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第5話

翌朝。

まだ朝靄の晴れぬ程に早い時間、ロキシドは目を覚ます。隣で静かに寝ているリーズを起こさないように、ゆっくりと毛布から抜け出した。しかし彼の気遣いをよそに、少女はぱっちりとその瞳を開けてしまった。


「…あ。悪い…起こしたか?」


「いいの。実は、あんまり眠れなくて」


「そうか」


「…ねぇ、ロキ」


「何だ?」


「私、ね。時々思うの」


それは言葉を選ぶような、慎重な口ぶりだった。


「自分のしてきた事が、もし…間違っていたら、って」


「………?」


「だって、ね?私は私の信念の下で、王を…、そしてこの国を、破滅させようとしている…かもしれない。でも、でも……。もし、それが間違っていたら?…もし私が、まだ知らない事があって。その真実を知らないまま、結果もし…憎むべき相手が間違っていた、そうなった時は…、って」


リーズは言って、その大きな瞳を伏せた。


「そんなの」


彼女の言葉に、ロキシドが答える。


「…そんなの、これから知ればいいだけだ」


「え?」


「それでも間違った結果を招いたとして…でも、それは決して間違いとは言わない」


「ロキ……」


「自分の正義を貫くこと。それ自体は、間違いじゃないから。そう思わないと…復讐なんか」


ロキシドの瞳が優しく光る。


「だから、大丈夫」


「………ありがと」


リーズがそう言った時、山の間から朝日が射すのが見えた。


「わぁ……きれい………」


「あぁ…」


「ロキ………、行こう…」


「そうだな」


二人は笑いあって、そして、その小高い丘を後にするのだった。




「ねぇ、本当に荷物、それだけ?」


ロキシドの家へと戻った二人。そして彼の旅荷物を見たリーズが驚いたように聞いた。

それもその筈。目の前に立っている少年は、旅をするにはそれ程大きくもない麻の鞄を肩から斜めに提げているだけだったからだ。


「これで十分だろ?」


「あなた、王都までどれくらいの距離があると思ってるの?」


「知らない」


「…呆れた」


リーズは自分の胸ポケットからきれいに折り畳まれた紙切れを取り出す。


「これを見て」


そう言って差し出されたのは、地図だった。


「これはこの国の最新の地図よ。いい?今いる所が大体この辺り」


彼女が指を差したのは、菱形に似た形をしている大陸。その南東に描かれた小さな。本当に小さな半島だった。


「うん?」


「小さいけれど、この半島を出るまでには…順調にいっても三日はかかるわ。それで、その後は船で移動するの。一番近い港は……ここ」


言いながら指を動かした。そして次に彼女が指したのは、菱形の大きな大陸の南に位置する海岸線沿い。その真ん中辺りだった。


「ここは、王都とはまだ随分距離があるけれど…。町が、あるの。港町。…そこなら、少し休憩も出来る」


「それで?」


「それから、王都は…ここ」


港町からきれいに真北に位置する、菱形の一番頂点の部分をトントンと指先で叩いた。


「ここに、王がいる。で、全てが順調に進んでも。王都へは……そうね、九十日後…それくらい、かしら」


「へぇ…」


「でもきっと順調にはいかないわ。…もうすぐ、夏になる。順調に進めば秋の初め頃には王都に着いてる筈よ。でも」


「…でも?」


「きっとそうはならない。寧ろ、そうしないわ」


「なんで、また」


「今からすると、ちょうど半年程後に…王都ではお祭りが開かれる。カーネリア祭といって、毎年秋の深まる頃に行われるものなの」


「ふーん」


