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暴徒


「つくし……あの人たち、なんだろう」


 あかねがぼくにささやいた。


 ぼくはあかねの横に行き、彼女が指さす上の方を見た。


 多くの人の姿が小さく見える。


 幾人かの人間が、暴れているように見える。


「なんだ……?!」


 嫌な感じがした。


 何人かの二十代くらいの男たちが手に棒のようなものを持って、広場で下りのモノレールを待つ多くの人たちに襲いかかっていた。


 人数は――七名ほど。


 おそろしいと思った。なんて奴らだ……。強い、嫌悪感。


 男たちは、多分世界の終末に自暴自棄になった者たちだ。

 恐怖と混乱からか、暴徒と化していた。


「どうしよう、つくし?」あかねが不安げにたずねる。


 ぼくは一瞬逡巡して、返事をした。


「モノレールが到着したら、すぐにやつらと反対方向に走ろう。後ろはふり向かないで」


 ぼくの言葉に、あかねがうなずく。


「オレについてきて。絶対、はぐれないように」


 もう間もなくモノレールは降り場に着く。



 そして、モノレールは到着した。


 軽い音をたてて、自動ドアが開く。


 まだ、暴徒たちはこちらに気づいていない。


 ぼくとあかねと夫婦の四人はこっそりと外へ出る。


 ……暴徒たちの何人かが、こちらに気づいた!


「やばい。こっちに来る」


 ぼくの声はうわずっていた。


 男たちが、こちらに向かって走ってきた!

 背中に震えが走る。

 なにか金切り声を張り上げているが、何を云っているか聞いてる余裕はない!


 一緒にモノレールを降りた奥さんが悲鳴を上げていた。

 旦那さんの怒号が聞こえる。


「あかね、逃げるぞ!」


 ぼくはあかねの手を引っぱって駆け出す。


 暴徒の集団がいる方向と逆方向に走り出した。しかし、エレベーター乗り場とエスカレーターは、やつらがいる広場の方にある。


 ……もどるのは避けたかった。


 こんなところで暴徒に殺される最期なんて、まっぴらだ。


 ぼくとあかねは走った。


 後ろは振り返らなかった。



 建物の壁や、地面の床の材質が変わった。

 街の景観が変化した。



 このあたりは「レトロ地区」と呼ばれる、昭和30〜50年頃の町並みを再現したデザインになっている。


 蚊取り線香の看板や、型の古い自動販売機などが置かれ、わざと路地が入り込んで作られている。


 ときおり坂道が現れる。


 建物の中のはずなのにこうして緩やかな坂道などがあると、不思議と古い田舎の町かどこかにやってきたような錯覚におちいる。



「やつら、……ついてきてない、みたいだ……!」


 ろくに声も出せない。

 恐怖と猛ダッシュのせいで息が上がっていた。


「……うん」


 うわずった声が返ってくる。




 でも、ぼくらはいつの間にか、暴徒から逃げることに成功していた。



「……まいった」


 額の汗をぬぐった。


 あかねを見る。


 ぼくより汗を浮かべていた。


 暗い表情で、口をつぐんでいる。


 さあ――あとの問題は、どうやって上にのぼっていくかということだ。



 その問題は、レトロ地区の端っこ近くに到着したときに解消した。



 ざらざらした灰色の石でできた壁づたいに歩いてゆくと、ひとつの扉が見つかった。

 そこには、



 階段室 E−3



 と書いてあった。


「……ここからなら、のぼれるな」


 ぼくはそうつぶやき、あかねの方を見た。


 あかねはぼくに「うん」とうなづいた。



 ぼくたちはそのドアを開けて中に入った。


 わずかにゴムかプラスチックのような、においのある空気。


 外よりも温度は高い。


 ……暑い。



「つかまってしまう危険性を考えると、この階段をのぼれるだけのぼっておいた方がいいかもしれない」


 ぼくはそう提案した。


 あかねもうなずき、ぼくたちは階段を上がりはじめた。




「……怖かった」


 あかねが静かにそう云った。


「ああ」


 ぼくも、さっきは本気でおびえていた。



「………………ぐっ」


「……?」


 あかねののどが変な音を発した。


「うっ……うぇ……っ」



 ……あかねは泣いていた。



「……やっぱり、いやだね、つくし。……みんな死んじゃうのって、怖いよね」


「……うん」



「どうして、地球がいきなり死んじゃうんだろう? もっと、いろいろしてみたいこと、あったんだよ? ――今日のお芝居だって、すごい毎日練習してきたのに……せっかく、れんしゅ……うぐっ、……うっ……」



 声を上げて、あかねが泣き出した。



 ぼくはあかねをなぐさめなきゃと頭では考えながら――何か言葉をかけようと頭をめぐらせ――でも息が詰まってそれはできなかった。



 言葉の変わりに、ぼくののどからも嗚咽がもれはじめた。



 情けない、と思ったが、涙を止めることはできなかった。




 ぼくたちは、足を止め、しばらくすすり泣くしかなかった――。





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