少年騎士の目標
強い衝撃に耐えきれず、少年は剣を離してしまった。
刃を削いである練習用の剣が芝生へと落ちる。
「躱せる攻撃はなるべく躱すんだ。今のは左半身を引き、避けてから反撃だ」
少年に相対し、正眼に構えた剣を下ろしては彼に指南している男、名はエリク・オルフォード。
白銀の鎧と青いクロスの格好にふさわしい長身。金髪の肩にまでかかる髪は無造作にウェーブしているがひとつひとつの髪が約束されたかのように全体として綺麗にまとまっているような髪型。凛々しくも優しそうな顔つきは整っている。役職柄、名では呼ばれない。
「はぁ……はぁ……」
「君はどうも無理に攻撃を受け止める癖があるみたいだな。
ナシュアラ軍にいた頃はそうしろと教わっていたのか?」
少年は首を振ってみせたあと、手放した剣を拾い上げては自身の胴の右側で立てるように構えた。右手で握りしめ、左手は柄に添えるように掌をあてている。
じり、と。踏ん張る足が芝生を鳴らした。
気迫は充分。
「……よし、こい!」
エリクは少年の意気を受け、再び中段に構える。
野犬の様な鋭い眼光の少年は、息がまだおさまらないままステップして斬り込んだ。
3回の激しい金属音のあと、快晴で芝生や花壇の花々が眩しいこの空間は静かになった。
ここバーランド王国は歴史はそれなりだが小国である。
前期の魔王が討伐されて20年が経った今、世界は魔物の脅威からはほとんど切り抜けたものの。人同士の争いや、次期の魔王が現れるまでの対策や準備などで世界はかわらず忙しなく動いていた。
そのなかでバーランド王国は比較的に平和な状態を維持していた。
理由は様々な要素が混じり合うが。最たる理由は、隣国にして大陸1番の大国である「鋼の国アベルタ」と同盟国であるということに尽きる。
アベルタは他国へ積極的に侵攻をする国である。今回の魔力減衰期(魔王が存在せず、世界全体の魔力量が激減してしまう時期のこと。主に魔王はじめ魔物が居ない時期のことをさして使う)では4年前に南国を攻め、つい4ヶ月前には北国へ侵攻をしていた。
そんな国が小国のバーランドを攻めず、実質的に傀儡国家といえ同盟国として保っている理由、それは。
ひとつ、バーランド王国の王、レヴィ・バーランドが前期の魔王討伐に参加した英雄であること。
ふたつ、小国ながら経済力があり、アベルタとして飲み込むよりも貿易相手として維持し、必要ならば強制的に援助をうけた方がアベルタにとって効果的であったこと。
みっつ、バーランド軍を統括する騎士団長とアベルタ軍のトップである将軍の二人には交流があること。
みっつ目の理由は、理由としては弱いかも知れないが、密かにしかし確かに同盟を守る上では重要な要素であった。
隣国に血気盛んなアベルタがあるため、バーランド王国も要請を受けては、兵や騎士達を派遣したり。政治の面倒ごとを手伝わされたりすることが少なからずある。
それでも自国は戦争状態もなく。王都と2つの衛星都市、1つの大河にある港町、それぞれが大きな問題も抱えずに順調に機能していた。
「なあ、団長さんよ?」
「なんだい?」
エリク・オルフォードは名前で呼ばれない。
騎士団長という肩書きのため。団員の騎士達からは「団長」と。
それ以外からは「オルフォード様」と呼ばれる。エリク自身はそう呼ばれて浅からぬ時期が経っているものの、まだまだ“様”付けはかゆくなるような呼ばれ方だった。
装飾無しのアーマーと青いクロス、彼も騎士の姿であるが、そう思えないくらいぶっきらぼうな少年とエリクは広間の木陰で訓練で疲れた体を休めていた。
「次はあの剣を使ってやってくれよ」
「訓練で持ち出すものじゃないさ。断るよ」
「最初は使ってたじゃねーか」
「最初って……あれは実戦だったじゃないか」
後ろの白い王城を背景にして遠くをみながら笑うエリク。
彼をみる少年はその絵画的な光景を目にしても表情を変えずに「そうかよ」と静かに残念がった。
この少年、元は北国ナシュアラの兵士だった。
アベルタが行った4ヶ月前の侵攻作戦で最前線の指揮をと派遣されたエリクだったが、その時に相対した兵士のひとりがこの少年だった。
少年はエリクに挑んではあっさり負け、結果的に捕らえられた。
エリクはバーランド王国のスター的存在とも言える立場であり、その勇名に遜色のない強さを持っていた。
そんな彼は戦争中たくさんの人を殺めている。その際にはエリクのひと太刀浴びた相手が死するか気絶するかの前には少なからず怨恨のこもった言葉を残すことがある。「許さない」だとか「殺してやる」だとかいう呪詛が彼に向けて放たれるのだ。
その点、この少年は変わっていた。「次は勝ってやる」だったのだ。
戦争で死に行く間際に「次は」と言った。そのまま殺されてしまえば次などないはずなのに。
単に口から出てしまっただけかもしれない。深読みすれば生かしてくれという命乞いにもとれる。
しかしエリクに気を失う寸前の少年が向けた眼光に偽りはなかったように感じられた。心からの言葉でリベンジを宣言していたのだ。
