059 異世界版遠距離通信(3)
「総会?」
アフィーヤが机から目を上げた。
「ええ。近くにあると聞いたと思うんですが、いつですか? その後に直ぐに地方の保護結界の確認もあるんですよね?
遠距離掲示板の遠距離使用が出来るかの確認も兼ねて試してみたいことがあるんで、地方の村を幾つか回ってみたいんですが」
出来ることなら遠距離掲示板の特許権も取りたいし。
一応影響を見極めてあまりにも影響が酷かったら、場合によっては生産をストップさせる手段が欲しい。
「ああ、明後日だよ。言ってなかったかい?」
「明後日?!」
思っていたよりも早い。
『近く』とは言っていたけど、そこまで近いとは思っていなかったぞ。
「やっと特許法に関して宰相府との話し合いが終わったんだよ。
早く空飛ぶ絨毯を売れとあちこちから煩くせっつかれているしね」
あら。
私の空飛ぶ絨毯も急ぐ理由の一つだったんですか。
王様用のは既に渡しているんだろうけど、他にも売ろうとしているんかな?
あんまり大量生産して欲しくないんだけどねぇ。
まあ、運転手になれる『魔術師』という特殊技能を持った人間の数が限られているから交通渋滞って云うことの程にはならないだろうけど。
バンパーみたいな、ぶつかった時に衝撃を吸収してくれる仕組みを足しておく方がいいかもしれない。
「だけど、3日後では全国の魔術師が集まれないでしょうに?」
アフィーヤが肩を竦めた。
「魔術師なら各地の転移門を無料で跳べるし、跳んで来るほど興味がないのなら連絡用魔具を使って参加するのも可能だ。
根回しのついでに都合も大体聞いてあるしね。
いつも総会の召集は3日程度さ」
「根回しなんて、するんですか」
『根回し』と聞くと、日本の政治家の密室政治が頭に浮かぶ。
魔術院もそんな密室政治の団体だったら嫌だなぁ。
「何を言っているんだい、これだけ重要な議題を前もって説明も相談もせずに大会議で上げる方が非常識だろうが」
まあねぇ。
私がこっちに来る少し前に政権をとった民X党は、『密室政治は良くない』との理想論をかざして官僚や他の利害関係者との話し合いも根回しも放棄した結果、首相が思いつきレベルで動いている印象を国民に与え、かなり顰蹙を買ってたもんなぁ。
纏まる話も纏まらないのの典型例だったかもしれない。
考えてみたら、魔術師一同が揃った会議で、特許権なんて言うこの世界になじみが無いコンセプトを突然話し始めても誰も付いていけないよね。
密室政治というよりも、現実路線に少人数ごとに説明をしていたと考えるべきか。
「そう言えば、転移門って各街にあるんですか?
あまり流通に転移門が使われていると聞いていないんですが、それ程気軽に使えるなら、魔術院で運送業に参加すればいいのに」
頭の中の魔術実行ウィンドウで『転移門』で検索しながら尋ねる。
『転移』だと鏡を使った移動術が出てきてそれに注意を引かれた為、『転移門』というものは見ていなかった。
......出てきた術を流し読みした感じでは、転移用の魔法陣で『門』と云うべきポイントを設定しておけば、比較的簡単に移動できるようだ。
脱出手段に鏡を使う代わりに、脱出用転移門を部屋に設置しようかな?
でも皆が一般的に転移門を使っているんだったら、マイナーな鏡を使った転移というのも追手の裏をかけて良いのかもしれないけど。
「転移門は魔術師が自分を動かす分には比較的簡単だが、魔術師以外や無機物を動かそうと思ったらかなり魔力を消耗するんだよ。
あんたの世界の転移門は違ったのかい?」
「......私の世界では転移は非常に難しい術だったもので。
会議に来る為だけに気軽に使えるような物では無かったんですよ」
転移門なんて、マッドな科学者が夢想しているだけでした。
「魔術師が移動するには便利な道具なんだけどね。それ以外の人間の移動は緊急時しか使わない。
魔力の消費もだが、移動する人間もかなり気分が悪くなるらしい」
ふうん。
転移門を使うよりも、馬で魔物に襲われる可能性もある危険を冒しながら移動する方が選ばれるなんて、余程気分が悪くなるんだろうか。
それこそ、薬でも飲んで意識不明な状態で動かしても駄目なのかね?
ま、私にとってはどうでもいいことだけどさ。
でも、転移門が簡単に使えるんだったら態々空を飛んで移動しなくても、あちこち転移門で回って遠距離用掲示板のテスターを見つければいいかも。
◆◆◆
「総会に行くでしょ? もうそろそろ時間よ」
研究室で遠距離掲示板を改善していたら、入口からデニーシャが顔をのぞかせて声を掛けてくれた。
「ああ、ありがと」
なんか、とても機嫌が良さげだ。
こないだ食堂で食べながら聞いたところ、デニーシャの研究対象である攻撃魔術とは基本的に魔物退治にしか使えないらしい。で、魔物退治が一番大々的に行われるのは、年に一度の保護結界メインテナンスの際らしい。
総会の後に担当地域を振り分けられるのだが、『ちょっと魔物が巣くったようだから退治して欲しい』というリクエストが来ている地域にデニーシャは優先的に行くとの話だから、もうすぐ研究成果を試せるのが嬉しいのかな?
一緒に階段を降りたら、デニーシャが階段の横にあった廊下へ入って行く。
「あれ、こんなところに部屋があったんだ」
廊下の向こうには、体育館程度のサイズの部屋が続いていた。
初めて見たよ、こんな部屋。
「普段は使わないから商工会に貸し出してるの。本当は商工会の会議設備を借りる方が楽なんだけど、転移門から遠くなるし、連絡用魔具を動かすのも大変だし。
だから100年ぐらい前に大火事があった際についでにこの土地を買ったらしいわ」
成程。
何人が連絡用魔具を使って参加するのか知らないが、落としたら壊れそうな鏡モドキのあれを幾つも持ち運ぶのはかなり大変そうだ。
入口で、数枚の紙を渡された。
何々?
