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いま本当にしたいこと


 エスカレーターをのぼりきる。BF251だ。


「もう1階上にはどうやっていくの?」


「こっち」


 通路を歩いて移動する。

 さすがにのぼり疲れてきた。


 吹き抜け空間への連絡路は何ヵ所かあるので、ぼくはここから一番近い連絡路の方へあかねとともに歩いた。


 連絡路の階段を1階分上がる。



「うわあ……! すごい!」


 あかねが感嘆の声をもらす。


 ぼくも、いつもここへ来ると地上へ出てきたかのような開放感を感じる。



 大深度地下都市・滝軽市のメインビル――ビル、というのは正確な表現ではない気がする。小さな都市が一個そのまま入っている感じ、といった方が近い。



 建物の壁にある巨大な電光スクリーンは、いつもと同じように化粧品の広告を映している。



 携帯電話を確認してみた。着信は、ない。


 時刻は12:55。



 ぼくらはモノレール乗り場を目指した。


 その途中、広いスペースに作られた休憩用のラウンジの前を通る。


 テレビが目に入った。ひとつだけ、放送している。


 駅の待合室で見た、女性アナウンサーがしゃべっていた。


「あ――あかね、ごめん、ちょっとだけ寄っていい?」


「え? あ、テレビ? うん、いいよ」


 ぼくはテレビのアナウンサーの声に耳を傾けた。



『――地球最期のときまで、だいたい残り五時間ほどとなったようです。みなさん、いかがお過ごしでしょうか――? どなた様もみな、それぞれにいろいろあるとは思いますが、わたしはこのまま、最期のときまで放送を続けたいと思います』



 ――あきれた。

 この状況の中、番組を続けるというのだろうか?

 いや、番組とは呼べない状態だ。だって、女性アナウンサーがひとりでしゃべっているだけなのだから。


 でも――なんかすごいと思った。



『みなさんの中にはまだ、このあまりにも唐突で理不尽な世界の終末に納得がいかず、嘆き、怒り恐れ悲しんでいる方が多いと思います。――実際に、おかしいですよね。あと数時間で終焉の時が訪れることがわかるほど科学が発展していながら、終焉の原因は結局解明できなかった、だなんて。なんだか本末転倒って感じがします。ま、今更嘆いたってもう遅いんですけどね』



 アナウンサーの声は特に悲壮感もなく、明るくのびのびした声だった。



『各国の政府や科学者ははさんざん手を尽くして人類の滅亡を止めようと四苦八苦したみたいです。その活動は極秘に行われていてわたしたちには知らされていませんでしたが、偉い方は偉い方なりにがんばったんでしょう。だけど、みなさんもご存じのようにどうにもなりませんでした。――わたしは、あがくのはもうやめて最後までみなさんに声を届けつづけたいと思っています。この放送を見て、聞いてくれているみなさん。よろしければ最後までおつきあい下さい――』



 あきれたけど……なんだか少し、感動した。


 こんなときだからこそ、自分のやりたいこと、すべきことをしてる人もいる。


 ぼくたち二人も、いま本当にしたいこと――地上に出ること――に向けて、歩き続けよう。そう、思った。




 モノレール乗り場にやってきた。

 二台の青色のモノレールがいつもどおり動いている。


 下ってきた方のモノレールからは、たくさんの乗客がわれ先に出てきて、次々とぼくらがいまさっき出てきた地下の方へ走ってゆく。


 改めて、自分たちがみんなとは違う方向に進んでいるんだということを自覚した。



 のぼりのモノレールが乗り場に到着した。ぼくら以外にも、ドアが開くのを待っている人たちがいた。


 30代の夫婦だ。体格のいい旦那さんと、背の高い奥さんが、顔色を失ってモノレールへと乗り込んだ。ぼくらも彼らに続く。


 停止したエスカレーターを休まずのぼってきたぼくは疲れていたので、あかねをうながし座席に腰をおろした。


 モノレールは、斜め25°ほどの角度でまっすぐ斜め上に上がってゆく。両側には街の様子が眼下に見渡せる。


 一緒に乗っている夫婦は、モノレールのガラス窓に顔を近づけて、何かを一生懸命探しているようだった。


「どなたか、お探しなんですか?」


 あかねが夫婦に声をかけた。


 進行方向左の窓から外を見ている奥さんの方が振り返った。


「ええ、娘が――娘が私の母と一緒に買い物をしてるんですが、はぐれてしまって、それで、電話しても出ないもんだから」奥さんはあかねの方を一度見てからは、再び窓の外に視線をもどして、続きを話した。「今日はピンクの長袖のTシャツにジーンズを履いてたんです」


 それを聞いてあかねは席から立ち上がり、ぼくに云った。「つくし、一緒に探して」


 あかねは改まって話すとき、ちょっとあひる口になる癖があることに気づいた。ぼくは何も云わずに立ち上がり、窓の外に夫婦の娘さんとそのおばあちゃんの姿を探した。


 旦那さんの方は進行方向右側を凝視しているようだ。


 あかねは奥さんの横に、ぼくは旦那さんの横にそれぞれ移動し、一緒に窓の外をチェックする。



「おばあちゃんは今日はどんな格好でしたか?」あかねが奥さんに続けてたずねた。


 奥さんはおばあちゃんが黒っぽい格好だったことと帽子をかぶっていることを答えた。


 そのヒントを頼りにぼくらは外にいる人たちに目を配る。


 建物の1階部分から70階部分までは様々な施設が入っている。


 図書館も、ここのBF229(建物を基準で考えれば22階に相当する)にある。


 市役所がBF200からBF191(51階から60階相当)の10階分に位置し、他にも70階までには大きな公園や映画館、中華街や大学などがある。


 野球場やサッカー場などの競技場もあるそうだ(スポーツに興味がないぼくは来たことはなかったが)。


 モノレールからはかなり広い範囲の場所を見渡すことができるのだが、とはいえそれも建物全体から見ればほんの一部分だ。


 ぼくたちはご夫婦の娘さんたちを見つけられずにいた。



 もうまもなく終着のBF181に着く。





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