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最後の晩餐


 地下100階までやって来た。


 そこからは、「関係者以外立ち入り禁止」となっていた。


「あかね、ちょっとここで待ってて。一応上を見てくる」


 ぼくはそう云って、銀色のポールで張られたロープをまたいだ。


 階段を1階分上がる。


 階段はここで終わっていた。建物内に入るためのドアがひとつついているだけだ。


 そのドアを、慎重に開けた。



 灯油のようなにおい。


 中は、機械室か何かのようだった。空調設備か何かが作動しているような低い機械音が聞こえている。


 ということは、さっきの階から建物の中へ入って中を上がっていくしかないということだ。



 ぼくはあかねの元へ戻り、状況を説明した。


「ここから先は建物の中を行くしかないみたいだ。おそらく、人はかなり減ってると思う。ほとんどの人が下の階を目指して移動するはずだからね。でも、モノレール降り場のときみたいに狂った人間たちがいないとも限らないから、気をつけよう」


「はい」


 あかねはそう返事した。



 約100階分のぼってきた階段室に別れを告げ、ぼくたちはドアを開けた。


 空調の利いた、快適な空気がぼくたちを出迎える。


 人影は、全くなかった。



「地下100階からは、ショッピングモールになってるんだ。ここから地下51階まではだいたいこんな感じのお店がたくさん入ってる場所になる」


 ぼくがあかねに説明する。


 あかねは、ぼくにこう云った。


「つくし。わたしお腹すいた。ごはんにしようよ」



 その提案を聞いて、ぼくも自分がとても空腹だったことに気がついた。


「いいね、そうしよう。少し休憩したいし。なにがいい?」


「そうだなぁ……」


 あかねとぼくは、ファーストフードが並ぶ区画を歩きながら物色する。もちろん、店員はいなくなっている。


 食べるとなると、勝手に入って食べ物を盗むことになるわけだけど、ぼくの思考回路はきちんと非常事態モードに切り替わっているらしく、罪悪感は感じなかった。



「――最後の晩餐だね」



 あかねは、なるだけ明るく云おうとしたのだろうが、それは失敗していた。


 空腹と、これまで約200階(!)を上がってきた疲労が、歩くぼくたちの頭や肩を落とさせる。……しんどい。


「さすがに、ちょっとくたくた」


 あかねが弱音を吐く。



 おにぎりが食べたい、と急に思った。

 炊きたてのご飯を、塩をつけた手で握って、パリパリの海苔を巻いた、あったかいおにぎりが浮かんできた。

 口の中に唾液が溢れてくる。



 いつだったか、学校から家に帰ったら誰もいなくて、台所には食べるものが特になくて、でもすっごくおなかがすいてたときだった――。


 電気ジャーが、ご飯が炊けたことを知らせる音をたてた。

 ぼくは自分でおにぎりを作ろうと思い立ち、テーブルの上にあった、おやじがおみやげで買ってきた、どこだっけかボリビアかどこかの――そう、アンデス山脈かどこかが原産のピンク色の岩塩を手にまぶして、塩おむすびを作ったことがあった。


 ごはんが甘いって感じたことを覚えている。



 うう……本格的に腹が減ってきた。



「もしなんでもそろってたら、あかねは何が食べたい?」


 ぼくはあかねに質問した。


「えっとね」あかねは一瞬考えて答えた。


「最後のご飯だからかな……わたしはおにぎりが食べたい」


 ……驚いた。

 日本人は、本当にお腹がすくとみんなおにぎりを欲しくなるものなのだろうか。


「奇遇だな。ぼくもいまおにぎりが食べたいって考えてたんだ」


「ほんとに?」


 あかねはぼくの言葉を聞いておかしそうに笑った。


「つくし、気づいてた?」


「ん? なにを?」



「つくし、最初あった頃は自分のこと“オレ”って呼んでたけど、いまは“ぼく”って云ってる。

“ぼく”の方がつくしっぽいって思う、わたし。

 そっちの方がしっくり来る」


 そうだったっけ? 云われてみるとそうかも知れない。

 気恥ずかしい気がした。


「……そんなこと考えてたんだ」


「まあね。――おにぎりは、残念ながらなさそうだし、サンドイッチ辺りで手を打ちましょうか」


 あかねがサンドイッチのファーストフードのチェーン店『イエロームーン』の前で足を止めて、そう云った。



 ぼくらは一応「おじゃましまーす」とあいさつして店内に入り、勝手に材料を使って自分が食べるサンドイッチを作った。



 多分、ぼくたちが食事をするのはこれが人生で最後になるのだろう。



「それじゃ――」


「――いただきま〜す!」


 ぼくたちはテーブルに並べたサンドイッチとLサイズの紙カップにひたひたに注いだ飲み物に両手を合わせそう云うと、むさぼるように食べはじめた。



 ……おいしかった。


 卵サンドとカツサンドとエビフライサンドと、ウーロン茶が胃袋に納まっていく。


 なんだかとても穏やかな気分になっていく気がする。


 あかねが突然云った。


「つくし、知ってる? 地球が生まれてから現在までを、365日に例えて計算したら、人類が誕生したのって、何月何日の、何時頃になるか」



 あかねの唐突な質問について頭をめぐらせる。


 地学の授業で聞いたことがあった。


 たしか、地球が生まれてから現在まで、46億年くらい経っているんじゃなかったかな……で、46億年を365日に換算したら、確か……


「わからない? 答えはね、大晦日! 12月31日の夜11時37分頃に相当するんだって。大晦日の最後の23分に、やっと人間はこの地上に生まれたんだって」


 あかねはぼくが計算をする前に答えを云った。



「聞いたことはあったよ」


「なんかそう考えると不思議だよね。人間って、ずっと地球にはいなくて、最後の最後にやっとこさ地球に生まれることができたってことだよね――」


 彼女がこういうことを知ってて、こういうことを考える子だとは思ってなかった。


 ぼくは本を読むのが好きだし、こういう知識にも興味があったけど。


 ――ぼくらは案外、同じようなことを考えてる似た者同士だったのかも知れない。そんな気がした。



「地球ってさ、人間でいうと何歳ぐらいだったんだろうね」


「四十六億歳の地球を、人間の年齢に換算すると……ってこと?」


「うん。ほら、犬とかすぐに年取るでしょ。そんな感じで」


 ……考えてみた。惑星や恒星の寿命は文字どおり天文学的年数だ。


 地学の授業で聞いた話だと、地球は自分自身の寿命が来るよりも、太陽が膨張して呑み込まれてしまう方が早かったんじゃなかったっけ……?



「……まだ、若かったかも知れないね」


 なんとなくそう思って、ぼくはそう答えた。




 そんなことを話しながら、ぼくらは最後の晩餐を残らず平らげた。





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