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047 周囲の人々

ちょっと他の人からの視点で書いてみました。

>>side ミズバン

「ねぇねぇ、銅貨50枚で買える魔石を半年ごとに買い変える必要があるとして、この冷蔵庫、幾らだったら買う?」

『シュークリーム』とやら呼ばれる異世界の菓子に手を伸ばしながら、フジノが聞いてきた。


おい。

それを作るのは苦労したんだぞ。

片っぱしから食べるな。


「それは魔具マジックアイテムのオーブンを使わないと作れないんだ。あんまりバクバク食べるな」


「ほえ?」

口の端にクリームを付けた魔術師が微妙な間抜け面でこちらを見返す。


「窯で作ろうとしたんだが、どうしてもその皮が思うように膨らまなかったんだ。

しょうがないから魔具オーブンを使ったんだ。あれは高いんだ、金を払わないあんたにあんまり沢山作る余裕はないぞ」

あの魔具オーブンは店を開いた時に出資してくれたパトロンが贈ってくれたものだが、あれが力尽きた時に次を買う金はまだ無い。

......と云うか、デザートを焼く為の、詳細な温度調整が可能な高性能の魔具オーブンを買うだけの金を稼げる店は少ない。


だからこそ一流のパティシエは大抵パトロンが付いているのだ。

だが、俺のパトロンは3年前に亡くなった。だから今の魔具オーブンが停止してしまったら......非常に困ったことになる。

その為にも、この冷蔵庫を使って究極のデザートを作って成功せねば!


「あれ、冷蔵庫は直接術を掛けるのに、オーブンは魔具マジックアイテムなんだ?」

シュークリームを食べ終わったフジノが尋ねてきた。


「王宮や貴族の家では、火事の危険を避けるために昔から料理する為の魔具マジックアイテムを使う習慣があるんだ。だから貴族の抱えのパティシエは素晴らしい逸品が創れるんだよ。

この店のオーブンは以前懇意にしてくれたパトロンが贈ってくれた物だから、大切に使っているんだ」


「ふ~ん。そう云う魔術師が創る魔具マジックアイテムってどのくらいもつの?」


「最初にどの位魔力を込めるかとかどの位その後使うかにもよるが、酷使すれば2年、気を付けて使えば10年と云ったところかな。魔力が切れたら魔術師にまた魔力を込めてもらうか、新しい魔具を創ってもらうことになるが......まだそれを買うだけの金は稼げていないんだ」


お茶を淹れながらフジノが肩をすくめた。

「私を何だと思っているの。魔力が切れたら幾らでも込め直すから、どんどんシュークリームを作ってよ。オーブンの魔具その物を作るのは無理かもしれないけど、魔力を込めるだけなら難しくないと思うよ?」


そうか。

こいつはどうも、甘い物に目が無い『変人』と云うイメージが強すぎて、あまりちゃんとした魔術師という気がしていなかった。だが、考えてみたらクジンのところに副宰相と来たとの話だから実は大物の可能性が高いはずだ。

「いいのか?」


「シュークリームとかケーキとか作ってくれたらね~。

それはともかく。幾らだったら買うと思う?」

どこからか紙と棒きれを取り出しながらフジノが再び聞いてきた。


「幾らしようと、買う。必要と有れば借金をする覚悟もあるぞ」

この『冷蔵庫』は焼き菓子しか出来なかった一般のパティシエに無限の可能性を与える。

何があろうと手に入れようとするのは俺だけではないだろう。


「あ?

精神論の話をしているんじゃないのよ。幾らだったら買えるの? 

借金して買って破産しちゃうんじゃ意味ないでしょうが。現実的に、幾らだったら買っても大丈夫なのよ?」

もう一つシュークリームに手を伸ばしながらフジノがこちらを睨む。

......一体こいつは、いくつ食べる気なのだろうか。


「幾らなら買っても大丈夫かなんて、やってみなけらば分からないだろうが」


シュークリームを手に握ったまま、フジノが頭を抱えてしまった。

流石に食べすぎて気持ち悪くなってきたのか?

