第6話
「………そう、いう事…だったのか」
話を聞き終えたアレクが、大きな溜息を吐く。
「すまない。辛い事を思い出させた、な」
その言葉に、彼の近くにいた人間が反論する。
「アレク、そう簡単にコイツを信じていいのか?」
「……あぁ、それも…そうか」
「そんな!アレク、彼の話に嘘は無いわ!私も王立研究所の事は知っているし……!」
「しかし、その少年のせいで、村の人間が怯えているのも事実。…どうしたものかなぁ」
「でも!村の人だって言っていたんでしょう?実際にその…孤狼、から襲われた事は一度も無いって…!」
「それも…そうか。ならば村の人間にはこう説明しようか。戦闘の末、勝利した。もう心配無い、と」
アレクは続ける。
「彼が孤狼であるならば、我等と共にここを出れば…今後一切、この近辺で魔物が現れる、という心配はなくなる。そうすれば…」
「その必要は無い」
ロキシドの声だった。
「ロキ…?」
「その必要は、無い。ここを出る前に、村へ寄ってくれ。事実を俺の口から、話す……」
「ほう。それで?」
「お前達が疑われる事になるかもしれない。だから、俺一人で行く。心配なら誰かが付いて来てもいい。でも、話は俺がする」
「ふむ……、まぁそれが一番かもしれないな。だけど」
「分かってる。村の人間は俺の話を聞かないかもしれないって、言いたいんだろう?」
「あぁ。…かもしれない、と言うよりは……。まぁ、やってみないと分からないけど。そうだなぁ…」
暫く考えて、アレクが言った。
「皆、この件は彼に任せよう。そして彼がこの任務を上手くやれたら…その時は彼を信じて、我等の同胞として…迎える。異論はないかい?」
アレクの提案に、周囲の人間たちは顔を見合わせた。そして。
「アレクがそう言うのなら…」
「そうだな」
「魔物、と言っても…子どもだしなぁ」
「いいぞ、賛成だ!」
「おう、しっかりやれよ!坊主!」
思い思いに口を開いた。しかしそんな中。
「私は反対よ!」
リーズが突然声を上げた。
「リリィ?」
「だって、どうして?…そんな、試すような事…!」
「リーズ」
「ロキは黙ってて!皆、どうして?私の事、信じられないの…!?」
「姫様…」
「皆が信じてくれないなら、いいわ!でもどうしても試すって言うなら、私も行く!」
「…は?」
「だって、ロキを一人になんて…!」
「じゃあリリィ、こうしよう」
にっこりと笑いながら、アレクが言う。
「少年はさっき付き添いを許可したね。だから、その付き添いをリリィに任せる。一応僕と、他に数人も、隠れて同行する事にする。それでどうだい?」
「…分かったわ」
「正直驚いているよ。出会って間もない筈のリリィと君が…こんなに信頼しあっているって事に」
それはロキシドに向けた言葉だった。
「…俺もだ」
言って、ロキシドは嘲笑した。
「さぁ、この意見で異論のある者は他にいないかい?彼が仲間になったとして…その後の文句は一切受け付けないよ?」
アレクの言葉に反論した者は、誰もいなかった。
「よし、そうと決まれば早速行こうか。日没までまだ時間はある。船を動かすぞ、出航だ!」
その声に、皆が沸き上がる。そうして大きな船は碇を上げ、ゆっくりと動き出した。
動き出して間もなく。船はスピードを緩め、その動きを止めた。そして再び碇を沈める。
「着いたよ。ここから東に歩いてすぐの所に村がある」
「分かった」
しっかりと帽子を被りなおして、ロキシドが頷いた。
「付き添いのリリィとは、離れず行動してくれ。その少し後ろから僕と、それからこの二人が付いて行く」
そう言ってアレクの後ろにいた男が二人、小さく頭を下げた。
「こっちのデカイのがアックス、で、この金髪のがジル。僕の優秀な部下だ」
「あぁ、分かった」
ロキシドは頷くと、すぐに踵を反し、船を降りていった。その後ろを、リーズが慌てて追う。
「ちょっと、ロキ!待ってよ!」
「逸れるなよ」
「分かってるわよ!」
きゃあきゃあと言い合いながら、二人の背中は小さくなって、そして森の中へと消えていった。
「全く……、遠足じゃないんだけどなぁ」
その背中を見送ったアレクが誰に言うでもなく、一人ごちた。
「さぁ僕たちも行こうか」
「はい」
「………」
一人の返答と、一人の無言を気にも留めず、アレクも森の中へと歩き出す。
リーズとロキシドが森を進んですぐに、二人は開けた場所へ出た。そこで森は終わっていて、木々の代わりに古びた民家が点々と建っていた。
