第4話
「俺と一緒に研究所に送られたのは、俺より一つ年上の、ライルという少年だった」
ロキシドは瞼を閉じて、話を続ける。
「ライルは…あなたより先に、実験体に……?」
「あぁ。ライルは自ら志願したんだ。あいつなりに、俺を守ろうとしての事だと思う。……馬鹿な奴だよ」
ゆっくりと開かれた彼の目は、ほんの少し、潤んでいるようにも見えた。
「正直、俺は怖かったんだ。自分がどうなってしまうのか、ユーリはどこにいるのか、とか。他の子ども達はどこに行ってしまったのか…とか」
それは当然と言えば当然だろう。僅か7歳の子どもが抱く感情としてそれは、至って正常なものだ。
「俺は実験で最初の、成功例だ。もし俺が先に使われれば…ライルは死ななくて済んだかもしれない!」
「そうならなかったかもしれないわ」
「でも!少なくとも!ライルは俺のせいで…」
「違う!!」
突然声を荒げたリーズに、ロキシドは驚いて言葉を詰まらせた。
「ロキのせいじゃない!」
「………リーズ」
「あなたは悪くなんか、ない!」
そうきっぱりと言い切った彼女は、泣いていた。ぽろぽろと涙を零しながら。
「でも…どうしても、頭から離れないんだ。ライルの、最期が……」
そう告げるロキシドは声を、そして肩を震わせていた。彼の体験はそれ程までに壮絶なものだったのだ。
「ライルが連れて行かれてすぐに、今まで聞いたことの無いような…ものすごい悲鳴が聞こえた…。それが止むとすぐに、俺も………」
零れる涙を拭いながら、リーズが口を開く。
「じゃあライルは…?」
「俺が見たのは、真っ黒に焼け焦げた…人、のようなもの。まだ少し動いてた。多分、あれが……」
「………」
「それとは別に、動かないのが四体。大きなガラス瓶の液体の中に、保管されていた」
「……!」
「それから俺は、寝台に固定されて、その後は………分からない」
「分からない?」
「ただ、ハティが入り込んでくる感覚は覚えてる。気持ち悪くて、吐き気が込み上げてくるような」
「それ…で?」
「気が付いた時には、辺り一面血だらけで、研究員は皆死んでいた。やったのは多分、俺だ」
先程までとは違い、いやに淡々と話すロキシド。そんな彼にリーズは一瞬だけ、チラリと視線を投げた。
「ハティを受け入れた時、全身に力が漲るのが分かった。でもそれを上手くコントロールできなくて」
「そんなに凄い力なの…?」
「あぁ。でもすぐに分かったよ、その場にいては危険だって。だから俺は逃げたんだ。…そして、ユーリを探そうと思った。頼れるのはユーリだけだったから」
「…そう」
「手がかりは全くと言っていい程無かったけど、ハティのお蔭で鼻は利くようになったし。でもさすがにこの耳には驚いたよ」
自嘲気味に笑うロキシドは、自らその耳に触れた。
「それからは?あなたは、どうしたの?」
「おいおい…俺はこの国の研究について話すだけだろう?」
「でも…」
「そのうち、な。ところでリーズ、お前はこの森に研究に来たんだろ?」
「そ、そうだったわ、それ!」
「世界樹がどうのって言ってたけど、一体何の研究だ?」
「永遠の、命」
「は?」
「だから、永遠の命。その研究をしてるの。国王の、命令よ」
彼女の言葉に、ロキシドは明らかに眉を顰めた。
「あんな人間の為に、そんな研究をするのか?」
「それとこれとは別よ。私は、私の知的欲求を満たす為にしているの。ところで少し聞きたいんだけど…あなたは毎朝あの森に行くの?」
「…あぁ、ユーリの墓参り…だからな」
「ご神木って言っていたわよね?」
「ユーリが、そう呼んでた。それに遠くからじゃよく分からないだろうけど、あの森…本当は森じゃないんだ」
「どういうこと?」
こういう時の彼女の知的好奇心は本当に計り知れないと思う。
魔法や、この国の事についてもそうだが、彼女は自分が疑問に思う事をそのままにせず、なぜか、どうしてか、理由と真偽を追求したがるのだ。
まったく大した人間だな、とロキシドはそう思い笑った。
