042 商品開発
引越しと日常必需品の買い物が終わり、私はまた魔術院での研究に戻っていた。
ショートサーキット付き魔法陣は一応完成した。
魔術で複製した髪の毛を使うのが一番伝達効率がいいのは微妙なところだが、普通の職人さん達に作らせることが重要なポイントであることを考えると、魔術で創らねばならない素材を使うのでは意味が無い。
何通りか適当に試したところ、銅が一番無難に伝導性が良かったのでこれにしたが、職人たちには色々試していいのが見つかったらアイディアを買うと魔術院の方からも伝えるといいんだろうな。
しっかし不思議だ。
無機物の場合、銀が一番良く、次にほぼ遜色なく銅が効率よく魔力を伝達した。
つまり電気と似たような反応を示している。
なのに髪の毛なんぞと云う、ある意味オカルトな感じの触媒(?)が実は一番伝達率がいいだなんて、微妙に科学じゃない。誰かこれに関して解説して欲しいところだ。
こう言うのって神様に真剣にお祈りしたら教えてくれるのかなぁ。
でも、『そう云うもんなのさ』というだけで原理を知らない可能性も高い気がする。
ま、それはともかく。
試作品を作ってアフィーヤ長老に見せるには魔法陣だけでなく本体の方も作った方が良いだろう。
と思って本体を作り始めたのだが......。
冷蔵庫ってプラスチックで出来ていた印象がある。
それとも、見た目がプラスチックっぽかっただけで実はあれって鉄だったのかな?
考えてみたら、映画やドラマのなかでは冷蔵庫を弾よけに使ったり、閉じ込められたら死んでしまったり......なんてシーンがあったから、完全にプラスチックってことはあり得ないか。
しかし、中は金属だったら熱を奪い取るのに適しているだろうが、外まで金属だったら冬には部屋が冷えてしょうがないし、夏は中へ外からの熱が伝わりやすくって困ってしまうだろう。
となると、冷蔵庫は中は金属、外は何か熱を伝えない物で覆う必要がある。
意外と冷蔵庫の詳細って憶えていない。
扉にポケットがあってそこに飲み物やドレッシングや卵を入れていた。
正面の下に野菜ボックス、後は何段かの台。
下には冷凍ボックス。
とりあえず冷凍ボックス次回以降としても、冷蔵庫本体をどうするかでちょっと悩み中だ。
ゴムがあったら開け閉めする時の緩衝材として使え、かつ気密性を高めるのにも役に立ちそうなんだけど、まだこの世界では見た覚えが無い。
無いのかなぁ?
カカオがあるんだから、同じような地域にゴムの木もあっても良さそうだけど。
とは言え、ゴムの木からどうやって私が馴染みがあるような弾力性のあるゴムが出来るのか良く知らないが。
あ~あ、どっかに好奇心満載な研究バカがいないかなぁ。
『こんな機能が可能なはず』という情報で私が方向性を示して、研究者に昔の地球の科学者(もしくは工業家?)達が発見した技術を再現してもらえたら色々と便利だと思うだけど。
金を作れちゃう私なんだから、少数の研究バカのスポンサーになることは可能だ。
結果としての正解を知っているんだから、研究だってそれなりに効率よく行えると思う。
問題はそれを行う研究バカが必要なんだよねぇ。
本棚をオーダーした時の職人さん達は中々貪欲に新しいアイディアを吸収しようとしていた。
あそこら辺の知り合いでそんな新しいアイディアが好きな化学系の研究バカがいないか、今度聞いてみようかな。
冷蔵庫に関しては、洋服ダンスみたいな感じの木の容器を作って中に金属を貼って作るっていうのもありだよね。
あまり気密性が高くないから、冷気が逃げてしまってエネルギー効率は良くないだろうが。
家を作るのと同じような考え方で、空気は熱を伝えにくいという考えに基づいて、金属の箱をフェルトみたいな物で覆い、それを木の箱の中に入れるような形にするかな。
ううむ。
どちらにせよ、どんな物だったらこの世界の職人作れるのか、どんな形が実用的なのか、誰か実際に職人と一緒にやっていかないと試作品を作るのも難しい。
このプロジェクトの話が早く進むように、『こう言う物』というダミーみたいな感じの試作品を適当に作って、魔術院の中での特許とか魔石の生産方法の取り決めとか、宰相府と魔術院との間の特許に関する法律の制定に関する話し合いなんぞが決められている間に最終製品に関する研究を適当な職人とするか。
試作品を作って自分の部屋で冷たい飲み物をキープ出来たら、これから夏らしいから便利だろうし。
◆◆◆
「試作品です」
ドン!
魔術で宙に浮かせて持ってきた冷蔵庫の試作品をアフィーヤ女史の机の上に置く。
微妙に最後の動力カットに失敗して『置く』と云うよりも『落とす』感じになってしまったが、まあいいとしよう。
結局、木の箱を創り、その中に台を設けて外枠より少し小さめの鉄の箱を置き、間に綿をつめてみた。
取り合えず冷えりゃあいい。
色々考えたが、結局は現実的な工夫は職人に任せてしまえばいいやと開き直ることにした。私は『こう言う物になる』という具体像を見せるための物を作ればそれで足りるだろう。
アフィーヤ女史が冷蔵庫へ手を伸ばし、中を開けた。
中にはジュースとフルーツを入れてある。......今落としたのでジュースが零れたりしないよね?