腹ではなく頭を抱えているが。


「何その丼勘定。信じられない。

とりあえず、冷蔵庫を使うとしたら何を何個ぐらい幾らで売れると思っているのよ」


「そうだな......焼き菓子が一個銅貨3枚程度だから、冷蔵庫を使う菓子だったら珍しいし、クリームは素材が高いから銅貨6枚程度かな。数は分からんが、今売っている焼き菓子と同じぐらい売れるとしたら一日50個程度だが......それ程の数は売るのは無理だろうな。好き嫌いがあるだろうし、顧客層にそこまで余裕があるとは限らない。だとしたら30個程度か?」


あっという間に手に持っていたシュークリームを食べ終わり、どこからか出してきた薄い布のような物で指をぬぐったフジノが紙に何やら書きはじめる。


「え~と、銅貨6枚が30個ね。原価は?」


「本当にオーブンのメインテナンスを考えなくて良いと言うのなら、他と同じ3分の1の銅貨2枚と云ったところだな」


「今売っている焼き菓子は50個から30個ぐらいに減り、代わりに冷菓子が30個売れるとして、どちらも原価は3分の1。月25日働くとして、30個x25日x(銅貨3枚x3分の2+銅貨6枚x3分の2)としたら銀貨45枚か。

あんたの生活費とここの固定費って幾らぐらい?」


何やら数字を羅列しながら聞いて来るフジノが異質の存在に見える。

甘い物好きのちょっと変わった魔術師だと思っていたら、隠れた特技が更にあったようだ。


「この上に住んでいるんで家賃は両方合わせて月銀貨20枚だ」


「家賃だけと云う訳にいかないでしょうに。まあいいや、その他の生活費を月銀貨20枚としたら月銀貨5枚余る訳ね。年間で銀貨60枚。魔石の値段が年間銀貨1枚としたら.......そこそこの値段は出せそうか。銀貨2枚でも3枚でもあまり経済的には違いは無いみたいね」


今までの売り上げは原料費を引いて大体銀貨25枚だった。

そこから家賃の銀貨20枚を払い、何とか残りの金で生活してきたのだが......突然、それが20枚にも増えると言われて頭がくらくらしてきた。


それ程たやすく売り上げが上がるとは思えないが、今までの市場での売り残りの食材をかき集めて生活する暮らしからは卒業出来るかもしれない。


「ちなみに、この冷蔵庫が売りだされたら、買いたがるシェフやパティシエって何人ぐらいいるの?」


「.....さぁ?」


「だぁぁっぁぁ!」

フジノが頭をかきむしった。

禿げるぞ。

今まで甘いスイーツの話ばかりしてきて、いつも幸せそうな奴だと思っていたのだが、どうやら数字の話をすると性格が変わるらしい。


「一介のパティシエに数字のことなんぞ聞くな。飲食ギルドで聞いてきたらどうだ?」

がばっとフジノの顔が上がった。


「そんなもの、あるの??」


時々、こいつは不思議な言動をする。

ギルドが無い訳が無いのに。


「当然だろうが」


「よし、そこに行こう。ミズバン、案内して!」

がばっとカウンターの上に置いてあったシュークリームをトレーごと手に取り、先日使っていた『冷却箱』とか云う物に中身を押し込み、フジノが立ち上がった。


全部持って行くのか......。



◆◆◆



>>> side ハシャーナ

「ねえ、食材って毎日買いに行っているの?」

難しい顔をして帰ってきたと思ったら、トウコが声を掛けてきた。

ウチに下宿しているこの魔術師、他の人には『フジノ』の名で呼ばれているが、実はフジノは家名で、トウコが個人名らしい。

ただ、カリーム王国では貴族か、王家に特別許された人間以外は家名は許されない。

そこで彼女の元いた世界での慣例に習って『フジノ』で通しているんだそうだ。


『国によって違うんだけど、私の国では普通の知り合いは家名で呼んで、特に親しい人だけ名前で呼び合ってたのよ。だからそこら辺のオッチャンにまで『トウコ』なんて呼ばれるのが我慢できなくって。

でも、ハシャーナちゃんには名前で呼んでもらいたいなぁ。一人ぐらい、名前を使ってくれる友達が欲しいもの』と言われた。


ウチに入居する前に副宰相さんが来て説明してくれたが、どうやらトウコは勇者召喚で異世界から呼ばれた大魔術師らしい。

本人いわく、『間違って呼ばれたのよ~。困ったもんよね』と言っていたけど。

副宰相さんも『フジノ殿は不幸にも間違って呼ばれてしまった』と言っていた。

だけど。

異世界に急に呼ばれるなんて想像も出来ない。しかもそれが間違いだったなんて!

