064 異世界版遠距離通信(8)
主人公視点に戻りました。
「やっほ。ビジネスはどう?」
ミズバンの店には良い感じに客が入っていた。
隣のシャルノの喫茶店も席がそこそこ埋まっているし。
......なんか、見たことがある顔が多い。
やはり、あちらこちらで開店前に差し入れとしてシュークリームやプリンをバラまいたのが成功だったようだ。
ふふふ。
「忙しいな」
ぶらっきぼうに答えながら、ミズバンが私にシュークリームとプリンをお皿に載せて、差し出してきた。
おお~。
分かっているじゃない。
軽く手を振って喫茶店の方へ足を進め、店の中が見渡せる席を選んで座った。
「お茶をお願いんね~」
こちらに向かってきたシャルノに頼む。
出張から帰ってきた後に、1日おき位に来ているんだが、中々いい感じだ。
喫茶店の開店後の物珍しさだけかもしれないけど、それでもそこそこリピーターが出来ているみたいだし。
考えてみたら、ソロバンをこっちに持って来るのを忘れてる。
まあ、どうせ帳簿の計算なんて月に一度程度......だよね?
それとも、週1ベースぐらいにしとかないと、大変すぎるかなぁ。
どちらにせよ、慣れればきっとソロバンでそれなりに素早く計算出来るようになるんだろう。
江戸時代どころか戦後しばらくまで、ずっと日本ではそれでやってきたんだし。
一応計算機も昔の職場から召喚してきたから、いざとなれば手助け出来る。
計算機の魔具も正しいことは確認できたが、魔具の方も量産するのには向いていないから流石にあれをタダで上げる訳にはいかないだろう。
と云うことでここは頑張ってソロバンに馴染んでもらいたいが、流石に開店直後は忙し過ぎて、無理かな。
「いらっしゃい。仕事にかたが付いたの?」
前回来て、店の様子を聞いた後にちょっと愚痴っていたのを覚えていたらしい。
「うんにゃ。ちょっと気分転換」
な~んかもう、さっさと切り捨てて違うことに取りかかりたくなってきたよ。
沢山端末がありすぎても困るからということで、どんどん印刷してしまえと思って掲示板から紙へ印刷する術は比較的簡単に出来た。
魔石を本体側の掲示板に複数設定することで複数の端末から連絡を受け取るのも特に問題は無し。
ついでに、文字が出る際にタグを先に付けることで、どの端末から来ているのかも見わけが出来るようにも出来た。
だけど。
文字が重なっちゃうんだよね。
端末Aで掲示板の一番上に文字を書くと、それが本体の一番上に出てくる。
端末Bだって最初の文章は一番上に書くだろう。
そうすると、端末Aからの文字の上に出てきちゃってぐちゃぐちゃになってしまうのだ。
端末Bの文字をもう少し下に書き込めば問題なく本体で読めるんだけど、そんなもん、どこら辺に書けば他の所からの連絡と重ならないかなんて分からん!
掲示板に現れた文字を紙へ転写したら直ぐにその文字が消えるようにするという仕組みも出来たのだが......夜中に誰かが連絡することだってあることを考えると24時間監視が必要になるし、2か所から同時に連絡が来ることだって十分有りうるだろう。
ファックスみたいに直接紙へ転写させる構造にした上、他から受信中だったら『話し中』みたいな感じで『ちょっと待て』と合図出来るかホールドにして、前のが印刷終わるまで情報をキープ出来るようにしないといけないと思う。
思うんだけど......中々思うようにいかない。
完全に新しい考え方だから、色々存在する魔術をあちこち切り貼りして編集しているような感じなのだが、まだまだ道は遠い。
いい加減、煮詰まってきたので気分転換にこちらに出てきた訳だ。
糖分って脳に良いらしいしね!
「そういえば、街での冷蔵庫の評判はどんな感じ?」
お茶を注ぐシャルノに尋ねた。
クジンに聞いた話だと、現時点では商品開発中に試用した関係者とか、そこから話を聞いていた人からの注文に対応するのでてんてこ舞いらしい。
それはそれで良いんだけど、関係者じゃない一般市民にも行きわたって欲しいんだよね、私としては。
まあ、普通の家ではちょっと贅沢品となるから、最初は飲食関係の業界での業務用となると思うが。
「上々よ。今は珍しさもあってこの店も物凄く人気が出ているけど、近いうちにあちこちからライバルが出てくるでしょうね。ミズバンもライバルだって言うのに他の店の連中からの質問に馬鹿正直に答えているし」
製造側のクジンはともかく、使う側のミズバンやリバーナは出来れば使い勝手の悪さを強調してライバルを遠ざけたいところだろう。
でも、それでは困るから最初に開発に手伝ってもらうために試作品を提供した時点で、『流通が始まった時に正直に使い勝手を周りの人間に答える』というのを条件として約束してもらっている。
ミズバンがちゃんとそれを守ってくれているようで、良かった。
まあ、ああいう頑固職人タイプはあんまり周りを蹴落とすことに気が周るとは思えないし。
「そう言えば、荷車を縦半分に区切って、左側全体を冷蔵庫にして運んで来て、市場で直接その冷えた荷車から魚を売りたいって、昨日ここに来ていたお客さんが言っていたわね。生魚は痛むのが早いから、今までは海の傍でしか売れなかったのがあれを使えば何とかなるかもって」
おお~。
それは面白い。
ここら辺では基本的に干し魚か燻製にしたものしか食べられなかったのが、変わりそう。
個人的には魚介類より肉料理の方が好きだから別に魚が入手できるようになっても極端には関係ないが、選択肢が増えることで外食産業が盛んになれば、きっと更に美味しいデザートも開発されるだろう。
食べるのは好きだったが作る方には全く興味が無かったおかげで、こちらの人に頑張って自発的に開発してもらわないことには美味しいデザートへの再会は無い。
その為にも、外食産業の皆さまへの追い風は大歓迎だ。
私も頑張って、遠距離通信用魔具をおわらせて、天気予報を広めよう。
そんでもってこれが終わったらどっかの農家と提供して、温室栽培とかにも手を出してみようかな。
空飛ぶ絨毯の結界の応用で、ビニールハウスちっくな効果が得られると思うんだよね。
◆◆◆
「だ~!」
思わず鉛筆を投げ、頭を抱えてしまった。
上手くいかない~!
