056 開業準備?(6)
人間として通用するゴーレムが創れない。
マスクとサングラスでもかけたゴーレムでも創り、どこかの便利屋に金のネックレスの換金でもを頼んでソロバンやその他諸々便利な本の入手などをしようと考えたのだが......。
動かなくて良ければ、マネキンの複製が比較的簡単に出来た。
サングラスとマスクをかけさせ、嘘っぽく見える指には昔の同僚がしていたような長いネールアートで爪を誤魔化し。
肌の色も自分の肌を参考にほぼ同じような感じを再現できた。
が。
ちゃんと動かせないのだ!!!
この世界にもゴーレムと云う物があり、『マネキン』だけでなく『ゴーレム』も創ろうとしたのだがどうしてもこれでもカクカクと直線的に動いてしまう。
生き物としての動きを再現しようと思ったら、無数の関節や筋肉や骨のような構造が必要なのかもしれない。アシモ君だってあまり動きが滑らかではないが、それでもあれって大量に関節があるんだろうし。
マネキンを動かすのも失敗し(動かそうとしたらぼっきり腕が折れたのは不気味だった)......
ゴーレムに直線的すぎない動きをさせようとして肘がカクンと後ろ向きに曲がったのを見て......
決断した。
『とりあえず、これは後回しにしよう』と。
親の夢枕にでも立って、あちらとのコンタクトを直接取る方が良さそうだ。
その方が、親の悲しみも癒されるだろうし。
と云う訳で夢にアクセスする術を探し出し、遠視の術を掛けた鏡で両親の家を覗き込み、ちょうど母が寝ていたので夢で声をかけた。
「やっほ」
「......」
「母さん?」
「......」
「もしも~し!」
「......」
あれぇ?
母の意識が浮上しない。
夢の中で会話をする為には、ある程度は意識が眠りから覚醒しなければならない。
もしかして悲しみのあまりに自殺でも図って死んでしまったのかと、焦って生体エネルギーを視る術を掛けたが、問題は無いよう。
うう~ん???
向こうの時間を確認する為にベッドの周りへ目をやったら、白い小さな紙袋が目に入った。
あ~。
睡眠薬か。
母は多少不眠症の傾向があり、時々どうしても眠れない時に医者から睡眠薬を貰っていたのだが、どうやら私が死んでしまったせいで(多分)不眠症が再発してしまったようだ。
ありゃりゃ。
これって問答無用に睡眠薬を体から抜き取ったら、ちゃんと夢のレベルまで意識が上がってくるんかなぁ?
睡眠薬だけを抜き取るなんて云う器用なことが出来るのかどうか微妙に不明だが。
致死量ならまだしも、単に寝る為の薬だったら解毒の術にひっかからないかもしれないし。
うむむむ。
これはとりあえず今晩は諦めて、父親に声をかけるかなぁ。
でも、父はかなり頭が固いし、何と言っても調べ事が下手そうだからなぁ。
なまじ会社でも一応偉くなったせいで、秘書がメールとか書類の作成とかするからネットで検索するスキルなんて磨いていないっぽい。
ソロバンをどこで買えばいいのかとかも知らなそうだし。
まあ、母が精神異常をきたしたのかと父に思われないように、両方に声をかける必要はあるんだろうが。
考えてみたら、幾ら父よりはネットに馴染みがあるとは言っても、母親がネット検索の凄腕とも思えない。
それでも専業主婦なだけ、図書館とかに調べに行く暇はありそうだと思ったんだよねぇ。
しかたがない。
今晩は諦めよう。
なんだったらもう少し早い時間に覗いて、母に眠くなるよう術を掛けて睡眠薬を飲まずに寝るよう仕向けてもいいし。
◆◆◆
なんか今日は失敗が重なる。
幸先が悪い気もしたが、喫茶店は詳細を早いとこ詰めてしまいたいのでソロバンがすぐに欲しい。
とりあえず、自分でソロバンを創ってみることにした。
確かあれって、上に5を意味する球(というか平べったい円錐形を2つ合わせたような形)があり、下に同じような球が4つあったはず。
要は紙の上で計算していく時に色々メモっていくのを、全部ソロバンの上で球を動かすことで記録しているのと同じだよね?
