046 商品開発(5)
さて。
数字について考えるのに手伝えとのことですか。
まあ、今までの魔術院の売り上げってある意味、高級な一品物を作るオートクチュールだったもんね。それが突然ユXクロ......とまでいかなくても無X良品になって量産路線に方向転換するんだからノウハウは欠けているだろう
かと言って、私がノウハウを持っているのかと聞かれたらかなり微妙なとこだけど。
それでも、もう少し量産って言う物の考え方が分かっているかもしれない。
こちらのアドバイスに長老たちが納得してくれるかどうかは知らんが。
「魔術師とその他の人たちの人口比率ってどのくらいですか?」
「3,400人に一人と云うところかな」
教育担当長老が答えた。
「結界の維持や現在行っている魔術師としての活動に差し支えない範囲で、一人一人の魔術師が製造できる魔石の数は幾つぐらいになりそうですか?」
「この間、お前さんが創って見せた魔石レベルの魔力を込めてで1日3個程度かな」
アフィーヤが返す。
ふむ。簡単にやった試算だから真夏だったり何度も開け閉めしたりしたら条件が変わるかもしれないが、あの魔石で大体400リットルサイズぐらいの日本で言うところの家庭用冷蔵庫で、半年程度動く計算結果になった。
だとすると......。
「一人の魔術師が週5日、毎日3個魔石を作るとしたら、年間で780個魔石が作れます。
そして魔術師と一般人との人口比率が1:400だとしたら、1人の魔術師に対し、400人ユーザーがいると言えますね。世帯単位で量産型の魔具を買うと考えて......一応、単身者や夫婦だけの世帯もあるから平均を取って一世帯4人いるとしましょう。
そうしたら400人というのは100世帯。
商業も魔具が必要なので、適当なところで20人につき一つ何かビジネスがあると言うことにして、400人の人間がいたら20社ほど会社があると想定してみましょう。
半年ごとに魔石が切れるとしたら......大体平均で一世帯・企業あたり3個強の魔具を買う状況になりますね」
......3個ちょっとかぁ。
多少足りない感じ?
出来れば、冷蔵庫、ガスコンロ、洗濯機、エアコンで4つは欲しいところなんだけど。
まあ、あまり色んな機械(というか魔具)で便利にしちゃったら仕事が減っちゃって失業率が上がるかもしれないが。
ま、それはともかく。
「6個の魔石を毎年買うと想定したら......魔石一つ当たり、銅貨50枚程度が妥当じゃないですかね?」
銅貨50枚が5千円相当だとすると、年間3万円程度。
テレビも照明もない、冷蔵庫・洗濯機・エアコンだけの電気代だと考えるとそんな物じゃないだろうか。
「魔術師側から見てみると、魔石1個銅貨50枚としてそれが全部魔術師の手に入ると考えると、収入は月20日魔石を作って銀貨30枚。生活出来ないことは無いけど魔術師としては最低レベルの収入でしかないから、もっと色々工夫をするインセンティブになるのではないでしょうか」
家賃が標準的な部屋で月銀貨10枚程度だと考えると、10枚が10万円程度と想定して月30万円、年で360万円。
それこそ、冷却の術しかかけられないような魔術師がいたとしても、取り合えず食うのに困りはしない程度の収入にはなる。
「魔具が安くなり過ぎないか?」
魔術依頼担当長老は不満そうだ。
「基本的に魔石というのは寝ている間に勝手に魔石に魔力を集めて作れるものですよね?
だとしたら、これを高額で売ろうとすると、かえって魔術師が真面目に働かなくなると思いませんか?
