第二廻「鬼ごっこをはじめよう」
ここは森の中。
枝の広く、葉の多い木々が生い茂り、月明かりさえ遮ってしまう様な深い深い森の中。
ガサガサガサガサ!!
「……ハァっ! ……ハァっ!」
その森の中を走り抜ける少女が一人。
歳は大体17、8歳位だろうか、中世ヨーロッパの村娘の様な比較的質素な衣服を身に纏い、腰まで届く栗色の髪の毛はまとめられ風になびいている。
頭には赤い布切れを巻き、腰には村娘に不釣合いな短剣を下げた少女は森の『奥』へとひた走る。
「……ハァっ! ……ハァ!! なんなのよ! なんなのよ『アレ』! あんなのが出るなんて聞いてない!!」
少女がそう叫んだ時。
がさっ!
「きゃあっ!?」
地面にむき出した木の根に足を取られ、少女は前方に大きくつんのめってしまう。
何とか転倒は免れたものの衝撃で頭に巻いていた布切れが宙に舞った。
布で隠れていた額、そこには小さな『角』が一本。
これは少女が人ではない証。
彼女は魔族なのである。
なぜ彼女が逃げ惑っているのか。
それは数分前に遡る。
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彼女、「ミーナ・マッカー」は森の中を歩いていた。
なぜこんな少女が日もとっぷりと暮れた真夜中に森の中を歩いているのか。
それは彼女が魔族「悪魔」と呼ばれる種族だからだ。
彼女は今日も森を行く、ある時は空腹を満たすために、ある時は人間に恐怖を刻み込む為に。
「ここ最近は入ってくるヤツも減ったわねぇ」
そんな事をぼやきながら道無き道を行くミーナ。
すると視界の端に人影が写った。
「......? ふふ......発見」
ミーナは音も無く人影に忍び寄る。
どうやら男の子の様だ。
道に迷ったか、捨てられたか。
その子は泣き叫ぶでもなく、ただただ空を見上げている。
空には大きな満月が浮かんでいた。
「......ねぇ、僕? どうしちゃったの? 道に迷っちゃった?」
ミーナは出来るだけ優しい声音dw話し掛ける。
大抵の場合は安心して泣き叫ぶか、警戒して逃げ出すかのどちらかだ。
(......ふふふ。さぁ、どちらかしら?)
ミーナは内心ニヤニヤしながら様子を見る。
しかし、少年の態度は予想を裏切ったモノだった。
「月が綺麗だねぇ......」
少年はポツリとそう呟いた。
「?」
ミーナは恐怖のあまり気を狂わせたのかと思う。
その時、月にかかっていた雲が動き、月光で少年を照らし出した。
「......ひっ!?」
ミーナ小さな悲鳴を挙げる。
彼女の目に写ったのは、まるで闇を固めたかの様な真っ黒な髪の毛、まるで血液の様に真っ赤な瞳。
とても整った顔立ちの美少年がそこに居た。
では何故悲鳴をあげたのか?
それは、少年が月を見上げ、とても嬉しそうに、とても悲しそうに、とてもとても残酷に笑っていたからだ。
ミーナは直感する。
これは話し掛けていい存在では無かったと。
良くは解らないが、いや、良く解らないからこそ、とてもとても恐ろしい存在だと。
ミーナの脳は全力で警告を発する。
全神経がこの場から離れる様に指示を出している。
しかし、彼女は身動き一つできなかった。
目が離せない、体が動かない、上手く呼吸が出来ない、嫌な汗が止まらない、悪寒が走る。
圧倒的な「正体不明」に対する恐怖。
警告が麻痺へと変わって行く。
「ねぇ、ねーちゃん。今宵はこんなに闇が深いから......」
少年はそう言うとゆっくりと立ち上がりこちらを向く。
闇が深い?
何を言っている?
今日は月明かりが眩しい程だぞ?
そんな思考が頭の中を駆け巡る。
混乱しているミーナを置き去りに少年は言葉を発した。
「ちょっと遊ばない?」
その瞬間、少年の周りには見たことの無いモンスター、魔物、魔族、の様なモノが蠢いていた。