参考書を読まなくても、多分足し引き程度は出来るはず。
喫茶店の売り上げとなったら、紅茶何杯、ケーキ何個と云った感じで倍数も必要だろうが、そこは根性でひたすら足し算で計算してもらおう。
と云うことで適当に縦棒と枠、球を創って組み立ててみた。
流石、魔法。手作業だったらどれだけ時間がかかったか分からない物があっという間に出来あがった。
次からはこれをもとに直接創れるよね。
人気が出たら、ソロバンを売りさばくのも手かなぁ?
まあ、折角普通の職人でも製造できる商品なんだから手を出して売り上げの機会を奪わない方がいいか。
なんて思っていました。
甘かったねぇ......。
適当に紙に数字を幾つか書き出してみる。
13+15+28+40+5+9
球を動かし、計算していく。
やりにくい。
なにこれ?
殆ど暗算してその結果を球にメモっているような状態なんだけど、そう云う物なの??
脳の運動には良いかもしれないが、計算の手助けになっているのか微妙だ。
慣れたらもっと早くなるんだろうか。
『面白そ~』
パチ、パチと球を指で動かしていたら、ダールが寄って来て前足で球をちゃりちゃりと弾いてしまった。
「ちょっと!」
猫の玩具じゃないのよ~~!!
あなたの前足は非常に愛らしいけど、ここではそれをアピールしてくれなくていいから!
『いいじゃん、別に』
不服そうに文句を言いながら、ダールがぐりぐりとおでこをソロバンに擦りつけ始めた。
ううむ。
最近色々忙しくて構っていなかったから臍を曲げたのだろうか。
「これはソロバンと言って計算の為の重要な道具なの。勝手に球を動かさないで頂戴」
『何でこんなの使っているの? 昔はもっと平べったいボタンが付いたのを使っていたじゃん?』
家で時々計算機を使って家計簿の計算とかをしていたのを、見ていたようだ。
......ダールは前世(?)での生活ってどのくらい憶えているんだろ?
「正確には、私が使うんじゃなくって知り合いの人の手助けになるように、使い方を教えてあげようと思って練習しているところなの。計算機なんてこっちの世界じゃあ手に入らないけど、ソロバンだったら現実的に安く複製出来るし」
『魔術で何とかならないの?』
流石、こちらに来て魔法の便利さをフルに享受しているダールだ。
まず魔法に頼ろうとしている。
でもさあ、計算機を魔法で創ろうと思ったら大変だと思うんだよねぇ。
一々、各桁の計算のロジックを定義付けしてプログラムを魔法陣で組まなきゃならないんだし。
それをやるよりはソロバンを覚える方が楽なんじゃないか?
と思いつつ、取り合えずダメ元で『計算機』を脳裏の魔術検索スクリーンで探してみた。
......あったよ。
今晩の私の努力は何だったの??!!
思わずがっくりと脱力してしまったが、気を取り直してあがってきた魔術を実行。
しゅわ~と魔力が抜け出す感じがして、目の前に子供の玩具のような物が現れた。
3センチ平方ぐらいの大きなタイルが横に10枚並んで、0から9までの数字が書いてある。
2列目に+-X÷と=のサイン。
(つうか、この国のそういう数学サインね。実際の形は地球のとは違う)
3列目はブランクの板。
ここに答えが出るんかね?
とりあえず、『13』と押してみる。
ありゃ、『押す』じゃなくて『触る』だな。
安物の薄っぺらいソーラー電池の計算機みたいに触るだけで殆ど押す感覚の無いキーだ。
しっかり押した感覚のある大きめの会計用計算機とかPCのテンキ―タイプの方が私としては好きなんだけどな。
ま、それはともかく。
3列目のブランクの板の上に13という数字が現れた。
凄いね~。
魔術なんだけど、まるで計算機の液晶スクリーンだよ、これ。
『+28+1004=』と押したところ、3列目の数字が『1045』に変わった。
『12x11=』で『132』と出た。
久しぶりの暗算だったので、検証の為の計算に哀しいぐらい時間がかかってしまった。
うわ~。
情けな!
