第7話
船内へと戻ってきた彼等に、他の仲間たちが群がるように集まってきた。そんな仲間達を再度大広間へ集めると、彼等は先刻の出来事を全て報告する。
「…と、言うわけで。見事彼は任務を成し遂げたよ。今日から正式に、僕達の仲間だ」
「おお、小僧、やったのか!」
「姫様も!よく頑張った!」
そう囃し立てる中、一人がおずおずと口を開いた。
「…で、隊長。その勇敢な少年は今どこに?」
「それもそうだな、今日は祝賀会を開いてやろう!」
「あぁ…それが、まだ意識が戻ってなくてね。今は医務室で寝かせているよ」
「祝賀会の準備は、彼が起きてからでいい」
アレクとジルが順番に言ったその時。
「あっ」
「…あ」
ほぼ同時に声を上げた。その視線の先には。
「坊主!」
「小僧、良くやったな!」
リーズに肩を支えられて、少しだけふらつきながら、ロキシドが立っていた。彼らの賛辞に、少しだけ狼狽しているようだった。
「…ふふ、怖がらなくていいわよ。みんないい人だから」
そう言ったリーズに、男の声が続いた。
「さっきは怒鳴って悪かったな!」
「……え?」
その声のした方を見遣ると、厳つい容貌の男性が、ニッと笑って親指を立てていた。
「あ………」
「ねっ?」
「……あぁ…、…ありがとう」
ロキシドもはにかんで、そして。ゆっくりとその右手を高く上げてみせた。その様子に、その場にいた全員が一斉に沸いてみせる。
「さーァ、皆!宴だぁ!」
そしてそれは、一気に馬鹿騒ぎへと変わっていった。
船は日没まで河を下り、陽が完全に落ちる前に河辺に寄せて碇を下ろした。畔は静かに揺れている。しかし船内では仲間が増えたお祝い、というのは名ばかりの大宴会が催されていた。
酒を浴びるように飲み、大量のご馳走を食べ漁る男達がそこにいた。皆、楽しそうに歌ったり、騒いだりしている。僅かながらいる女性達も、皆と同じように騒いでいる。
その騒ぎを避けるようにして、部屋の端のテーブルで一人ロキシドが座っていた。
「主役がこんな所で、浮かない顔をしているとはな」
「……アレク」
「名前を覚えていてくれたのか、自己紹介の手間が省けたよ。少年、君の名前はまだ聞いていなかったな。リリィはロキと呼んでいたが?」
「ロキシド、だ」
「ふむ、発音しにくい名前だな」
「リーズもそう言っていた」
「それで、ロキ…か。しかし、ロキシドだの、孤狼だの…不穏な名前ばかり背負っているのだな、君は」
「……え?」
「何だ、知らないのか?…まぁいい。そうだなぁ…ロキ、よりは…孤狼…、孤狼……。…コロ!コロってのはどうだ?」
「は?」
「君の呼び名だよ。だって村の人が言っていただろう?狼のような耳を持ち…って、まぁ狼と言うよりは…犬みたいだけどね」
アレクがそう言いながら笑った。
「だから、コロ。僕は君をそう呼ぶことにする。異論は……あるみたいだね」
「…当たり前だ」
「どうしてだい?短くて呼びやすいし、可愛いじゃないか」
「………、もういい。好きにしろ…」
「そうかい?それなら好きにさせてもらうよ」
楽しそうに言って、アレクは酒を注いだグラスを持ちながらすっと立ち上がった。そして。
「さぁ皆!我が同胞コロに!乾杯だ!」
大声で、言った。
おお!という歓声と共に、男達の声が響く。
「何だ小僧、名前はコロと言うのか!」
「ハハ、子犬みたいな名前だなぁ」
「今からは坊主、ではなくて名前で呼ばせてもらうぞ、コロ!」
「…アレク、お前」
「なんだい?コロちゃん」
「…く、っそ…、お前、性格悪いって、言われるだろ…」
ロキシドの皮肉に、アレクは自信満々な様子で。
「たまーに、ね」
言って、愉しそうに笑った。それにつられて、ロキシドも笑顔になる。
「なぁ」
「ん?まだ何か?」
「…ありが、とう」
「………え?何、どうしたの?」
「こんなに楽しいのは、本当に久しぶりだ…。ありがとう」
ロキシドは子どもらしい笑みを湛えて、アレクに右手を差し出した。驚いた様子のアレクも、やがてその手を握り返す。そして。
ぐさっ。
「…………いっ、てぇえ~~!…なっ、…仕込み、ナイフ!?」
「……フン」
「ちょ、だって今!すごいいい雰囲気で、分かり合えたと思ったのに!?」
「う、う…うるさい…っ」
