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第9話

翌朝。やはり夜明けと同時に目を覚ましたロキシドは、甲板へと出る。

アレクが準備してくれた部屋は、今は物置に使われているようで掃除をしなければ使い物にはならなかった。よって彼は、今日も広間で夜を過ごしたのだった。



「腰が…痛い」


椅子に座ったまま、机に突っ伏して寝ていたせいだろうか。ロキシドは悪態を吐きながら甲板への扉を開ける。


「…よう」


「あ」


そこにいたのは、アックスだった。強靭な身体を持つ彼は、どうやらトレーニングをしているようだ。


「……昨日は、訓練をしなかったからな」


アックスが静かに言った。


「じゃあ、いつもは…」


「当たり前だ。いつ戦闘になってもいいように…。ただ昨日は一日見張り番だった」


言って船の上を指差す。

マストの上の辺りに小さな膨らみがある。そこが見張り台のようだ。今は別の誰かがいて、甲板の二人に気付いたのか、


「異常なーし!」


そう叫んだ。



「そのうち、お前にも順番で回ってくる。ところで」


アックスが自身の汗を拭いながら言う。


「坊主、お前…昨日ここで隊長と話をしていただろう?聞いてしまったんだ、オレも」


「別に……」


構わない、そう告げようとした時。


「そしてオレには、一つだけ気になる事がある」


突然の言葉だった。


「お前と接触してからすぐに思った。…違和感、だ」


その言葉にロキシドは怪訝そうに首を傾げる。


「オレは見ての通り、この肉体を使って戦う。今までも数多の戦闘で、己の肉体のみで勝利してきた。戦った中には魔法の使い手もいた。だが、お前の身体から溢れている魔力には…違和感があるのだ。これはオレの勘でしかない。…何か、心当たりは無いか?」


「分から、ない……」


「そうか」


ロキシドの返答に、さも残念そうにアックスが呟いた。


「…呼び止めて、悪かったな。お前も訓練か?オレは今日は部屋に戻る」


そう言い残すとすたすたと歩いて、やがて扉の向こうに消えてしまった。アックスが消えた扉を見つめ、ロキシドは暫くぼうっと佇む。


「…俺も、今日はいいや……」


そう呟くと、彼もまた再び船内へと戻った。





「あぁ、コロ。今までどこに行っていたんだい?」


丁度船内へと戻った時、慌てた様子のアレクと鉢合わせた。


「朝食の時間になっても広間へ来ないし、部屋で寝ていた形跡は無いし…まったく、探したよ」


「わ、悪かった」


「さぁ、じゃあ今日も勉強だよ。準備はいいね?」


疑問系での言葉ではあったものの、彼は有無を言わさずにロキシドの腕を掴むと、そのまま彼を引っ張っていく。そうしてアレクの部屋まで連行されると、昨日と同じように椅子に座る。