気分転換から帰って来て、また取り掛かっているのだが.....。
複数の端末から連絡が来た時の処理が上手く行かない。
元々自分で術を構築するスキルは無いので、脳裏ショートカット上で色々条件付けをしてある意味プロセスを記録してマクロを造るような感じで術を創っているのだが......どうやらこの方法、それなりに限度があるらしく条件を付けすぎたら動かなくなってしまった。
『どうしたの?』
てけてけてけ。
外の散歩から帰って来て窓辺で昼寝していたダールが、近づいてきて声をかける。
「ファックス機みたいのを創ろうとしているんだけど、上手く行かないのよ」
『何がしたいの?』
てんっと私の膝の上に乗ってきたダールが机の上の紙を覗き込みながら更に尋ねた。
「まず、こちらからは一つから多数への端末へ情報を一気に送りたい。
そんでもって相手方の端末からは不定期に情報をこちらへ送ってくる。
場合によってはこっちの本体から特定の端末へ返事を書くことも必要ね」
『違う条件で使うの? 面倒くさそうだね』
本当に。
......考えてみたら、最初から違う条件の2つの魔具みたいな感じにデザインしちゃおうかな。
表は一方通行で魔石が入っている端末で王宮の本体と繋ぐための魔法陣が入っていたら個体特定せずに情報が現れるようにする。
そんでもって、裏にこちらからの連絡とか、返信の受信とかを1対1で使う感じにする。
少なくとも、そうすればどうやって全国新聞に一部だけ個別連絡が出来るか、頭を悩まさなくて済む。
「あとは......沢山の端末から連絡が来ても順番にそれを受信できるようにしなきゃならない」
『順番に?』
ペロッと肉球を舐めて掃除しながらダールが聞き返す。
興味あるのか無いのか分かりにくい態度だ。でも、話をすることで少し論点が整理できる気がする。
「そう。皆一緒に受信しちゃうと文字がどんどん重なって読めなくなっちゃうから」
『受信中は他の端末から受信出来ないようにしたら?』
他から受信中だったからって他からのデータが消えてしまったら困る。
だが......考えてみたら、あれって別に送信のボタンを押した瞬間だけ情報が共有化される訳じゃあないんだっけ?
だとしたら、後からでも共鳴させれば情報が着くかな?
試作品を手に取り、本体側から魔石を一つ外す。
端末側から文字を書き込み、送信ボタンを押した。
何も現れない。
外した魔石を戻してみたら......文字が現れた。
うっし!
じゃあ、単にタイミングをずらさせればいいのか。
としたら、端末から送信ボタンが押されたら、こちらの魔石が動いて本体に接続するみたいな感じの仕組みをつくってみよう。
そんでもって、その時に他の魔石が受信中だったらその受信が終わるまで魔石が動くのはホールドっと。
受信したらそれを紙へ転写して掲示板上の情報を消す部分の術は出来ているから、これに魔石の接続を外すという動きもつけておけばいいだろう。
上手く行きそうじゃない!!
ふふふ~。
「ああ、やっぱりあんたは偉大よ、ダール!」
『そりゃ当然でしょう』
ははは。
君のその上から目線な考え方には、痺れちゃう。
ま、それはともかく。
後は紙の供給か。
面倒だから、これはロールを魔術で創っちゃおう。
このぐらいは魔術院から買ってくれ。
じゃなきゃ開発して紙を普通に作れるようにしてくれてもいいし。
新しく親が買った、感熱紙じゃなくってA4の用紙を使えるファックス機みたいのの方がこちらの技術で対応しやすいんだろうけど、いい加減この遠距離通信機に悩むのには飽きた。
第一、毎日天気情報が送られてくる予定なのに、一か所につき1枚紙を使っていたら無駄過ぎる。
......ロールの紙の作り方って誰に教えておけばいいのかな?
バイトで誰か魔術師を雇って教え込んで、ちゃんと創れる様になったら独り立ちしてどんどん売っていいよ~って唆すかな?
だけど、こんな紙ばかり創るのなんて、面白くないよね。
学生のバイトとして魔術院の教育部の方から定期的に人を雇えないか、聞いてみようかな。
ちゃんとした魔具をまだ創れない見習いだったらこう言う物を創るバイトだってそれなりに良い小遣い稼ぎになるかも。
どの位簡単にこう言うのが創れるのか知らないけど。
明日にでも、魔術院に行って学生アルバイトに何人か雇えないか、聞いてみよっと。
ようやく、遠距離通信の終わりが見えてきた感じ?