第3話
「え………?」
驚きのあまり、目を見開くリーズ。
人間兵器というものが一体どのようなものかは想像もつかない。だがそれが、一体誰を指しての言葉なのか。それを想像するのは容易だった。
「人間兵器……それがロキ、あなたなのね…?」
「俺は、実験で唯一の成功例だ」
言って、彼は自分の襟元を開く。そこにあったのは赤く小さな、宝石のようなもの。飾りでも、アクセサリーでもない。なぜならそれは、彼の体内に存在しているからだ。
薄い皮一枚を隔てて、すぐそこにある。ロキシドは自ら優しく触れながら、言った。
「魔石ハティ。俺の心臓、だよ」
「ま、せき……?」
「これが、あいつらの研究」
リーズが赤い石に触れようと手を伸ばす。
「触っても…?」
「いいよ」
了承を得て、ゆっくりとした動作で石に触れた。
皮膚越しにも関わらず、それはひんやりとしていて、まるで少女の手の温もりを拒んでいるようだった。
「これも魔法なの?」
「まぁ、そうだな。このハティの中には、膨大な魔法陣が記録されてる」
「やっぱり、冷たいのね」
言いながら、リーズが石からその手を離した。
「あなたが使う魔法は、人を傷付けない。だけど…」
「リーズ」
彼女の言葉を遮り、ロキシドは微笑みながら言った。
「ありがとう」
「………え?」
「お前は王族の人間だ。だけど、人の痛みの分かる、優しい人間だ。お前は王族の人間として、この国の研究を知る義務がある。お前にはその覚悟があるか?」
少しだけ考えて、リーズはしっかりと頷いた。
「えぇ、聞かせて。知りたいの。この国では一体何が起こっているの?」
リーズの答えに、ロキシドは満足げに笑い、分かった、とだけ告げた。開いていた襟元を整える。魔石ハティは再び衣服の中へと消えていった。
「最近は戦争も随分と激しくなってきたけど、その戦場では何が一番不足していると思う?………人間、さ」
「戦力、ね」
「そう。そこで使い捨ての兵士が必要だと考えた。それが人間兵器の研究の始まりだ」
「そんな…」
「まず目を付けられたのは、魔物達。彼らの生命力や凶暴性は兵士として申し分ない。だけど人間は、その生態を殆ど知らなかった」
「でも近年、色んなことが明らかにされていったわよね?それは全て、この研究の為に…?」
「あぁ。野生の動物達が古代魔法であるルーンを取り込むことで魔物へと変化していく。それを証明したのも、ユーリだ」
「私も…その論文は読んだことがあるわ」
「それなら話は早い。実際にはルーンが体内で変化した高エネルギー体、それが発見されたんだけど…。それからはとんとん拍子に研究が進んだ。魔物の中に存在する高エネルギー体、それさえ抽出できれば、あとは応用が利くと考えた。魔力を増強させたり、新たな魔法を開発したり、な」
「壮大な話ね」
「ここまでの研究で費やしたのは、たったの二ヶ月だ。ユーリにかかればこんな研究、なんてことなかったんだ。だけど魔物の中に存在する高エネルギー体は、物質ではない。抽出して、その能力を維持するためには、入れ物が必要だった」
「それが、魔石ハティ…ね?」
「そう」
ロキシドが自分の胸元を指差しながら続ける。
「こんな小さな石だけど、中には膨大なルーンが眠ってる。それを維持、制御する為に、更に膨大な量の魔法陣が刻んである。魔物にとってルーンは命の源、云わば心臓。だからそれを取り上げられた魔物達は……勿論、死んでしまう」
「酷い話………」
「でも、それがこの国のしていることさ」
「私、知らなかった」
ぽつり、リーズが呟いた。
「王家の人間として、十余年も過ごしていたのに」
「うん」
「何も、知らなかったの」
「…うん」
「でも、知らない、じゃ済まされないわ、こんなこと。現に研究は進められて…人体実験まで行われているんでしょう?」
「………」
「それも、あなたのような、身寄りの無い子ども達を使って」
酷いよね…と、そう言ったきり、リーズは俯いてしまった。
「……そんなこと、ないさ」
「………」
「この研究は、国家機密の更に秘密裏で進められている。そもそも、この国には…知らない事が多すぎるんだ」
