037 買い物
カルダール君の視点から
>>side カルダール
「金塊を売りたいんですが」
フジノ殿を迎えに行った僕に、フジノ殿が相談してきた。
何でも、色々買いたい物があるので錬金で創った金塊を通貨に換金したいのだそうだ。
やはり錬金も出来るのか。
まあ、筆頭魔術師を上回る魔力を持っているのだ、その可能性は高いとは思っていたけどね。
今までの言動を見る限り、むやみやたらと錬金して経済のバランスを崩すようなことはしなさそうだから大丈夫だ......と思いたいところだ。
普通の魔術師だったら錬金出来る場合でも、その量は徐々に上がっていくので経済に悪影響を及ぼせるレベルになる前にそれなりに常識を教え込まれる。召喚と言う手段で突然フルに錬金出来る状態で現れたフジノ殿が良識を備えていたのは、ある意味本当に幸運なことだった。
「私が直接買い取ってもいいですが、どうせならば普通の貴金属店で換金した方が後々もやりやすいでしょうね。
どの位の量を換金しようと思っています?量が多いならギルドの有力な大手へ行く必要がありますが、少ないのでしたら中小業者のところへ行った方が換金レートはいいんですよ」
フジノ殿が微妙な顔をした。
「え~とですね、寝具類、タオルと幾つかの植木とちょこちょこ雑貨を買いたいと思っているんですが......どの位の金塊を替える必要がありますかね?」
う~ん。
女性の『ちょこちょこ』は分からないからなぁ。
「では、取り合えず私が立て替えることにして、買い物が終わってから最後に換金しに行きませんか?
その日のうちに返してもらうのですからフジノ殿も借金をしたと気に病まなくてすみますし」
「そうですね、よろしかったらお願いします」
ということで出発。
「そう言えば、この国にもクレジットという制度はあるのですか?こう言う場合にあると便利なんですけどねぇ」
借りてきた馬に乗って街へ出ながら、フジノ殿が聞いてきた。
「くれじっと?」
聞きなれない言葉に聞き返す。
「『つけ』という言い方をするかもしれませんが......。
基本的に、相手の信用力を見極めて、ちゃんと借りたお金を払うと判断した相手に対して、現金での支払いを無しに買い物をやらせてあげるんです。支払いは大体1カ月後ですかね。大抵の場合はこのクレジットを提供するのは店その物ではなく、専門の金融業者が行います。
つまり、店はその金融業者から買い物があった数日後に支払いを貰えることで資金繰りに問題は起きず、しかも現金での買い物よりも客が一気に買い物をしてくれると言うメリットがあります。
客にとっては現金が溜まるのを待たなくても買い物が出来るので便利ですし、現金を持ち歩かなくて良いので安全ですね。
遅れた場合にはそれなりの利子を払うことで金融業者は貸し金として儲かりますし、店に対しても1%から3%程度の手数料を取ることで利益は出ます。
借りた客が借り倒すことの無いよう、それなりに客の判断に対するノウハウが必要ですし、現金が無くても買えると言うことに慣れて、収入以上に買い物をして家計が破綻してしまう人も時々いるようですけどね。良心的な範囲で運用される限り、便利な制度ですよ」
なるほど。
『つけ』というのは通常は貴族などに対して商店が行う制度だが、それを専門の金融業者を介するというのは面白い考えかもしれない。
「おもしろいですね。この国では上客に対しては店が『つけ』を認めることが多いですが、専門の金融業者が行うという考えはありませんでした」
「まあ、下手をするとヤクザな人間が人の弱みに付け込んで法外な利率で金を貸し、後で無茶な取り立てを行ったりすることになるので制度としての運用にはそれなりに目を光らせる必要があると思いますけどね」
肩をすくめながらフジノ殿が答えた。
「どちらにせよ『つけ』という制度は既に存在しているのですから、専門の業者を設ける方が店にとっての負担が小さくなりますし、一般の市民にとっても使い勝手がよさそうです。今度、幾つかのギルドとも相談してみますよ」
うん、やっぱりこの異世界の魔術師との会話はメリットが多い。
新しい制度や知識と言うモノはもろ刃の剣になりかねないが、そこは我々の腕の見せ所というところだ。
◆◆◆
「流石手作り経済。見事ですね~」
ダブルベッド用のパッチワークのベッドカバーを見ながらフジノ殿が感嘆の声を漏らした。
手作り経済??
何が言いたいのか分からないが、取り合えず様々な六角形の生地を縫い合わせたパッチワークが気に入ったようだ。
物の値段としては、端切れを縫い合わせたパッチワークよりも、大きな一枚布に刺繍で模様をあしらったものの方が高級なのだがどうやらこちらの方が気に入ったらしい。
「お客様、そちらのパッチワークも悪くない出来ですが、こちらの刺繍物はいかがですか?