「ここ…かな」
「そうだろうな」
村の入り口であろう所に、若い男性が立っている。恐らく見張りだろう。彼は二人に気付くと、訝しげに口を開いた。
「……何者だ」
「あ、あの、私達…この辺りに出る魔物の事でお話しがあって来たの。…む、村長様はいらっしゃいますか?」
「先の件なら、王国騎士団の者らへ依頼済みだ」
「俺たちはその王国騎士団の代理だ。村長の所へ案内して欲しい」
若い男性はあからさまな溜息を吐くと、ゆっくりと歩き出す。そして一度二人へと振り向いて「ついて来い」と愛想なく言って、再び歩きはじめた。
リーズは一度振り向いて、自分の後ろを確認する。村の入り口付近の木々に、隠れるようにしてアレク達の姿を確認した。そして、ゆっくりと足を進めた。
村長の家は、すぐだった。周囲の家と違いはなく、簡素な作りのそれ。
そこまで案内してくれた若者が屋内に消えてからすぐに、彼は初老の男性と、その他沢山の人間たちを引き連れて戻ってきた。
「これはこれは…貴方様があの忌まわしい魔物について、教えて下さる…とな?」
「……あぁ」
「普段からあの魔物には手を焼いておる…。此処におる者は皆怯えて、ワシの家に避難しておる者達じゃ」
老人は続けた。
「あの忌まわしき魔物が出没するようになってから…我等の生活は変わってしまったよ。魔物に襲われては敵わんからな、夜は外出も出来ぬ」
「もう、その心配は無い」
突然ロキシドが言い放つ。
「…ほう。して、それは何故じゃ?」
老人の言葉に、ロキシドは徐にその帽子を取り、その場に投げ捨てた。獣のような耳が、露になる。その瞬間、村人達が一斉に声を上げた。
「あ…、あ、あいつだ!」
「魔物だー!魔物が、現れたぞー!」
「キャーー!!」
「女、子どもの避難が優先だ!」
慌てふためく村人をよそに、老人は目を細めながら、落ち着いた様子で言った。
「これはこれは…。そなたが魔物の正体か?」
「……多分、そうだ」
「その狼のような耳、赤くぎらつく瞳…、確かに噂通りじゃな。…何故、今更我々の前に現れたのじゃ?」
「俺は、村や人を襲った覚えも無いし、そのつもりは全く無い」
「ふむ」
「長老様!こんな魔物と口をきいてはいけません!早く中へ、後は我々が!」
「そんな、困るわ!長老様、話を聞いてください!」
「……この娘さんは、そなたの仲間か?」
長老と呼ばれた老人の問いに、ロキシドより先にリーズが答える。
「そうよ!」
そしてその言葉は、村人達を更にざわつかせた。
「お前も魔物だったのか!」
「どうりでおかしいと思った!我等が討伐を依頼したのは王国騎士団の者達だった筈だ!」
「その中に、こんな小娘はいなかった!」
村人達は口々に、そのような事を言っていた。
「…して、我等の生活をそなたが脅かすことは無いと、そう言っていたように思うが?」
「あぁ。俺は………此処を、出る」
「ほう」
「こいつと一緒に、此処を出る。だから、もう………」
その先を何か、言いかけて。
しかしその先の言葉をロキシドが発する事はなかった。その代わりに。
「…っぐ……ぅ!」
小さな声が聞こえた。
ロキシドの足元には、拳大の石が転がっていた。そして、彼の額からは血が流れていた。
「当たったぜ!魔物にも血が流れてるんだな!」
誰かが、面白げに言って笑った。
「……なっ!」
「リーズ!……大丈夫だ!」
今にも掴みかかりそうな様子のリーズに、ロキシドが声をかける。
「…でも!血が!」
「大丈夫。そんな事をしたら……。…と、言うわけでだ。俺は此処には二度と、足を踏み入れない。約束する」
そんなロキシドの言葉に、村人達はそれぞれに顔を見合わせた。しかし、その中の一人が、一際大きな声を上げた。
「そんな言葉、信じられるか!」
その声に続くように、ロキシドに向けて、村人からの怒号が突き刺さる。
「そ、そうだそうだ!」
「魔物がそんな約束を守る筈が無い!」
「その娘もグルだ!」
そうして村人達は思い思いに武器を手にした。そしてそれを、ロキシドへと向ける。
「………まずいな」
その様子を村の入り口付近から見守っていたアレクが声を漏らした。
「助けに行きますか?」
聞いたのは金髪の…ジルだった。
「いいや、もう少し。彼の本性を見るまでは」
「分かりました」
「………」
三人は動かず、その様子を食い入るように見つめていた。