「その時、…その時なら、王都へは、乗り込みやすくなる。だからまず、私達は今から半年、もしかしたらそれ以上の旅をしなければならないかもしれないわ」


「………」


「だから、それだけの荷物じゃあ…少し、というか、かなり。心許ない、というか……」


不安げなリーズに、ロキシドはふっと笑って見せた。


「いいよ、別に。なんとかなるさ」


「なんとか、って…そうは言っても……」


「王都までの道中、町はあるんだろう?」


「え、ま…まぁ」


「それなら大丈夫だよ。なんとかなる。…いや、なんとかする」


「うん…、そう、ね。そうよね。まずは今から船に乗るまでを、やり切れば…いいか」


「さぁ、行こう」


「えぇ。…あ、ロキ。忘れてないでしょうね?今から世界樹を見に行くって約束!」


「忘れるわけないよ。行こう」


ロキシドの言葉にリーズは力強く頷き、彼の後を追った。


外に出ると、まずロキシドは家を取り囲むようにして地面に魔法陣を描いた。


「それ…なぁに?」


「魔法」


「それは分かるわよ!…一体、何の為に?」


「家を守る為」


「え?」


「…ちょっと、今集中してるんだ。話なら後で」


それっきりロキシドは黙り込んでしまった。しかし彼は忙しなく動き回り、漸く魔法陣が完成したようだった。

そしてその一部分にそっと触れる。すると魔法陣が強く光を放って………、それっきりだった。


「…え、……えっ?」


目が眩むような強い光の後、そこに、家は無かった。

きれいに。そんなもの、初めから無かったかのように。跡形も無く。


「な…何で!?何が起こったの…!?」


驚嘆の声を上げるリーズ。彼女は元々家があった辺りに駆け寄った。


「隠した」


「……え?」


「だから、隠したんだよ」


「魔法……で?」


「あぁ」


「ねぇロキ」


「うん?」


「この魔法は、もっと…もっと、大きなものも、隠せる?」


「…まぁ、術者の力にもよるけど。俺は、この家くらいの範囲が限界だな」


「そう………」


「一種の結界なんだよ。この手の結界を解くには、スイッチがある」


「スイッチ?」


「そう。俺の場合は、そうだな……これにしよう」


言って傍に佇む樹の幹に触れた。


「………?」


ロキシドはその幹に、自分の荷物から取り出したナイフで傷を付けていく。それはただの傷ではなく、円形の魔法陣だった。描き終わると、彼はその陣に手を翳した。

すると先程描かれた魔法陣は、すぅっと消えてしまった。


「それが、スイッチ?」


「そう。結界を解くには、この別の魔法陣を発動させれば、いい。…この家は、ユーリの大切な場所だから。だから、もし俺が此処に帰れなくなったとしても…」


一旦言葉を切って、その後の言葉は一息に続けた。


「守り続けないといけないから」


そして拳を強く握りしめる。その様子を見ていたリーズが、


「……いつか。いつか、ちゃんと帰ってこよう?そしてユーリさんに、ちゃんと…報告、しよう?」


言いながらニッコリと笑う。そして。


「成すべき事が、終わったら…必ず。此処へ、帰るの。…約束よ」


ロキシドへと自らの小指を差し出した。


「………?」


「指きり、よ」


「あ…あぁ」


照れたように微笑みながら、ロキシドも自分の小指を突き出した。そして、リーズのそれへと絡める。

暫くそうして、二人はどちらともなく、その指を離した。


「そろそろ、本当に、もう行こう。ここで…することは何も、無い」


「…そうね。まずはユーリさんのお墓参りから!」


「そうだな」


そうして二人は目の前に広がる雄大な森の中へと、消えていった。



道無き道を進み、暫くして。二人は漸く開けた場所に出た。

そこには雄大に聳える大きな……。


「着いた……」