「あれは、ご神木から広がった枝葉なんだ。つまりあの森の正体は、一本の大きな樹ってこと」
「え…嘘、あの森が、一本の…樹?」
「勿論、ご神木の下には木々や草花も群生している。だから正確に言うと、あの樹の下に森があるってことになる」
「それじゃあ、やっぱり…ねぇロキ。あなた、世界樹の伝説を聞いたことはない?」
「……いや、知らないな」
「そう……」
「なんだ、その世界樹ってのは」
「私の家系はね、歴史や伝承を調べてるの。でもそれは、王の勅命なの」
「なぜ王は、そんなことを…?」
「王家の血筋はね、女神様のご加護を受けているんですって」
「………つまり?」
「このクリムト王国の最初の王は、女王様だったの。これは伝承に過ぎないんだけど…聞いたこと無いかしら?この国に伝わる、御伽噺」
「あぁ、それなら知ってる。世界を焼き尽くした破壊神と、それを救った女神の話だろう?」
「そう!そして女神様はこの国の礎となったのよ」
「…で、それが?」
「女神様のお蔭で、この国は豊かになった。でもそれを維持するための時間は、限られていたの」
「神様も、死ぬのか?」
「分からないわ。最初の王、女神様が亡くなったという記録は残っていないから。記録によると、彼女は忽然と姿を消したの」
「無責任な奴だな」
「でも彼女はそうする前に、人間の中から長に相応しい者を選び出した。その人を女神の末裔として…そしてこの国が安泰となるように、長の家系はご加護を受けた」
「それが、永遠の命か?」
「そうよ。永遠とまではいかなくても、長の家系は随分と長生きをしたわ。個人差はあるけど大体、千年近い寿命を得たの」
「まぁ普通は八十年くらいの人生だ。千年も生きていれば、永遠の命、と呼んでも過言ではないか」
「えぇ、でも」
「でも?」
「最近ではその恩恵が、寿命が短くなってきているの。短いと言っても、ゆうに五百年は生きるけれど。…記録によると、前王のクロスは、六百二十歳程で亡くなっているわ。でも見た目には六十歳くらいだったそうよ」
そして更に続ける。
「それで今の王、つまり義父が即位したの。御后様は恩恵を受けないから、私のママで三人目になる」
「………」
「でも、義父は…何か、焦っているようなの。それで私の家系は、ずっと昔に、王による勅命を受けた」
「自分を生き永らえる方法を探れ、って?」
「そうよ。私達が調べた中で、エルフの国の伝説があってね?」
「エルフ……?」
「そう、エルフ!彼らは女神様の本当の末裔なの。でも特殊な力があったが為に、人間達に利用されてきた。だから、これ以上搾取されないように、彼らの国を隠したのよ」
俄かには信じ難いような内容を話すリーズ。しかしその表情は嬉々としていた。
「だから私達人間は、その国には立ち入れないし、エルフも国からは出てこない。だけど、国に通ずる入り口があるのよ!その入り口こそがあの樹だと、私は思ってる」
「…それで、樹に登ってたのか…」
「えぇ。私、昔から木登りは得意なの」
「で?入り口は?見つかったのか?」
「それが……全く。でもロキの話を聞いたら、やっぱりあの樹しかないって、そう思ったわ。…これを見て?」
再び古ぼけた本の頁を捲って、ロキシドにもよく見えるようにとリーズはその本を彼の方へと向け手渡した。そこには古代文字の羅列と、雄大に聳える大樹の絵が描かれてあった。確かに、ご神木に似ていると言われれば、似ているようにも見える。
「そして…あなたはこれを読む事が出来る。これもきっと何かの縁だと思わない?」
「…は?」
「ロキ、あなた、私と一緒に王都へ来ない?」
「………………はぁ?」
「だって!私は自分の為に、この伝説を解き明かしたいの。それに古代語の文献は王都にも山のようにあるわ。古代語が読めるあなたがいれば…!」
「馬鹿を言うな。俺には俺の生活がある。それに俺は、人間が……憎い」
そんな人間達が大勢いるような王都へは行けない、それが彼の心境のようだ。
