停電と、爆発音
ぼくらが歩きはじめてわずか数秒後のことだった。
突然、建物全体の明かりが消え、真っ暗闇になった!
「え?」
「きゃっ!」
真っ暗だ。
停電?
やばい。
こんなところで――。
原因はなんだろう?
まさかもう地上が――――!!
「つくし、停電?」
「停電は停電だろうけど――原因はわかんない」
しまった。まずいことになった。
手探りでエレベーターまでたどり着くのにはかなりの時間を要してしまうだろう。
「でも、とりあえずエレベーター乗り場の方へ――」
そう云っていると、どこかでヴン……という音がして、灯りがついた。
しかし、薄暗い。非常灯がついたのだ。
でも、真っ暗闇の恐怖に身がすくんでいたぼくにとっては心強い光に感じた。
「非常灯がついた――ってことは、少なくともまだ地球の滅ぶ瞬間は来てないってことだろう。かといって、またいつ電気消えるかわかんないから、急ごう」
ぼくらはエレベーター乗り場に走る。
そして、上向きの三角形のボタンを押す。
階数表示を見上げる。
数字が、200からぐんぐん減っていく。
この地下98階にどんどん近づいているのだ。
「やった、ここのエレベーターは使える! ……よ〜し! ここから51階まで一気にのぼるぞ」
ぼくのその言葉の最後をかき消すように、どこかで爆音がした。
ぼくは心臓が小石になってしまったかと思うくらい縮み上がった。
あかねが、尻餅をつく。
彼女の手を握っていたぼくもつられて床にへたりこんでしまう。
「な、なんだぁ?!」
「いまの音、……なに?」
緊急事態だ。なにかが、爆発したらしい。
「音がしたのは――たぶん上の方からだった。上の階で、なにかあったのかな」
嫌な感じがした。
――どうする?
ぼくたちは、上を目指している。
エレベーターで移動しても、安全という保証はない。
しかしぼくは、すぐにその心配が無用の長物であるということに気づいた。
安全じゃないからって云って、ここにとどまる? 下の階へ行く?
……ぼくらは、どこにいようがもうすぐ確実に死ぬ。
それが決まっているのに迷う理由はない。
ぼくたちは、地上を目指すんだ。
「――あかね。地上に、行こう!」
「もちろん!」
ぼくたちの前のドアから、エレベーターの到着を知らせる音がする。
扉が開く。
ぼくたちは中に飛びこんだ。
中は、奥半分がガラスになっていて、外が見えるようになっている。
広くはないが吹き抜けになっている空間はしかし、非常用の灯りだけが光源であるため暗く、視界はゼロに等しかった。
そのために、逆に不安感を感じる光景だった。
エレベーターのドアが閉まると、ぼくは慎重に一番上の「BF51」のボタンを押した。
すぐに、上昇がはじまる。
ガラスから見える範囲に異変らしきものは認められない。でも、さっきの大きな爆発音は、建物のどこかで何か事故があったと考えられる。
地球の滅亡の序章なのか、それともモノレール降り場の所にいたような狂人たちの仕業なのかはわからないが、地上に出るのに障害となる事態を引き起こしている可能性は、低くないだろう。
ぼくたちは黙ったまま、エレベーターが止まるのを待つ。
数秒後、エレベーターは上昇を止めた。
「あかね、一応下がってて……」
ぼくの指示にあかねが従う。
ドアが、開いた。
空気のにおいが違った。これは――――
物が焼けるにおいじゃないか?!
「つくし、火事かな?」
あかねがおびえた声を出している。
不安そうな表情。
ぼくも冷や汗が身体をつたうのを感じた。
「かもしれない」
しかし、炎が見えているわけではなかった。
ドアの向こうは、さきほどまでいた階と同様うす暗い非常灯に照らされた空間が広がっている。
「でも少なくとも、爆発もなければ炎も見えない。――あかね、こわい?」
うす暗い光のなか、不安に支配されそうな顔のあかねがぼくを見て「平気」と、平気じゃなさそうに答える。
ぼくは反対に落ち着きを取りもどしていた。
人は他人の心配をすると、自分の心配を忘れるって何かの本に書いてあったけど、いまぼくはそのことを実感した。
それを理解したからといって、今後の教訓にしたくても、ぼくらに残された人生はもう数時間もないんだけれど。
「……よし、出よう」
ぼくの言葉にあかねがうなづく。
ぼくたちはエレベーターから出た。
物が焼けるかすかなにおい。ぼくは記憶を探って、外へ出る道順を思い返す。
「この階は、吹き抜け空間に立ってる200階建てのビルの一番上の階なんだ。で、地下50階には、展望台を兼ねたような大きくぐるりと回り込むスロープの通路を通らなきゃ行けない。火事が起きてたら通せんぼだ。どっちにしても時間の余裕がない。走れる?」
「うん。大丈夫!」
あかねは力強くうなずいた。
ぼくとあかねは手をつないだまま、疲れた身体に活を入れて、駆けだした。