050 周囲の人々(4)
>>> side クジン
「お久しぶり~。差し入れです」
何日かぶりに、フジノ殿が浅く平らな箱を手に工房に現れた。
「フジノ殿!お久しぶりです」
職人と話していた私は話を打ち切り、魔術師殿の方へ歩み寄った。
何と言っても大切な共同開発者だ。
......前回の『シュークリーム』とやら云う差し入れは物凄く美味しかったし。
作業台の上に箱を置き、フジノ殿が中身を取り出した。
小さな容器に何やら茶色くねっとりと光沢のある物体が入っている。
「ちょっとしたスイーツです。食べてみてください」
職人が作れる魔具などと云う素晴らしい企画を推進してくれている魔術師の勧めてきた物だ。
例え見た目が変で微妙な気がしても、断れない。
「ありがとうございます」
ううむ。
スプーンを渡された。
これですくって食べるのか。
......なんだろう、この茶色い物体は?
周りを見て回るが、誰もが救いを求めて目をきょろきょろさせている。
だが、善意一杯に笑顔で『差し入れ』を配って回るフジノ殿に対抗できるツワモノはいないようだ。
しょうがない。
きっと毒では無いだろう!
思わず目をつぶりながら、スプーンにすくった一口を口の中へ放り込む。
甘い。
でも、甘すぎない。
僅かばかりとろっとした舌触りとスムーズな食感。
「!!......美味い!!」
思わず目を見開いて、手に持っていた容器を見つめてしまった。
どうやら不気味な茶色い物体は上にかかっていたソースのような物で、下は淡い黄色だった。
「プリンと云う物です。上の茶色いのは砂糖をちょろっと溶かして焦がしたものなんですけど、これが濃厚な甘さと苦さを足して、より美味しくなると思いません?」
フジノ殿が何か言っているが、甘味を楽しむのに夢中で、誰も返事をしない。
しばし静寂が工房に流れた。
「素晴らしい味でした。これもミズバンの試作品ですか?」
最後の小さな欠片まで食べつくして、やっと容器から目を上げてフジノ殿に答えた。
いけない。
フジノ殿の言葉を無視してしまっていた。
あまり失礼なことをしては、二度と差し入れを持ってきてくれないかもしれないじゃないか。
「ええ。シュークリームとショートケーキが出来あがったので、今度はカカオを使った物を試しているんですが、な~んか粉っぽくてイマイチ思うようにならなくって。
ちょっとこれは気分転換に作ったみたいですね。
キャラメルソースが『不気味すぎる』って主張するんでこちらに持ってきたんですけど、皆さん別にそんなに第一印象悪くなかったですよね?」
正直言って、普通に店で売っていたらあの素晴らしさを知らない人間は手を出さないと思うけど。
「......口にしてからの第一印象は、素晴らしかったです」
どうやら私が言えなかった台詞(『絶対に食べたくないと思うほど不気味だった!』)も感じられたのか、フジノ殿が微妙な顔をした。
「今回の開発は共同開発なんですから、私の言うことに従わなきゃいけないとか、反論してはいけないとか思っていないですよね??
対等な立場に立って頑張っている......というか、開発をお願いしているぐらいなんですから、嫌なことは嫌と言って下さいよ?」
相変わらず、驚くほど気さくな人だ。
あまり現実的ではないが。
「あ~。まぁ、気にしないでください。今回の差し入れも痺れるほど美味しかったですし。
ところで、今日は何かありましたか?」
小さくため息をつきながら、フジノ殿が肩をすくめた。
「いや、特に何という訳ではありません。
もうそろそろ試作品用の魔法陣が足りなくなってきたかな?と思って開発の進展状況の確認も兼ねて来て見たんです」
素晴らしい。
『色々試してください』と10個ほど魔法陣を置いていってくれたのだが、もうそろそろ底を尽きるところだった。
失敗作からは外して次の試作品に付けてきたのだが......『失敗では無い』物は幾つか出来たものの、『比較できないほどの成功作』が仕上がった訳でもないのでまだ試行錯誤中なのだ。
「ああ!是非見て下さい。色々試してみたんですよ」
工房でも冷たいドリンクを楽しむのに使ったし、実家のキッチンやリバーナやもう一人知り合いのシェフのレストランにも置かせてもらい、使い勝手や部屋の状況における冷却の効率性とかを比べてきた。
......あちらこちらで色々美味しい食事にありついたお陰で、ウエスト周りがきつくなったのは秘密だ。
「これが最新の試作品で、今晩リバーナの店へ持って行って試す予定なんですよ。
木の外箱と中箱の間におが屑を詰めて保温性を高めました。
高級バージョンは内箱を全てホーローで作りますが、標準バージョンでも下は木板にして側板と上はブリキにします。この構造で上面に魔法陣を付けたら、箱の中全体に冷気が伝わりやすくなりました」
パシッ。
フジノ殿がおでこを自分で叩いた。
ん??
「馬鹿じゃん!!」
「フジノ殿??」
「何だって下に魔法陣付けたんだろ、私??!!
冷気は下がるんですから、箱の下部に魔法陣を付けるのって非効率的なのは少し考えれば直ぐに分かることですよね!
あ~バカ!
