058 異世界版遠距離通信(2)
「ちょっとお時間を頂いていいですか?」
夕食の後に、部屋に戻ろうとしたジュナイドに声をかけた。
「なんです?」
階段に向かおうとしていたジュナイドが足を止めて、こちらを向く。
「実は、新しい魔具を開発しているところなんです。それが例えば農協で使い道があるのかご意見を聞かせていただければと思いまして」
「ふむ。魔具、ですか?」
「ええ。遠距離の人間とリアルタイムで文章のやりとりを出来る魔具を創ったら、農協で何か役に立つと思いますか?
全国にわたって組織される農協ならばそれなりに他の地方と連絡を取り合う必要があったりするかな?と思ったのですがどうでしょうか」
立ち話も何なので、1階のリビングルームのソファへ座ろうと身ぶりで誘いながら答えた。
「遠距離の連絡......ですか。
どうでしょうかね?
何か大きな災害があった時などに食糧を被災地域へ送るよう連絡するのにあったら便利かもしれませんが、もしもの時の為に高い魔具を買っておくほどの余裕はないですね。
どうしても急いで連絡する必要がある場合は大きめの街に行けば魔術師の方にお金を払って連絡を取ってもらえますし」
あらま。
遠距離通信の必要は、ありませんか。
メールとか携帯電話とか、凄く便利なんだけどねぇ。
今まで存在しなかったからあまり使い道が思い浮かばないのかもしれない。
「収穫の様子や天候の異変などを、瞬時に連絡出来たら便利だと思いませんか?」
リアルタイムの遠距離通信が要らないとは信じられず、思わず聞き返してしまった。
ジュナイドが肩をすくめる。
「秋の収穫の結果が種を蒔く春に分かると言うのならまだしも、既に種まきをした後で他の地域の収穫の良し悪しを知ったところで、農家にとって出来ることはあまりありませんよ。
天候にしたって、他の地方の天気が分かったところであまり関係有りません。
農業が壊滅的な影響を受けそうな嵐が近付いている時は神殿から警告が来ますし」
あはは。
流石は異世界。
神様からの警告ありですか。
天気予報はまだしも、あまりあてにできなかった地震予知なんかよりずっと信頼できそうだ。
でも、そこまで壊滅的な嵐じゃなくっても、天候の情報って有益なんじゃないのかなぁ?
「他の地方の雨や気温変動の知らせを貰ったら、天気の予測に役に立ちませんか?
それとも収穫時の雨や霜と云った物はこちらではそれ程問題では無いのでしょうか」
「他の地方の天気と首都近辺の天候とどう関係があります?」
ジュナイドが不思議そうに聞き返してきた。
そっか。
この世界では天気予報という科学が発達していないのか。
まあ、大惨事になる前に神様が警告してくれるんだったら、『ちょっとした不幸』程度の悪天候の為にお金のかかる魔術師を雇って対応策を練る必要も無かったのかもしれない。
日本だったら西日本の天気が分かれば数日後に関東の方もその天気が流れてくると予想できる感じだったけど、考えてみたらこの国の天気がどんなふうに流れるのかは知らない。
今までは遠方の天候の情報を集める方法も無かっただろうから、どちらの天気がどっちの方向へ流れていくのかといった知識も無いだろうし。
それとも、過去に魔術師の遠話の術を使って天候情報を集めるといったプロジェクトが歴史の中で一度ぐらいは行われたことがあるのだろうか。
これは明日にでも魔術院で確認してみるしかないね。
「成程。
あまり他の地方と連絡を急いで取り合う必要な農協にはないのですね。
ちなみに、将来の天候の情報って例えば『明日から3日後ぐらいの期間の間に雨が降るかもしれない』といった程度の精度でも役に立つと思いますか?」
「......ある程度は役に立つかもしれませんね」
あまり興味なさげだねぇ。
「分かりました。お時間をいただき、どうもありがとうございました」
諦めてジュナイドにお礼をいい、自室へ戻った。
天気予報って色々な情報を分析しなければならないからコンピューターでも必要そうだが、過去数日間の周りの地域の天候情報を描いた絵があるだけでも、低気圧の前線とかが動いてきているのがそれなりに分かりそうな気がする。
でも。
それだけの情報をいかに集めるか?
