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008 法体系

「こんにちは。エッサム宰相のアシスタントをやっておりますカルダールと言います。宰相からフジノ殿の案内役と家庭教師役をしばし任されることになりました。よろしくお願いしますね」


法体系の簡単な解説をして欲しいと頼んだ私に国王はあっさり頷き、宰相に私の当面の世話を命じて出て行った。やはりそれなりに一国の王と云うのは忙しい仕事らしい。

どうやら今回の騒動でファディル氏の株が王様的に下がったのか、落ち着くまでの後見人兼身元保証人の役割は筆頭魔術師ではなく宰相に任された。私の意見は聞かれ無かったが、ファディル氏で無かったことで私的にはとってもハッピー。異存などある訳も無かった。


宰相と筆頭魔術師の間の話し合いで、取り敢えず一般常識を身につけ、住む場所を選ぶ為にも私は10日程、宰相の手の者に手助けしてもらいその後しばらく魔術院の研究室で働く事に決まった。

で、宰相が送りつけてきたのが、このカルダール。


ひょろっと背が高く、くりくりな茶色の髪に大きな瞳をした天然癒し系な感じに草食系な男性。

物腰も柔らかく、まるで動物園でつぶらな瞳でこちらを見つめるキリンのような印象なんだけど。

腹黒と評される宰相のアシスタントとしての登場はかなり意外。


もしかして、宰相の毒と腹黒さの印象を緩和させる為に選ばれたのか。

よう分からんが、とりあえず大分ストレスが溜まってきていた私には癒し効果もあり、いい先生役かも。


一通り紹介をしあって

「部屋に閉じこもっていても気が晴れないでしょうし、色々歩きまわりながらお話をしていきましょう。何か疑問に思ったことがあったらいつでも質問してくださいね」

にこにこと笑いながらカルダールが提案する。


「良いですわね、私も周りを見て回りたいと思っていましたし。ですが、部屋からは自由に出て歩きまわっていていいのでしょうか?」

部屋を出ようとして護衛兼見張り達に止められたらかなり哀しいぞ。


「勿論ですよ。ただ、フジノ殿はまだこちらに慣れていないでしょうから、迷子防止も含めてドアの外の護衛達を連れて行っていただけますか?フジノ殿が部屋にこもっていたら単にそこに立っているだけの者たちです。歩きまわって連れ回す方が有難がられるぐらいでしょうし」

ふむ。

ま、確かにここにいつまでも幽閉するつもりは無いだろうね。来週からは働きに出るって言うことになっているんだし。


「分かりましたわ。ありがとうございます」


部屋から出て、廊下を左へ。昨晩のとは違う衛兵が2人、ちょっと離れた距離から後ろを付いてくる。

暫く歩いたら広い階段が左手に見えてきた。

「この王宮はコの形に建てられています。大雑把に説明しますと、左翼は一階が大臣や将軍といった国の中枢を担う方々の執務室、2・3階が要人が泊る際に使う部屋として利用されています。

中央翼は3階が国王の執務室、2階は役所関係の仕事場、1階は謁見の間と舞踏会のホールとなっていて、右翼は王室の方々の住居に使われています。ここが中央階段になります。食堂はこの階段の下の横にある廊下を抜けたところにある別館の一階にありますので、まずそこに行きましょうか」


のんびりと階段を降りながらカルダールが説明を始める。

こんな立派な階段を下りちゃっていいんだろうか。

特別時以外は裏階段を使うべきなんじゃないかとつい貧乏くさいことを考えてしまう。

カーペットだって歩いていたらすり減ってしまうのに。タイル式のすり減ったところだけ変えれば良いオフィス用カーペットと違い、いかにも高級そうなふかふかカーペットだ。

勿体ない。


「中枢の方々の部屋が国王の執務室の直ぐではなく左翼にあるのはどうしてなのでしょう?私の世界では偉い方に近い部屋の方が人気があり、結果としては権力のある方が集中する傾向があったのですが」


にやり。私の質問に、ちょっと悪戯っぽくカルダールが笑った。

「下っ端の方が若いんです。もしも突然誰かが国王陛下を狙って突撃してきた際に、盾にする為には反応の早い若い人間を傍に集めておく方がいいでしょう?将軍達はまだしも、大臣になられる方々はそれなりに年がいっていらっしゃる方が多くって、もしもの時には間に合いそうに無いんですよ」


ははは。

「......一理あるかもしれませんわね」


「一応、秘密ですよ。先の宰相どのが部屋替えをこのようにした際に使った言い訳は、『中央翼の2階は舞踏会やその準備の音が煩くて落ち着いて仕事に集中できないだろう』といったモノでしたから」

