得ないほどの人気振りだった。

 ルエラ本人は悪い気分はしてないようだし、ほかの女騎士たちも内心はわからないものの嫉妬心を表に出してはいない様なのでまだいい。しかし、なにか起こってからでは遅い。

 皆には申し訳ないが、対策をとっておくか。エリクはそう考えた。


「はあ、私の次の業務がそれですか。承知しました」


 ルエラに達した指示はエリクが離れているであろう数日間の資料整理だった。

 資料館は城壁内にこそあるが、王城から、広場、王城女性用の宿舎、武器庫をはさんだその先にある。

 資料館の周囲に出入り口はなく、厳重警備の武器庫や、異性に対して取り決めのある宿舎の前を通らなければならず、おいそれと遊びに行くことはできない。

 ルエラ本人にこそ非はなく、別段に男性達にも悪いところもないのだが。

 なにかしら起こる前に、官吏側の仕事を貰い、ルエラを資料館での業務を任せることにした。

 そこには既に見習い騎士のフレッド・ラシュトンが罰として数日前からいるが、彼ならば問題ないだろう。

 年頃の男子であるフレッドなのだが、エリクからは妙な信頼があった。

 フレッドは言わば問題児である。しかしその粗暴な言動に反して、起こす問題はいつもそれなりの理由があってのことだった。


「しかし、監視役が必要か」


 監視役はより真面目な人間が良い。

 この場合は男よりも女か。

 女騎士は今現在バーランド国内では十数名ほどいた。

 そのどれもが真面目であり、優秀な人材だった。

 しかし、だからこそ定期的な監視役は勿体ないと思えてならないエリクはひとりの適任者を思い浮かべた。

 シャニス・ガルシア。ザードック・モリスの女癖の悪さを公に明かしその高潔さを知らしめた彼女。

 周囲の人間もエリク同様にひときわ剛健なる彼女をなんとなく怖がっている。

 エリクは指示した自分を臆病でみっともないと自覚しつつも、警備兵の監視役に彼女を置いている。

 善に染まった公平。男もたじろぐ性格の彼女は適格だ。


(なんだか、僕は性格が悪いな)


 ため息をひとつ。魔力で動く時計を見る。

 それでも。と、エリクは意向を変えなかった。

 シャニスを資料館の監視役に任命したあと、エリクは要請通りアベルタに出発した。

 騎士を10人、兵士を30人、物資を乗せた馬車が4台。

 移動でも1日半かかる。

 腰に提げた白銀の剣を馬の歩行にあわせてゆらして騎士団長エリク・オルフォードは列を率いる。

 彼はしばしバーランド王国を離れた。


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