魔法陣の特許料は最初の短期的なリサーチに対して経常的に利益を生み出します。
この利益を新しい術や魔法陣の開発に努力するよう、研究費として使えば魔術師の収入にも悪影響を与えることなく、一般市民の生活を豊かにするのに貢献できます」
「安い方が、かえって現存の魔術への依頼と競合しないかもしれないな」
運用担当長老がコメントした。
「そうか、富裕層をターゲットとしていない訳か」
タダングが呟く。
まあ、新しい物好きな富裕層だったらこの魔具の高級路線な製品を買うだろうが。
それでも魔術師業界全体で見たら、今まで収入源で無かった平民から小額でも多数の売り上げを得ることで、総収入額で見ればプラスになるはず。
「ちなみに、今の計算は平均的な魔術師が錬金で容易に金を創れないという前提の下にやっていますが、現実の所はどうなんでしょう?」
どの程度の魔術師なら錬金が出来るのかとい常識を知らないと言うのは、自分から比較的容易に錬金が出来ると公言しているようなものだと思う。あまり有難くないが......考えてみたら『勇者』になり得る能力を持った魔術師であれば錬金が出来て当然だろうから、単に多少常識知らずだと思ってくれることを期待しよう。
「品質が基準を満たさず、『偽造』と見なされた場合の罰則が厳しいからね。自信を持って錬金が出来る魔術師はそうは多くないよ。普通に術をかけたり魔具を創ったり魔石を売って稼げるならそちらを選ぶ人間が殆どだろう」
とアフィーヤが答えた。
そっかぁ。
となると、標準的な魔術師の生活って私が思っていた程自由で気侭なものでも無いんだね。
ま、その方が経済観念に基づいた考えが通用して、都合がいい。
「特許料はどうする?」
ウサマンが聞いてきた。
なんか、何から何まで頼られている気がするなぁー。
でもまあ、コンサルタントなんだと思って頑張った方が自分の為でもあるんだろう。
「魔術師に冷却の術を依頼すると、どの位かかります?」
「1週間程度溶けない氷を作ることで冷却する術だと、銀貨5枚程度かな」
一週間分だけで5万円とは、随分と高い。
まあ、氷のブロックが台所に放置されているのに溶けないっていうのは中々シュールな光景だとは思うが。
......とりあえず、冷凍庫の開発は暫く後回しにした方がいいな。
そんなに美味しい収入源だったら潰したらそれなりに恨まれそうだ。
チョコのアイスクリームが欲しかったんだが、暫くは氷とクリームと砂糖・カカオを混ぜて自分で作るとしよう。
「ちなみに、先日提出した起動スイッチは創るのに掛かる実費はどのくらいになります?」
アフィーヤががさがさと机の周りを探しだした。
「ああ、あった。作りは簡単だし、魔力も殆ど込めなくていいから1個当たり銅貨50枚程度かな」
5千円相当ねぇ。
高いのか安いのか、微妙に分からないが......。日本で400リットルの冷蔵庫が大体15万円前後だと考えたら、ちょっと高い目でもいいんだろう。
でもまあ、実費が銅貨50枚だとすると、あまり高く売りつけようとしたら魔術師が個人的に創って安く売るケースが出てくるかもしれないな。
「銀貨2~3枚程度でどうでしょう?
本当の実費が銅貨50枚なら、個人的に割安に売ってしまう魔術師が出てくるかもしれませんが......。多額の利益を出していると外にばれると折角の人気取りの策が裏目に出るかもしれないので、秘密を守らせたり、個人的に起動スイッチを売ることの禁止を魔術院が強制できるという想定の下の価格です。
もしも全般的に決まりを守らせることが出来ないようなのでしたら、最初から銀貨1枚程度で売っておく方が無難だと思います」
「この特許制度と魔石の販売は、魔術院の制度を根本的に変えるアイディアだ。
始める前に、魔術院のメンバー全員で投票して実行に移すかどうか決める。
過半数の賛成を得て始めた制度となれば、その決まりを破ったら最悪の場合は魔力を封じる刑を科されるからね。それを破るだけのリスクをとる魔術師はいないだろうよ」
ウサマンが答えた。
......何か、思っていたよりも話が大きくなってない??
単に特許制度で発明者が手数料を取るというだけの話のつもりだったんだけど。
いつの間にか魔術院という制度そのものの進路を大きく変えてしまいそうだ。
私の提案は悪い物じゃないと思うし、メリットがあると思ったからアフィーヤも他の長老たちも一緒に動いてくれているんだろうが......よくぞ他の世界から来た異邦人の提案なんぞで何百年も存在してきた制度を変える気になったもんだね。
びっくりだ。
まるで、江戸時代の日本に流れ着いてきたオランダ人か誰かのアドバイスを聞いて、江戸幕府が根本的な制度を変えるとでも言うかのように、ありえない話な気がする。
それだけこの世界の魔術師の立場が危うい物なのだろうか?
......ま、一生懸命祈り、気に入られれば神様が直接関与してくるような世界なんだ。
元々アイディアがいいと思ったら大きな変化も、思い切りよく実行する国民性なのかもしれない。
「来月の初めに、全魔術師集会を開く。
折角街中の職人と一緒に商品開発をしているんだ。それまでに、銀貨2枚と3枚でどれぐらい販売量が変わるか、調べておいてくれ」
タダングが命じてきた。
うえ~?
そりゃあ、マーケット・リサーチって重要だとは思うけど、そんなことに関するノウハウなんて無いよ。
「情報収集を頼める業者っています?」
「そんな業者なんてあるのか??」
反対に聞かれてしまった。(涙)
余所者に、自分たちも良く分からないことを押し付けないでくれよ......。
次回はちょっと周囲の人たちの視点からの話にしてみようかなぁ・・・なんて思っています。