ウィンクをしながらカルダールが声を低めて教えてくれた。


大臣やら偉い人たちが舞踏会が始まるまで遅く働いているとは思いにくいが、『働いていない』とは表だって言えなくって反対できなかったんだろうなぁ。


「さて、フジノ殿が特に法体系に興味を示されていたとの事ですので、そこから始めますね。

まず、法の上では名目上全ての人が等しく扱われる事になっています。

男性も女性も成人していれば物を所有する権利も契約を結ぶ権利も有しております。ただ唯一違うのが、相続権です。基本的に爵位は長男が継ぐ事になります。生存する男子がいない場合は娘達、その後はその爵位を継いできた家系の親戚に継承権がいきます。ただ、長男以外の者がより優れた統治者としての才を見せた場合は国王の承認が得られれば継承権の変更が可能です」


長男相続は貴族制度が残っているヨーロッパあたりでも普通だから、変更可能な分だけ進んでるのかもしれない。皇太子の次の世代に男子が一人しかいないのにその少年が死んだりしたらどうするのか、話し合いすら出来ていない日本よりもずっと現実的だ。

「財産の相続権も長男が基本として受け継ぎます。配偶者及びその他の子供は遺産の収入の半分の十分の一ずつ生涯受け取る権利がありますが、これは相続出来ません。ただし、死亡時に未成年の子供がいる場合にのみ、子供が成人するまで権利が残ります。

私人の資産に関する相続権はプライベートな事情ですので、今言いました原則は遺言状が無かった場合にのみ適用され、遺言状があればその通りに相続されます」


「......遺言状の偽造が頻繁に起きません?」

にっこりとカルダールが笑う。

「仰る通りです。ですので相続財産が一定額以上になると遺言状は必ず魔術師と神官により、魔術と法術をもって真偽の確認がされます」


ふむ。なるほどね。

思っていた以上に女性の法的地位はいいのかもしれない。名目上は次男以降の息子とほぼ同等の扱いだ。

......魔術師が使うのが魔術、神官が使うのが法術らしいけど、どう違うんだろ?

違う世界から来たからこちらの常識を知らないで済ますつもりだけど、せめて魔術院に行く前に少し調べておきたいところだ。


一階にたどり着き、階段の横の扉を通った先にあった廊下へすすむ。

「こちらの食堂は王宮で働いている者のものです。毎月タグが支給されるのでそれを提示すれば、開いている時間ならば何時でも何らかの食事にありつけます。あとでフジノ殿のタグを届けさせますね」


丁度いい、魔術で物を創ったりコピーしたりする事に関する決まりを確認しよう。

「そう言えば、この世界では魔術を使った物の複製等といった事に関する規則はどうなっています?」


「規定、ですか?」

カルダールが不思議そうに聞き返してきた。


「例えば、食堂を使う為のタグを魔術で複製して売ったり、人にあげたりしてもいいのですか?」


「ああ、そう云う事ですか。

基本的に物の複製には『創造』を行わなければならず、非常に魔力を使いますよね?ですから、ある意味働いてその分の資産を稼ぐのと実質同じだろうと云うことで法では制限されていません。

ただ、例えば大量に食堂のタグが作られてしまうとこちらの料理長が過労で倒れてしまうといった様な弊害が起きる可能性があるので節制する暗黙の了解はありますが」


暗黙の了解ねぇ。政治家の好きそうな言葉だ。


いくら魔術師の労力を使うって言ったって料理の食材費を払う王宮にとってはそれに見合うサービスを対価として受け取れていないんだからやはり問題あると思うんだが。

それだけ魔術師の社会的地位が高いのか、数が少ないのか、この世界があまりきっちり『対価』を求めない世界なのか......。

興味があるところだ。


「暗黙の了解を無視する分からず屋が居る場合は......何かの法を犯した際に厳しく罰されて行動を改めるよう約束する羽目になりますね」


「そんなに都合よく法を犯します?」


にっこりとカルダールが微笑む。

何故だろう、美しい微笑なのだが背筋が寒った気がした。

「人間、誰でも気づかないうちに何らかの小さな法則を破っているものなんですよ。破っていなかったら破りそうな規定をさりげなく作ることも可能ですし」


......可能なんですか。


◆◆◆


食堂での食事のオーダーの仕方などを教わった後、外に出て右に回る。

この世界に来て初めて吸う外の空気。

日本よりも草花の薫りが豊かな気がする。

まあ、現実豊かなんだろう。車とか無いんだし。多分。


とは言え、中世のヨーロッパ都市などは排泄物を窓から道に捨てたりしていたからかなり不潔だし臭かったらいしが。もしもそれがここの世界でも同じだったら、まず防臭結界の作り方でも調べなければ。


