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048 周囲の人々(2)

>>> side カルダール

「カルダール様、フジノ殿が来ているのですがお通しして良いですか?」

衛兵が顔を覗かせた。


おや?

今日は彼女が来るはずの日では無かったんですけどねぇ。


「勿論です。お通ししてください」

衛兵が横にどき......何やらクッションのような物を後ろに浮かべるフジノ殿が現れた。


「おはようございます。

......何ですか、それ?」


「乗馬は苦手なので、代わりに創った移動手段です」

にっこり笑いながらフジノ殿が答えた。


「......移動手段、ですか?」


クッションのような物は、良く見たら畳んだ絨毯の上に平べったいクッションを乗せた物だった。

フジノ殿が絨毯を広げてその上にクッションを乗せると、シングルベッドの半分ぐらいのサイズの絨毯がフジノ殿の膝あたりの高さに下がり、固定された。


「こんな感じに、上に乗って空を飛ぶんです」

嬉しそうに笑いながらフジノ殿が絨毯に座り込んだ。


すう~と絨毯が上昇し、机の上の空間を絨毯で自由に動き回るフジノ殿。

羨ましいかも。

空を飛ぶと言うのは常に心の躍る話だが、色々制約が難しくて中々体験できないモノなのだが......これなら私にも楽しめそうだ。


「乗せて下さい。 是 非。

ちょろっと王宮の周りだけでもいいんで」

むんずと近づいてきた絨毯を掴んで頼み込む。


「ええ~っとぉ......。

まあ、ちょっとお訊ねしたいことがあるんで、そこら辺を飛びながらお話しますか。

ちなみに、これって意外と固いです。クッションがある方がいいんで、お尻の下でぺちゃんこにしちゃってもいいのを一つ、持ってきてください」


傍にあったクッションを掴み、絨毯の上に乗る。

絨毯はまるで床の上に置いてあるかのようにしっかり固かったが、私が体重を掛けたらずいっと下に動いた。

「うわっ」


「あ、失礼。重さが増える分ちょっと魔力を増やさないといけなかったですね」

すまなそうに謝りながらフジノ殿が私の腕を取って座るのを手伝ってくれた。


私が落ち着いて座るのを待ち、窓のところへ絨毯が進み、私が窓を開けた。

「ひゃっほ~い!!」

絨毯が窓から飛び出した瞬間、思わず大人気も無く声が出てしまった。


私の部屋は3階にある。

そのままの高度を保ったまま、王宮沿いに進んだ。


「あ」

今、陛下と目があった気がする......。

考えてみたら、陛下の執務室の直ぐ外を飛ぶのは不味いかもしれない。


「ちょっと建物から離れませんか?」


「了解~」


空飛ぶ絨毯にて王宮の周りを飛び回る。練兵所の上を飛んだ時には兵士たちがこちらに向かって指を指していた。

ぐい~と旋回したついでに体勢が少し斜めになったので目があった中隊長さんに向かって手を振って見せた。下手に不審者だと思われて弓でも射られては困りますからね。

外壁の傍に近づくと向こうの貴族街の屋敷が覗きこめる。

う~ん、危ない午後の火遊びとかも目撃しちゃいそう。

ふふ。

やはり、空を飛ぶのは楽しい。

これからも乗せてもらおう!


風の感覚が無いのが微妙に不満だったが。

「もっと、風を切る感覚があると思ってました」


私の不満を読みとったのか、フジノ殿が苦笑を洩らした。

「まあ、風と一つになって空を飛ぶっていうのも楽しいんですけどね~。

上空に上がるとかなり風が強いんですよ。夜とかにやると寒いし、変な虫とか飛び込んでくるし。

最初は絨毯を飛ばしてその上に乗っている形にしたんですが、何度か転げ落ちそうになったし。

結局、安全性も考えて箱の形をした対物理保護結界の中に座る格好にして、結界ごと動かしているんです。

お陰で雨が降っても大丈夫だし、外の気温に影響されずに快適に移動できます。その代わり、風を感じると言うのは難しいですね」


「保護結界って動かせるものなんですか......」

まあ、陛下が使う時には馬車にも結界を張っていると聞いた気がするが。


「この絨毯に張っているから動かせるんですよ。何もない宙に結界を設置して動かすとなるとかなり大変ですが、絨毯に設置して、絨毯を浮かせて動かしているのでそれ程難しくはないんです」


素晴らしい。

それ程難しくないというのなら、私にも買えるだろうか?

「私にも作ってくれませんか?」


フジノ殿がちょっと困った顔をして肩をすくめた。

「移動の操作が魔術なんで......。工夫をすれば何だって不可能は無いと思いますから、魔術院に依頼してみてはどうですか? 私よりも魔具マジックアイテム創りに慣れている人ならそう言ったコントロールも物理的に行うような物を創れる可能性は高いと思います」


空を飛ぶことに憧れをもつ人間は多い。

なのに今までそう言った魔具マジックアイテムが作られなかったのは、魔術師に依頼すると言うことを思いつく人間がいなかったからなのか、それともそんな魔具マジックアイテムを作ろうと思う魔術師がいなかったからなのか。


まあ、目の前に実際に動く現物があれば、開発はそこまで難しくないか?

今度、魔術院に行く機会があったら聞いてみようかな。


「ま、それはともかく。

今回来たのは、王国の人々の経済余力ってどんなレベルなのかちょっとお聞きしたいと思いまして」

どこからか紙を取り出して、フジノ殿がこちらに向いた。


「経済余力?」


小さく息を吐き出して、フジノ殿が紙を絨毯の上に置いた。

「冷蔵庫と云う、食材を冷やす魔具マジックアイテムの話を先日しましたよね?

