054 開業準備?(4)
「アフィーヤ女史は?」
さっさと空飛ぶ絨毯を渡してしまおうと受付で聞いたら、ただいま来客中との答えが返ってきた。
ちっ。
じゃあ、部屋で株式会社に関しての論点でも纏めてようかな。
「あ、振り分け担当タダング長老から、連絡用魔具の準備が出来たので取りに来てほしいとの伝言です」
自分の部屋へ行こうとした私を受付嬢が止めた。
あの携帯電話チックな魔具か。
そうか、私にも仕事の依頼が回ってくるかもしれないんだね。
まあ、どんな仕事を魔術師がやっているのか興味を感じないでもないから、応じてもいいけど。
「おはようございます。連絡用魔具を受け取るようにとの伝言があったんですが」
タダングの部屋へ顔をのぞかせる。
連絡関係の総責任者であるこの人の部屋よりも、あの殺気立った電話交換室モドキな部屋に置いてある可能性は高い気がしないでもないけど、ある意味お偉いさんの方が時間に余裕があるだろう。
「ああ、いらっしゃい」
席から立ち上がり、タダングが後ろの棚から金属片を2つほど取り出してきた。
「こっちが君が持つ分だ。緊急時の連絡も有りうるから、出来るだけ肌身離さず持っていてくれ」
え~?
まるでそれって会社から携帯を支給されて、週末でも夜でも呼び出しに応じろって言われているみたいで嫌なんだけど......。
携帯だったらちょろっと短い私用電話にも使えるかもしれないが、これなんてどうせ魔術院との会話にしか使えないんだろうに。
それともアフィーヤとか、他の知り合いの魔術師との話し合いになら使えるのかな?
「ここの丸、X、△のところに触って魔力を通してくれたら、それがこちらの魔術院の仕事依頼部の魔具に現れるから、仕事を受けるつもりが無い時には連絡しないようになった。この状態表示の更新はまめにやってくれ」
ほう。
私の提案が既に実行されているんだ。
まだそれ程日数は経っていないのに、アクション早いね~。
受け取った魔具の丸に触って魔力を通してみる。
タダングの机の上においてある方の魔具に丸の模様が大きく浮んだ。
Xに変えてみると、あちらの金属片のも変わる。
うっし。
ちゃんと動くね。
「連絡が来る時間帯は、決まっていますか?」
あまり夜遅くまで魔術院が営業しているようだったら、携帯電話のバイブ機能みたいに夜はオフにしておく方がいいかもしれない。
「朝は9時から午後は5時までだ」
9時5時とは、日本と同じじゃん。
へ~。
「そう言えば、これって個人間の連絡にも使えるんですか?」
アフィーヤに用がある時に使えたら便利なんだけど。
まあ、目上の人に携帯で電話するっていうのはちょっと失礼かもしれないから、自分で足を運んで直接話し合う方がいいのかもしれない。だが少なくとも相手の予定がどうかを確認して、アポを取る程度だったらこの電話モドキでもいいだろう。
「相手の魔力の波動を登録しておけばな。確か20人分程度は登録出来るようになったと聞いているぞ」
ほう。
お偉いさんなのにタダング長老は親切に波動の登録の仕方を教えてくれた。
まず、彼の魔具に私の波動を登録して見せ、私の魔具に自分で彼の波動を登録させてみたのだ。
......これって、下手したら『どうしても』的なごり押しの仕事依頼が押し付けられるフラグだったり??
あとでさり気無く登録を消しておこうかなぁ。
ばれるだろうか。
消したらどの位失礼なことになるのか、後でアフィーヤに聞いてみよう。
「どうもありがとうございました」
礼に軽く頭を下げてタダングの部屋を出たら、ちょうどアフィーヤの部屋から来客らしき人物が出てきたところだった。
お。
空いたかな?
「ちょっとお時間いただけます?」
「ああ、いいよ」
アフィーヤの部屋の中に入って扉を閉め、空飛ぶ絨毯を異次元収納から取り出した。
「はい、依頼の品。
ちなみに、風の流れが無いのが王様的には不満だったみたいなんで、上半分の保護結界は解除可能にしました」
アフィーヤがびっくり眼で空飛ぶ絨毯を眺めていた。
あれ?
一晩で創れるって言ってあったよね??
「今それ、どこから出てきた?」
おや。
異次元収納をアフィーヤに見せてなかったっけ?
まあいいや、使わないのは面倒だし、これはウチの一族に伝わる魔具と云うことにしよう。
簡単に創れるとバラすと色々影響が大きそうだし、量産したら悪用される可能性も高すぎるし。
本当はこの世界で開発した人が過去にいたんだけどねぇ。
失われた秘伝になっているなら、私は製作方法は知らぬで通した方が良いだろう。
「私の一族に伝わる、異次元収納の魔具なんです。これのお陰でバッグ要らずです」
腕のブレスレットを指しながらアフィーヤに簡単に説明する。
「創り方を知っているのかい?」
「残念ながら......」
首を横に振って見せたら、小さく溜息をついてアフィーヤは諦めてくれた。
現物があるんだから、複製はそれ程難しくないだろうに貸してくれと言わないのは......やはり製造者が機密をとことん守秘するのが常識な世界だからなのかな?
