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052 開業準備?(2)

言葉に対する思い込みって面白い。


単に『現在働いていて、独立したいと考えている女性』と聞いていたら、私はキャリア女性みたいなきりっとした女性を思い浮かべる。あえて身長を想像するなら平均かそれよりちょっと高い目ぐらいかな。背が高い目の方が威厳があるからね。


対し、『喫茶店で働く女性』と聞くと母性的なお母さんタイプか、父親が経営する喫茶店で手伝う高校生ぐらいの女の子を連想する。

日本では、店長さんが誰だが分かるような小さな喫茶店に入ったことが殆ど無い。なんか、そう言う小さな喫茶店て常連さんじゃないと居心地が悪そうな気がして、入らなかったんだよね。

なので実際に『人に飲み物を出して憩いの場を提供したい女性』としてお母さんタイプか、じゃなきゃどっかのマンガに出てくるような『お父さんの手伝い』タイプの女子高生が頭に浮かぶ訳だ。


で、今回はミズバンの知り合いの『妹』と聞いていたので漠然と小柄で可愛い女性を想像していた。

要は、『お父さんのお手伝い』タイプの成人したバージョンなんだけど、何とはなしに小柄と勝手に思い込んでいた。


『妹』と云う言葉に対する思いこみで『小さい』を考えていた訳だ。

別に子供ならまだしも、成人しているんだから妹だろうが姉だろうが、身長には関係ないのにね。



「こんばんわ。シャルノと言います」

「フジノです。よろしく」


シャルノは......大きかった。

『平均よりちょっと高い目』を指定した私の身長よりも10センチぐらい高いかな。

お母さんタイプよりはきりっとしたキャリアタイプな感じだ。



「......どうかしましたか?」

思わず、挨拶をしてから数秒間、自分の思いこみと現実との違いに戸惑って沈黙してしまった私にシャルノが聞いてきた。


おっと。

「ああ、失礼。何でもありません」

勝手に変な連想をしていた揚句に黙って相手を見つめているなんて失礼だ。


「ミズバンから聞いたと思いますが、私は冷菓子の普及の為にそれなりに協力するつもりがあります。

ですから必要となれば喫茶店という売り出す為の手段に資金を提供するのも吝かではありませんが、どのような経営プランなのか、教えて下さい」


大きく頷き、シャルノが紙(羊皮紙だけど)を鞄から取り出し、机の上に広げた。

「共同経営とは言え、喫茶店は基本的に私が運営します。

お茶とコーヒーを提供し、軽食も食べられるようにします。

この辺の人通りですと......」

人通りとか一人当たりの売上とか、物凄く現実路線な数字がガンガン出てきた。


うわ~お。

この世界って皆丼勘定な大らかな世界なんだと思っていたけど、この人物凄く堅実じゃん。

これだけ詳細にプランしているなら成功しそうだから安心してお金を貸せるけど、物凄~~く意外。


「......驚くほど詳細に考え抜いているんですね」

データとプランの奔流が終わり、思わずつぶやきが漏れた。

いや~悪いけど、途中から聞き流しちゃったよ。

書類を見せてもらいながら説明をゆっくりと聞くっていうならまだしも、だだだ~~~~!!と怒涛の勢いで口だけで説明されても全然吸収できませんでした。


うむ。

これからアフィーヤとか他の人に何かを提案する時は、もう少し丁寧にプレゼン資料を渡して行うことにしよう。

口でガンガン数字を言われるとこうも吸収しにくいとは知りませんでしたよ。


「もう何年間も、自分の店を開きたいと夢想してきましたからね」

ちょっと恥ずかしそうに苦笑しながらシャルノが答えた。


「夢想?」


「開店するお金を溜めるのに後10年はかかると思っていましたから。プランする時間はたっぷりありました」


そっか。

銀行制度が発達している日本だって、有る程度の頭金が無ければ開業ローンを借りることは出来ないだろう。

銀行制度そのモノが無いこの世界では、最初のスタートアップ資金は大きなネックになるんだろうね。


「分かりました。

そこまで念入りにプランした上で、金貨1枚の初期費用で開業出来ると見ているんですね?」


シャルノが頷いた。

「ええ。私も少しは資金を溜めてきていますし、ミズバンも幾らか貸してくれると言ってくれました。それなりに固定客のいる彼の店と提携することで、ミズバンの店に来る人が立ち寄って行きやすくなり、人の流れが最初から出来ているので喫茶店として有利なスタートを切れると思っています」


ふむ。

どうせなら、ケーキセットとかで値引きするのもいいし、最初はキャンペーンとでも銘打って小さめのシュークリームをタダでお客さんに提供したりするのもいいかもしれない。


が。

まず肝心なことを一つ試さないと。

「じゃあ、私にお茶を淹れて下さい」



◆◆◆



シャルノの淹れてくれたお茶は美味しかった。

うん、これなら安心かな。


さて。

この国って投資とか貸金の契約ってどんな感じになっているんだろ?