魔石は銅貨50枚、魔法陣の特許料は銀貨2~3枚と云うことにしようと魔術院では考えているところなのですが、特許料が銀貨2枚であるのと3枚であるのでどの位買える人数が変わるのか、知りたいと思いまして」


「ほう、もうそこまで具体的な話になっているのですか」

早い。

しかも、銀貨2~3枚とは、思っていたよりも安い。

料理用オーブンの魔具マジックアイテムが銀貨50枚、冷却の術が1週間程度で銀貨5枚だと言うことを考えると......今回の特許制度への魔術院の意気込みが感じられる。


「ええまあ。今までの、少数を高くではなく、多数を安くの路線で行く予定なんですよ。

で、肝心の売り上げの予測なんですが、シェフとかパティシエ達は値段に関係なく、借金をしてでも買いそうな勢いなんですが、一般の家庭の需要となるとこれは『あったらちょっと便利な贅沢品』でしかないので、その家庭の経済余力次第でしょう。

そこでちょっと全般的にカリーム王国の貴族以外の一般階級の経済余力がどのような感じなのか、聞いておこうと思いまして」

絨毯をバラ園の方へ動かしながらフジノ殿が説明する。


ふむ。

売り上げの予測ね。

そんなものは考えたことも無かった。

「ギルドや商会でそれなりの地位にある者なら銀貨数枚程度の余力はあると思いますが......一般的な農民や職人は非常時の為に銀貨数枚をどこかに隠し持っているにしても、それを贅沢品に使う余裕がある家は少ないかもしれませんね」


フジノ殿がため息をついた。

「銀貨数枚程度が非常時資金ですか......。

この国って共済制度ってありましたっけ?」


「共に助けあう制度ですか?

ギルドに入っていればある程度の援助はありますね。

怪我などで動けない時は最低限の食事は神殿でも出してもらえますし。

働く気があれば、何とか生きてはいけると思いますよ」

『生きていく』ことと『余裕がある暮らし』にはかなりの隔たりがあるが。


私の言葉を聞いて、少しフジノ殿の顔が明るくなった。

「最低限の暮らしやしやすい国なんですね。医療がそれなりに低価でも一般市民の手が届くところにあると言うのは大きいですよね。

ところで、今云っていた『それなりの地位にある者』って人口比率でどの位でしょう?」

うう~ん。

増税が話し合われている時などは、それなりに国民の余力を探る為に金を掛けるのだが、エッサム殿が宰相になられて以来、財政が安定しているのでそう言った話も無いからなぁ。


「正確な数字は分かりませんが......平民の2割ぐらいでしょうかね?」


「王都の平民の人口は?」


「う~ん......。

王都全体で20万人程度、貴族が多いので2割程度として平民は16万人ぐらいですかね?」


「成程。一世帯平均4人として16万人の2割の4分の1ということは......8千個ですか。

貴族の方たちも冷たい飲み物とかを楽しむ為に買う可能性は高いですよね。

台所に既に冷却の術を掛けているにしても、書斎やリビングにあったら便利ですし。

貴族の平均世帯数も4人としたら4万人の4分の1としたら1万個。

合計最高でもしかしたら1万8千個というところですか。

う~ん、銀貨2枚だとすると首都にいる魔術師が500人として一人当たりに銀貨72枚。

となると冷却の術14回分。

......ちなみに、冷却の術って魔術師の人たちって平均して何回ぐらい毎年依頼を受けているんでしょう?」


何やら一人で呟きながら紙に書き込んでいたフジノ殿がこちらに振り返る。


ううむ。

ここまでコスト計算をする魔術師って初めて見るかもしれない。

まるで軍の補給部のベテラン会計係を見ているかのようだった。


「冷却の術に関しては、魔術院で確認した方がいいですね。私は自分が何回頼んでいるかしか分かっていないので」


ちらっとフジノ殿がこちらに目をやる。

「え~と......。

別に、政府と魔術院とが敵対関係にあるべきとは云いませんが、国を纏める側の宰相府として、魔術院だけでなく全ての経済主体が大体どんな所からどんな収益を得ているのか、把握しておくべきではありませんかね?」


厳しいお言葉だ。

理想の話だが、ちょっと現状では非現実的かな。

「それだけの情報を常にリアルタイムで貰っておくだけの暇も、資金も人力もありませんから。

我々の仕事は誰に聞けばそう言った情報が手に入るか把握しておくことと、大雑把な全体像を身に付けておくことですよ」


フジノ殿が小さく笑った。

「失礼いたしました。

そうですよね、そのような情報を手作業で集計することになったら、提出も収集も整理も、とんでもないことになってしまいますよね」


ふむ。

フジノ殿の世界ではそう云う情報をもっと効率的に集める方法があったのだろうか。


「そうだ、王宮の正面で降りませんか?

近衛隊長に話して、フジノ殿がこの絨毯で王宮の敷地内を飛び回っても問題が起きないよう、話を通しておきましょう」


フジノ殿が大きく頷いた。

「ああ、それは是非お願いします。

勝手に飛んでは不味いかと思って正門から王宮までの距離を歩いてみたら、遠くって遠くって......」

フジノ殿の目が遠くなった。余程疲れたのかな?



王宮の前に降りたら、好奇心丸出しで集まって見物していた近衛兵の中に隊長もいた。

そちこへ近づこうとしたら、不思議と我々の前の人波が開き......陛下が現れた。


「俺も乗せろ」

あ~。

やはりさっき目が合ってたか......。

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