リーズの声だった。彼女はそう言ったきり、高く伸びる幹を見上げていた。


「………すごい。立派な樹ね……」


「あぁ」


「ねぇ、ロキ。此処に、さっきロキがしたみたいに………国が、隠してあるのかな…」


「…さぁな。でも」


「………?」


ロキシドの言葉に、リーズは彼の方へと向き直った。


「でも?」


「ここには、ずっと前から、何か特別な力を…感じる」


「力?」


「魔法の匂いもする。それに、なんとなく…だけど。なんとなく……懐かしい、感じがするんだ」


「………。私には、よく分からないわ」


「まぁいいさ。でもだからこそ、この樹には…何かの魔法がかけてある、とは思う…」


「そう……」


「ちゃんと色んな事を調べて、整理して。確信があれば、また此処へ戻ってくればいいよ」


「ふふ、そうね」


微笑みながら、彼女は再びその幹を。そしてそこから伸びる枝葉を見上げた。そして。


「……あ。忘れるところだったわ!」


突然大きな声を上げるのだった。そして彼女は自分のポケットからひとつ。小さな髪飾りを取り出した。それはピンク色で、何かの花の形をしていた。


「……何だ、それは」


「何って、髪飾りよ」


「いや、だから……」


怪訝そうなロキシドには構わず、リーズはゆっくりと樹の根元に歩み寄る。そして髪飾りの柄の部分を、大樹の根元へと突き立てた。


「これなら枯れないでしょう?」


そう言って、自分もその場に跪くと、手を合わせながらゆっくりと瞼を閉じた。それを見ていたロキシドも、同じようにして瞼を閉じる。


「………もう、十分だろ」


「そうね」


「じゃあ……」


「えぇ」


閉じた瞼をゆっくりと持ち上げて、リーズが立ち上がった。それにロキシドも続く。


「此処からだと…、森を突っ切った方が、早いわね」


「どこに行くんだ?」


「北の辺りに、船を泊めてあるの」


「船?」


「そうよ。私、船で来たんだもん。で、これは歩きながら聞いて欲しいんだけど……」


リーズが言いながら地図を開き、方角を確かめる。そして歩き出した。


「何だよ」


「私、此処へは……一人で来たんじゃ、ないの。仲間がいて、今は船を守ってくれてる」


「ふぅん」


歩きながら、ロキシドはさも興味がなさそうに呟いた。


「私、言ったでしょう?ロキの力を必要としてるのは、私だけじゃないって」


「あぁ…言ってたな」


「私の仲間も、あなたの力を必要としてる」


「ふーん」


「彼らは、この国で革命を起こそうとしているの」


「革命?」


「そう。今の王政に不満がある人達が集まって…。彼らは、私と…利害が一致した、謂わば同盟、みたいなもの」


「へぇ」


「彼らは私の正体も、目的も、知っているわ。そして私も、彼らの目的を知っている」


まるで独り言のように、淡々と続けるリーズ。


「そしてこの旅の行き着く先は…、この旅で死ぬのは、王一人。そう約束をしてるの」


「……つまり、お前は最初から王を殺すつもりでいたってことか」


「でも今は、少しだけ…迷っているわ」


「いいんじゃないか、別に」


「………え?」


「お前が迷って、お前の言う所の仲間達、と意見が分かれたりしても。それでも俺は、お前の味方でいてやるよ」


「………クサい…」


「…うるさいな。…ところでリーズ、幾つか聞いておきたいことがあるんだけど…」


「え?なぁに?」


「お前、此処を出るまで三日はかかるって…言ったろ?」


ロキシドの言葉に、リーズがきょとん、と首を傾げた。


「てことはお前、少なくとも三日は一人でこの辺りを歩き回ってたって事、だろう?」


「……あ。私、まだ言ってなかったかしら?」


「多分な」


