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 連絡路を通り、なだらかな広いスロープに出る。


 進行方向右手に大きなガラス張りが続く。


 ここからは眼下に吹き抜け空間を見下ろすことができるのだ。

 しかし、本来ならそこから楽しむことのできる景色はなく、変わりに世にもおそろしい光景があるのが見えた。


 全身に、寒気が走った。



 うす暗い空間に猛り狂うオレンジ色の巨大な炎の姿が見えた。


 火災は、吹き抜け空間全体に及んでいた!


 あかねが声にならない悲鳴を上げた。


 窓ガラスは強い耐久性を誇っているようで、炎にさらされ煤に汚れながらもこのスロープの空間を守り抜いている。



「ガラスがもちこたえているうちに、走り抜けよう!」


「わ、わかった」


 ぼくたちがさらに走る速度を上げて駆け抜けていく。しかし、疲れ切った身体は重く、息が苦しい。


 引きつったようなあえぎ声がもれる。


 恐怖と疲労から汗が噴き出し全身を湿らせていくのが不快だ。


 スロープのわずかな坂の角度すら恨めしいほどの疲れ。

 でも、ゴールは遠い。



 進行方向の左前方から突然、大きな破裂音がした! ぼくとあかねが走るのをやめる。



「――ああ……」


「うそ……!」


 恐れていたことが現実になった――。



 前方の下り階段からぼくらの進むべき通路へと、炎が吹き出してきた!


 炎はそのまがまが禍々しい姿であたりを焼いてゆく。



 煙がこちらへもやってくる。

 身がすくんだ。

 あかねを守らなければならない。

 でも、ここから戻ったら地上への道は事実上なくなってしまう。

 ということは、地上へ出るのをあきらめるのと同じだ。


 しかし炎の中へは踏み入ることはできない。

 瞬時に焼け死んでしまう。

 どうする?!

 考えろ、落ちつけ、考えろ――――!!



「つくし……、もういいよ」



 あかねがぼくの手を引っぱった。



「わたし、もういい。……ここまで連れてきてくれて、ありがとう。わたし、地上へ行くの、あきらめるよ」



 あかねがぼくにそう云った。



 ぼくはかぁっと頭に血が上っていくのを感じていた。


 ここで、あきらめるわけにはいかない!

 もう、あかねだけの願いではないんだ。

 ぼくも、あかねと一緒に地上へ出たいと思ってる。

 地上へ出たい!

 夕日を見に行くんだ――!!



「…………あかね。すぐにスプリンクラーが放水をはじめる。火の勢いが弱まったら、全力で走り抜けよう」


「つくし――」


「ぼくは絶対、あかねと一緒に地上に出る」


 ぼくの宣言を聞き、あかねがぼくの手をぎゅっと握りかえしてきた。

 ぼくらのつないだ手からは汗がこぼれそうだった。



 と、そのとき。



 ぼくらの背後の空間から、エアコンが空気を押し出す音を何倍にも大きくしたような音が聞こえてきた。


 涼しい空気が後ろから押しよせてくる。


「なんだ?」


 その空気に不審を抱いて、息を止めた。

 しかし、その空気があたりに満ちても呼吸はできた。


「なんだろ、つくしこの空気?」


「わかんない――え? あかね、見て!」



 ぼくは前方を指さした。

 炎が、押されるように勢いを弱めている?!


 スロープの通路の焼けこげた姿が見えるようになっていく。


「空気が、火を消してるみたい……」


 ぼくは、以前学校の避難訓練でぼんやり聞いた話を思いだした。


 たしか、人が呼吸できて、でも火が燃えることのできない、何かの濃度を調整した空気で建物火災を消す方法があるとか消防署の職員が云ってたような……!!



「あかね、走れ!!」


 ぼくはあかねの手をひいて走り出した。

 天井からは、やっとスプリンクラーが放水をはじめた。


 降りしきる天井からの豪雨の中をぼくたちは、古い再放送の恋愛ドラマのように駆け抜けた。


 さっきまで炎が傍若無人に荒れ狂っていた下り階段前を通り過ぎる。


 ぼくたちは走った。


 今までで一番息が苦しかった。



 でも気がつくと――




 地下50階のフロアーにたどり着くことに成功していた。



 のどが、乾ききっていてひりひりする。



「清水の、舞台から、飛び降りるみたいって――、こういうことを云うのかな……?」


 あかねは息を切らせながら、ひどい汗だくの顔で笑った。


 ぼくは眼鏡をはずして汗をぬぐった。


 あかねの顔を見て、

「そうかもね」

とあえぐような声で答えた。





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