しっかし。
一体どんな魔術師が計算機なんぞ創ったんだろ?
余程の変わり者だったんだろうなぁ。
この国の魔術師というのは
『対魔物結界を張る』=軍の士官級
『高価な対価を受け取って魔術を施す』=下級貴族
『高価な魔具を創る』=芸術家
といった感じの存在だと思う。
計算機なんて、会計士の道具だ。
農民や職人の見習いよりは立場は上だが、会計士は商家・工房や貴族に使われる立場の人間であり、それ程社会のヒエラルキーでの地位は高くない。
そんな職業の為の道具に物凄いエネルギーを費やしている。
これだけ複雑な魔具を創れる魔術師ならば、普通に金塊を魔術で創って食って行けただろうから、この計算機は完全に趣味の世界だ。
私のチートな能力だったら術を選んで『実行』だけで一気に魔具も創り上げられるが、普通の魔術師だったら気が遠くなるほどの定義付けを一々魔法陣に刻み込まなければならない。
やり方が分かっていて創るだけでも大変だが、最初に開発した時なんて一体どれほど試行錯誤したんだろうか。
脱帽もんだね。
まあ、魔術の才能があるからって数字の好きな理系人間であってはいけない理由はないけどさ。
さて。
とりあえず、使い勝手が悪かったので形を日本で使っていた会計用計算機(テンキー型ね)の形を指定してもう一度創りなおす。
流石、守護霊お墨付きのチート仕様。
あっという間に2個目の計算機型魔具が出来た。
ついでにキーも触るタイプじゃなくて押すタイプにしたいなぁ。
ううむ。
あれって多分薄いキーボードの板みたいのの下に小さなバネが入っているんだと思うんだが。
見本が欲しい。
駄目もとで、計算機(会社で使っていたソーラー電池の会計用の12ケタの奴)を魔術で創ってみた。
魔力が流れ出し、手元になじみの深い計算機が現れた。
うん、これを創るよりも魔術式の計算機を創る方が魔力を沢山使った感じだな。
やっぱりあの魔術式計算機ってそれなりに創るのにエネルギーを消費するっぽい。
試しにキーを叩いてみたが、やはり何も液晶スクリーン(もどき)には出て来なかった。
でも、キーの押す感触は似たり寄ったりな感じだ。
うっし。
魔術式の計算機2号のキーを日本の計算機モドキのキーを参考に変える。
見た目プラスチックなキーが何から出来ているのか知らないが、どうせ完全にチートなブツなんだ。
この際詳細は気にしないのが勝ちだろう。
『出来た?』
ソロバンで遊び飽きたダールが声をかけてきた。
「出来たけど、この魔術式計算機がどの位確実なのか、テストをしないと使うのが怖いなぁ」
『テストすればいいじゃん。手伝ってあげようか?』
「計算出来るの?」
『傍で見守ってあげるよ』
いや、見守ってくれても鉛筆と紙(もしくはソロバン)でやる計算の正確さは変わらないから!
......会社に置いてあった計算機、どうなったかなぁ。
死んだら私物って人事の人が家族に送りつけるんだろうけど、会社で使っていた計算機は私が買った物とは言え、殆ど共有物扱いでいつも最後に使った人の机の上に転がっていた。
ちょっと探してみようかな。
見当たらなかったら、適当にそこら辺に転がっているのをネコババしてもいいし。
もしも退職したら、皆一人当たり500円ぐらいずつ出して退職祝いの品をくれるんだ。
死んだのも退職の一つなんだから、問答無用で退職祝い代わりに計算機を一つ頂戴したって許されるだろう。