「皆、奴は丸腰だ!かかれ!」
誰かの声で、村人達は武器を手に、一斉にロキシドへと群がった。
武器と言っても、彼らが手にしているのは木刀のようなものや、石などであったが、それでも武器を持たないロキシドにとっては危険であるのに変わりは無い。
人々の群れから、石が投げられた。その中の幾つかはロキシドには当たらなかったが、その殆どは彼の顔や身体に痣を作った。皮膚が破れて血が滲んだ箇所もあった。
ロキシドは魔法陣を描くために指先に意識を集中させる。しかし。
「ロキ!!」
リーズの悲鳴にも似た声に、意識を掻き乱され。そして、ふと我に返った。ここで攻撃をしてしまっては、元も子もない。
そんな事をしてしまっては、彼らに話をしに来た意味が無くなってしまう。瞬時にそう悟ったロキシドは、ギリっと唇を噛んだ。そして。
「魔物め!」
「貴様なんか、死んでしまえ!」
次々に武器を手にした村人達が押し寄せ、ロキシドはただ只管にその暴力を受け入れた。
木刀で叩きつけられても、石を投げられても、頑強な拳を振るわれても。抵抗はせず、ただ、じっと。
時折呻くような声を漏らしても、ロキシドから反撃をするようなことは、ただの一度も無かった。丸腰の子どもを痛めつけるだけの暴力は、暫くの間続いた。
「…や……やめて、やめて………」
その様子を見ていたリーズが駆け寄ろうとしたが、それは村人によって阻まれてしまう。
「きゃあ!」
ロキシドへの攻撃に参加しなかった一部の人間によって、その細い腕は後手に縛り上げられたのだ。
「だめ、やめて!彼は悪くないの!」
村人に掴み上げられても、彼女は必死に懇願する。
「やめて……、やめて…」
涙を流す少女。それを見ていた一人の村人が声を上げた。
「…おい!」
その大きな声に、木刀や拳を振るう者達が顔を上げた。
「あ、あれ…!」
そう言って指を差した先には。
「やぁやぁ皆さん、お揃いで。これは何の騒ぎですか?」
そう言って笑うのは…アレクだった。しかしその目許は、少しも笑ってはいない。
二人の部下を引き連れたアレクはまず、地面に血だらけで倒れこむ少年を見て。そして次に、リーズを縛り上げていた村人を見た。そして。
「我々の大切な姫君から、すぐにその汚い手を離してくれませんか?」
丁寧ながらも怒気を孕んだそれに、村人は小さな悲鳴を上げて、そしてリーズから逃げるように手を離した。
「それから……その少年に危害を加えた者達も。今すぐ彼から離れて下さい」
アレクの言葉に、村人達は顔を見合わせた。
「聞こえなかったんですか?」
もう一度、声をかける。それでも村人達が動かない事を確認すると。
「…離れろと言ってるんだ!」
怒りを露にするアレクの様子に、村人達は静かに、少しだけ。少年から離れた。
「…これは、王国騎士団の皆様。先日より数は少ないが…。して、これは一体どういう事ですかな?」
長老がやや静かに問う。アレクは呆れたように口を開いた。
「どうもこうもありませんよ…。我々の仲間に、なんて事をしてくれたんです」
言って、大きな溜息を吐いた。
「仲間、とは?この娘さんの事かな?」
「そこの少年も、ですよ」
「ほう…?」
「それに相手は丸腰の子どもではありませんか。これは虐待と捉えてもよろしいのですか?」
「そうきたか…」
長老は一度言葉を切って、それから大声で。村人全員に向けて言い放った。
「奴等は王国騎士団の者ではない!こやつ等は、盗賊か何かじゃろうて!皆の者、村を守る為じゃ!」
その言葉に、村人達が一斉に奮起する。
「隊長、どうしますか?」
村人達の様子を一瞥して、ジルが声をかけた。
「…はぁ、まぁ僕達は構いませんが……」
「………オレが行こう」
「アックス…。ダメだよ、君の力は強大過ぎる。村ごと吹き飛んじゃうよ」
「それくらい…」
「ダメだって。リリィが怒るよ」
「………そうか」
「ならば、私が」
「だから、君達が攻撃しちゃ意味がないでしょ?」
アレクが言いながら、目を細めた。
「あの少年が、身を挺してまで貫いた…信念の、意味が」
「………」
「……、そう、ですね」
アックスの無言と、ジルの返答。それにアレクは満足気に頷いた。
「少年、君の覚悟は見せてもらったよ。正式に、僕たちの仲間になる事を認めよう」
その声に、地面で蹲っていたロキシドがピクリ、と反応した。
「それからリリィも。よく頑張ったね」
「アレク………!」