興味を持ったエリクは捕虜にした。帰国の際に、一度、捕虜を乗せた馬車から逃げ出そうとした少年だったが、捜索隊により再び捕獲。その場で斬殺されるところも、エリクは許すように指示した。
その後、まるで本当に野獣を相手にしているかの様な感覚だったが。
数日もの間、説得を続け少年をなんとか見習い騎士としてそばに置くようにした。
生活や仕事で手伝うようなときは全然だったが、こと剣術訓練の時間は違っていた。
それまではうなだれる様なだるそうな態度だったが、このときは水を得た魚のように活気があった。
というか殺気だっていた。
がむしゃらな剣技は、剣術などほとんど学ばず、練習してないように感じられたが。
これまで戦ったなかではアベルタの将軍を思い起こさせるほどに気迫が感じられた。
平和が故に、戦いや訓練には否定的な騎士がほとんどである。
だれも戦いは好んではしない。しかし騎士の本分である以上向き合わなければならない。
愛国心と規律を重んじるエリク・オルフォードは頑な考えだ。
周囲の貴族騎士が訓練を怠け、戦闘の派遣依頼をどうにか回避しようとする姿を見るなか。この少年の闘志が新鮮で楽しくすら思えた。
エリクは心の奥底で、この少年を育ててみたいと考えていた。
敵兵だった少年は、その素行の悪さも相まって、城内や宿舎内での周囲の評判はお世辞にも良いとは言えない。野性的だが整った見た目から、街娘や城中の侍女やらが好意をもってアプローチしたりするのも男騎士達の反感をさらに買っていた。
はじめは憂いがあったエリクだったが。
少年は気にすることもない様子だったので、とりあえずは安心していいようだと判断した。
ある日、ちょっかいをだす先任騎士に向かって少年が殴り掛かった。
ここぞとばかりに批難を浴びる彼をエリクはかばう。
またある日、宿舎の食堂でまたしても暴力沙汰があった。理由は珍しくも少年と仲良くしようとした騎士が他の騎士達から仕打ちを受けていたことを知り、少年の怒りが爆発したようだった。
かばいつつも、少年をはじめ当事者全員に軽い罰を与えた。
問題は絶えなかったものの、次第に頻度は少なくなっていった。
連れてきて4ヶ月が経つ。
安心しこそすれ、エリクが、騎士団長自らが例もない特別枠として引き入れた人間である。
このままではいけないと、反省の念も込めて対策を考えていたころ。
またもや彼はやらかした。
それまでの彼は、特別な任務を与えたり、戦闘派遣に参加させたり、周囲を納得させるためにも厳しい条件の仕事を徹底的に与えていたが。そのお陰かはわからないものの、彼の素行の悪さは次第におさまって行った。
はずだったのだが、今回は軽くない出来事だった。
冒険者(ギルドを仲介する様々な依頼をこなしては稼ぎを得る者または集団)の剣士に斬り掛かったという。
いつもエリクに向けられる闘争心や、なにか道徳に反することを剣士がしたわけではないというが。
なぜか少年は口を閉ざし、理由を話さなかった。
いよいよもって庇いきれない事態となった。
幸い、剣士に怪我もなく。話もわかる好青年だったため、それ以上の大事にはならずに済んだが。
エリクは反省した。
当面、彼が最近買ったという、王都の市壁からやや離れた家屋に帰るほか、城外での活動は禁止した。
もし、それ以外の場所で見かけたら解雇である。
仕事も城の敷地内にある資料館での資料整理。
訓練は剣術訓練のみとし、他の者とバッティングしない時間帯だけ広間に呼ぶようにした。
資料館はさまざまな情報が貯まっている建物であるが、その名前や本来の機能とはイメージがかけ離れている実状は酷いもので、集めに集められた情報の載った紙や巻物が無造作に山積みになっている倉庫である。
活力のある少年にとってはその終わりのない資料整理という仕事は苦痛だろうと思えた。
なのでエリクははじめ、少年が反発するなり、最悪辞めてしまうだろうと考えていた。
しかしそんな予想に反して彼は素直に従った。
「そんじゃオレ、資料館に帰るんで。——あざっした」
少年の名はフレッド・ラシュトン。歳は16を数える。家族はない。
素行が荒く、男からの評判は悪いが。彼を好む女の数は少なくないようだった。
彼の掲げる目標は「団長から一本とってやること」とエリクは聞いている。
ありがとうございました
前作品の次回予告から日が離れてしまいました。
話を作っていたのですが、構成の勉強をしていると。「起承転結」で作るのは日本だけなのだそうで、他は「三幕構成」と呼ばれる手法があるのだとか。
調べてみるとなかなか興味深いものでして、ならちょっとこれに倣って話を作ってみようということで、いろいろ挑戦している間に、(ただでさえ遅いのに)この作品の為のプロット作りに手間取ってしまいました。面白いです。
今回は3人の騎士が主人公ですが、三者三様の思いを上手く書けるかが最も大きな課題となってます。が、それ以前に文法やら悪癖を正さないといけないところもありますね。
さて、もし次もお目に留まり読んでもらえるようであれば幸いです。
おつかれさまでした。