「…僕達の船ではね、基本的に食事の時間に広間へ来なかった者には食事は与えられない。でもコロちゃんには言ってなかったからね」


特別だよ、と言って手渡されたのは、手の平サイズの丸いパン。


「航海中は栄養失調に気を付けてくれよ。タマゴとか、野菜とか、栄養のあるものはみんな傷むのが早いから、食事も質素になりがちだしね」


「だったらきちんと保存しておけばいい話だろう?」


「やってるよ!でも鮮度を保つのも限界がある」


「…俺の魔法なら、出来る。森で暮らしていた時も、使っていた。これなら俺でも役に立てそうだ」


「ふむ、どういうものかな?」


「え…っと、つまり……時空操作の魔法なんだ」


ロキシドが言いながら、手近にあった紙とペンを取る。そしてサラサラと何かを書き出した。


「…こういう魔法だ」


言って、先程書き上げた紙をアレクへ差し出す。

そこに書かれていたのは複雑な方程式や魔法陣、それを構築する為の更に複雑な魔法の数々。


「これは、一定範囲内の時間を止める魔法だ」


「……なるほど。これなら可能かもしれない…でも、本当に出来るのかい?すごく複雑なものだ…」


不安げなアレクをよそに、ロキシドは無言で。ただしっかりと頷いた。


「そうか…よし、やってみよう。食料庫に案内するよ、この部屋の真下にあるんだ」


ついておいで、と言ってアレクは部屋を出た。それをロキシドも追う。





薄暗く、ひんやりとした場所だった。地下にでも来たかのようなそれは、確かに食料を保管するにはもってこいの場所だ。


「ここだよ」


幾つもの貨物用木箱が並べて置かれている。その一つを開けてみると、そこには沢山の野菜が詰まっていた。


「この箱の中には冷却装置が付いている。蓋を開けると装置が止まる仕組みだ」


「よく出来てるな」


「あぁ、船にメカニック担当がいる。そいつが作ったんだ。少し変わった奴だけど…今度会わせてあげるよ」


「じゃあ…その装置に魔法陣を組み込もう。蓋を開ければ装置が止まる。それと同時に魔法陣も一旦停止する」


「なるほどね……なかなか複雑な魔法だし、高度な技術が必要だと思うけど…?」


「…大丈夫だ」


そう短く言って、ロキシドが指先に意識を集中させた。

そして、箱の縁ギリギリの所に取り付けられた装置に、指先で魔法陣を描いていく。それは光の軌跡となり、装置へと刻まれた。

一瞬だけ魔法陣の放つ光が強まったと思ったが、それは本当に一瞬の事で。陣は光を失うと、薄っすらとした軌跡だけを残して、静かに闇を湛える。


「これで終わり」


時間にして一、二分位だったろうか。高度な魔法を使う割には、それは短時間で終了した。


「ふむ…なるほどね。効果の程は時間が経ってみないと分からないけど…コロちゃんがさっき見せてくれた構築式、あれなら確かに…」


「他の箱にも全部、これと同じ陣を刻む。そうすればアレクの好きなタマゴも、いつでも食べられる」


「そうか、アシの速いタマゴでもいつでも食べられるってワケだ!コロちゃん、ナイス・アイディアだよ!」


「…じゃあ、早速。食料はここに出てるだけで全部か?」


「そうだね、かなりの量ではあるけれど…コロちゃんファイト!」


アレクの陽気な応援を背に受け、ロキシドは早速作業に取り掛かった。







それは実に二時間近い時間を要した。全ての作業を終えた頃には、ロキシドも魔力を使いすぎたせいか、相当疲れている様子だった。


「………終わっ、たぁ…」


「うーん、コロちゃん、お疲れ様!」


やけに元気そうな声を掛けられる。


「…アレク、元気だな…」


「だって僕、何もしてないから。…そうだ、一旦休憩しよう。お茶でも飲んで、ゆっくり。今日の勉強は昼食の後から…」


アレクの言葉を聞いたロキシドは、小さくガッツポーズをした。


「…あ、まさかその為に?全く。…でも、まぁいっか。時間は明日でも明後日でも、沢山あるからね」


「う……」


「さぁ、じゃあ折角下層まで来たんだし、船内の案内がてら、広間へ行こうか。コロちゃんにはまだ船の事、教えてなかったし」


そう言うと、アレクは既に疲れ切ったロキシドを引っ張って、船内を歩く。

食料庫を出て通路を真っ直ぐ歩くと、右手と左手にそれぞれ扉があった。


「ここは、倉庫。予備の毛布とか、衣服。あとは武器と弾薬なんかが置いてある。それから資料、計画書、魔導書なんかもあるよ」


「ふぅん」


薄暗い階段を上ると、見慣れた通路に出た。外からの光も入る、明るい通路だった。


「ここは、よく来る所だろうけど…まずここが、僕の部屋だね」


それは本当によく見慣れた扉だった。


「そして、この部屋とこの部屋。これはジルとアックスの部屋だよ」


すぐ脇にある二つの扉を指差して言った。そしてゆっくりと歩きながら。


「この辺りは全部、寝室だね」


幾つか入り組んだ通路もあったが、それは全て船員達の部屋のようだった。


「で、ここがコロちゃんの部屋。物置に使ってた部屋だけどね」


言われ、指を差されたのは昨日ロキシドに割り当てられた部屋だった。それから再び階段を上る。


「ここは、殆ど女性が使ってるよ。後は生活スペースだね。トイレに、風呂…あと、さっき言ったメカニックの部屋。それから広間と会議室がある。因みに、女性の寝室があるこの一角だけは…男子禁制ね」