「えーと、ここから半日くらい歩いた所に、河があるの…知らない?」


「あぁ、知ってる」


よく水を汲みに行くからな、とロキシドが付け加えた。


「その河は随分大きいけれど、下るほどにより大きくなって、そし。外海へと繋がっているの」


「へぇ……」


「だから私達は、外海からここまで…ずっと船で来たのよ」


「そうか。半日ってことは…急げば夕刻には着くってことだな」


「えぇ、でも。夜は危険だから、船は動かさないと思う。だから、船に着いても出航は明日になると思うわ」


「でも、それなら……」


突然声を潜めるロキシド。その様子をリーズが訝しげに見つめた。


「何、どうしたのよ?」


「シッ!静かに!」


「え、え?」


「声出すなって。ちょっと、こっち来い。隠れて」


言いながらロキシドは、生い茂る樹の陰に身を隠す。理由も分からぬまま、リーズもまた彼の後を追う。

二人は暫くの間、陰から様子を窺うようにしていた。やがてロキシドが小さな声で話し出す。


「だったら、あいつらは何だよ」


「え?」


ロキシドがあいつら、と呼んだ。その視線の先には、数人の男達がいた。皆、制服でも着ているかのように同じ格好をしていた。

紺のジャケットには金色のボタンが付いており、袖の折り返しは臙脂と白のラインが入っていた。同じ色のズボンを穿き、そして同じ色の帽子も被っている。


「あ……、あれは!」


リーズが目を見開いた。


「だから、お前、声!」


つられてロキシドも大きな声を出す。

彼等は声に気が付いたのか辺りを見回しているようだった。その背中に背負っている大きなライフルが鈍く光る。


「ごめんなさい、でもあれは大丈夫。彼等は私の言っていた仲間達、よ」


「………?」


「きっと私の帰りが遅いから、探しにきてくれたんだわ」


「それならそうと…。あんな軍人みたいな格好してたら、隠れもするだろう」


「えぇ、本当にごめんなさい。さぁ、彼等にロキのこと、紹介しなくちゃ!……あ、そうだ」


今にも駆け出しそうだったリーズは一度ロキシドの方に向き直ると、彼のブカブカな帽子を整えて。


「この帽子なら…あなたの耳を隠す事ができるわね」


確かにリーズの言う通りその帽子は、頭全体と、それから耳を覆うたれまで付いたもので。ロキシドの耳を隠すにはもってこいの代物で。彼もまたそのつもりで帽子を被っているのだから、それはつまり当然なのだが。


「勿論皆には本当の事を話すべきよ。でもね?余計な争い事は、絶対に避けなきゃいけない。話をするタイミングも、大事だから」


「あぁ…確かに、そうだな」


「だからまだ帽子を取っては駄目。皆には今晩にでも話しましょう?」


わかった、と一言告げて、ロキシドは静かに帽子に触れた。

茶色い、麻のような生地で編まれたそれは、不自然な程に大きいが仕方が無い。耳を覆うたれは本来、防寒の為に作られたのだろう。しかし今は、彼の獣のような耳を隠すものとして機能していた。


「準備はいいわね?」


「あぁ」


ロキシドがしっかりと頷いたのを見届けてから、リーズは立ち上がった。そして。


「みんなー!」


明るい声で、数人の男達へと駆け寄った。その後ろを、ロキシドも彼女に引っ張られるようにして追った。


「姫!」


「リーズ様!」


「リリィ!」


様々な声が上がる。勿論それらは全てリーズの事を指しているのだろう。


「遅くなってごめんなさい。でも!大収穫よ!」


明るい口調のまま彼女が続ける。そして掴んでいたロキシドの腕をぐいっと引き寄せた。


「うわ……っ」


突然の事に驚き、ロキシドはよろよろとリーズの前へと出る。予想だにしなかった事に、リーズに声をかけた集団が身構えたのが見えた。しかしリーズは気にした様子もなく飄々と言った。


