3話
強烈な酒の匂い、やたらとごつい20代~40代の男達、壁際などに置かれた大量の銃器…
その3つの要素によって会合の場…という名目の酒場は構成されていた。
「例の人を連れて来た。」
「おお。ありがとう、助かった。何か飲んでくか?」
「いえ。それにあなたは私がお酒を飲むと大変なのを知っているはずです。」
「くくく。確かにな。」
平井さんと眼前の大男は少し話し、(どうやらお酒には弱いらしい)平井さんは先に帰っている、と言い残して行ってしまった。
「さて、お前さんが佳奈が拾って来た“重傷者”でいいか?」拾うとか俺は子犬扱いすか?
「恐らくは。まぁ元重傷者、という方が正しい言い回しかもしれませんがね。」
「くくく。確かにな。」
眼前の大男は面白そうに笑ってから手を差し出して来た。
「元陸上自衛隊の坂井隆盛だ。よろしくな。」
「雛深亮です。助けて頂きありがとうございました。」
「お礼なら佳奈に言ってくれ。お前さんをここまで連れて来たのも、傷の治療をしたのも彼女なんだからな。」
「平井さんが?」
「そうだ。最も見つけたのは偶々らしいがな。」
そうだったのか…。
後でお礼を言わななければ。
「分かりました。まだお礼をできていないので、後でさせて頂きます。」
「おお。それが良い。あいつは中々人と話そうとすらしないからな。むしろ彼女の今後のためにもなる。」
「…人と話さない?」
「ん?ああ、まだ知らなかったか。彼女は幼少期に施設で育ったらしくてな。どうもそこで何かあったらしいんだよ。」
何が、ってのは教えてくれなかったけどな、と巨人…もとい坂井さんは付け加えた。
どうも心を開いてないのは俺に対してだけではないらしい。
よかった。
俺が特に嫌われてる訳じゃなさそうだ。
「んじゃ、今日はもういいぞ。」
「え、これだけですか?」
ごく簡単な自己紹介ぐらいしかしてないんだが…
「まぁな。そもそも今日はあんまり話し合う気は最初からなかったしな。
ただ単にお前さんがどんな奴なのか知りたかっただけだ。」
「なるほど…。」
流石は自衛官。
脳筋って訳ではないらしい。
「結果はどうでしたか?」
笑いながら坂井さんは話す。
「悪くはねぇ。頭が特に悪い訳でも切れすぎる訳でもなさそうだし、それなりに体の方も鍛えられるてるようだしな。」
凄いな。
この短時間でよくぞそんなに、って感じだ。
実際前の世界でも頭は悪くなかった。
むしろ良い類に入るかもしれない。
体の方は走り込みをよくやってたからな。
部活にこそ入ってなかったけど、そこら辺の運動部よりは動けたしな。
まさか見ただけで見抜くとは思ってもいなかったが。
「どうだ、行くあてが無いならここで生活しないか?」
「ここで、ですか…?」
「ああ、寝るとこと飯ぐらいは用意してやる。今のこの御時勢に野宿は危険だしな。」
「出来ればお言葉に甘えたい、のですが……」
「なんだ、どっかに行く予定でもあるのか?」
「いえ、ありません。ただ、助けて頂いた上に養って頂くのはあまりに気が引けるのです。それに……」
これには嘘偽りなどない。
ただ養ってもらうだけの豚には成りたくないのだ。
…が、養ってもらうのを即決出来ない理由が実はもう1つある。
「奴らにこの前やられた分をやり返したいとも思ってますので。個人的な復讐に皆さんを巻き込む訳にはいきません。」むしろこちらの理由の方が大きいかもしれない。
復讐が成功しようと失敗しようと彼らを巻き込んでしまうのが確定的である以上は、彼らのやっかいになる訳にはいかなかった。
こちらの世界のことはあまりよく分からないがこれだけは確信している。
彼らが生きている世界は、自分のいた平和過ぎるものではないのだ、と。
そんな荒事が日常茶飯事である以上、やっかいなことはより避けようとするはずだ。
…というのが俺の考えだった。
だがそんな俺の考えは覆された。
酒場(もはや会合なんてやってない)にいたおっさん達の豪快な笑い声によって。
見れば坂井さんも笑っている。
何か変なことでも言ったのだろうか…?
そんな疑問をさておいて、坂井さんが大声で喋りだした。
「聞いたか諸君!?
彼には帰るべきところがなく、彼らへの復讐心を持ち、更には第Ⅲ種β系の能力を持っている。」
いや、自分にも両親が待つ家(=帰るべき場所)あるんですが…。
あとあなたの言う「彼ら」と自分の言う「彼ら」は微妙に違ってません?気のせい?
最後にその中学生な能力なんすか?
…等々。
そんな俺の心の叫びをさしおいて坂井さんの話は続いた。
「…つまり!彼は我々が温かく迎え入れるのに最適な人物である!是非とも我らの一員になって貰おうではないか!?」
それに呼応して上がる賛同の声と拍手の嵐。
「…だそうだぞ?」
だそうだぞ、じゃねぇですよ坂井さん。皆さん超ノリノリになっちゃってるじゃないすか。
「しかし…」
「俺達としては復讐して貰おうてなんだろうとかまわねぇ。俺達にとってのメリットにもなるしな。それに復讐するにしても武器とかの問題もあるだろ。」
「……」
確かに一理ある。
奴らは腐っても警察。
最低でも拳銃ぐらいは持っているはずだ。
それに対して俺は完全な丸腰の民間人。
勝機はあまりないだろう。
……彼らにとってのメリットというのが気になるが、まぁお互いさまか。
「…分かりました。よろしくお願いします。」
そう言ってから坂井さんとしっかり握手をする。
…そして彼らはまだ知らない。
この出来事が今後の彼らの運命を大きく変えたことを。
そして更なる闘いの始まりであることを。