私にそんな事が起きたら、絶対に怒って暴れてる。

毎日楽しそうに暮らしているトウコは凄い。



異世界から来たせいか、トウコの魔術の使い方に関する考え方が少し違う気がする。

この間も、窓の外に魔術で棚を設置していくつも植木鉢を置いていたし。


ちょっと変わっているけど、色々と今まで考えたことも無いアイディアを提案してくれて、中々楽しい。


「食材? 小麦粉や野菜とか果物はある程度まとめ買いすることが多いけど、やはりお肉や牛乳とかは毎日買わないと悪くなるから毎日買いに行っているね」


トウコはちょっと考えてから、どこからか一抱えもあるような箱を取り出した。

彼女って時々良く分からない場所から物を取り出している気がする。


「これって、今度魔術院と一般の職人が協力して作る冷蔵庫っていう魔具マジックアイテムの試作品なの。

魔力の補給の為に魔石を年に2回ぐらい買う必要があるんだけど、魔具の殆どの部分は普通の職人に作れるから、今までの魔具に比べたらぐっと安くなると思う。

これに入れておけば、お肉や牛乳も何日かは悪くならずに保存できるから買い出しの回数を減らせると思うけど......幾らぐらいだったらハシャーナちゃんとか、比較的普通の家庭の人が買うかな?」


貴族街にある伯父夫婦の屋敷には料理用の魔具マジックアイテムがあったし、舞踊会などを催す時には魔術師を雇って冷却の術を掛けてもらっているのを見たことがあったが、ウチでは魔具なんて殆ど見たことが無かった。


一般家庭が1年近く暮らせるような値段がかかる魔具マジックアイテムなんて無駄だと思っていたけど、普通の職人さんに作れるんだったら本棚や食器棚と同じような値段で買えるのだろうか。


だとしたら......。

「お肉だったらどの位の期間、悪くならないの?」


トウコがちょっと考え込んだ。

「う~ん、冷凍庫はないからねぇ。長くて5日、出来れば3日ぐらいの方が無難なんじゃないかなぁ?

お肉って腐る直前が一番美味しいって聞いたことあるけど、食中毒を起こしちゃあ元も子も無いもんねぇ」


とりあえず間をとって4日に一度の買出しで済むと言うことか。

どうだろう?

買出しに行かなくなることで節約出来る時間で、何か別のことを特にしなくちゃならないと言う訳でもないし、私がメイドの仕事の一部を引き受けることで誰かに暇を出せる程、時間が節約できる訳でもない。


そうなると、あまり大金は出せないなぁ。

「う~ん......。まあ、便利だよね。雨の日とかに出かけなくて済むとなったら助かるもん。

でも、私一人の利便性の為にあまりお金を掛けさせる訳にもいかないから、やっぱり銀貨何枚か分ぐらいかなぁ」


トウコが小さくため息をついた。

「今まで使ったことも無いんだし、あんまりはっきりしたことって分からないよねぇ。

とりあえず、これ試作品なんだけど、使ってみてくれる?

一応初期のターゲット層はパティシエとかシェフとかになると思うけど、ちょっと裕福な一般家庭にも便利な一品だから、出来れば買ってもらいたいところなんだよね。

使い勝手が悪かったら広まる物も広まらないから、使いにくいことや改善したらいいなぁと思うことがあったら言ってくれる?」


「分かった」


トウコの顔がふと明るくなった。

「そういえば、ジュースとかもここに入れて冷やしておくと美味しいよ~。真夏になったらスープをこれで冷やして飲むと言うのも暑い日には良いと思うし」


ふふふ。

食べ物には拘りがあるよねぇ、彼女。

折角試作品を貸してくれたんだから、早速明日の朝のジュースは冷やしておこっと。

ちなみに、パティシエのミズバンさんは魔具=オーブンという料理バカなので所々魔具のルビが『マジックアイテム』ではなく、『オーブン』になっています。


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