「新しい、仲間なの!」


その言葉に、誰しもが言葉を失う。暫くの沈黙の後、集団の中では一際背の高い男がおずおずと口を開いた。


「えーと、仲間、と言うのは……革命軍、の…?」


「他に何があるのよ?」


リーズが代わりに答える。


「そう、か…」


「そうよ。それにしても皆で私の事、探してくれてたんでしょう?」


どうして?と、言い切る前に。先程の男が慌てた様子で再度口を開いた。


「そ、そうだよリリィ!君を探していたんだ!」


「な…どうしたのよ…?」


「とにかく急いで船へ!話はそれからだ!」


少年、君もだよ!と付け加えて男が走り出す。


「姫、船は限界まで近くに寄せています!走ればすぐですから!」


「え、え?何?どうしたのよ?」


全く状況の読めないリーズとロキシドは、とにかく彼等に着いていくしかなかった。少し行った先に、立派な。客船のように大きな船が泊めてあるのが見えた。

昇降機のようなもので入り口まで上がると、そこにはやはり、同じように制服を着た男性が門番として立っていた。


「お帰りなさい!姫様も!」


そう言って門番はリーズに敬礼をする。


「タール、君も入ってくれないか。一度扉は閉めて欲しい。それから皆を集めてくれ」


タール、と呼ばれた門番は、そう命じた背の高い男に向かって短い返事と共に再度敬礼をする。そして彼は船の奥へと消えてしまった。


「……ふぅ、やっと…落ち着いた……」


「アレク!一体何だって言うのよ!」


リーズが怒ったように声を上げる。背の高い男、アレクは気の抜けたように笑っていた。


「いやぁ、悪かった。でもすぐ傍の村で噂話を聞いてね。君の事を心配してたんだ」


「噂?心配?何の事?」


「あぁ、皆にも話したいから、とりあえず行こう。その少年にも聞きたい事があるし、ね」


言ってアレクは再び歩き出す。他の男達も彼の後ろに続いた。そしてその最後尾を、ロキシドとリーズが歩いていた。


「ロキ、あなたも暫く此処で暮らす事になるのよ」


「あぁ」


「最初は船が揺れたりして、落ち着かないかもしれないけど。でもきっとすぐに慣れるわ」


そう言ってにっこりと笑うリーズ。その笑顔に、ロキシドも薄っすらと微笑を返した。


「ここだよ」


突然アレクの声が響く。


「ここは大広間兼食堂と言ったところだ。もし今後船内で召集がかかった時は、よほどの指示がない限り、ここに集まってもらうよ。いいね、少年」


「あ、あぁ」


「…まぁリリィの言う通り、すぐに慣れるとは思うけど。ところでリリィ。何でまたこんな時期に仲間なんだい?彼はそんなに…その、利用価値…があるのかい?」


言葉の最期の辺りは声を潜めながら言った。


「えぇ、勿論」


「はぁ…まぁ、その辺りはみんなと一緒に聞かせてもらうよ」


そう告げるとアレクは目の前の扉を開けた。そこには。


「………ニンゲン…」


ロキシドがぽつり、と漏らす。

扉の向こうには、それは沢山の人が犇きあっていたのだ。ゆうに百人は超える数だった。


「ロキ、大丈夫。みんな私達の仲間よ」


「あぁ…分かってる」


犇く人々は皆同じように、制服のような衣服に身を包んでいた。その殆どは男性だったが、中には僅かながら女性も存在した。


「皆、よく集まってくれた!」


アレクの声が響いた途端、ざわめく人々がピタリと止んだ。


「我等の姫が戻られたのだ!そして、皆に報告がある!」


その声に、室内中から歓声が沸いた。


「姫様、よく帰ってきた!」


「おかえりなさい!」


「リーズ様、怪我はないかい!」


など、様々な言葉が飛び交う。そしてそんな言葉も落ち着いてきた頃に。


「………ん?」


誰かが声を漏らした。そして周囲の人間も、その声に続いた。彼等の視線の先には。

この暖かい時期には似つかわしくない、耳を覆うたれのついた帽子を目深に被り俯く、一人の少年。

リーズが彼等の視線に気付き、少年の手をぎゅっと握った。


「リーズ?」


「大丈夫よ」


その様子を見ていた大人達が、二人を囃し立てる。


「なんだい姫様、こんなジャングルでボーイフレンドでも作ったのか?」


「やるじゃないかリーズ様!」


ひゅうっと口笛を鳴らす者もいた。


「ち、違うわよ!彼は……」


「おい、聞いたか?カレ、だってよ!」


「まぁ年の頃も同じくらいだし、お似合いだろう」


「しかしあのお転婆姫様が、ボーイフレンドとはなぁ」


「だから、皆!聞いてよ!」


「…………はぁ」


そんな中、アレクが一人溜息を吐く。そして。


「皆、リリィをからかうのはその辺にして。話があるんだ」


「アレク」


「まずこの少年は、リリィのボーイフレンドではない。我等の同胞だ」


彼の言葉に、室内が少しだけどよめいた。


「それから、我々の調査結果も報告したい。リリィと少年。君達の話は後だ、まずは僕の話から、聞いてくれ」


「えぇ」


「………」


無言のままのロキシドの返答は待たずに、アレクが話始める。


「リリィをこの地に降ろしてから今日で三日目だったが…。彼女を降ろしてすぐに、近くで村を発見した。これについては先に皆へ報告した通りだ」


