第2話
リーズは遂に観念した、といったような溜息を吐く。
「そうね…全部を話さなきゃ、ね」
言って、呆れたように笑った。しかしその笑顔はどこか翳を帯びていて、彼女にも何か事情があることは明白だ。
「私の両親は、考古学者だった。それは素晴らしい人たちで、国の研究会にも度々招かれていたわ。そこで私のママが、クリングに見初められた」
「クリング……どこかで聞いた名だ…」
「…呆れた。クリング・コアトリー。この国の、クリムト王国の、王の名よ」
「…あ。そっか」
「不運にもパパが事故で死んで…私のママは、クリングの后として迎えられた」
「后ってことは……お前」
「そう。私は王族の人間になった。だから研究会にも参加するし、王立研究所内にも…簡単に入れるわ」
「………そう言う事か。言っておくがな、俺は王を憎んでいる。王家の人間だって同じだ。あいつらがいるから、俺みたいなのが…生まれるんだ」
嫌悪感を剥き出しにしたロキシドの言葉に、リーズは一瞬言葉に詰まってしまった。
「それは…あなたの、その耳の事と…関係があるの?」
リーズの問いにロキシドは静かに頷く。
「聞いても、いい?」
「長くなるぞ」
「構わないわ。…私には、それを知る義務があるもの」
彼女の言葉にロキシドは遠くを見るように視線を泳がすと、そのままゆっくりと語り始めた。
「俺は、生まれたばかりの頃に孤児院の前に捨てられていたらしい。それからはずっと孤児院で育てられた」
「名前は?」
「え?」
「名前よ。あなたの名前は誰が付けたの?」
「あ、あぁ。捨てられていた俺の首に、ペンダントが…。そこにロキシドって名前が彫ってあったって」
「きっとあなたのご両親が、持たせてくれたのね」
「かもな。とにかく俺はその孤児院…希望の家っていう所で、過ごした。みんな、本当の家族みたいだった」
「希望の家…確か、民間の孤児院ね」
「そうだよ。でもそこは、王立研究所と縁の深い場所なんだ」
「そうなの?」
「王立研究所でも有名な研究員が、その孤児院の出身だったからな」
ロキシドは言いながらゆっくりと瞳を閉じる。
「ユーリって言うんだ。とても優しい人だった」
過去形で終わる事から察するに、そのユーリなる人物は恐らく、もう。
そうして続きを口にしかけて、ロキシドはふと瞳を開けた。
「ど…どうしたの?」
「風が…出てきたな」
「そうね」
「リーズ、場所を変えるぞ」
「え…っ?」
突然立ち上がったかと思えば、ロキシドは「静かに」と一言だけ付け加えて。風を切るように走り出した。
「何なのよ、一体…!」
リーズは僅かに悪態を吐くと、仕方なく彼の後を追う。
暫く走ると、一軒の平屋が見えてきた。その少し手前でロキシドは自らの姿を隠すようにして、辺りを見張っている。
そこに漸く追いついたリーズが息を切らしながら。
「な…い、一体…っ、どうしたのよ?」
「あぁ、とりあえず……走るぞっ!」
ぐいっと腕を引き、ロキシドが走り出す。そうして一目散に目の前の平屋の扉を目指して。
バタン!と勢い良く室内へと駆け込んだ。
「っ、は…ぁ、も…何なのよ!」
訳が分からない!とリーズは声を荒げた。
「わ、悪い…」
「悪いじゃないわよ!理由を聞いてるの!」
「いや…その…。人間の、匂いがしたんだ」
「匂い?」
「…この辺りにも集落があるからな。…ただ俺は、こんな姿だ。人間とは…違う、だから…」
言い淀むロキシドに、リーズは小さな溜息を零す。
「…で?ここは、あなたの家なの?」
「あ、あぁ…」
「だったらいいわ。…続き、聞かせてくれる?」
呼吸を整えて、にっこりと微笑んだ。
「…どこまで話したかな」
簡素なテーブルと椅子。二人はそこに向かい合わせるようにして腰掛けていた。
「えっと…ユーリさんと、孤児院の話ね」
「あぁ、そうか…」
呟いて、ロキシドが窓辺へと目を遣った。木製のフレームに納められた一枚の写真が目に留まる。
「あの写真、もしかして…?」
無言で頷くロキシドに、リーズが。