「…はぁ」


「一番奥がリリィの部屋。それから他の女性達の部屋と、メカニックのロッカの部屋だね」


「男子禁制じゃなかったのか?」


「誰が男性だなんて言った?ロッカはれっきとした女性だよ。彼女は繊細でいい仕事をするんだ」


「…へぇ」


「で、こっちは風呂とトイレと…会議室。会議室は殆ど使う事はないけど。で、こっちはコロちゃんも知っている通り、広間だよ。さぁ入って入って!」


促されるままに、ロキシドは広間へと足を踏み入れる。そこでは、朝食の片付けを終えた女性達が談笑をしている真っ最中だった。その中にはリーズの姿もあった。


「あら、隊長にロキくん?」


一人の女性が気付いて、アレクとロキシドに声を掛けた。その声にリーズも顔を上げる。


「あら、今日は勉強は?」


「その前に、休憩。コロちゃん今日はいっぱい働いてくれたからね」


ロキシドの代わりにアレクが笑って答えた。


「そうなんだ、今お茶を淹れるわ。二人とも、座って?」


リーズに言われ、二人は静かに腰を下ろした。すぐに二人の前に温かいお茶が出てきた。


「そうだ、君達に一足早く伝えておくよ。コロがね、食料の保管が今よりもずっと長く出来るように、機械に魔法を組み込んで改良してくれたんだ」


「そうなの?」


「魔法って、便利ねぇ…」


女性達が口々にそう告げる。


「だから、これからは栄養たっぷりの食事がいつでも摂れる!君達の腕に期待しているよ」


言ってアレクが笑った。






昼食を終えた二人は、再びアレクの部屋にいた。


「何故今日はタマゴサンドじゃないんだ………」


アレクがそうぼやく。


「…そんなにタマゴサンドが好きなのか?」


「大好きさ!この世の食べ物で、タマゴサンドに勝るものはないね!」


「ふぅん……、なぁところで、さ」


話の流れを切って、ロキシドが真面目な顔をした。


「なんだい?」


アレクもそれに気が付いて、至って真面目に答える。


「今朝……、アックスから言われたんだ。俺の魔法には…違和感がある、って」


「ほう?」


「それで、聞きたいんだ…。お前もその違和感は、感じているんだろう?」


「うーん、そうだね…。でも、アックスが感じているよりは本当に、僅かな違和感だと思うよ」


そこでアレクは一旦言葉を切った。


「僕はね、剣技が得意なんだ。魔法もそれなりだけど、一番はやっぱり剣だね」


突然話の方向が変わってしまったことに、ロキシドは怪訝そうに眉根を寄せる。


「兵士として働いていた時は、前線で剣術を使って戦っていた。でも昇進して偉くなると、最前線で戦う事は殆どなくなってしまうんだ」


「………?」


「でもそんな僕と違って、アックスという男は…昇進を断ってまで、前線に立ち続けることを望んでいた。そこで僕と彼には大きな差が生まれる」


「差…?」


「そう。最前線で戦ってきたアックスの勘って言うのは、物凄く研ぎ澄まされているんだ…僕と違って。だから、僕がコロに感じる違和感は極僅か、だ」


「それでも違和感っていうのは感じているんだろう?」


「あぁ、まぁ…ね」


「それって、つまり…どういう…?」


ロキシドの問いに、アレクはうーん…と唸りながら答える。


「…うまく、伝わらないかもしれないけれど。コロちゃんの魔法は…他の人のものより、温かい…気がする」


「温かい…」


「うん。ホント、抽象的で申し訳ないんだけどさ。…今のところ、僕にはそれ以外の表現が思い付かなかった」


本当に申し訳なさそうに言って、アレクは苦笑した。


「君が使う魔法は…、……もしかしてコロちゃん、君…」


「うん?」


「もしかして、その…君は魔法の本質を……知っているんじゃないのかい?」


アレクの言葉に、ロキシドは何も答えなかった。と言うよりは、答えられなかったのだが。


「だって…そうだろう?コロちゃんの魔法は、僕達の知っている魔法とは少し違う。魔法は本来、その言葉の意味を知らなければ………!」


そうまくし立てるように言って、アレクはハッとする。


「そうか…!ハティだ、君にはハティがある…!それがコロちゃんの魔法の正体かもしれない…」


「どういう…ことだ……?」


何かに気が付いた様子のアレクと、要領を得ない表情のロキシド。困ったように首を傾げる彼に、アレクはふわりと微笑みかけた。


「勿論確証は無い。これは仮定として聞いて欲しい」


その言葉に、ロキシドは無言で頷いた。


「…コロちゃんの持っているハティ、それは魔物のルーンを集約して生成したものだと…以前、説明してくれたよね?そしてルーンというのは、古代魔法だ。今僕達が使っている魔法とは少し違う。それは分かるよね?」


