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彼女を探して


 ――満喫することなく、秋はいつも過ぎ去っていく。


 いま、地上には赤とんぼが飛んでいるのだろうか。もみじの葉っぱは色づいてきているのだろうか――。



 さっきの女の子の顔が浮かんだ。


“一生のお願い”をした、不思議な女の子。


 確かに、今日死ぬ人間のお願いなら、正真正銘の“一生のお願い”に違いない。


 なんだかおかしくなった。


 ぼくは、生まれてはじめてホンモノの“一生のお願い”をされたんだな……。



 とてもきれいな発音で話す女の子だった。クラスメイトに、あんなにきちんと言葉を発する子はいない気がする。


 強い目をした、白い肌の女の子。


 なぜだか急に、とてつもない焦りを感じた。


 さっきまでの困惑した恐怖の感情とは違う、焦りの気持ち。


 ぼくは立ち上がっていた。額から汗が落ちた。そして次の瞬間――――


「ああっ、もう!」


 ぼくは意味不明の言葉を発して――走り出していた。


 何かに突き動かされたように――そうだ。確かにいまのぼくは、自分でもわからない感情か何かに突き動かされて、階段を駆け上がっていた。


 人混みを、容赦なくかき分ける。

 進む。

 走る。


 途中、男の人になにか怒鳴りつけられたけど耳には入らなかった。


 さっき彼女がぼくに話しかけた踊り場を通り過ぎる。メインフロアーに戻る。



“どうしても地上に行きたい”と彼女は云った。


 理由は知らないし、なぜこのぼくに声をかけたのかもわからない。


 それでも、ぼくは彼女の姿を探した。


 人が多すぎる。遠慮してたら前へは進めない。


 うずくまっている老人がいた。

 誰も手を貸そうとしない。

 ごめんなさい、ぼくも手は貸せない――。



 見つからない。

 簡単に見つかるとは思ってなかったけど、あの数分の別離は決定的なものになってしまったのだろうか。

 ――どこだ?

 長い上りエスカレーターを見上げる。

 下ってくる者は多いが上っていく者は少ない。でも、彼女の姿はない。

 いや、上に行くなら早いのは断然エレベーターだ。先にそっちを見てみよう。


 エレベーター乗り場付近は相変わらずの人だかりだ。


 ここのエレベーターのドアの数は六つ。だけど六機のエレベーターでもこの人数を運ぶのには十分ではなさそうだ。


 待ってる人間の数から見ても、とても足りそうにない。


 ぼくは彼女を探すため、そちらへ駆けよる。


 我先に乗り込もうとする人たちの怒号や悲鳴が響いている。


 先に乗った者が閉じるのボタンを押して閉めようとしているのを、そうはさせじと手で開く、といった必死の攻防が繰り広げられている。そして、響く重量オーバーのブザー。


 なんだかしっちゃかめっちゃかだ。



 …………いた!


 上半身葬式参列者のいでたち、中肉中背の背格好。


 四つ目のエレベーター付近にいる。


 焦った表情の横顔が見て取れた。

 おそらくどれも下りのボタンを押されているため埒があかないと思っているのかも知れない。


 ぼく自身も、むりやりエレベーターに乗り込もうとする不届き者と思われたらしい。中年女性の肩に弾き飛ばされてよろめいた。


 でもそのことにはかまわず、彼女の元へ近づく。



「……おい、あんた!」


 声をかける。彼女は気づかない。


「ねぇ、おい! あんた!!」


 人を押しのけ進みながら、彼女に叫びかける。


 ……気づけよぉ!


 彼女はぼくの声が耳に入ったのか、はっとしてまわりをきょろきょろ見渡した。


 ……こっちを見た。


 気づいた! ぼくは彼女に叫んだ。



「みんなこれで下ろうとしてるんだから、いくら待っても順番回ってこないって! それよりエスカレーター上がってったほうが早い」


 そう云いながら、ぼくは彼女に人混みから出てくるようジェスチャーする。


 彼女もぼくの声が聞き取れたらしく、人と人の間に身をすべり込ませながら脱出してきた。



「きみ……」彼女が口を開く。

「……もしかして、地上に出るの、手伝ってくれるの?」


 彼女の目は真剣だった。その力のこもった瞳に圧倒される。――怖い、と思った。


「この街は一気に外には出られない造りなんだ。できるだけ客を歩かせていろんな所を見てまわらせようってコンセプトみたいだからね、聞くところによると」

 ぼくは姉が云っていた言葉を思いだしてそう云った。


「道案内、してやるよ」


 彼女の顔の筋肉が動いたのがわかった。――もうちょっと素直な言い方をするか。


 彼女の深刻な表情が、ゆるんで安堵の笑顔になった。


「ほんとう?! ありがとう!!」


 一瞬前とは別人みたいなやわらかな表情だった。


 彼女、ぼくと同じくらいの歳だろうか?


「エスカレーターはこっち。んじゃ、行こうか」


 ぼくが先に、ジョギング程度のスピードで走り出した。彼女もついてくる。


 右のこぶしの血が固まって黒くなっている。


 ゴミ箱を蹴った足の方は…………よかった、痛みはない。

 マジで蹴ったつもりだったけど、無意識に加減していたのだろうか。

 いずれしにても、走れるみたいだ。よかった。


 後ろを振り返る。


 ……え? 一瞬だけ、彼女の姿を見失った。だってとにかく、人が多いのだ。


 彼女は、少しおくれてついてきていた。


「はぐれるなよな」


 そういってぼくは彼女の手をつかんだ。


「あ、はい」


 彼女はそう答えた。


 …………なんか自然に手をつかんだけど、よく考えたら、女の子と手をつなぐのって、小学校低学年以来はじめてじゃないか?


 そう気づいたら、手から汗が出てきそうだった。



 エスカレーターまではすぐだった。


 ぼくはすぐに彼女の手を離した。


 柔らかい手だった。


 焼きたてのやわらかくて真っ白いパンが頭に浮かんだ。





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