「………もしかして、」
リーズは顔を上げて、はっきりとした口調で。
「慰めてくれてる?」
「そう言う事」
「ふふっ、………ありがと」
「まぁとにかく、だ。研究所の地下には特殊な魔法陣の描かれた部屋がある。そこに大量の魔物を運んできて、あとは一気に。抽出したら、それをハティに入れるだけ」
「簡単に言うのね」
「作業自体は簡単なものだよ。でもその実験に……カトレアが巻き込まれてしまった」
「………えっ?」
「この実験は、ユーリがカトレアを研究所に招いたその時に行われた。そしてカトレアは……」
ロキシドの表情が一気に曇る。そして彼は、無意識に胸元のハティを強く握り締めた。
そんな彼の行動が一体何を意味しているのか、リーズは分からずに、ただただ彼の言葉の続きを待つ。
「ユーリは早くカトレアに会いたくて、研究が大詰めの時期にも関わらず、彼女を研究所へと招いた。実験さえ成功すれば、いくらでも時間が取れたのに」
「そう、しなかったのね」
「カトレアが研究所へ行ったのは、彼女の八歳の…誕生日だった。ユーリは、一緒に祝いたかったんだと思う。ただ招いたものの、ユーリには仕事がある。だからカトレアには、部屋でおとなしくしているように言い聞かせて、実験に取り掛かった」
一旦言葉を切ったロキシドだが、すぐに続ける。
「でも、事故は起こってしまった。好奇心が勝ったんだろうな。どんどん研究所の奥へと入り込んでしまって…」
その先を想像するのは容易い事だった。
「そして例の部屋に辿りついたんだ。魔法陣はルーンを抽出する為のものだから、ルーン以外には反応しない。だけど偶にいるんだよ。人間の中にも、滞在的にルーンを持っている奴が」
「え?」
「元々魔法の才能がある人間ってのは、そういう体質なんだって。ただ魔物化しないのは、持っているルーンの量が圧倒的に少ないからさ」
「………」
「野生の動物達だって、一度や二度ルーンに毒されたからといってすぐに魔物になるわけじゃない。何百、何千と蓄積することによって起こる突然変異なんだ」
「そう、なの?」
「そう。そしてカトレアは、偶々そういう類の人間だった。……だから、巻き込まれてしまった」
そう言ってロキシドは唇を噛みしめた。そして彼の手は漸く自らの胸元を離れてだらん、と投げ出された。
「皮肉なものだよ。人間の中にもルーンが存在する、それはカトレアの死によって証明されたんだ」
「そんな……」
「そうしてハティは作られた。抜け殻の死体の山から、カトレアも発見された。それから程なくして、ユーリは研究所を辞めてしまった」
正確には逃げ出したんだけど、と付け加えたロキシドは、力無く笑っていた。悲しそうに鈍く光る瞳は、ただ一心に、写真立ての中の人物を見つめる。
「ユーリが去って数日、ハティは人体実験へと移された。実験に使われたのは、お前が言った通り…孤児院の子ども達だ」
「でも、急ぎすぎだわ!」
「その通り。ユーリが抜けた後の研究チームは、全く成果を出せなかった。焦ってたんだよ」
「……聞いても、いい?」
「何だ?」
「被験者として使われたのは……あなた、だけ?」
「いや。希望の家の子ども達の、半数が使われた。希望の家は、ユーリの一件で国から多大な報酬を得ている。しかし当の本人が逃げ出したともなれば…強請る事くらい簡単だろう?それに…これは何よりも、ユーリへの復讐の意味も込めての事、だろうな」
その言葉を最後に、暫くの間、沈黙が訪れた。それを破り声を発したのはロキシドの方だった。
「希望の家は、毎月二人の子どもを研究所へと送った。そして俺は、三組目の実験体として……」
「…そんな…!」
声を荒げるリーズに、ロキシドは一瞬だけ怯む。しかし彼女と視線を合わせることはしなかった。
彼女の声が、瞳が。あまりにも純粋な光を宿していたからだ。
「…辛い事だと思う。あなたにとっては、思い出したくもないことだと思う。でも…私には、それを聞く義務があるわ」
少しだけ、震えているような声だった。
「教えて…」
縋るような彼女の言葉を、ロキシドは拒む事が出来なかった。そして一度だけしっかりと頷いた。