「全く、素直じゃないないなぁ…コロちゃんは」
そう言ったアレクに、ロキシドはそれ以上の反論はせずに立ち上がると、彼に踵を反した。
「耳まで真っ赤だっての。…子どもだねぇ」
立ち去る背中に、アレクがポツリと漏らす。
「しっかし…照れ隠しにしては、痛いなぁ…全く」
そして。
「素直じゃないなぁ……、もう」
もう一度だけ、ごちた。そうして、柔らかい笑みを浮かべながら。
「……痛いなぁ…」
浅く残る傷を擦りながら、グラスの中身を一気に飲み干した。
その様子を騒ぐ男達の陰から、リーズが窺うようにして見ていたがやがてアレクと目が合うと。ピースサインを作って、にっこりと笑って見せた。アレクもそれに軽く手を振って応える。
盛大な宴は、明け方まで騒がしく、続いた。
そして、夜が明けていく。
「…うー。頭、痛いよ…」
アレクの声だった。
「まぁ、あれだけ飲めば、当然ですよ」
ジルが冷たく言い放つ。そして。
「……隊長としての、自覚はあるのか?」
アックスまでもが、そう言った。
「何だよ、二人して。…僕は昨日、名誉の負傷までしたって言うのにー…」
そう言って彼は右手を翳す。
「あれは、隊長が悪いです」
「…いかにも、だな」
「何だ、見てたの?」
驚いた様子のアレク。ジルは当然です、と告げた。
「まだ仲間になったばかりですし…何か、反逆の意思があれば…と思って、見守っていましたが…」
「その心配は無かったな」
「…えー?…、僕、思いっきり嫌われちゃったみたいだよー?」
「あんな事、言うからですよ」
「ジルくん、冷たいなぁ…」
「さぁ、泣き言ばかり言ってないで。今日もキリキリ働きますよ」
「そうだ。隊長がコレでは、他の者に示しがつかん」
言いながら、甲板に繋がる扉をアックスが開ける。
「…あ……、コロ…」
その先にいたのは、一人で木刀を振るい、早朝から汗を流す……。
「コロくん」
ジルの声に反応し、ロキシドが振り向いた。
「………あ、…えっと……?」
「ジル、です。こっちの大きい人はアックス。昨日、君を抱えて帰ったのは彼ですよ」
「あぁ…、ありが…とう」
「礼には及ばん」
「そうだよー、アックス。気を付けてね?気を抜くと、刺されるから」
あー頭痛い、と呻きながらもアレクがそう告げた。
「…って言うかさぁコロちゃん?僕がそう呼ぶと怒るのに、ジルは特別扱いなのかい?ずるいなぁ」
「隊長……何、子どもみたいな事言ってるんですか…」
「全くだ」
呆れたように二人が言うと、アレクは頬を膨らませてみせる。
「やめてください。隊長、可愛くないんだから」
「…全くだ」
「何だよ…、今日は一段と隊長様に冷たいじゃないか…」
「………、なぁ…ひとつ。ひとつ、聞いていいか?」
それは、ロキシドの声だった。
「何だい?」
応えたのはアレク。
「その…、いつも、こんな…感じ、なのか?」
「えぇ、大体は。隊長はアホだし…でもやる時はやる男ですよ、彼は。私達からの信頼も絶大です」
「そう…か……。あ、その、もうひとつ…」
ロキシドが言い淀む。その様子にジルが、どうぞ?と促した。
「あ…その、………本当に、俺は…此処に、いても…?」
「君さえ良ければ、ですが。私達は昨日コロくんを仲間として迎え入れた、あとは君の気持ち次第ですよ」
「そうそう、そう言う事。朝からこんな稽古してるくらいだし…少なくとも、覚悟は確かだろうからね。昨日も見せてもらったけど」
「そ…、そうか……」
「うん。で?コロちゃん、君の気持ちはどうなんだい?」
「俺?」
「そう、君の気持ち。君は僕達と共に、革命軍の一員として…王を討つ、そういう気持ちでいると、思っていいのかな?」
「……あぁ、…そのつもりだ」
そう答えたロキシドに、三人が優しく微笑みかけた。
「いい目だ。コロくん、期待してるよ」
「うん、ジルの言う通り!さぁ、今日はいよいよ出航だからね。準備、準備!アックス、ジル、皆を叩き起こして!」
「了解」
そう言って、各々が扉の中へ消えていったのを確認すると、ロキシドは大きく深呼吸をした。そして。
「…ユーリ……、俺…」
その後の言葉は無く。
ただただ眩いばかりの朝の光に目を瞑り、静かに流れる風に身を委ねる少年が、そこにいた。