だとすると、特許権なんて言う考え方もあまり『常識』にそぐわないかもなぁ。
でもまあ、『特許』なんて言うのもおこがましいぐらい簡単な魔具を一般市民に売りたいだけだから、要は魔石を皆が売ってくれればそれでいいんだけどね。
空飛ぶ絨毯で特許制度の良さを他の魔術師の人たちも実感してくれたら、開発した成果をひた隠しにする代わりに、使用料のみで知識を公表しようと考える魔術師が増えるかもしれないが。
そうなったらいつの日かこのブレスレットを研究させろと言ってくる連中が出てくるかもしれない?
でも、日常的に使っているからねぇ。
貸すわけにもいかない。
下手したら武器や爆発物や毒物を隠して持ち込める魔具だからね。
自分の身の安全の為にもあまり一般に流通してもらいたくないかな。
「そう言えば、連絡用の魔具を貰ったんでアフィーヤ女史に連絡出来るよう、登録させてもらえます?」
「ちょうどいい。私のにもあんたを登録しよう。あんたみたいにあちこちふらふら出歩かれると不便でしょうがない」
すいませんね~。
でも、サボっている訳じゃあないんですよ?
「ちなみに、先ほどやり方を見せてくれた時にタダング長老の連絡先も登録したんですが......これって消しちゃったら失礼ですかね? 下手に個人的に連絡がついちゃうと色々仕事を押し付けられそうで遠慮したいところなんですが......」
アフィーヤが肩を竦めた。
「あんたの魔具上の登録はあんたから連絡する時の情報だ。タダングからあんたに連絡するのには関係ないよ」
おっと。
つまり、やり方を見せる時に私の連絡先を登録しちゃったから向こうからの連絡はやり放題なのね。
「どちらにせよ、タダングが仕事を押し付けたかったら、下の連絡係のところにあんたの情報は登録してあるんだ。関係ないだろ?」
確かにねぇ。
「ちなみに、これって個人の波動ではなく、適当な固有の波動を登録した魔石を使って魔術師以外の人との連絡にも使えませんかね?」
カルダールとだけでも、簡単に連絡出来ると便利なんだけどなぁ。
「対盗聴結界を張られていない相手なら何とかなるが......王宮にいる人間相手だったら難しいよ」
そうか!
私としては、これを使ってこちらから声を届かせ、向こう側の端末に私がカルダールの声を聞こえるような盗聴の術に近いモノを設置すればいいんじゃないかと考えていたんだけど、盗聴防止対策をしている部屋だったらカルダールの返事が聞こえない。
普通の個人宅だったら対盗聴結界なんぞ張っていないだろうが、オーダーメイドの通話用魔具を買えるような金持ちだったら盗聴対策をしているところの方が多そうだ。
だから魔法を使った電話が発達していないのかな?
「......私の部屋って対盗聴結界諸々色々と護身用の結界を張っているんですが、この魔具はちゃんと機能しますかね?」
「魔術院の研究者が何カ月も頭を悩ませた成果だよ、それは。勿論ちゃんと機能するさ」
どう言う風に機能するんだろ?
帰ったらちょっと分解......はしないまでも、魔法陣を書き写して少し研究してみようかな。
◆◆◆
「そう言えば、今度喫茶店に少し出資することになりました。
別に魔術院では副業について、登録したり許可を得る必要なんてありませんよね?」
空飛ぶ絨毯の機能の説明もきっちり終わり、特許制度の進捗状況も教えてもらい(来月の頭に魔術師の総集会みたいなモノが丁度あるらしい。なのでその場で了承の評決が取れればすぐさまスタート出来るんだとか)、自室に戻ろうと部屋を出る際に、ふと思い出して尋ねた。
「出資?? あんたがを喫茶店を開くのかい??」
アフィーヤが面くらったような顔をした。
「スイーツを造る店のとなりでそれを食べてもらう喫茶店を開こうって話になって、それに一枚噛むだけですよ。実質的な経営には参加しませんが少しお金を出すことになります」
日本だったら別会社の取締役とかになる場合、ちゃんと会社に届け出を出す必要がある。
取締役になるっていうのは実質副業状態だからね。
下手をしたら利益相反状態になりかねないから、会社の方だって副業は把握しておきたいだろう。
でも魔術院はねぇ。
あまり利益相反とは関係なさそう。
というか、魔術院って『ビジネス』と云うのとは何か違う気がするし。
「今でも十分忙しいだろうに、物好きだねぇ。
別に自分でビジネスを始めようが、金を出して始め出させようが、合法なもので有る限り魔術院は関与しないよ」
非合法だったら関与してくるんかい。
まあ、魔術師が非合法なことをやっていたら、業界そのものに風評被害が出るかもしれないから厳しく取り締まるのかもしれない。
......今度、カルダールに非合法とされるビジネスの一覧表でも貰おうかな。
日本の常識で考えていると、思いがけない墓穴を掘りそうな気がして怖い。