農協の人が各地方で遠距離通信用掲示板を使ってくれるんだったら、日々の情報の交換の一環として天候情報を集めてもらって、農協の事務の人が天気図を描いて農協の外の壁に張り出すっていうのもありだと思うが......農協があまり興味が無いとなったら、他の業界では天気に興味を持つ人間なんて更に少ないんだろうねぇ。
やはり遠距離通信といったら商人と政府だろうか。
な~んか、もっと平和......というか皆の為になるような公共の目的に使って欲しいんだけど。
政府は知らんが、商人に提供したら確実に金もうけとかスパイ行為とかの道具になるだろう。
魔具は高いから、これで情報の格差が生じたら富んだ人間がより富むことになるよねぇ。
正規の国家の危機とか管理に必要な情報のやり取りだったら、魔術院を使えば良いんだから新しい魔具が『公の益の為』に利用されるとはあまり思えない。
現存の格差社会を国民総中流階級に持って行きたいのに、目標に反する方向に利用されそうで嫌だなぁ。
とは言え、スイーツ普及のためには、どこかの商人とコネを作って砂糖やカカオを安く流通させてもらいたいと云うのもある。
......ちょっと宿題かな。
◆◆◆
昨晩色々考えた結果、天気情報を提供させて皆の為に役に立たせるのは、それを魔具を提供する条件の一つにすればいいやという結論に達した。
どうせ私は代金を貰う必要は本当は無いんだ。
代金を割り引くする代わりに、サービスを提供させればいい。
そうなると、どこに任せるか。
この際、規模を条件にするのではなく、経営スタンスを算定条件にしようと思い、あちらこちらに聞いて回ることにした。
「ねえ、今の利益だけじゃなくって『長期的に皆で成功していこう』って云うようなスタンスで一番ビジネスをしている商家ってどこだと思う?」
まず聞いたのが、シャルノ。
こう言うのは女性の方が目端が効くような気がするし。
「商家かい?
直接商家のお偉いさんとの付き合いなんてないけど......う~ん、アデレイデ家とかベニード家が小耳に挟んだ話じゃあ評判がいいかな」
「どんな話を聞いているの?」
「兄貴の喫茶店で働いていた時に客が話していたのを聞いたところでは、あそこは偶に支払いを待ってくれたり、有望そうな取引相手には融通を効かせてくれるってね。
商人を信頼して酷い目にあたっていう話も時々聞くけど、あそこに騙されたっていう話は聞かないし」
おやまあ。
やはりこの世界でも、ビジネスで騙されることは多々ある話なんだね。
まあ、噂話にならない程辛辣なことをしている可能性もあるけど、町の噂話って言うのも馬鹿に出来ない情報量があるだろうし。
参考にさせてもらおう。
次は、ミズバンだ。
「信頼できる商家ってどこだと思う?」
考えてみたら、長期的なスタンスの話なんかより、『信頼できるか』で尋ねた方が答えやすいだろう。
信頼できる商家でも利益第一の強欲なところもあるかもしれないが、『信頼』という形に見えないモノを重視するというのは経営スタンスもそれなりに長期的な物だろうし。
「信頼?
どの商家だって隙を見せれば喰い付いてくるだろ。商人なんざ、信頼するだけ無駄だろうが」
おやま。こちらは大分と悲観的だねぇ。
「信頼できない商人の中で、比較的マシなのはどこ?」
「さあねぇ。アデレイデ家かカルゲロ家といったところか?」
ふむ。
アデレイデ家がまた出てきたね。
◆◆◆
「商家??
フジノ殿は商売も始めるのですか?」
ライバルになるのかと心配したのか、クジンは私の質問に微妙に複雑な顔をした。
「冷蔵庫とは関係ない魔具なんだけど、新しい魔具を開発に取り組んでいましてね。
ちょっと不公平な利点が生じるかもしれないから、良心的な所に売りたいと思いまして」
「成程。
そうですね、ベニード家やカルゲロ家が信頼できると思います」
ふうっと安心したように軽く息を吐き出し、クジンが返事をくれた。
「アデレイデ家は? 他の人に聞いたら評判がいいらしいですけど、評判倒れってやつですか?」
「アデレイデ家は先日トップが変わりましたからね。これからどう変わるかはまだ見守っているところです」
肩を竦めながらクジンが答えた。
そうか。
トップが変われば、経営方針も変わる可能性はそこそこあるよね。
となったら、他の商家を調べる時も跡取りに関してもチェックしておいた方がいいな。
自分で遠視とか盗聴の術を使って直接観察するのもいいが、取り合えずデータを集めてもらいたいな。
情報屋か探偵みたいなところに、まず前調査を頼んでみようかな。
調査をやってもらっている間に、実際に売りに出す前に長距離で使ってどの位精度が保たれるのか、魔石の消耗速度とかの計測もした方がいいよね。
今度の休みの時にでも空飛ぶ絨毯で国を回って、バイトで天候の計測をしてもらう人を何箇所かで見つけてこよう。
......魔術院にあった保護結界の状態を示している魔石って、多分それなりに国の地図と一致しているんだよね?
あれを写させてもらおうかな。
ついでに道案内に誰かに付いてきてもらえると良いんだけど。
年に一度の保護結界チェックっていつやるんだろ?
私は保護結界に関しては素人だから御目付け役を兼ねて、誰か先輩魔術師に付いてきてもらえたら一石二鳥なんだが。
近いうちに総会があってその際に特許権のことを決めるとアフィーヤが言っていた気がしたが、いつなのか確認する際に聞いておこう。
やっと復活。
一度流れが切れると中々復活って難しいですね。
しかも定期的に書いている最中だと、偶にある厳しい感想ってそれ程気にならないんですが、切れていて再開しようとしている最中の厳しい感想って何故かとても重く感じられて不思議です。