「人間だって、悪い人ばかりじゃないわ。国王や、あなたを実験に利用した人達のことは、勿論…。だけど、あなただって人間でしょう?」
「え………?」
「だって、そうでしょう?あなたは笑ったり、怒ったり、お話だって出来るじゃない。他の人間と何が違うのよ」
さもそれが当然、と言わんばかりな彼女の態度にロキシドはその目を見開いた。
「リーズ……」
「ねっ?…それに、王都へ来れば…あなたが憎んでいる国王に、復讐をするチャンスだってあるかもしれないじゃない?」
「お前……、何を考えてるんだ……?」
「この際だから私の本当の考えを教えてあげる」
するとリーズはニッコリと微笑んで見せる。
「私のパパ、勿論本当のパパよ?……パパは、この研究をしている時に、事故で亡くなったの」
「あぁ…さっきも言っていたな」
「別の大陸に渡る途中に、海難事故に遭ったわ。でも私は、それを事故だなんて思ってない」
「ふぅん?」
「あれは、クリングが仕組んだ罠だと、そう思ってる」
「………で?」
「だから私は、私の方法で…義父に、王に、復讐をしてやるのよ」
「具体的には?」
「不死の伝説を暴くわ。でも、それは絶対に義父には渡さない。あいつの目の前で、二度とそんな力が使われないように、壊してやろうと思う」
「もし。…もし、俺が奴を殺してしまったら……?」
「それでも、いいと思う。やっぱり私には、お姫様なんて…似合わないから。だから義父が死んで、ママと一緒にお城を追い出されたとしても、それでも…いいの」
「俺はお前を、お前は俺を、利用しあうってことか」
「これは助け合いよ」
「………」
彼女の言葉に、暫く考え込んでいたロキシドだったが、漸くその重い口を開く。
「俺は……俺は、こんな研究を始めた国王のことが、許せない。死ななくてもいい筈の人間が、たくさん死んでしまった……」
「………」
「俺の事を魔物だと言って忌み嫌う奴らの事も…、ユーリを殺した奴らの事も、憎い。憎くて堪らない」
「彼…、殺されたのね」
「あぁ。だからやっぱりお前の言う通り、機会があれば復讐をしたい、と……そう思っていた。でもだから、俺は…行かない方がいいと思う」
「どうして?」
「言っただろう?この国には、知らないことが多すぎるんだ。もし、知らなくていい何かを知ってしまったとして。そしてもし、お前を巻き込んでしまったとしたら…」
「望むところだわ!」
「……は?」
「私だって、あなたを巻き込むかもしれない。……と言うより、もう巻き込んでいるわ。それにこの国は…一度、滅んだ方がいいのかもしれない」
しっかりとした口調で、彼女は続ける。
「だから私は、あなたと協力したいと思う。それにあなたの力を必要としているのは、私だけじゃないの」
「どういう、事だ?」
「詳しい事は、今は言えない。あなたが一緒に来てくれると言うのなら、改めて話すけれど」
「………分かった。分かったよ」
「じゃあ!」
「あぁ、一緒に行こう。お前に協力する」
「ありがとう!…出発は?いつにする?早い方がいいと思うの!なんだったら、今からでも…」
「ちょ…、待てよ。行くからには準備もある。…明日、明日だ。出発は、明日にしよう」
「それもそうね。あ、だったら!出発の前にもう一度、世界樹を見ておきたいわ」
「そうだな…ユーリの墓参り、しておかないと。それは明日、夜が明けてからでいいだろう?」
「えぇ!」
「じゃあ…そうだな。準備………するか」
ロキシドは、ゆっくりと立ち上がった。
それからロキシドは、王都までの旅に必要であろう物を準備して、麻の鞄に詰めた。ナイフや非常用の携帯食料が主ではあるが、中には数冊の本も含まれている。
リーズは荷物になるし必要無いと言っていたが、ロキシドは頑として彼女の言う事は聞かなかった。
そうしてバタバタと準備をしているうちに、陽はとっぷりと暮れてしまっていた。どうやら今夜、彼女はここに泊まるらしい。
簡素な夕食もすぐに食べ終わり、慌ただしい一日が漸く終わりを告げようとしていた。