投資するお金はアフィーヤから貰う実質あぶく銭だから、無くなっちゃっても痛くは無いんだけど......こう言うことはきっちり決めておきたい性分なんだよね。


「ちなみに、この資金って貸すことになっているんですか、それとも投資?」

あんまりそう言うのもきっちり決まってなさそうだけど。

ベンチャーキャピタルちっくな制度は無いって確かカルダールは言っていた気がする。

毎日があまりにも盛り沢山で、記憶がかなり薄れてきてしまった感じであまり自信がないけど。


「投資......? 店を開くだけなんですが」

『何言っているの、あんた?』という顔をされた。


うん?

『投資』という言葉の意味するものが違っているのかな?


「え~と。ちなみに『投資』ってどんなモノを意味すると思っています?」


「開拓者を募って村を新しく開くとか、港を整えるとか、橋をかけるといったことですよね?」


おいおい。

そりゃあ、公共投資じゃん。

『投資』とは言っても公共の話だよ。

でもまあ、貴族制度だと領主がそう言う投資をするんかな。そう言う投資をした利益が全て領主の元へ入るのだったら領主が個人レベルで行うことになるのかもしれない。


「私の故郷では、ビジネスを始める際に起業者が、お金を運用したい人から投資を募って資金を集める制度が一般的だったんです。

ビジネスを実際に運営するのは起業者ですが、開業する際に提供された資金や財の割合に基づいて投資した人はそのビジネスの利益を分配してもらう制度です。

勿論、毎日働いている起業者の給与は利益を計算する前の段階で費用として引きますが、こうすることでビジネスは経営が苦しい時は無理に貰った資金に対して支払いをしなくて済み、投資家はビジネスが成功した際に普通の利子よりも大きな分配金が貰えるという利点があるんです。

まあ、ビジネスが失敗してしまったら元も子も無いですが」


「利益の分配って幾ら払ったら終わるんだ?」

閉店して店の片づけが終わったらしきミズバンが現れて、ティーポットから自分用にお茶を注ぎながら聞いてきた。


「投資した分を、起業者が買い取らない限りいつまでも。

要は、投資家はそのビジネスの一部分を買い取ったと言うような扱いなのよ」


「俺がやっている商売は俺のもんだ。誰かが金を出したからって俺の物であることに変わりは無いぞ」

ミズバンが不満げに答える。

シャルノもちょっと微妙な表情をしているな。

やはり『自分の店』と云う物に執着しているから、その一部が他の人に物になるなんて、嫌なんだろう。


「だったら別に投資ではなく、貸金でも良いわよ。だけど、借金っていうのは何かを担保にして、決まった期間で決まった金額を利子として払わなきゃいけないし、最終的には期限までに返さなければならないでしょ?

投資は返す責任は無いのよ。ビジネスを一緒に始めたような物なんだから、『返してもらう』という考えは無いの。

だからビジネスが潰れちゃったらそれで終わり。借金だったらビジネスに失敗したとしても借金は残るでしょ?

『投資』というのは、ビジネスが成功した際に投資家に払う金額が増える代わりに、失敗した時のリスクが小さいと考えてもいいわね」


ついでだからミズバンに説明する。

まあ、この丼勘定男に説明しても株式会社のコンセプトを分かってもらえるかはかなり怪しいが。


でも、銀行という金を貸す主体が無いのだったら株式会社とか有限会社という制度は是非導入して、ビジネスへのお金の流れを作った方がいい気がする。


「ある程度資金が溜まったら、投資者の持ち分を起業者が買い取ると言うのもありよ。ただし、その場合はビジネスが成功していたら、投資家の持ち分の価値は最初の投資額より上がっている可能性は高いけど」

持ち分とか、利益分配の権利とか、考えてみたらそう言った制度をちゃんと法律上制定しない限り相手が踏み倒す気になったら持ち分の主張は難しいか。


今回は個人的に投資をしてもいいけど、これからも色々ビジネスに投資するんだったらカルダールに話して、こんな制度を制定しないかって唆した方がいいな。


「まあ、馴染みが無いみたいだから、普通の貸金にしましょうか?

5年で年利3%ぐらいでどうでしょう? 最初はキャッシュフローが厳しいだろうから利益が出るまでは利子の支払いを待ってもいいわ」

面倒になってきたので適当な数字を提案することにした。

この世界の妥当な金利って何か分からないけど、まあ3%なら何とかなるでしょう、きっと。


シャルノはしばし考えていたが、やがて大きく息を吸って、吐き出した。

「いえ、投資にしてください。ここでフジノさんがお金を出してくれなければ、店を開けるのなんてずっと先の話なんです。こう考えると、フジノさんが店に対して持ち分があるのが正しい気がします」


え~っとぉ。

考えてみたら、そうなるとシャルノのノウハウとかを幾らで現物出資したと計算するのか、評価しないとじゃん。


しまった。

普通に貸金にする方が話が簡単だったな。

あんまり利払いにきりきりしなくていいように提案したつもりだったんだけど、手間が増えちまったい。


ドリンクにココアを出そうとか、ミズバンの店のオーブンを使ってホットサンドを出してはどうかとか色々提案するつもりだったのに・・・。

何故か出資の話で終わってしまった。(汗)

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