受験女子の意地
バーランド王国騎士団には貴族以外にも、登用試験に合格した者も騎士になることができる。
一般採用枠と呼ばれる、庶民さらには浮浪者にまで機会が与えられる特別枠である。
登用されれば、衣食住に困らず、貴族騎士には及ばずとも兵士として雇われるより身分も高く良い生活が出来る。
ただし、ひとつだけ公表内容とは違い、登用側つまりは王国側が秘匿にしていることがある。
女性の登用試験は合格者制限の数が表向きの数より少なく設定されている。
これは、何も王国側が不正をしたくてしているのではなく。
「オルフォード様のお側に仕えるんだから」
「なによ。あの方の隣は私のよ」
——苦肉の策であった。
動機の不純。
一般採用枠は大抵がそうであると言って過言でないにしても、中でも女性の動機は大多数が決まって「騎士団長であるエリク・オルフォードに会いたいがため」だった。そして、ただそれだけの者が後を絶たない。
エリクは十二分にその状態は理解していた。
エリク自身、自分という存在が騎士団の顔であり、その名声が他国にも影響していることを知っている。
騎士団長に近づくという動機で集まる大多数の女性は、馬にも乗れず剣も触れたこともない者もざらだった。
それでも下手に枠を狭くしていると明かせばそれはそれで厄介な事態になる。
一度痛い目をみている王国側だからこそ、この地味かつ必死な策をとっているのだ。
試験内容は、筆記と面談と実技である。
筆記や面談はクリアできる自信はあっても、先ほど述べたように剣や馬に触れたこともないような女性が多いので、ほとんどがここでふるいに掛けられる。
とくに異彩を放つ現場となるのが、剣術試験だった。
木剣を受験者に貸し与え、受験者同士で打ち合うというシンプルなものだ。
男の採用試験であれば、それは見せ物にもなるようなある種のイベント染みたものだった。
怪我する者がいるのは当然のこと、なかには試験を忘れて本気で叩き合いをするものまでいたりした。
この時々現れる間抜けた人間だけを見にくる者もいるほどだった。
——しかし、女の剣術試験の日ではまさに“異彩”だった。
明らかに特定の異性の目を意識し過ぎた行動が、悪い方向へと作用している者。それが5割ほどいる。
広場で始まる複数のタイマン戦の半分がまともに打ち合うことなく終了していた。
のこりの4割はキチンと弁えて、粗くも戦いが開かれる。
余った1割というと、他の9割の受験者の言うに「本気の人」だそうだ。
エリクはそれを聞いていつも「自分たちは本気でもないのにここへ来ているのか」という疑問を捨てきれないでいたが、これはただの表現のひとつだということも知った上なので口にも出さない。
なにせ、その「本気の人」というのは確かに格が違うのだ。
「はぁぁあああああ!!」
「ギブ、ギブギブ! ギブだって!」
現役の冒険者なのか、傭兵の経験があるのだろうか。過去に戦闘経験があるであろう彼女らはおそらく男の試験の方でも上位に食い込むであろう実力があった。
騎士団が求める人材は大体はこういった人材に絞られる。
さて、今回の試験でも3人は居た。公表している合格者の枠は5人だが。この3人だけの採用で間違いないだろうと。エリクも、他の採用担当の騎士や官吏たちも意見が一致していた。
彼女ら手練れの3人のうち2人が早々に剣術試験を終えていて。
残り1人もすぐに終わるだろうと担当の一同はその女が戦っている場所を頬杖を付いて眺めていた。
相手は見るからに普通の女の子である。その子に勝ち目はない。誰が見てもそう思う組み合わせだった。
が、予想していたものとは異なっている展開がそこにはあった。
「はあっ! とおぉ!」
「きゃっ!? なぁ!? ——んなっくそ!」
耐えている。
ほとんど気合いだった。
根性で相手の鋭い打撃を受けたり、かろうじて避けたりして凌いでいるのだ。
「ありえない……」
試験官の一人として席についていたエリク・オルフォードは思わず口にした。
なにせ、手練れを相手に根性論である。
剣術のノウハウを知り、実戦経験もあるであろう人間を相手にして……。
そのような相手に素人が根性論など持ち出したところで、せいぜい運良く受けられて3打が良いところだろう。
その道を知るものにとっての常識が、目の前で覆されている。
他の担当者も目を丸くしている。笑っている者もいた。
「はっは、よっぽどオルフォード殿に会いたいんだろうかの」
「……どうなのでしょうか」
彼は返答に困った。
もしも他の華奢な女性陣と同じように会いにきたという理由だと言うのならすごい執念だ。
……いや、さすがにないだろう。そうエリクは改めた。
「…………やるなぁ。私の剣技を防ぐなんてね」
「ぜえ……ぜえ……冗談っ! これからよ! ……っぜえ」
“手練れ”と相対する女の子は疲労困憊だった。
一方“手練れ”は汗をかいてはいるものの、呼吸は整っている。
次で決まるかとエリクは思っていた。
おそらくは、彼女らもそう思っているに違いない。
息を荒くする女子はもはや木剣を握る手がしびれていて、かろうじて持っているような状態だった。
相手の攻撃を一撃防ごうものなら手から飛ぶかも知れない。
「次で決める!」
「——っ!」
走り出したのは意外にも華奢な方の女子だった。
上段から振り下ろそうとする彼女。それを見る誰もが先が見えていた。
(剣を弾かれて、一打か)
そう手練れの動きを予想した。
手練れの女は一同の予想に答えるかのように木剣を横から一閃、振り下ろされる剣先に強く当たる。
しかし、ことごとく相手の女子は予想外なことを仕出かしてくる。
「——な!? ——!」
驚いた声は剣を弾かれた方の女子だった。
弾かれたことに驚いたのは確かだったが、吹っ飛ぶはずの木剣は手からすっぽり抜けて、振り抜けた格好をした自分の右側の空中でぐるぐると回転をしていた。
手練れの女はその回転する木剣を避けるために体を反る。
——その瞬間に屈み気味の彼女は動いた。
しびれてまともに動かない両手を、運任せ、勢い任せで。ハエ叩きのような動きで空中の剣向けて上下からがむしゃらにはさむ!