「雇用関係の法律はどうなっていますの?解雇と辞職・再就職に関しては何か法があるのでしょうか?」

解雇関係はあまり規制は無い可能性が高いが、辞職や再就職に関して制限があったりしては先に知っておきたい。


「雇用関係ですか?不法行為の告発以外のケースで、使用人が雇用期間中に雇用主に不利になることを行うことは禁じられていますが、それ以外の規制はありませんね」


「例えば、雇用契約に『この仕事をやめて2年以内は競争相手の元で働いてはいけない』といった条件をつけるようなことはありますか?」


一瞬、驚きのような物がカルダールの顔を横切った。

「......面白い条件ですね。そういった契約が可能になればもっと大々的にビジネスを押し広げようという商会も増えるかもしれません。ですが現状ではそういった法律はありませんし、人の将来的な行動を束縛する契約は人身売買の隠れ蓑になりやすいということで禁じられています」


「そうですか。では、特許の制度はあるのでしょうか?」

競争相手への再就職を制限できず、特許の制度もないとしたら基本的にライバル会社にしられたくないノウハウがある場合、完全に信頼できる人以外誰も雇えず、ビジネスの規模を拡大させるのはかなり難しいのではないだろうか。


「トッキョとは何ですか?」

どうやら、言葉そのものが存在しないらしい。初めて、単語が通じなかった。存在しない言葉は自動翻訳機能もそのまま音を伝えるようだ。


「新しいアイディアや工法、技術やデザインを考え付いた場合、そのアイディアを他の人に使わせる代わりに手数料を払わせる制度です」


「......それは素晴らしい制度ですね。ですが、どうやって勝手にアイディアを使ってしまった場合に支払いをさせるのですか?」

カルダールが興味深げに聞いてくる。


「詳しいことは知りませんが......盗作を発見した際に訴えたら国が調べて罰金を科すのだと思います。発明家が損をするような状況になりますと経済そのものにとっても発明や革新を妨げることになりますから、国の機関でそういった特許侵害の調査を恒常的に行っている部署があってもおかしくないでしょうし」

考えてみたら、日本とかではそれってどうしていたんだろ?

企業が自腹で調査会社に依頼して常に調べていて貰うんかね?

大量に特許が申請されていたら調べるのもそのうち収拾がつかなくなりそうだ。


「なるほど。フジノ殿の世界には色々と興味深い制度があったようですね。後でもう少し詳しく教えていただいていいですか?」

真剣にカルダールが尋ねてきたので頷いておいた。

元の世界にあった制度は名目上は『努力した者が報われる』ことを目的にしたものが多いと思う。

となったら相続した資産も地位もない私にとっては元の世界の法律をこちらへ紹介することは自分にとってプラスになる可能性が高い。

どしどし地球の制度を導入して貰おうじゃないですか。


「ところで、こちらが図書館です。一度身分を証明して登録すれば、本を借りることができるようになります。今のうちに登録しておきましょうか」


「お願いします」


そこそこ大きな食堂の隣にあったのが図書館。少し王宮の中心からは外れている印象だ。人通りも少ないし。

この世界ではあまり本って読まれないのかなぁ。

活字中毒の私にとってはかなり痛い。


「副宰相様!何をお探しですか?」

中に入ったら受付の机に座っていた若い女性がぴょこんっと立ち上がった。


『副宰相様』?!!?

このキリン君が副宰相なの??


うわ~見た目のイメージと合わない~。

でも、単なる下っ端ではなく片腕(なのだろうね、多分。大量に副宰相が居るなら話は別だが)を教育係によこしてくれるとは、余程私が重視されているのか、危険視されているのか。

判断に苦しむところだ。


「ああ、今日はこちらのフジノ・トーコ殿の登録に来たんだ。遠くからいらした魔術師の方でね、この国の制度のことなどに関して馴染みが無いので色々学びたいと仰っているからこちらへ連れてきたんだ」


ということで図書カードを作ってもらい、図書館の使い方を教えてもらった。

うっし!

沢山本もありそうだし、リサーチが進みそうだ!

......とは言っても、本を調べるよりも先に魔術の実践を研究しておく方が無難だが。

10日後に魔術院の研究所へ行く前に、即座にはボロが出ない程度までには新しい能力の使い方を把握しておかないと。




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