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地球の命に下りる幕


 夜のとばりが降りはじめていた。


 いつのまにか空にはいくつもの星がきらめいていた。



 その夜空の、気の遠くなるような高いところに、異変が起きていた。


 黄みどり色のぼんやりした光がゆらめいているのが見えた。


 なんだろう?

 北の空だ。


 星が点々と置いてある夜空のキャンパスに、太い二本の光がゆっくりとうねっている。


 薄ぼんやりと、不気味な、でも神秘的な美しさも兼ね備えた光のカーテンがおりてきている。


「……オーロラ?」


 あかねがたずねるようにつぶやいた。



 ……オーロラだ。

 写真かなにかで見たのより、ずいぶんと明るい。

 しかも、このオーロラは――


 北の空の方向からやって来たオーロラは、そのうちぼくたちの頭上にも広がっていく。


 ゆらめいて、ときに渦巻いて――


 すごい。空中がオーロラで覆い尽くされそうな勢いだ。


 北の方の地平線を見た。


 天使か神様でも光臨してきそうな光の筋が、地上へと到達しているのが見えた。


 斜めに地上に突き刺さる光の柱は、地の果ての地上を激しく、まばゆく輝かせていて、夜の暗さに目が慣れはじめていたぼくの目には痛いほどのまぶしさだ。



 ぼくは、そのときやっと気づいた。



 いよいよ、地球の最期の時がおとずれたのだ。



 風が、激しくなってきた。


 ススキの綿毛が強い風に飛ばされ、あたりを舞い、空中へと吹き上がってゆく。


 ぼくは、あかねの手をぎゅっと握りしめた。


「……あかね。ぼく、あかねと地上まで来れて、本当によかった」


 あかねがぼくを見た。


 彼女も、北の空の異変を見て、すでにこのあと何が起こるかを悟っているような表情だった。


「わたしも、つくしに声かけてよかった。……楽しかったよ、本当に」



 ぼさぼさの髪。


 よごれた顔に、よごれた服装。


 白かったパーカは火事のときの煤の汚れなどで黒くよごれていた。



 だけど、あかねはとってもきれいで穏やかな目をしていた。



 ぼくはこの女の子の、“一生のお願い”を叶えることができたのだろうか。


 そうだとすれば、すばらしい人生の幕引きだったんじゃないか?


 いまは、心からそう思えた。


「ぼくも、楽しかった」


 光のカーテンが地表を焼いていた。


 地表を吹き飛ばしながら、こっちへその光の緞帳がやってくる。



 オーロラは、この地球の一生という物語にひかれる幕なのかも知れないと思った。



「……天国で、また会えるかな?」


 ぼくは、やっぱりなごり惜しくて、またあかねに声をかけた。


 あかねは、


「会いたいね」


 と云って笑った。


「天国で、今度はおにぎり食べたいね」


「……そうだね」


 あかねの言葉にそう答えながら、ぼくはもう一度、あかねの手を取った。



 風が、弱まった。


 そして、息をひそめるように……風が止まった。


 吹き上がったススキの綿毛が、オーロラの光に照らされながら、ぼくらのいる地上に降り注いできた。



 ――ぼくは、自分の人生を満喫できただろうか?



 少なくとも、最後の秋は、満喫できた気がする。




 いま、地球の命に幕が下りる。



 地球とともに、ぼくらの命にも、幕が下りていく。



 動物にも、植物にも、文明にも、最期の時がやって来た。



 風の勢いが激しくなってきた。


 吹きすさぶ風に、ぼくらはよろめく。


 ゆっくりやってくるように見えた終末の光は、たぶんホントはとてつもないスピードでやって来ているんだろう。


 そして、あと一分もしないうちに、このあたりにも到達するのだろう。



 地球が今死ぬのが運命だったとは、まだ信じられない気持ちだったけど、それでも、人類なんかから見ればとてつもなく長い時間を生きてきた地球の物語の最後の瞬間に立ち会えたことは、すごいことだと思った。



 そして――――



 ぼくはとなりに立つあかねの横顔を見て思った。



 ぼくの人生という物語の最後の数時間をきみと過ごせて、――最後の瞬間に一緒にいれて、よかった。



 地上に到達したオーロラのまばゆい光が、山や街を焼き払い、吹き飛ばしながら、もう、すぐそこまでやって来ている。



 不思議と恐怖感はなかった。


 今から死ぬというのに、なんだか奇妙な、懐かしい感じがした。



 ――ここまで来れてよかった。



 あかねとここまで来れて、ほんとうによかっ――



















                  了






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