——ぱん!
両手は運良く木剣の真ん中あたりをはさむと、間髪入れずに手練れの女子に向けてそのまま振った。
(うまい!)
それを見たオルフォードは心の中で叫んでいた。言葉にするには時間が足らな過ぎるほどの瞬間のことだったからだ。
はさんだ木剣の剣先部分は掌で回転されて、相手の腹部めがけて滑り込んで行く!
——コッ!
しかし対戦相手の腹部に届くことはなかった。当たったのは相手の木剣の柄だった。
とっさに木剣を引いては、目下の少女が無茶をして振ってきたありえない攻撃を防御したのだ。
手練れの女子は何も言わずに動く。
すでに疲れて器用なポーズから身動きが取れなくなっている対戦相手の頭に、木剣の峰で軽く叩いた。
へなへなと力なく頭に受けた女子は座り込んだ。
「終わりだな」
「ま、負けた……落ちた……」
「勝敗自体は採点基準であるかもしれないが、まだわからないよ。……貴女、見事だったよ」
「ありがとう」
“手練れ”の差し伸べた手を取り、よろよろと立ち上がる女子。
その直後にどっと周りが騒がしくなってふたりは驚いた。
それを見ていた人間は皆、彼女たちに拍手を送っていたのだ。
「なんだ、こっちの剣術試験も面白いじゃないか」
「ええ、面白くもありましたし……」
なにより、興味深い。エリク・オルフォードは次の面談が楽しみになっていた。
面談。エリク・オルフォードは担当しないはずだったのだが今回は参加することしにした。
手練れの女と戦った女子が、面接官が並んで座っている正面、ぽつんと置かれた席に座る。
お決まりの質問をいくつかするも、彼女は必要以上に緊張しているのか、ガチガチだった。
彼女からすればこの面談は惨敗という出来であった。
「はい! えっと、慎重。元気。気っ風があるところで、す!」
「その気っ風がある。というのは、具体的には?」
「わかりません!」
「……ぷっ!」
おそらくは、誰かに教わったけれど意味までは知らなかった、そんなところだろうか。
すでに半ば楽しむために質問している面接官の横、エリクはひとり穏やかな顔だった。
エリクは最後の質問だけ訪ねた。
「どうして、このバーランド王国騎士団に入りたいと考えたんだい?」
彼女の返答するトーンはわずかに下がった。
うわずって音程が外れていたこれまでとは違う。
まるで口癖でも言うかの様にすんなりと。
「はい。多くの人の力になりたい。困っている人をひとりでも助けたいからです」
エリクは目を瞑って揺れるように頷いた。
「お疲れさまでした。面談は以上です。控え室へどうぞ」
エリクの横に座っている面接官が彼女を退室させた。
エリク含め面接官は4人。各々が、手元の紙に印をつけていた。
エリクは静かに言った。
「彼女はきっと優秀な騎士になるでしょう」
それを聞いた他の面接官達は動きを止めて顔を見合わせて。
困った顔をしながらも、さっきつけた印に斜線を引いて、新しい印をつけた。
エリク・オルフォードは彼女の情報が書かれた自分の用紙を手に取って見直した。
名前:ルエラ・アルクイン
出身:アベルタ
年齢:19
理由:人助けをしたい
その後、採用されることに自信を持った者達が集まる控え室で発表が始まった。
自分は落ちたのだと思い、ひとり動けもせずに放心状態でうなだれてた女子、ルエラ・アルクイン。
彼女の名前は4人目で呼ばれた。