044 商品開発(3)
「......大きいですね」
「ですねぇ」
ルワイトが台の上に置いたバネをみて、クジンと私が呟いた。
大きい。
成人男性の腕ぐらいあるぞ。
「分かってるよ。だけど、それなりの大きさの扉を繰り返し何度も開け閉めするバネとなると、このくらいのサイズが無ければ直ぐ折れちまうんだ」
ルワイトが不機嫌そうに答える。
「クロゼットの扉と同じ感じに、蝶番に微妙に角度を付けて扉が自重で閉まるようにするのでは、ダメですかね?」
クジンが尋ねた。
え?
クロゼットの扉ってそんな風になってたの??
「クロゼットの扉ってそんな工夫がしてあるんですか。だったらそれの方がいいかも。
バネだと何度も開け閉めするとそのうち壊れるっていうんだったら、蝶番と自重の方が壊れなさそうですよね」
昨日クジンの店に残して置いて帰った試作品に手を伸ばし、魔術で微かに下の蝶番が上のよりも手前に成るように魔術で木の形を調整する。
扉を開けて、手を離したら......勝手に扉が閉まった。
バターン!!
そこそこ煩いが。
「もう少し、角度を緩くした上で扉を薄い板を使って軽くした方がいいかもしれませんね」
クジンがコメントした。
確かに。
ふと、もう一度扉を開いて中を覗きこむ。
「剥げてる」
使用耐久度を確認したいので出来るだけ皆で活用してくれとは言ったけど......たったたの半日でブリキのメッキが剥がれるって一体どういう使い方したんだ??
「ブリキは擦ったら直ぐ剥げるんだよ」
ルワイトがあっさり答えた。
まじっすか。
「ジュースを冷やす為に重いジャグを入れて何度も出し入れしたから、下の部分を擦る回数も多かったかもしれません」
クジンがすまなそうに付けくわえてきた。
「金を掛けて鋼にするか、じゃなきゃ木材を使うんじゃいけないのか?」
ルワイトが聞いてきた。
「金属の方が冷気を伝えると思うんだけど......でもまあ、正解は一つである必要はないか。
二人で金属や木材を使ったプロトタイプを色々と作ってみて、使い勝手や耐久性を確認して下さい。
考えてみたら、木材を使った代わりに耐久性が低いのは安い目に、鋼を使った耐久性が高い物は高価に値段を付ければ良いだけのことですよね」
その為の共同商品開発なんだ。
商品のタイプを色々造り、そのバリエーションを色々研究してもらっておけば販売が始まった時点で色々なニーズに合った冷蔵庫が提供できる。
「そうですね、何も一種類しか用意しない必要はありませんよね。ただまあ、オーダーメードになる際にどの効果に幾らぐらいの費用がかかるといった費用効果をはっきりと説明出来るように、色々テストしておく方がいいですが」
頷きながらクジンがコメントする。
魔石の減り具合は私が査定するしかないだろうな。
平民製作の魔具の事業が軌道に乗ったら試作品の比較がしやすいように魔石の減り具合を測定できる道具でも開発したいところだ。
「え~と、幾つかの試作品が出来たら、この温度計で冷え具合を調べてはどうかしら?
毎朝魔石の減り具合は私が調べるから、色んなタイプの冷蔵庫の効率性を比較しましょう」
鞄の中を漁るふりをして、異次元収納から先日作った温度計を取り出す。
異次元収納は今でも幾つか機能している魔具が幾つかの王家の秘宝として存在するらしいが、創る方法は失われているらしいとのことなので、あまり人に見せつけない方が良いだろう。
ついでに砂利を使って鞄の中で温度計を3つほど複製して渡した。
「...!!これは、温度計ですか?!」
クジンが驚いた様に温度計を見つめる。
「ええ。この世界でもあるって聞いたけど......」
何でこんなに驚く??
それ程複雑な造りじゃないと思うが。
先日凍結と沸騰の温度を元に適当に目盛を付けた、手作り(魔術製)温度計だ。
確か、沸騰が本当100度なのって空圧とか空気の流れとか色々条件があると聞いたから、本当に100度きっかりじゃあ無い可能性は高いけど。
「正確に温度を測れるガラスの管を作るのは大変なんだよ。ちゃんと信用出来る温度計が欲しかったらナビルから輸入しなくちゃならない。そんな風に無造作に鞄に入れている人間を初めて見たぜ」
ルワイトが答えた。
ふ~ん。
ある意味、金を錬金するよりも温度計を創って売る方がいいかも?
ローカルに製作している人がいないんだったら経済を圧迫しないだろうし。
「魔術って本当に便利よね~。これは私が創ったやつだから、心おきなく使って下さい。
ところで、ユーザーの意見を聞く為にシェフとかパティシエを呼ぶって言う話はどうなったんです?」
クジンに詰め寄りそうになるのを自制しながら尋ねた。
「もうすぐ来ると......ああ、噂をすれば!」
工房の入口の方を振り返って手を振ったクジンにつられて、入口を見ると、若い男女2人が入って来るところだった。
へぇぇ。
日本って『料理は女の仕事』みたいな刷り込みがある癖に、シェフとかパティシエとかって男の方が多い。だから何とはなしに今回の協力者も男かと漠然と考えていた。
この場合、どっちがどっちなんだろ?