机の後ろに回って私も冷蔵庫の中を覗いてみる。
うん、大丈夫だ。中の物はそのまま収まっていた。
「ジュースも果物も、美味しいんで試食してみてください」
本当は果物ってあまり冷蔵庫で冷やさない方がいいんだけどね。
下手に冷やすと香りが飛んでしまう上に、上手く熟さなくなる。
まあそれでも、ジュースは冷えている方が美味しいし、果物だって室温で熟させた後に暫し冷蔵庫に入れて食べる前に冷やすと美味しい。
「ふむ。美味しいね」
中のジュースを口にした長老が思わず感想を零した。
「でしょう?ジュースはやはり冷えているのが一番ですよね。
果物の方も試してみてください。果物は熟す直前までは外に出しておいて方がいいんですが、食べる前に冷やす方がより美味しい感じがしますでしょう?」
薦められて果物を一切れ食べ、残りを机の上に出してから、アフィーヤ女史は術を掛けて冷蔵庫を宙に浮かべ、色々な角度に回してそれを綿密に調べ始めた。
「中の箱は錫で出来ていて、その台のところにこれと同じ物が入っています」
銅で作ったショートサーキット付き魔法陣と魔石、そして起動スイッチとをアフィーヤに渡す。冷蔵庫を分解されちゃったら元に戻すのが面倒だ。
「この起動スイッチを嵌めこんでそこに魔石を乗せないとその魔法陣は起動しません。
起動スイッチは簡単な魔法陣を魔力で刻むので魔術師でなければ造れません。この起動スイッチの数で職人がいくつ冷蔵庫の魔法陣を作って売ったか把握して、それを元に特許料を払わせましょう」
アフィーヤが魔石を魔法陣にのせてみるが、何も起きない。
起動スイッチを間において魔石を乗せ直すと......ひんやりとした冷気が魔法陣から出てきた。
「なるほどね。普通に魔石を乗せても起動しないように魔力を放出する回路を魔法陣に組み込んでおいて、それを起動スイッチで阻害させることで動くようにするのか。面白いアイディアだね」
「中々苦労したんですよ~、そのバランス。
実際のハードの方はもう少し工夫しても良いと思うので、長老会が色々と制度を決めている間に街の職人とでも共同開発しようかと思っています。魔術院は魔法陣だけを売って、最初はその職人たちに冷蔵庫を製造して売らせたらそのうち他の職人たちも勝手にアイディアを盗んで冷蔵庫を各々作ってくれるでしょうし」
出しておいた果物をつまみながらアフィーヤ女史が首を傾ける。
「特許制度を推進させるつもりなのに、職人の間では他の人間の工夫を盗むことを推奨するのかい?」
「特許とは斬新な新しい技術に関してのみ、独占権を認める制度です。それが魔法陣でしょう?
単なる木の箱の中に錫の箱を入れているだけのハードは特許権を認める必要があるような斬新な技術はありませんよ」
第一、普通の職人の工夫に特許権の支払いを認めさせようとしたら制度を設定するだけで何年もかかってしまう。
それじゃあ冷蔵庫の普及が遅れてしまうではないか。
私は早急に冷蔵庫を普及させて生クリーム系のケーキとかパイとか諸々のお菓子を食べられるようになりたいんだ!
「まあ、あんたのアイディアだからね。好きにするがいい。
職人にはあてがあるのかい?」
「先日、本棚を作ってもらった家具屋とそこと提携している鍛冶屋が新しい物に関して非常に熱心なようだったのでそこを使ってみようと思います。
魔術院が提携すべきだと思う職人や店があるならば、そちらと協力出来るかどうか試してみてもいいですが」
魔術院に関連企業モドキな団体があるんだったら、そちらを使わないと不味いかもしれないからね。
日本の第三セクターの企業みたいに、独占権に胡坐をかいて碌な企業努力をしないような職人だったら困るが。それなりに良心的に頑張る職人ならば、クジンのところじゃなくってそこを使ってみても構わない。
「いや、あんたが一緒に働けると思う職人に心当たりがあるならそこを使っていいよ。
誰か紹介する必要があるなら調べておくが、どんな職人がこう言う新しい試みに合っているのかはあんたの方が分かっているだろうし」
いや~別に私だってベンチャーキャピタルで勤めていたとか言う訳じゃないから、どんな企業が新商品の開発に向いているかなんて分からないけど。
でもまあ、私の本棚を作った時のクジン達の創作熱意は本物だったと思う。
そう言えば、主婦とか菓子職人とかレストランのシェフとかも探し出して意見を聞かないとな。
作る側の都合だけでなく、ユーザーの希望も最初から汲んでおく方がより普及しやすいだろうし。
ついでに菓子職人とのコネを作って、お菓子の開発とかも誘導出来たらいいなぁ......。