帳簿の付け方(5)
「確かに便利かもだが、こんなの毎日やっている暇はないぞ?」
シャルノがミズバンと近所の職人達に彼女がここ1ヶ月付けた帳簿を見せて、その便利さを説明したところ、いの一番にミズバンが難色を示した。
「って言うか、あんたこそこれをちゃんとやるべきでしょう!
折角客が沢山来て、高くても新しい商品を買ってくれるんだから、今のうちに使っている魔道具が故障した時にちゃんと買い替えられるだけのお金を積み立てるのに幾ら必要か、ちゃんと把握しなきゃじゃない!!
普通に毎日の生活費しか考えないで商売していたせいで、高い魔道具が壊れたら即座に商売終了なんて、こっちも迷惑なのよ?」
シャルノがペシっとミズバンの頭を叩く。
「確かに俺らもミズバンのオーブンや冷蔵庫程じゃないが、高額な道具があるし、店の補修とかもちゃんと計画的に考えておかなきゃ後で困る事になるよな。
それに将来絶対必要になる補修用だと意識していれば、うっかりどっかのアホに金があるなら貸してくれと借金を頼まれた時にも断りやすいし」
ルワイドの父親だと紹介された初老の男性が頷きながら合意した。
確かに鍛冶屋も炉とかハンマーとか金床とか、色々設備投資が必要そうだよねぇ。
「それに、在庫の資産としての把握も楽になるのは良いね」
クジンが頷く。
そう、ケーキ屋や喫茶店だったら在庫管理なんてほぼ無いに等しいが、他の店に伝えるって言うので仕掛品とか商品の棚卸しとかのコンセプトや例も少し書類を作っておいたのだ。
こっちは実際に複式簿記をやるようになったら製造原価会計のやり方も別に見せてあげた方が良いだろうなぁ。
「しっかり金と商品と売上や仕入れを繋げる帳簿って形にしたら色々と分かりやすいし確認もしやすくなるし、バカなのがお金があるなら使おうとか貸そうとか貸してくれって言い出すのも止めやすくなるけど……。
これをやるのが大変そうねぇ。
中年女性が頷いたものの、溜め息を吐いた。
確かあれは雑貨屋さんだったかな?
アホな息子かお人好しな旦那でもいるのだろうか?
「大きなところだったら経理担当を雇うと言うのも手ですし、この帳簿を付けるのが当然になったら外注で経理を受け持つ職業も出来るかも知れませんが、自分で事業をやっているならば少なくともどう言う流れで数字が動いていくのかをちゃんと理解しなきゃなので、最初は自分でつけて馴染むべきでしょうね」
それに帳簿って記載担当している相手には事業の機微的な中身を晒す事になるから、外注した場合はそこが競業他社とかへ情報を漏らしたり売ったりしないように確実に止める方法が必要だ。また、自分が理解していないとあえて難しく数字をひねくり回して経理係に横領される可能性もあるからねぇ。
横領の危険性はどんぶり勘定していても同じくらいかそれ以上にあるだろうけど。
ただ、どんぶり勘定だったら自分しかお金に触らない事も可能なのに、経理を誰かに任せるとお金を動かすのもその人に任せる羽目になる場合が多いからね。
しっかり管理していないと、危険性はそれなりに高い。
そう考えると、無理に勧めるのもちょっと……って感じかも?
「ちゃんと続けたら便利だし良い事だと思うけど、これの利点を商業ギルドとか銀行とか国に理解して評価して貰いたいわね〜」
雑貨屋(多分)の女性が呟く。
「そうだ!
商業ギルドにもこれを教えて、皆で導入する様に推奨して実行したら優遇策としてギルド会員費を割引するよう説得してみよう!
ギルドはギルドで、国に働きかけて税金の取り方を変えて本当に儲かっているところだけから搾り取る感じに変えさせればいい」
クジンが手を打って提案した。
いやぁ、儲かったら儲かっただけ税金を取られるとなると、それをなんとかして誤魔化さそうとするのが人間だよ〜?
製造施設があって生産力がこんだけって税金を掛けられても、実際に売り上げはそこまで無かったから困る時なんかに、収益をきっちり認識してそれに対応した税金を払う形にしたいって言うのは分かるけど、製造施設を変えずに自分の工夫や努力で売り上げを増やしたのにそれの何割かを特に手伝ってくれた訳でもない国に取られるのは理不尽だ〜って感じるんじゃないかね?
まあ、増やした利益の全部を持っていかれる訳じゃないし、応能負担原則の課税の方が痛みが比較的等しく広く浅くになる可能性は高いけど。
でもこれって一番金のある貴族がちゃんと同じぐらい応能負担を受け入れていればだよね。
貴族だと人脈を作るための社交とか、領地の治安のための兵力とか、治水などにも投資する必要があるだろうから単純に利益が出たら平民と同じ感じの課税しろとも言えないけど。
ただまあ、確かに弱い立場な平民から先にちゃんとした会計制度を導入する方が、貴族の領地経営にも同じ様なものを導入させる圧力になるかも?
と言うか、貴族の領地経営に関して複式簿記を導入していないとは限らないしね。
先日カルダールと話した時も『複式簿記』と言う言葉に実感が湧かない様だったし、今度シャルノの帳簿を見せる時に領地持ち貴族の会計の付け方とどう違うのか、聞いてみよう。