「見ても、いい?」
返事をする代わりに写真立てをリーズに手渡すと、ロキシドは再び椅子へと腰を下ろした。
渡された写真に映っていたのは、青い長髪を束ねた中性的な顔立ちの青年と、その膝に縋り付く小さな男の子。
青い髪の青年がユーリなら、この男の子はロキシド本人だろう。五歳くらいに見える男の子には、例の獣のような耳は見当たらない。
「……この人……!」
暫く写真を眺めていたリーズだが、やがて弾かれたように顔を上げる。
「この人、知ってるわ!研究所でも有名だったもの!」
「魔法の第一人者って言われてた」
「確か、名前は──」
「ユグドラシル」
「そう!ユグドラシル!」
「でもそれは昔の名前さ。ユーリはその名前を棄てた。過去を棄てて、俺に未来をくれた。生きる事を教えてくれた、俺の大切な人だ」
「じゃ、じゃあ…あのお墓、もしかして………?」
こくりとロキシドが頷いた。
「まさか…亡くなっていたなんて…」
「ユーリが孤児院に来たのは、ユーリが八歳の頃だったんだって。生まれたばかりの妹、カトレアと一緒だった」
「…その子、今は?」
「亡くなったよ。事故だった」
「事故………」
「ユーリ達が孤児院に来た一年後に、俺もその孤児院に拾われた。カトレアとそう歳の変わらない俺を、ユーリは本当の弟のように可愛がってくれたよ」
ロキシドはその頃を懐かしむかのように目を細めた。
「ユーリは昔から魔法が得意だった。だから俺も、その頃に少しだけ教わった。それから、五年くらいはずっと一緒に過ごしたんだ」
一旦言葉を切ったロキシドだが、またすぐに続ける。
「一緒に過ごす事が出来なくなったのは、ユーリの才能が買われて、王立研究所が彼を引き取りたいと申し出たからだ。勿論タダじゃない。そのままの意味で、さ」
「そのままの意味って……」
「ユーリは買われたんだ。希望の家はお前の言うとおり、民間の孤児院だったから、限られた運営資金で賄っていたんだ」
「まぁ、そういうものよね。殆どの孤児院は、貴族や慈善団体の寄付で成り立っているから」
「そこで、研究所がユーリを買いたいと言ってきた。向こう十年間の資金援助にしても多すぎるような、莫大な金額で、だ」
「………」
「経営者側としては、願ってもみない事だったろうな。養う人間が一人減り、金は当分困らない。私腹を肥やすにも、十分すぎる金額だったから」
「………」
「そしてユーリは王立研究所に売られた。カトレアは孤児院に残ったから、多分ユーリは寂しかったんだ。だからユーリは仕事に没頭していったよ」
「………」
「史上最年少の研究員っていう肩書きと、ずば抜けた才能。周囲の大人たちはユーリを妬んだり、賞賛したり、色々だったって」
「………」
「元来勉強熱心な性格もあってか、ユーリは色々な研究を形にしていった。そしてそれは大人達をも圧倒し、やがては認められていった」
「………強い人、ね」
今まで押し黙っていたリーズが口を開いた。
「そこまで必死になっていたのは、妹さんの為?」
「そう言う事。研究所に引き取られて一年後、ユーリは王立研究所の最高責任者にまで上り詰めたんだ」
「…すごい」
ただただ圧倒されるばかりの話に、リーズは目眩さえ覚えた。しかし彼女も王族の人間として、彼の名前や偉業は耳にする機会は多くあったのだ。
「最高責任者になって、ユーリは夢を一つ、叶えた」
「夢?」
「そう。カトレアとの再会、さ。ユーリの地位と権力があれば、そのままカトレアを孤児院から引き取る事も出来ると、そう考えたらしい」
「それもそうね」
「でも、そこで……事故が起こってしまった。リーズ、お前は今、あの研究所で一体どんな研究を行っているか…知ってるか?」
「新しい魔法の研究、かしら」
「平たく言えば、な。でもあそこでは、もっと残酷な研究をしている」
その言葉が一体何を意味しているのか。リーズが彼の言葉を反芻していると、ロキシドは徐に口を開いた。
「人間兵器。あいつらがしているのは、そういった研究さ」