「村?」


「そう、村だ。人が住んでいた。そこで、とある噂を聞いたのだ」


周囲の人間が皆、固唾を飲んでアレクを見守った。


「この辺りの小高い丘…ちょうどリリィが目指した方角だ。そこに夜な夜な一匹の魔物が現れる、と」


「魔物……?」


「そうだ。暗い中だから、はっきりとした姿は未だ確認されていない。だが」


アレクは皆の顔を見回しながら、続ける。


「人のような形をしたそれは、俊敏な動きと、それから…獣のような耳を持っているらしい」


「………え……?」


「………」


「それは人を襲う事はまだないと聞いた。しかし近くの村の人々は怯えながら過ごしている。そこで、だ」


ニヤリ、と笑ってみせるアレク。それは悪戯を思い付いた子どものような表情だった。


「我々はその魔物の討伐を引き受けた。謝礼の半分は既に頂いた。しかし敵の力は未知数。最悪の場合は…撤退する。それが条件だ」


「ちょ…、アレク!どうしてそんな勝手な事を!」


「だってリリィは調査に出ていただろう?僕たちは離脱したとは言え、元王国騎士団。国王は憎いが、困っている国民を見放す訳にはいかない」


この証に誓って、と言いながら彼は自らの衣服を指差した。それに周囲の人間も頷く。


「その魔物については殆ど調査されていない。その狼のような風貌と、いつも単独で行動している様から、村の人間はそれを”孤狼”と呼んでいるそうだ」


「狼って…まさか……」


「おや、リリィは何か知っているのかい?」


「………」


アレクの問いにリーズは答えなかった。


「まぁ、いい。そしてその孤狼だが、昨夜も目撃されている。それで我々はリリィを急いで探していたんだ。討伐が済めば、残りの謝礼もキッチリ頂く」


わかったかい?と優しく尋ねるアレク。しかしリーズは無言のままだった。そしてそれを見かねたロキシドが徐に口を開く。


「その、孤狼…だが」


「うん?少年、君も何か知っているのかな?」


「それは……その、恐らく………」


言いながら、リーズを見遣る。すると。


「だ、ダメ!ロキ!まだダメ!」


リーズが甲高い声を上げた。


「リリィ?」


「だって……」


「タイミング、だろう?それなら今が最適だ」


そう言うとロキシドは、リーズが止めるのも振り切って、その帽子を取った。露になった獣のような耳。それはアンテナのようにピンっと立っていた。


「……な………っ?」


アレク同様、周囲の人間も驚き、そしてざわめく。


「リリィ、彼は…どういうこと…だい?」


「…どういうって……」


言い淀むリーズ。しかしその様子にたじろぐ事無く、ロキシドが淡々と語り始めた。


「まずは、俺の話を聞いて欲しい」


一度外した帽子を被りなおして、そう言った。


「…そうね。……皆、お願い!まずは彼の話を聞いて欲しいの!」


「姫…」


「…リーズ様」


「まぁ…リリィがそう言うなら…聞いてみようか」


アレクの言葉に、ありがとう、とロキシドが小さく言った。その言葉に驚いたアレクが一瞬だけ目を見開いた。


「……俺は。俺は、今はこんな姿だけど。………十年位前までは、普通の…人間だった」


そんな話信じられるか!と誰かが叫ぶ。しかし構わずロキシドは続ける。


「今、この国では…人間兵器の研究が行われている。ここにいる人達が知ろうが知るまいが、それは事実だ。そして俺は、研究の………被験者だ」


その言葉に、辺りは一層どよめいた。


「唯一の成功例である俺は、研究所を逃げ出して…王都から遠く離れたこの森で、ユーリという人と暮らしていた」


「…ユーリ、というのは?」


「この人だ」


ロキシドが自分の荷物の中から分厚い本を取り出した。それは魔導書のようで、それに気付いた一部の人間が身構える。

しかしロキシドはその本の一番最初の頁を開き、一枚の写真を取り出し、それをアレクに差し出した。

窓辺の写真立てに収まっていた、それだった。


「……ん?…こ、これは!」


その写真を見たアレクの表情が、一気に変わる。


「これは………、ユグドラシル…!あいつ…生きていたのか…!」


その言葉に、周囲の人間たちも口を開く。


「ユ…ユグドラシル様だと…!?」


「そんな、まさか…!」


「ユグドラシル、は昔の名だ。研究所を逃げ出してからはずっと、ユーリと名乗っていた。それにユーリは…」


「………?」


「もう、死んでしまった」


「!!」


「国王の命令で、王立研究所の人間の手によって……殺された」


そう言った声は、少しだけ震えているようだった。


「……それで、君は…被験者だと言った。この国の、人間兵器…その研究について、教えてくれるかい?」


「…少し、長くなっても…?」


「あぁ、構わない」


「分かった」


短く告げて、ロキシドは彼らに向けて話し出す。

自分の過去、ユーリの事。研究の内容や魔石ハティの事など。リーズに聞かせた事を、全て彼らにも話して聞かせるのだった。

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