061 異世界版遠距離通信(5)
ちょっと気分転換にデニーシャの視点からの話になります。
>>side デニーシャ
「え~と、保護結界全体に魔力を行きわたらせて結界に破損が無いことを確認して、後は魔石に魔力を込めればいいのよね?」
フジノがこちらに向いて確認に尋ねてきた。
この同僚は、召喚事故でこちらに跳ばされてしまったという珍しい前歴を持つ。
その前歴に見合ったぐらい珍しいアイディアを色々と持っているようで、お陰で最近頻繁に美味しいスイーツと呼ばれる冷菓子が魔術院に差しいれられるようになり、とてもうれしい。
今回の保護結界のメインテナンスも、何やら新しい魔具のテストをしたいとのことで遠方を希望した為、私と一緒になった。
しかも魔物が存在しないと言う世界から来たので対魔物用の保護結界の経験が無く、今回のメインテナンスでは全部やらせてくれと言われた。
熱心でいいねぇ。
私としては魔物退治に魔力を集中出来るので願ったりだ。
「そうよ」
「う~ん......」
私の返事を聞き目を閉じて集中した彼女から、魔力が溢れだして結界を覆って行くのが視える。
物凄い魔力だ。
真っ白な魔力が、まるで雲の間から姿を現した太陽の日差しの様に保護結界に広がって行く。
数分の間に、保護結界にはフジノの魔力が行き渡った。
「特に問題ないように思えるんだけど、どう思う?」
「うん、保護結界の状態は全く破損が無いようね。
だけど、そこまで魔力を込めなくてもいいのよ?」
ちらりとフジノの目がこちらに開いて向いた。
「......魔力を込めすぎると、結界が破れたりする?」
ぷっ。
思わず笑ってしまった。
紙袋に空気を入れ過ぎるのでもあるまいに、結界に魔力を込めすぎて破れるなんて、ある訳ないでしょうに。
「大丈夫だけど、無駄に疲れるでしょ?」
「あ~ご心配なく。最近あんまり何もやっていなかったから魔力は余っている感じだし」
軽く答えながら、フジノが結界に張りめぐらしていた魔力を引きもどし、魔石へ注ぎ込んだ。
......あれだったら来年はメインテナンスも実質いらなそうね。
召喚事故と聞いたが、これだけ魔力に溢れているならば、『勇者』とやらにもなれそうじゃない?
魔族を殲滅なんぞしてしまったら、国家間の戦いに魔術師が駆り出されることになりそうで、勇者様に活躍はしてもらいたくないが。
攻撃魔術をいかに効率的に、強力にするかと云うのは面白い研究対象であるが、それを人間相手に使う羽目になるのは遠慮したい。
◆◆◆
保護結界に特に破損が無かったことも有り、メインテナンスはあっという間に終わった。
まだ昼食には早かったので『お茶をどうぞ』とサレスに誘われ、東の庭に面した応接間に案内された。
サレスが飲み物の手配に席をはずしている間に、フジノが徐に白い板をどこからか(?!)出した。
「それなに?」
「テストしたいって言っていた、新しい魔具。遠方と筆談でリアルタイムに連絡が取れる魔具......なはずなの。実際には王都以外で試していないから実験しようと思って」
ペンを取り出して何やら白い板の上に書き込みながらフジノが返事をしてきた。
「筆談するより、直接鏡で遠話した方が、早くない?」
「相手が魔術師じゃないと、遠話は無理じゃない。
宰相府の召喚事故担当の人と定期的に連絡を取ることになっているから、相手の都合とかの調整にも便利かなと思って創ったんだけど、考えてみたら他にも色々利用方法があるかな~と思って」
成程。
魔術師以外の遠方の人間と連絡を取れると云うのは、便利な魔具として色々買いたがる人間は多いだろう。
フジノの手元を覗き込んでみると、『ただいまテスト中。バルルーシアにいます。そちらの天気はいかがですか?』という文字の下に、『晴れです。はっきりフジノ殿の文字が読めますよ』との文字が現れるのが見えた。
「面白いわね。どうやって機能しているの?」
今までは、新しく開発した魔具の詳細を聞くのは野暮......というか盗作を疑われ、まず出来ないことだったのだが、新しい特許権とやらが始まったことで質問も許されるようになったのだろう。
多分。
「鏡を使った遠話って2つの鏡を魔力で共鳴させてこちらとあちらの映像と音声を再生している訳じゃない? これは映像だけにして、予め共鳴させておいた魔石を使うことで魔術師でなくても利用できるようにしたの」
フジノがあっさりと答えた。
なにやらフジノが返事を書きこんでいるところへ、サレスが帰ってきた。
「何か、宰相府へ連絡したいこととか、あります?
新しい遠距離連絡用の魔具のテスト中なんですが」
「ほおう、面白い魔具ですね。どなたと連絡中なのですか?」
フジノの言葉にサレスが興味深げに聞き返してきた。
「宰相さんの下で働いている、カルダール氏です。カリーム王国に異邦人である私に色々良くしてくれる、親切な人ですよ」
がすっ。
席に座ろうとしていたサレスが、躓いた調子に椅子を蹴ってしまった。
おやまあ。
副宰相のことを『親切な人』ですか。
中々思っていたよりもコネがあるようじゃない。
確かにカルダール氏は切れ者として知られるエッサム宰相の下で働いているにしては誠実で『良い人』であると云う評判だけど。
王宮との連絡に副宰相が担当しているとはね。
「いえ、特にはありません。ありがとうございます」
サレスが断ると、フジノは肩を竦め、何やらもう少し書き足して魔具の上に合った出っ張りを押した後、その板をどこかへと片づけた。
......あれって一体どこにいれているんだろう??