『今年の魔術院』
『特許権制度の制定』
『保護結界メインテナンスに関する昨年からの注意事項』
『夏至パーティの主催者の選別』
......なんか、年に一度の魔術師と云う業界全部の総会の議題にしては、随分とおざなり?
まあ、最初の議題で今年の課題とか問題点を話し合うのかもしれないけど。
夏至パーティの主催者を選ぶことが特許制度の制定と同じレベルの議題と云うのは何とも言えず......呑気な感じだ。
まあ、何事も平和なのに越したことはないけどさ。
「総会っていつもこんな感じなの?」
思わず、デニーシャに尋ねてしまった。
「こんなって?」
「年に1度なのに議題が少ないみたいだし、そんな大切な会議で決めることの一つがパーティの主催者だなんて......ちょっと意外」
「それこそ、重要な話だったら年に一度の総会なんて待ってられないでしょ?
毎年、一応保護結界のメインテナンスに関する注意事項ももう一度喚起するけど、あとは新しく魔術師になった人数とか亡くなった人数とか、王宮からの連絡事項とかを話すほかは夏至パーティの話し合いがメインというところよ。
今回の特許権というのは流石に完全に新しい制度だから、時期もちょうど良かったし議題に上ったけど」
年に一度の会議だからこそ、重要なことは既に話し合いは終わっているのか。
まあ、確かに年に一度の株式総会じゃあ会社の経営がたちいかないから、小回りの効く取締役会で会社の色んな意志決定がされるらしいし。
大体、基本的に長老会が決定を下したら大体それで話が動き出すってアフィーヤも言っていたもんね。
取締役会も株主総会も出たことが無いから、どの位真面目にやっているのか知らないが。
やはり、金儲けを第一目標にしていない団体っていうのはおっとりしているなぁ。
これは、夏至のパーティが楽しみかもしれない。
前の左端の席に座って待っていたら、だんだん部屋が埋まってきた。
少年少女ぐらいの年齢から、まるで動くミイラのようなぎょっとするほど高齢の人まで、色々な年齢層が混ざっている。
この総会に参加できるのは一人前の魔術師として、試験に合格した人だけとのことだから、所々混じっている若いのも、ちゃんと試験に受かっているんだろうなぁ。
せいぜい中学生程度の、まだ学生として親の脛をかじっていそうな年齢の子供たちが一人前の魔術師として働いているなんて......意外だ。
あんなに若くて、何をして働くんだろ?
それとも折角魔術師に生まれたんだから、若いうちは遊んで過ごしたり?
何か換金しやすい物を創ることさえ出来れば、遊び放題だもんなぁ。
世界一周旅行でも行ってみてもいいかも。
私だってまだ十分若いんだし、この世界になれたら少し遊覧旅行にでも行ってこようかなぁ。
ふふふ。
空飛ぶ絨毯で世界一周と云うのも楽しそうだ。
「これから、総会を始める」
筆頭魔術師のファディル氏が前の舞台から声を上げた。
何か魔法で音を拡大させているのか、マイクを持っているようでは無いのにはっきり部屋の中に音が響いている。
そして......筆頭魔術師は延々と手元に合った資料を読み上げ始めた。
うぎゃ~。
そんな、新しく魔術師になった人数を街ごとに読み上げられても、吸収しきれないよ。
魔術院の収支報告も数字が多すぎて全然何を言っているのか分からないし。
どうせ資料を配るんだったら、数字系のデータぐらいプリントしておけ!
ううう。
眠くなってきた。
やがて、やっとこさファディル氏の息が切れたらしく、長ったらしい『今年の魔術院』の話が終わった。
ふぅ。
あちらこちらから、安堵のため息が聞こえてくる。
ファディルさ~ん、もう少し聴衆の空気を読もうよ~。
毎年これなら、態々会議室まで来ずに、連絡用魔具で済ませたくなる気持ちも分かってしまったぞ。
退屈な話を聞かせされる中、必死に眠らないように意識を保つのだって疲れるんだ。
来年はもう少し工夫してくれ~!
「さて、特許権については皆に色々説明してきたと思う。
反対の者?」
ファディルから壇上を引き継いだアフィーヤが部屋を見回して尋ねた。
「じゃあ、全員一致ということで、明日から施行する。いいね?」
......え?
パチパチパチパチ!!
会議室が拍手で一杯になった。
ええ??!!
それで終わり??
幾ら根回ししているからって、あまりにも簡単すぎない???
本当に100%皆を事前に説得できたと云うの??
「マジ??
話し合いとか、しないでこれで終わり??」
思わず、デニーシャに尋ねてしまった。
「物を創るのが苦手な魔術師に取っては、魔石を売ることで金もうけが出来るのはプラス。
物を創るのが得意な人間は特許権を取ることでいいモノを発明するのに専念出来る。
そんでもって、皆して早く自分用の空飛ぶ絨毯を作りたいのよ」
「......もしかして、皆して『特許権を承認すれば空飛ぶ絨毯を創れるようになる』と思って賛成している訳??」
ニヤニヤと笑いながらデニーシャが頷いた。
ふひゃ~。
ここまで皆さんが空を飛びたがっているとは、思いませんでした。
魔術師なら、それなりに自分の工夫で空を飛べそうなもんだけどねぇ。
まあ、いいけど。
遠距離掲示板をテストする為の前段階として、総会を開催してしまうことにしました。