上に魔法陣を付ければ、一番下の板が断熱性の高い木版でも問題ないし」
最初にフジノ殿が持ってきた試作品とかなり違う感じになったので、説得に苦労するかと思ったのだが......。
説明する必要も無くあっさりと納得されると、試行錯誤してやっとその答えに辿り着いた身としては何とはなしに切ない。
まあ、いいんだが。
「普通の冷蔵庫のデザインは大分落ち着いてきたので、今度は先日フジノ殿が言っていた、ディスプレーも兼ねた冷蔵庫を試そうとしているところなんですよ。
まだ普通の冷蔵庫に関しても細かい試行錯誤を続けさせているところなので、魔法陣が足りなくなりそうだったから助かります」
「どういたしまして。私としても、出来るだけ早く質のいい冷蔵庫が製造されるようになって普及することで、美味しい物が手に入りやすくなって欲しいですからね。利害の一致です」
にこやかにフジノ殿が答えた。
確かに、フジノ殿がミズバンと開発しているらしきスイーツを食べることに慣れているのだったら、この国では色々物足りない思いをしているのだろう。
だがフジノ殿が遠い異国からいらしたのは、この国の住民にとっては思いがけない行幸と云う奴だ。
「先日言っていらしたディスプレー用冷蔵庫というのは、正面をガラスにして、中に入っている物を見えるようにするとのことでしたよね?」
頷きながら、フジノ殿がどこからか紙を取り出した。
この人はいつも質の良い紙を持っている。
一体どこに隠しているんだろう??
「ええ~とですね、こう言う横から見るとちょっと下の底辺が大きめな縦長な四角形だとお客さんから見やすいと思います。
美味しそうなケーキやシュークリームなどを見せることで食欲と購入欲をそそるのが目的なので、冷やしたまま置いておく物が見えやすいことが重要です。
だからある意味、ミニチュア階段みたいな感じな形の前方をガラスで覆い、後ろはガラスかブリキなり木の板で覆う感じですかね。
普通に階段の段だけの形だと後ろに倒れてしまうし、ある程度は各段が重なっていても前に立っているお客さんの視点からの角度があるから見えるはずなので、縦長な下の大きめの四角形がいいかと思います」
紙の上に形を書き込みながらフジノ殿が説明する。
焼き菓子もパンも、普通の店では棚の上にトレーを置いて並べている。
確かに普通の棚の上だと一番上以外の段においてある物が目に入りにくくなるので、適度に商品の場所を入れ変えて満遍なく作った物は全て売れるようにするのが売り子の腕の見せ所だと聞く。
この形の棚は、冷蔵ディスプレーでなくても、色々な店でも使えそうだな。
「フジノ殿!」
思わず魔術師の手をガシっと握ってしまいそうになり、慌てて手でなく目の前の紙を手に取ることにした。
流石に若い女性魔術師の手を勝手に握ったりしたら、後が怖い。
「この棚のアイディア、他の商品にも使わせていただいてもいいでしょうか!?」
「......お好きなようにど~ぞ。
ただ、とりあえずは冷蔵ディスプレーの方に重点を置いて下さいね」
「勿論です!」
普通の職人に作れる魔具なんて、一通りパティシエ達に売れるまではうちの工房でも優先順位一番に製造することになる。
だが、多分ガラスのカバーや魔法陣を作るのにそれなりに時間がかかるから、木材部分を請け負うウチの職人に、棚を余分に作る余力が残る可能性は高い。
私の熱意にちょっと不思議そうな顔をしていたが、フジノ殿は小さく肩をすくめて皆が食べ終わった容器を集め始めた。
「そう言えば、魔法陣の冷却力は十分でしたか?
普通の家庭用冷蔵庫と、レストランで使う業務用ではサイズが違うと思いますが。
一応周囲が5度程度になるように術は機能するはずなんですが、消費魔力が違うだけで、ちゃんと容器の大きさが違っても同じような温度になっています?」
ふと、フジノ殿が尋ねてきた。
「閉めっぱなしにしていればサイズに関係なく同じ温度まで冷えますね。出し入れがあるとやはり大きい冷蔵庫だと上手く冷却出来ていなかったんですが、ルワイドが試しに大きめの魔法陣にしてみたら、冷える速度が速くなるみたいで大きなレストラン用でもちゃんと冷却出来るようになりました」
フジノ殿の手が止まる。
「ほおう?魔法陣のサイズで魔術の威力が違ったんですか?」
「魔法陣の周りの部分の温度そのものは違いは無かったので、より大きく金属板と空気に触れる範囲があることが違いの原因ではないかと思います」
「あ~成程」
何とはなしに、フジノ殿が失望したように見える。
??
魔法陣と魔術の効果なんて、彼女の方が専門家だろうに。
それとも、魔石を使った魔法陣と云うのはまだそこまで研究がされていなかったのかな?
一応、他にも分かったことを後でまとめてフジノ殿に報告した方がいいかもしれない。
工房にあった幾つかの試作品を見て回ったのち、フジノ殿が帰って行った。
馬車に乗るのを見送ろうと表に行った私が見たのは......おもむろにどこからか出して広げた絨毯に乗り、宙を飛んで帰るフジノ殿だった。
いいなぁ~。
うまく説明出来ていませんが・・・こんな形を書いていたと思って下さい。
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そんでもって\は円サインではなく、バックスラッシュ(斜めの線)のつもりなんですが、何故か¥に見えちゃいますね・・・。
次回は多分、主人公の視点に戻る予定。