「あ…あぁ」


「現代で使用されている魔法はルーンを簡素化して、都合のいい部分だけを抜き出したもの…これは本来のルーンとは、似ているけど違うものなんだ。だって古代魔法であるルーンとは形式も、分類も、陣の形成も、言葉も。全部似ているけど、でもそれだけのこと。……同じじゃない」


一旦言葉を切ったアレクは少し考えるように、言葉を選ぶようにして続けた。


「僕達が普段使用している魔法は、ルーンとは違う。だけど、コロちゃんの魔法にはルーンを感じる。これがきっと違和感の正体」


すっぱりと言い切ったアレクに、ロキシドは訝しげに眉を顰める。


「今使用されている魔法は、ルーンを切ったり貼ったり、現代用にアレンジしたもの。…だから、本来の魔法の姿では無い。それを無理矢理、魔法として発動するように改良してものなんだよ」


「………」


「そもそもルーンっていうのは、人が使用するものとして存在していたわけじゃない。これは古代に、女神が使用した力と言われているんだ。人間が扱うには、その器が小さすぎる」


「……うん」


「だからこそ、改良されたわけだけど。その改良によって魔法は人間にとって随分身近で便利なものへと変化した。だけどその能力は、随分と劣化してしまった」


アレクは言いながら手近にあったペンを取ると、左手でそれをクルクルと回す。


「だけどコロちゃんの魔法は…形式や言葉は一部、僕達の知る魔法とは異なる。だけど、陣を形成する大部分は…現代の魔法と相違ない。ただ一つ、大きく違うのは……能力、だ」


「能力……」


「薄々気が付いていたんじゃないかい?君が使う魔法の威力、その違いに」


「………」


その問いに、ロキシドは答えなかった。


「だからコロちゃんが魔法を使う時、ハティが……ルーンが、君の魔法の力になっているんじゃないかって、僕はそう考える」


「………」


「勿論、元来の素質もあると思うよ。じゃないと、それだけのルーンを取り込めば……普通の人間なら、それを制御するのは難しい。と、言うよりは……暴走、もしくは精神汚染まで進んでしまう恐れがある。それが出来るコロちゃんは、きっと物凄い資質の持ち主なんだと思うよ。その素質の正体までは分からないけれどね」


「つまり…俺の魔法は…古代魔法って事か?」


「そうなると思うよ。僕が思うに、違和感の正体はルーン。…で、それを促しているのはハティ。でもそれを制御している力っていうのは、君の素質……。こんな所かな?」


「………」


「あくまで推察だよ。これから先、真実を知る機会だってきっとある筈だし。…ま、若い内は大いに悩むのも結構だとは思うけれど」


手持ち無沙汰に回していたペンをピタリと止め、アレクがにっこりと笑う。


「頼りにしているよ、君のその強大な力」


「そう、だな」


「そういう事!じゃあ今日も元気に勉強といこう。成り行きとは言え、折角ルーンについて触れたんだ。今日は魔法と戦争について学ぼうか」


「………また勉強か…」


明るい口調のアレクとは反対に、ロキシドは盛大な溜息を吐くと、観念した様子で机に向かうのだった。








「………そう言うわけで、魔法戦争は終焉を迎えたんだ。これは近代史の中でも群を抜いて悲惨な戦争だった。失ったものは大きくて、得たものなんて何もない。更にこれが昨今の戦争の発端となる訳だ」


淡々とした口調で語るアレク。ロキシドは退屈そうに相槌を打っていた。


「そう言えばコロちゃんは、古代語が読めるらしいね」


「あ…あぁ」


「勿論僕も、ある程度は読める。でも君、リリィの古文書をいとも簡単に解読したそうじゃないか。どうしてだい?」


「分からない。でも…」


「でも?」


「あの文字を見た途端…、身体中が温かくなった…気がした。懐かしい、というか……よく分からない気持ちだったんだ」


「うーん、君は不思議だね。まぁそんなコロちゃんだからこそ、リリィが惹かれるのも…当然と言えば当然だね」


「………?」


「…いいや、こっちの話さ」


苦笑しながら言ったアレクは、そのままの表情で続ける。


「さて、今日の勉強はここまで。昨日より少し早かったね。…このまま話を続けてもいいかい?」


「あぁ」


「ユグドラシルの事だけどね。僕達は、彼が研究所に来てから…割とすぐに知り合ったんだ。僕は王国騎士団に属していた。兵士の詰所なんかは王宮内にあったし、ユグドラシルの研究所も勿論。でも出会ったのは本当に偶然だった」