「君達は、互いによく信頼しあってるみたいだ。だから、今度は僕らの番」
言い終わるか終わらないかの内に、アレクがパチン、と指を鳴らした。それが合図だったかのように、アックスが人々の群れに突っ込む。
そしていつの間に移動していたのか、ジルが長老の裏手に回り込み、その近くに立ち尽くしていたリーズをひょいっと抱え上げた。
「ジル!…ロキが!」
「大丈夫です。アックスが、上手くやります」
その言葉どおり、人の群れに突っ込んだアックスは彼らを攻撃する事もなく、一直線にロキシドを目指して、そして。
「………よく、やったな…坊主」
低めの、はっきりした声で、それだけを言った。するとロキシドも蹲ったまま、震える身体に力を入れて、ゆっくりと頷いた。その様子を見届けて、アックスは軽々しくその体躯を持ち上げる。
「…逃げるのか」
「いいえ。元より我等は、戦う気なんて無かった」
「それを貴方達が勝手に勘違いをして、話も聞かずに嗾けてきたんでしょう」
アレクの言葉に、ジルがそう続けた。
「………追って来れば、容赦はしない」
アックスの声に、村人達がたじろぐ。それに構う様子もなく、三人はその場から飛ぶようにして離れた。
「追え、追うんだ!」
村人の誰かが叫ぶ。しかし。
「…ならぬ」
長老がそれを止めた。
「何故です!彼らには莫大な報酬の半分を既に渡しています!それを、ただ持っていかれるだけなどと…!」
「………、もう良い。金や食料などくれてやる。奴等は…強い。我々だけでは到底敵わぬ。今争えば、無駄な死人が出るだけじゃ……」
「…そんな!」
「良い、良いのじゃ。奴らが本当にあの魔物を連れて出てくれるのなら…、もう」
言って、長老が再び目を細めた。
「さぁ、今晩から見張りを強化するぞ。再び魔物が現れるやも知れぬ。一月ほど過ぎて、その間一度も孤狼が見かけられなければ…奴等を信じてみようではないか」
森の中を、三人が勢い良く走っていた。
一人は長身の男。一人は、頑強な肉体の男。肩には少年を担いでいる。そしてもう一人は、金髪の男。大事そうに少女を腕に抱きかかえていた。
三人は、後ろから村人達が追って来ない事を確認すると、徐々にそのスピードを緩めはじめた。
「…追って、きませんね」
金髪の男、ジルが短く告げた。話しかけられた男、アレクがそうだね、と答える。
「それにしても隊長……」
「うん?」
「いいんですか?誤解…されてますよ、完全に」
「まぁ…いいさ。今更僕達に悪名の一つや二つ。勲章みたいなものだよ」
笑いながら、そう言った。
「………隊長」
一際低い声が聞こえた。頑強な肉体を持つ、アックスだ。
「…ん?」
「コイツは……」
「うん、よく頑張ったと思うよ。…まだ、子どもなのに。本当に、よく…」
アックスの肩に担がれたまま、少年は意識を失っていた。そしてそんな少年にアレクは微笑みかけた。
「彼の覚悟はしっかりと見届けた。…でもまさか、村の人達がここまでやるとは…正直、驚いた」
「…闇が、迫っているのよ」
唐突に口を開いたのは。
「リリィ?もう大丈夫なのかい?」
「えぇ…一人でも歩けるわ」
言って、自分を抱きかかえていたジルを見た。
「…いえ、私が船までお連れします」
「……、もう!」
「リリィ、いいんだよ。僕達の前では強がらなくても」
「えっ?」
「…………、まだ…震えているぞ」
「あ……」
自分でも気が付いていなかったのか、リーズは驚いたように声を上げた。
「所でリリィ、その闇っていうのは?」
「……うん、こんな世の中だもの。王政や戦況の悪化…そこから生まれる怯え、不信……そういう、闇のこと」
「そうだね…早く、なんとかしないと」
「えぇ、その為に私達がいるんですもの。船に帰ったらどうするの?すぐに河を下る?」
リーズの問いにアレクはうーん、と唸った。そんな彼の代わりにジルが答えを引き継いだ。
「船を移動させましょう、村から離れた所に。日没を迎えるまでに少しでも離れた所に行って、そこで船を泊めましょう。隊長、それでいいですか?」
「うん、さすがは我が軍が誇る参謀だね」
「茶化さないで下さい」
「いや、実際頼りにしてるんだよ、君達の事は」
「えぇ、私も」
リーズとアレクが言いながら微笑んだ。さも居心地が悪そうに、ジルがぶつぶつと呟いた。
「………、あ…あぁ、船です。着きましたよ」
「さぁ、皆に報告する事が山積みだね。着いたらすぐ、また皆を招集するよ」