「フジノ殿、こちらが『アルカン』のシェフを務めるリバーナと『バルーダ』のパティシエのミズバンです。
リバーナ、ミズバン、こちらが魔術師のフジノ殿だ」
シェフが女性でパティシエが男だった。
お菓子って女性の方が好きなイメージがあるのに、意外~。
考えてみたら、パティシエになる人ってなんでその職業を目指すんだろ?
やっぱり甘い物が好きだからなのか?
それともデザートの方が飾り付けとかも出来るのがいいんかね?
ま、美味しいデザートを作ってくれればどうでもいいんだけど。
「「「よろしく」」」
お互いに挨拶をしてから、冷蔵庫の方へ二人を招く。
「魔石から動力を得る形の、普通の職人が作れる魔具を開発しているところなんです。
最初の製品が冷蔵庫。食材を冷やす保存容器なので初期のユーザーとしてはレストランや喫茶店やケーキショップを想定しています。長期的には全ての家庭に一個あるといった感じになると良いと思っていますが」
冷蔵庫の中から冷やしたジュースを取り出して、二人に差しだした。
冷えたジュースを味わった後、コップ放り出して二人は冷蔵庫に掴みかかった。
「冷たいわ!」
「冷却術と同じ機能だ!!」
「「素晴らしい!!!」」
お~。
ここまで喜ばれるとは思わなかった。
便利だとは思うけどさ。今まで無くてもやってきたんだから、これほど熱望されていたかのような反応は予想していなかった。
パティシエの方は色々使い道があるだろうが、レストランなんて保存に便利な程度で、シェフがそれ程興奮するもんかね?
「幾らぐらいになるんです??」
リバーナが振り返って私に詰め寄ってきた。
「まだ細かいことは決まっていないんで分かりません。
でも、魔術院の方は初期費用としてはあまり請求するつもりは無いですから、魔術師が造る普通の魔具や魔術よりは安いと思います。
長期的には動力用に魔石を買わなければならないんで恒常的にコストはかかりますけど」
「外枠は幾らぐらいになるんだ?」
ミズバンがクジンに尋ねる。
「サイズや素材によるけど......銀貨数枚から数十枚というところかな?」
数万円から数十万円というところか。
まあ、日本でだって冷蔵庫は数万円したんだから、妥当なところなんだろう。
しっかし、魔石とかこの魔法陣を幾らで魔術院が売るつもりなのか、具体的な数字を聞いておくべきだったな。ここまで食らいついてくるとは思わなかったから確認していなかった。
「とりあえず、クジンとルワイドで色んな素材やサイズで試作品を幾つか造るので、色々使ってみて改善点を指摘して下さい」
がばっ!
リバーナに肩を掴まれた。
「試作品を使って良いの??!!」
......。
「え~と......はい。商品として売り出す前に使用する際の問題点を把握して改善したいので、それに協力して下さるのでしたら」
「「勿論よ(だ)!!」」
「......ミズバンさんだったら冷やしたゼリーとか生クリームとかを作るのに冷蔵庫が必要と云うのは分かるんですが、リバーナさんは冷蔵庫を何に使うんですか? レストランって食材を毎日市場で買っているのですから、冷蔵庫があったら便利でしょうがそこまで必要なんですか?」
思わず聞いてしまった。
「食材の保存?! 何を言っているの、食材の保存なんぞの為に貴重な冷蔵庫を使う訳ないじゃない!」
リバーナさんが『とんでも無い!』とでも言いたげに目を見開いて答えた。
あれ?
「では何に使うんですか?」
「料理の為に決まっているじゃない!!
これから夏になるのよ! 冷やしたスープ、前菜、パテ。今まで魔術師の費用を払ってくれる予算があるような超高級パーティー以外では絶対に作れなかった、暑い時につるりと冷たい喉越しを楽しめる料理が作れるなんて!!
素晴らしいわ!」
そういえば、以前何かのお祝いで入った六本木のホテルにある鉄板焼きのレストランでは、冷やした醤油か何かのタレのゼリーみたいのが出てきて、お洒落具合に感心したもんだった。
あんな感じな工夫も冷蔵庫がなきゃ無理だよね。
でも。
私が欲しいのはデザート。
レストランでのお洒落な冷たい料理は......個人的にはどうでもいい。
「とりあえず、まずは外枠をクジンとルワイドに何種類か作ってもらいましょう。
出来あがったら魔法陣を提供しますから色々試して下さい」
早速リバーナがクジンを捕まえて色々相談し始めた。
ルワイドの方へ歩み寄ろうとしたミズバンの腕に軽く触って引きとめる。
「私の故郷では色々と冷蔵庫を使ったデザートがあったのですが、それがこちらでも作られているのか教えていただきに、そちらの店へお伺いしてもいいですか?
私の個人用の試作品を持って行きますので、冷蔵庫があれば作れるのでしたら是非リクエストしたい物が幾つかあるのですが......」
「先に試作品を使わせてくれると言うのか?」
ミズバンの眉が驚きに引き上げられた。
「実はデザートが欲しくって始めたんですよ、このプロジェクト」
こっそりと小声で説明する。
にやり。
パティシエの顔に笑いが浮かんだ。
「それはそれは。是非ともご期待に答えなければいけないな」
うんうん、是非答えて頂戴!
商品(冷蔵庫)開発よりも、デザート再発見に全力を尽くしそう・・・。