後で道中で是非とも聞いてみないと。
◆◆◆
地面に四角い影が走る。
頭上だけ結界が開いているのか、気持ちが良い程度に風が髪の毛と戯れながら流れていく。
いやぁ、気持ちがいい。
私も是非、帰ったら特許権使用料を払ってこの空飛ぶ絨毯を創ろう。
バルルーシアでのお茶が終わった後、我々はフジノの空飛ぶ絨毯で次の村へと向かっていた。
通常だったら馬車か馬で向かうのだが、フジノが『こっちの方が早いし、快適よ』と言って空飛ぶ絨毯を出したのだ。
宙に浮く絨毯に我々が乗って飛んで行くのを見ていたサレスの目がまん丸になっていた。
魔術師にしか動かせないとの話だが、きっと近いうちに魔術院へ空飛ぶ絨毯を動かす魔術師を雇いたいと云う話がいきそうだ。
「さっきの板もこの絨毯も、どこから出したの?」
馬を全力疾走させているような早さで過ぎ去って行く景色を楽しみながら、先ほどから気になっていた事を聞いてみた。
「これって異次元収納なの。ウチの家族に伝わっていた魔具で、ブレスレット型だからこちらに召喚されてしまった時も身に付けていたのが幸いだったわぁ」
腕にしてあるほっそりとした金のチェーン・ブレスレットを指しながらフジノが答えた。
がしっ。
思わずフジノの腕を掴んでブレスレットを目の前まで持ってきてしまった。
異次元収納と言えば、王家の秘宝級の魔具だ。
魔族出現以前の時代から創れる人間はごく偶にしか現れず、したがって所有している人間も本当に限られたほどしかいない。
異次元収納の創り方を発見・発表した魔術師は歴史に名が残るだろう。
「創り方、分かるの?!?!」
「残念ながら。
私のいた世界では、高いけど創り方は失われていなかったからそれなりに持っている人間がいたんだけどねぇ。こんなことになると分かっていたら、どれだけ高くても製作方法を入手しておいたんだけど」
小さく苦笑しながらフジノが答えた。
「まあ、召喚事故なんていう天文学的に確率の低い不幸が起きるなんて、想定できないものね。
この世界では異次元収納の創り方は失われているから、そのブレスレットを盗もうとする人間は多いと思う。気を付けた方がいいわよ」
「大丈夫。これって取れないようになっているし、私個人に登録してあるから無理やり取り去られても呼び戻せるから」
取れないようになっているブレスレットを無理やり取り去るって......手首ごと持って行くってこと??
考えるだけで寒気がしそうな話だ。
「あまり人前でそれを使わない方がよくない?」
「う~ん、でも便利だからねぇ。偽装する為の手間暇を考えると......。過剰なぐらいの防御の術を掛けているから何とかなると期待しているんだけど」
言われてみて改めて視なおしてみると、外へ漏れる出力を極力落としているようで目立たないが、確かに物凄く層の厚い防御の術がかかっているようだ。
「......ねぇ、今度私の攻撃魔術の実験に付き合わない?」
◆◆◆
「王都と直接連絡の取れる魔具ですか......」
空飛ぶ絨毯で快適に飛ばし、バルルーシアから更に西に行ったところにある村には夕食前に着いた。
先に仕事を終わらせてしまおうとフジノがさっさと保護結界のメインテナンスを行い、村長に夕食へ招待された。
食事が来るのを待っている間にフジノが断りをいれて魔具のテストをしていたのだが、村長が思いがけずそれを気にいったようだった。
「ええ。最初に設定した対の魔具を持っている相手としか連絡出来ないのですが、それでもそれなりに利用価値があるかな?と思い、遠距離でもちゃんと機能するかテストしているところなんです」
王都からの返事を読みながら、フジノが簡単に答える。
どうやらちゃんとここでも動いているらしい。
まあ、バルルーシアで機能するんだから、当然と言えば当然だろうが。
「......この村にも一つ、買えませんかの?
このように辺鄙なところなので住んで下さるような魔術師の方はおらんし、バルルーシアからの連絡も遅れがちになるんですよ。王都からの連絡を瞬時に受け取ることが出来るのでしたら、ある程度の初期投資があっても価値があるでしょう」
基本的に、王都からの連絡(調査官の来訪や国軍の討伐隊の派遣等々)はバルルーシア経由で周ってくるのだが、それが遅れがちなのだそうだ。
魔物や盗賊の被害が酷い場合、どうしても領主や王宮から何らかの手を打ってもらえない場合は自力で被害を出してでも対応しなければならない。だが、村の若い者に犠牲が出た数日後に国軍が来たりしたら、悔やんでも悔やみきれない。
馬で1日かかるようなバルルーシアまで行き、魔術師に金を払って王都まで連絡を取っても王都での担当者も分からず、らちが明かない。本来ならば領主がそこら辺のこともちゃんと面倒をみるはずなのだが......バルルーシア地域の領主は小さな村のことなど気にしない、ある意味典型的な大貴族だった。
それだったら地方担当の部署と直接連絡出来る魔具を、借金をしてでも買った方がいいと考えたらしい。
「う~ん......村に一個だったら買えなくはないぐらいの値段になるとは思いますが......各村が一つ買っていたら、王宮側の地方担当官の部屋が魔具で埋まってしまいます。
でも、確かに王都への連絡手段が領主を通さなければ実質機能しないと云うのも困ったものですよね。
ちょっと帰ったら、知り合いの宰相府の人に相談してみます」
首を傾けて暫し考えてから、フジノが答えた。
確かに、各地方の村からの連絡の為に1枚ずつフジノの白い板があったら、魔術院の大会議室でも部屋の壁が全部埋め尽くされてしまうだろう。
どうするんだろ?