言って、昔を懐かしむようにアレクがその目を細めた。


「当時僕は、王宮に仕えていた女性と…まぁ所謂、恋仲ってヤツでね。彼女は給仕係だったんだけど…そんな彼女からユグドラシルの噂を聞いたんだ。歳も近いみたいだし、それで一度会ってみたいとは思っていたよ。でも正直、当時の心境は複雑だった」


「どうして?」


「…僕はこれでも、将来有望な兵士だったんだ。元々は騎士団長を務めていた父に憧れて、僕はこの道を選んだ。分野が違うとは言え、ユグドラシルもまたルーキーとして囃し立てられていたからね。一種の嫉妬さ。…会ってみたい、話をしてみたいと思う反面…会いたくないとも思っていた。矛盾してるよね」


「ふぅん。…でも、会ったんだろ?」


「そう。さっきも言った、僕と親しかった給仕。彼女が仕事で偶に研究所に出入りしてたんだ。そこで彼女づてに聞いたんだよ。ユグドラシルも僕に会ってみたいと言っていた、ってね」


アレクは当時の事を思い出しているのか、いつの間にかその緑色の瞳を閉じていた。


「…彼が研究所の最高責任者の勲章を授与される式典というのがあってね。その後…僕は中庭にいたんだ。そこで、彼に会ったらどんな事を話そうかとか…そういうのを考えてた。準備もなく会うと、うろたえてしまいそうだったからね」


そこまで一気に言うと、彼はゆっくりとその目を開ける。


「その時だよ、ユグドラシルと初めて顔を合わせたのは。…僕達は似ているんだろうね」


「………?」


「後々聞いた事だけど、彼も同じ事を考えていたそうだ。だから気晴らしに中庭を散歩していたんだとか」


「何か…想像がつかない、な」


「コロちゃんでもそう思うんだね。…正直僕も思ったよ、意外だって。でもそれで少し安心した。彼も同じ人間なんだって」


可笑しいだろ?と笑って言うアレクに、ロキシドも薄っすらと微笑んだ。


「それからは堰を切ったみたいに、色んな事を話した。それからだよ、僕達が今在る世界に違和感を覚えたのは」


「違和感…?」


「そう、貴族は馬鹿みたいに贅沢をして暮らして、それ以外の人間は戦争だなんだで困窮している。なのに国は戦争をやめようとしない。それどころか戦争の為の研究で、国民の血税を湯水のように使っている。そう言う不条理さ、かな。だから二人でよく話したんだ。いつか僕達が大人になって、それなりの地位を得た時…その時は、この国を変えれるよう尽力しようって。………当時は隣国との戦争も、今よりもっと激しくてね。僕の父は前線に出兵していた。そんな時、国王も自ら戦地に赴いたんだ。何の気まぐれかは知らないけど、行楽気分であった事は違いないだろうね」


吐き捨てるように言って、アレクは更に続ける。


「国王は自分の世話係を数名引き連れて、戦地へ行ったんだ。前線では食料や物資も不足気味だと言うのに、王は前線の比較的安全な場所で世話係を携えて贅沢三昧。馬鹿だろう?」


「………何の、為に…」


「今までも何度もあったそうだよ、勝ち戦の場合は王自ら戦地に赴く事が。専ら自国の戦力をその目で見たかったんだろうね。自らの指示した研究がどのように活かされているのか、とか」


「腐ってる、な」


「あぁ。だけどね、その時。偶々、本当に偶々。敵軍の特攻兵が王の構える陣内へと攻撃を仕掛けてきた。勿論王は無傷、残念ながら無事だった。…何故だと思う?……王は、自らの世話係として連れてきた給仕の女性達を盾にしたんだ。その中には………彼女も、いた」


「な……っ!」


「盾にされた給仕達は殆ど即死だったそうだ。…でも、彼女は違った。苦しんで苦しんで、そうして亡くなったと……聞いた。僕は、怒りに任せて王の暗殺を企てたりもした。それを止めたのは、彼…ユグドラシルだ。彼がいなければ、僕は今頃……」



「そうか……」


「っと、まぁユグドラシルの話って言うより、僕の昔話になっちゃったね。コロちゃんとしては不満かもしれないけれど、そろそろ夕食だ。今日はここまで!」


急に明るい声でそう言うと、アレクは勢い良く椅子から立ち上がる。


「さぁ、行こう」


いつもの優しい笑顔で、そう言った。

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