ベッドをリーズに譲った少年は、少し厚めの布を床に敷き、そこに横になっていた。しかし何度も寝返りをうっている様子からすると、まだ寝付けてはいないようだ。
ベッド脇の窓から、月の明かりが差し込んでいた。
「…満月、か」
すると少年は、ベッドで寝息を立てる少女を起こさないように注意しながら、昼間に作った自分の荷物をガサゴソと漁った。そうして取り出したのは、小さな瓶。
手の平にすっぽりと収まるような大きさのそれは、蓋の代わりとしてコルク栓が詰められていた。中には何か、粉のようなものが入っている。
その瓶を一度だけぎゅっと握りしめると、彼はそっと家を抜け出した。パタン、と静かに閉められた扉。足音が遠ざかるのを確認して、寝ていた筈の少女も身を起こした。
どうやら彼女もまた、寝付けないでいたようだ。
部屋の窓から見える小高い丘に、少年の姿を見つけた。彼は何か考え込んでいる様子だった。少女はベッドから降りると、毛布をぐるっと身体に巻きつけてから外に出た。
「眠れないの?」
突然声をかけられた少年は驚いて振り向く。そこには赤毛の少女──リーズが佇んでいた。
少年は手に持っていた小瓶をリーズに見せる。
「それ……なぁに?」
小瓶の中には少し黄みがかった、白っぽい粉が入っていた。
「何だと思う?」
「分からないわ」
「遺灰」
「……ユグド…、ユーリ、さんの…?」
「そう。ユーリは殆ど骨まで焼き尽くされて死んだから、これだけしか無いんだ」
「ロキ……」
ロキと呼ばれた少年──ロキシドは、寂しそうに笑っていた。
「本当は、一緒に王都に連れて行こうと思ってた。もしかしたら、二度と此処へは戻れないかもしれない」
「………」
「ユーリはこの丘から見る景色が好きだった。それに、王都へは絶対に戻りたくないって…そう、言ってたから」
「そう。私も…一緒にいても、いいかしら?」
「え?」
「遺灰を、撒くんでしょう?」
「あ、あぁ…」
「私も…手伝うわ」
そう言ってリーズはロキシドの手から小瓶を抜き取った。そしてコルク栓を引き抜いてから、再び彼へと手渡す。
「ありが、とう」
ロキシドはぎこちなく礼を言うと、一度だけ大きく深呼吸をした。そして、瓶の中身を全て自らの手の平へと零した。
祈るように瞼を閉じて、そして手の平を開いたままゆっくりと空へと翳す。月明かりに照らされたそれは、夜風に乗ってサラサラと流れていく。
涙が一筋、少年の頬を伝った。その涙が乾く頃、リーズは自分が包まっていた毛布をロキシドに頭から被せた。
「見てないし、聞こえないわよ」
そう言うと毛布越しに、ぎゅっとロキシドを抱きしめる。そして。
「辛かった、よね。苦しかった…よね。大丈夫、これは私の独り言だから。私には、私の声以外何も…聞こえないわ」
するとそれが合図だったかのように、毛布に包まった少年が嗚咽を漏らす。そうして、子どものように泣きじゃくった。
その声がまるで聞こえていないかのように、リーズはただ安らかな笑顔で、彼を後ろから優しく抱きしめていた。
どれくらい、そうしていたのだろうか。
すっかりその目を腫らして、ロキシドは毛布から顔を出した。
「………悪かった、な」
「あら、何の事かしら?」
とぼけた様子でリーズが言うと、ロキシドがふん、と鼻を鳴らした。
「何でもない」
そして、
「…ありがとう」
言って、笑った。
その笑顔を見て、リーズもまた、満足気に微笑んだ。
「リーズ」
唐突に名前を呼ばれた少女が首を傾げる。
「先に、休んでて…くれ。俺、今日は………」
言い淀むロキシド。するとリーズが、
「じゃあ、私も!」
「は?」
「私も今日は、ここにいる。綺麗な満月だし!少し肌寒いけど、毛布もあるし」
いいでしょう?と言いながら微笑むリーズ。ロキシドはそれを無視して一人、小高い丘で腰を下ろした。
「ねぇ…!」
「毛布」
「え?」
「毛布…半分、貸せよ」
ロキシドの言葉に、リーズは満面の笑みを浮かべて。
「うん!」
そう言って、二人で毛布を分け合った。
夜空に浮かぶ真ん丸な月だけが、それを見ていた。