アダーシアの青とデンヴァーンの緑を使った逸品です」
上客と見たのか、店の人間がしきりにフジノ殿に刺繍物を勧めている。アダーシアの青とデンヴァーンの緑を本当に使っているのならば、刺繍糸も色落ちのしにくい良い物であるはずだが、フジノ殿は目もくれない。
「いえ、これが良いんです。以前、パッチワークの大きなベッドカバーを見たんですけど、買えなかったんですよね~。折角買えるんだから、一枚物よりもこれです!」
何やら力を込めてフジノ殿が答える。
どうやらパッチワークに思い入れがあるようだ。
フジノ殿程の魔術師でも買えないとは、一体どれほど高いパッチワークだったのだろうか?
「ちなみに、このパッチワークを袋状にして中に綿を詰めた物ってあります?
秋用に欲しいんですけど季節になったら出てきますかね?」
「綿、ですか。
羽毛を詰めた布団なら冬に売りだしますが、綿をパッチワークに詰めると言うことはあまりしませんね」
布団に綿をつめて使うことはあるが、パッチワークに綿を詰めるというのはあまり聞かない。
「じゃあ、オーダーしたいです。
これを作った人に頼めます?パッチワークの一片ずつはもう少し大きくしてもいいですから。
羽毛の布団もその綿入りパッチワークと一緒に買いますので、一緒に用意しておいていただけます?」
値段も聞かずに、フジノ殿がオーダーを決めた。
まあ、魔術師相手に足元を見るような商売をする店は少ないから、大丈夫だろうが。
頼んだ物のサイズと全体的な色系統の話をした後、フジノ殿は最初に気に行ったパッチワークとシーツ、バスタオル、手拭きと顔ふきタオルを4枚ずつ買って店を出た。
「ご機嫌ですね」
鼻歌を歌いながら馬に乗ったフジノ殿を見て、思わず声を掛けてしまった。
「ふふふ~。
私のいた世界では、ああいう手作りのパッチワークって目が飛び出るほど高かったんですよ。
機械という魔具で色々な作業が自動化されていたせいか、一枚の大きな生地に刺繍をするタイプよりも何枚もの生地を手で縫い合わせるパッチワークの方がずっと高価になってしまって。
機械で作ったモドキ物ならちょっと高い夕食一食分ぐらいで買えましたが、本当に手で生地を縫い合わせて作った物だと1~2か月分の家賃ぐらいしたんです。
凄く素敵なのを見かけたことがあるんですが、色々と物入りな時期だったので買えなくて哀しい思いをしたことがあるんですね~」
嬉しそうにフジノ殿が答える。
「パッチワーク一つで魔術師の住むような場所の家賃1~2か月分ですか?!
それはまた法外に高いですね」
「......まあ、その頃は私の経済力も低かったですしね」
何故か微妙に気まずげに咳払いしてから、フジノ殿がコメントした。
「次はどこに行きますか?」
「エアスターです!!」
更にテンションを高めてフジノ殿はどこからともなく地図を取り出して振り回し始めた。
エアスターと言えば、香木系の樹木を売る中では一流店として名高い場所だが......。
振り回していては、折角の地図も意味が無い。
まあ、場所を知っているからいいけど。
「部屋の中もしくは窓の外で植木鉢を育ててもいいと言われたので、金木犀とか沈丁花とかジャスミンとかローズマリーとか、香りがいい木を買いたいんです!」
フジノ殿の世界の木がこちらにあるのかは知らないが......まあ、店の者に聞けば分かるだろう。
最悪、王宮の庭師の者にでも相談すれば何とかなるだろうし。
「春に咲く、外が深紅で中が白の香りのいい低木、ですか」
秋に咲くキンモクセイとやらは店で扱っていたようだが、どうやら春に咲くジンチョウゲと言う物が問題だったらしい。
一生懸命フジノ殿が説明しているのだが、店の者は首をかしげている。
まだ春の終わりで大抵の春の花は咲いている物があるので中庭へ見に行ったのだが、どうやらお目当ての物は見つからなかったらしい。
「これ以外、春に咲く花で香りがいいモノはどんなのがあります?」
諦めたのか、少し哀しげにフジノ殿が店の者に聞いていた。
何か、余程の思い入れがあるのだろうか。
今度、王宮の庭師に王宮に生えている植木を見せて回らせるといいかもしれない。
ある意味、劇薬になりかねない存在なのだ。
出来るだけ、フジノ殿には幸せな満足した状態を保っていて貰いたい。
現状に不満がある状態だと、それを改善するのに事を急ぎ、弊害にも目を瞑ってしまう危険がある。
まあ、植木ごときで左右されるほど単純な話ではないと思うが、嗅覚と言うのは精神にそれなりに影響を与えると言うし。
ジャスミンとローズマリーとやらもちゃんと見つかったのでそれなりに満足げだし、ちょっとした驚きということで、王宮の庭師に頼んで来年までに探してもらっておくか。
ちょっと気分転換にカルダール君の視点で話を書いてみましたが・・・微妙かも。