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茜色の夕日


 坂道を登る。


 元旦にはいつも家族でお参りに来ていた神社がある。


 幾段も続く石の階段。


 朱色の大きな鳥居が奥へ奥へと並んでいる。


 子どもの頃よく姉と鳥居の上に小石をのせるのを競い合ったのを思いだした。



「……つくし、カラスウリがなってる」


 あかねが指さす方向の林に、まっ赤なカラスウリが点々となっているのをみつけた。


「ほんとだ」


「……秋なんだね」


 しあわせそうな口ぶりだった。



 ぼくとあかねはお宮の鳥居をくぐり抜け、丘の上へ登った。



 風が、吹き抜けた。



 丘いっぱいに群生したススキが、眼前に広がっていた。


 羽毛のような綿毛が、涼しげに揺れている。


 こみ上げてくる懐かしさの感情が、心地いい――。



 太陽は、今はもう夕日に変わっていた。


 真上には、まだ水色の空が残っている。


 薄い紺色も、すみれ色も――。


 いろんな色が使われて、夕暮れの空が広く広く染められている。



「きれい――」


 あかねが感動した口調でつぶやいた。


 色のない風が吹いている。


 ほてったぼくの身体にはそれが最高に気持ちよかった。



 きれいで、優しくて、穏やかだった――。


 美しい音楽のような景色だった。


 茜色の夕日が、ぼくたち二人を照らしていた。


 上気したぼくたちのほおを、さらに夕日がまっかに照らす。



「……小さいときにお母さんと見たあの夕日もきれいだったけど、今日の夕日も、すごいきれい……」


 あかねの髪が光に照らされまぶしく赤く、金色に輝いて見えた。



 夕日もきれいだけど、……いまのあかねもとってもきれいだった。


 彼女が舞台に立っている姿も見てみたかったな。それがちょっと心残りだった。




 夕日が、遥かかなたの水平線に沈んでいく。


 死にゆく地球に、太陽が沈んでゆく。


 ぼくは、丘の上に立っていながら、宇宙の中に立っていると感じた。



 地球。


 あなたの一生とは、どのようなものだったんだろう?


 こんな美しくて、奇跡の塊のような世界を宇宙の中に創って、それを守りつづけるのに、どれほどがんばっていたんだろう――。


 そんな感傷的なことを思った。



 涙が、流れ出してきた。


 あふれ出てきて、止まらない。



 しまいにはえぐえぐと、抑えきらずに声まで出して、しゃくり上げながら泣いていた。


 眼鏡をはずした。

 涙をぬぐった。

 袖でぐいぐい両まぶたをこすった。




 夕日が、もう水平線に潜りはじめていて、すごい寂寞感と、同時にとっても懐かしい気持ちにいっぱいになっていった。



 夕日が沈んだ。


 夕焼けが、広い空と、雲を茜色に染める。



 身体の中身まで茜色に染まってしまいそうな夕焼けだった。




 ぼくたちはもう、言葉もなくただただ、移りゆく空の表情を眺めていた。




 ――気がつくと、一番星が瞬いていた。



 このままこの景色をずっと見ていたかった。


 ――もっと、生きていたかった。



 大好きな音楽が、だんだん小さくなって消えていくような寂しさに似ていた。


 しかも、その音楽は二度と聴くことはできないのだ。



 雲が、黒くかげっていく。


 東の空にはもう夜がやってきていた。


 雲の、赤く染まっていた割合がどんどん減ってきて、変わりに暗い紺色に変わってゆく。



 時間が止まったような景色。


 ……月が出ていた。



 心細さにつぶれそうだったぼくの心に、月の光が優しく勇気を与えてくれていた。


 星も、今日はいくつも夜空に瞬いていた。



「ねぇ、つくし。カツサンド食べながら話してた話、覚えてる?」


「ん? なんだっけ」


「ほら、地球が生まれてから今までを365日に例えて計算したらって話。人類が誕生したのは大晦日の最後の23分だって話」


「うん、覚えてる」


「わたしたちが出会ったのって、確か11時半頃だったよね。いま、6時ちょっと前。出会ってからちょうど6時間半くらいだよ」


「あ――」


「地球がもしわたしたちとおんなじ17歳ぐらいだったとしたら、23分かける17で、391分…………ほら、ちょうど6時間半くらいだ」



「人間が地球と過ごしたのが、地球にとっての最後の6時間半。17歳のわたしがつくしと過ごしたのも、最後の6時間半だったんだね」



 この、こじつけにも聞こえそうな一致が、今のぼくたちには奇跡の一致のように感じられた。





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